キューピッドと呼ばないで!

須方三城

後日談 新たな恋の予感





 晴屡矢はれるや高校1年生、栗梨くりなし胡桃くるみは非常に深刻そうな表情を浮かべていた。


 胡桃は綺麗系では無く、可愛いと頭を撫でられるタイプの所謂小動物系だ。
 まぁ、見た目だけだが。
 で、その笑顔は0円で売っては勿体無いと称されるほど素晴らしい。
 いつも無愛想で滅多に笑わないが。


 彼女の性格や言動は、その見た目に反して実に男勝りだ。
 しかし、そんな男勝り具合からは想像出来ない程に、彼女はものすごくイイとこのお嬢様だったりする。
 そして粗野さに似合わず恋愛には非常に奥手。もう何年も片想いに悶える乙女ちゃんだったりもする。
 そんなガサツな乙女ちゃんを追い詰める事件が、今朝、発生した。


「この年齢でお見合いなんて、ドラマじゃあるまいし……冗談じゃないわよ……!」


 父から持ち込まれた、突然の縁談。


 父は強い。逆らえない。


 お見合いの相手は24歳の超若手実業家。しかもイケメン。


 だからどうした。
 こんな結婚などごめんだ。


 だから、彼女は探していた。『キューピッド』を。
 この晴屡矢高校には、キューピッドと呼ばれる恋愛成就の神様的な先輩がいるらしい。


 晴屡矢高校野球部を牽引し、2年連続の甲子園出場、そして、初の甲子園優勝をもぎ取った鶴臣つるおみという2年生も、そのキューピッドのおかげで彼女が出来たとか。


 しかもキューピッドの噂の発生源は、実はその親友と幼馴染らしいので、割と事実ってことがありえちゃうかも知れない。


 まぁ、普段の彼女ならこんな噂は信じたりはしない。
 しかし、今はそんな物でもすがりつきたい。それくらい切羽つまってる。


 キューピッドは旧校舎裏で悪友とたむろっている事が多かったらしいのだが、鶴臣の件で噂が予想以上に大きくなり、キューピッド目当ての女の子に追われる日々が続いたため、最近は旧校舎裏にはいないという。


 胡桃は、始業前を狙うことにした。
 始業前なら、教室に絶対いるだろう。


 2-A、そのドアを開け放つ。
 誰だあれ? と反応する者もいたが、大体スルー。
 別に絶世の美人でも絶対の不審者でも無いただの1年生が入ってきた所で、特別騒ぎ立てる者はいない。


 そして、胡桃は目当ての人物を見つけた。
 悪乗りが過ぎたらしい親友にアルゼンチンバックブリーカーをキメているその男を。


 染髪丸出しな茶髪に、だらしない着こなしの男。
 キューピッド、雑色ざしき童助どうすけ


「雑色先輩」
「ん……誰? 1年?」


 胡桃と目を合わせ、彼は少し考える。
 見知らぬ女の子が、自分を尋ねてくる。


「…あー……」


 うんざりした様な童助の溜息。


「アレだ、先に言っとく。キューピッドがお目当てなら帰れ」
「うぐ……」


 胡桃の目的はあっさりと看破された上に拒絶された。
 でも、退けない。


「…あの、そこを何とか…」
「ヤダ。ったく、どいつもこいつもキューピッドがどうのと……くだらねぇ事に俺を巻き込…」
「くだらなくない!」


 突然の大声に、童助は思わずバックブリーカー中に友人を落っことしてしまう。


 クラスの全員の視線が胡桃に集中。


「くだらなくなんか…」


 泣きそうな雰囲気すらかもし出してる胡桃。
 何というか、童助的には非常に気不味い。


「……」
「……」


 胡桃も我に返ったらしい。ハッとして気不味そうにうつむいた。


「アレだ、移動しようか1年生」
「……はい」






 という訳で、1年以上過ぎても未だに解放状態の屋上。


「屋上で授業サボりねぇ……まるで不良だなお前」
「見た目不良な先輩に言われたくない」
「別に不良じゃねぇよ」


 何かの間違いで、どこぞの不良の本場のツインヘッドと同列視されても困るので、一応言っておく。
 この茶髪はただの洒落っ気だし、制服を着崩してるのもキチンとするのが面倒なだけだ。
 断じて反骨精神の現れなどではない。


「……で、何でそんなに必死なんだよ?」


 ツルケンの件以降、キューピッドの噂は妙な尾ヒレを付けて拡大した。
 あまりにも壮大な噂になってしまったので、キューピッドを頼る奴は大抵おふざけ半分。
 恋愛成就のパワースポットに足を運ぶ程度の感覚。


 誰も本気では無いのだ。
 雑誌の恋占いは参考にはされても本気にはされない。
 パワーストーンだって「無いよりは……まぁ願掛けだよね」ってなもんだろう。


 もはや、キューピッドに告るだけで恋が実る、なんて噂に発展にしている。


 一部ではサイコな広まり方をしたらしく、「俺の体毛でお守りを作ると恋愛運が上昇する」なんて噂になり、つい先日も見知らぬ女子に突然髪の毛をむしり取られたりした。あの時は新手の通り魔かと思った。


 まぁそんな訳で、俺に拒絶されてもなお正面から必死に食い下がる者は、ここ最近いなかった。


「だって、先輩と付き合わないと、恋は実らないって……」


 ……成程、珍しく初期のキューピッド伝説、1番真実に近い噂を聞いてきたらしい。


「いや、それにしてもだ。何でそんな根も葉もない噂に固執すんだよ?」


 まぁ実際はぶっとい根もでっかい葉もある噂だが。


 それでも所詮は噂。都市伝説。
 それを何故こんなにも信じ、頼るのか。


「私には、時間も打つ手も……無いから。こんなオカルトにでも……すがるしか」
「……ワケありか……」


 それも、かなり重そうだ。


「…ま、それでも俺はお前とは付き合わねぇけどな」


 突き放すように、俺は言葉を投げつける。


「そんな…」
「…………でも、話は聞いてやるよ」
「え?」
「キューピッドはもうゴメンだ。でもな、先輩として、協力はしてやるよ」
「協力……」
「俺はこう見えて結構頼りになるぞ?」
「…………ありがとう、ございます……」
「まず、お前がどんな状況か…いや、待て。まずは名前だな」
「栗梨胡桃です」
「…ぷっ」
「なっ、人の名前聞いて笑うって! しかも超可笑しそうに! 確かに、確かにさ! フルーツの盛り合わせみたいな名前だなーとか言われるけど!」
「いや、悪い……別に名前がおかしいって訳じゃないんだ」
「?」


 なつかしい事を思い出している様な童助の表情。


「お前と同じで、名前が果物だらけの奴に、去年、ここですげぇ事を聞かれてさ。それを思い出しちまって」
「すげぇ事?」
「まぁいいや。胡桃、だったな。今日から俺はお前を果肉二号と呼ぶ」
「何そのイジメの温床みたいなネーミング!? いくら先輩でも殴るりますよ!? ってか殴る!」
「冗談だっての! つぅか殴るってそれチョキじゃね!? これは目潰しという技では…ぎぃやぁぁあぁぁぁぁ!?」




 俺は、キューピッドでは無く、先輩として果肉二号に協力する。
 キューピッド役などゴメンだから。








 しかし、今回も童助はきっとキューピッド役を演じる事になるだろう。


 果肉二号は有料レベルの笑顔を持っているのだから。







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