キューピッドと呼ばないで!

須方三城

12,果肉との決着





 天災童子ほろぼしわらべが引き起こした隕石落下。
 大気圏でほとんど燃え尽き、小石大になってしまう程小さな隕石だったが、その直撃は巨獣化したレビィアタンを行動不能にするには充分な物だった。


 レッサーノはレビィアタンが守ってくれたおかげで無傷だったものの、彼に残されたわずかな抵抗手段ではニコに敵わず、お縄となった。


 こうしてあの夜の戦いは幕を閉じた。


 あの後ツルケン、スケ、カク、そして石動には果肉と同じ様に妖界諸々について説明した。
 ES・スクールだの一部については所々伏せたが。


 まぁ全員あれだけの体験をしたのだ。
 疑う余地は無く、すぐに信じてくれた。


 実はやや人外だった俺に対し、ツルケンは特にその辺が気になっている様子も無く、今回の件について礼を言ってきた。
 年齢の割に達観している感は前々から感じていたが、やや達観し過ぎでは無いかと思う。


 スケとカクは「そりゃ敵わんわな」と納得し、それ以上特に何も無く帰っていった。
 何事も深く考え無いタイプだろうなとは薄々察していたが、あまりにも考えなさすぎでは無いだろうかと呆れる。


 石動は、これでもかと言う程に皆へ謝罪したが、誰も彼を責めはしなかった。


 野球少年として、レギュラーを取られた相手に嫉妬するのは当然だ。
 そういう嫉妬心が、スポーツマンとしての向上心に繋がる。とても大事な事。


 悪いのは、それを利用したES・スクール。


 ES・スクールについては、目下追いかけっこが続いているそうだ。


 金髪パーマのレッサーノこと列締れつじめ奈巧なたくは陰陽師連盟の更生施設へと送られる事になった。


 レビィアタンことレビィはというと……








 寝苦しい、あまりにも寝苦しい。
 口への違和感がすごい。


 そんな訳で真夜中と早朝の中間、青白い光に包まれた自室で、俺は目が覚めた。


「……もぐふぁ?」


「何だ?」と言ったつもりだったが、発音が全く上手く行かなかった。
 当然だ。俺の口には、小さな爪先がねじ込まれているのだから。


 俺の股間の辺りから、間抜けないびきが聞こえる。


「…………」


 俺はゆっくりと口に突っ込まれた小さな足首を掴み、爪先を口内から引き抜き、そして、そのままぶん投げた。


 外人っぽい小さな少女が宙を舞い、俺の勉強机に頭から衝突。


「じゃがふっ!?」
「……布団で寝ろって何べん言わす気だよ、レビィアタン!」


 俺は床に敷かれた1枚の布団をビシッと指差し怒鳴る。
 そりゃあ口に足突っ込まれりゃ誰でもキレるだろ。俺が大人気ないとは言わせない。


 安眠を邪魔され、不機嫌そうに頬を膨らませている金髪の少女。
 こいつは、アビスとアトゥロという生物の混合種、レビィアタンことレビィ。


「こんなのお断りよ! 添い寝なのは妥協してやるからそっちのもふもふに寝かせなさいよ!」
「あんなハードな添い寝があるか! そのクレイジーな寝相をどうにかしてからほざけよこの野郎!」


 異界層の怪物といえど、今は見た目通り高飛車なワガママ娘。
 そして寝相の悪さは世界を狙えるレベルだ。


 何でそんな奴が俺の部屋に寝泊りしているかと言うと、それは全て法限の提案のせいである。








 現状、人界と沈界をつなぐ手段を持っているのはES・スクールのみだそうだ。


 つまり、陰陽師連盟もエクソシスト協会も、レビィを強制送還する術が無い。


「この子は、処分される事になるじゃろう」


 法限の言葉に、レビィは愕然とした様子を見せた。
 送還が出来ない上に、感情を持つ生物に取って、この上なく有害な生物。それがアビス。


 しかも人に害を与えた前科があり、今は少女の姿をしてはいるが、アトゥロとしての巨獣形態は凶悪以外の何物でも無い。
 力を封じる術は無く、拘束は不可能。


 なら、処分という結論に達するのは当然かも知れない。


 レビィは、泣いて命乞いをした。
 年端も行かない少女が、泣きながら「死にたくない」と懇願する様は、胸が痛むなんて物では無かった。


 どうにかならないのか、俺がそう言いかけた時だった。


 レッサーノが、背中に手を回されたまま土下座し、更生を誓い、レビィの救済を求めた。


 その際に、レッサーノはレビィの身の上を語った。


 限りなく無明の世界で、レビィは独りだった。
 アビスからは獣の血が混ざっていると避けられ、アトゥロ達は己らの繁栄を奪った天敵の血が混ざった彼女を疎ましく扱った。
 唯一の味方だった両親も行方が知れず。
 深海の様な暗い世界で、彼女は独り退屈し、絶望していた。


 ようやくそんな世界から抜け出せた。なのに、待っていたのは死。そんなの、惨すぎる。


「俺がやらせただけなんだ。レビィは、この世界に来るための条件として俺に協力させたれてただけなんだ」


 きっと、レッサーノはレビィの境遇に自分を重ねてしまう過去があったのだろう。
 彼女をレポートのパートナーに選んだのは、彼女のスペックだけが決め手では無かった、のかも知れない。
 勝手な想像だが、彼の必死さから、そんな風に思えてしまった。


「まぁ、こちらも出来れば穏便にすませたい」


 レビィを処刑するとなれば、執行の際にレビィは死力の抵抗を見せるだろう。
 今、レビィが大人しくしているのは、生きるためだ。
 死にたくないからこそ、敵い様の無い天災童子ほろぼしわらべという存在に逆らわない。


 大人しくしてても殺されるとなれば、抵抗は当然。


 レビィを始末するのは、必要な処分とはいえ、非常に骨が折れる。


 だから、法限は提案した。
 レビィを、雑色家の管理下に置くことを。


 俺や俺の母という凶悪な存在を、レビィへの拘束具として使う。
 正直、俺は気のりしなかったが、目の前で泣き崩れる少女に対して「いや、面倒くせぇしお前死ねよ」と言える程、俺の人格は破綻していない。






 てな訳で、現在童助はレビィのワガママと世界クラスの寝相に悩まされている。


「ったく、何で俺がこんなのの子守を……」
「こんなのとは何よ!」


 一応こいつ(が入った石動)に俺は殺されかけたのだが。
 母の隣にでも寝かせてもらう予定だったが、「童ちゃん、お母さんとお父さんはまだ結構若いのよ。高校生ならわかるでしょう?」とふんわりまだまだ熱い夫婦仲を報された。


 この年齢まで一人っ子だから、もうとっくにセックスレスかと思っていたが、そうでも無かった様だ。
 ……やはり人間とアヤカシじゃ子供が出来にくいとかあるんだろうか。


「とにかく、布団に寝ろ」
「イヤ。絶対イヤ。限りなくNO!」


 どんだけもふもふに飢えているんだこの異界娘は。


「…………もういい。わかった。俺が布団に寝る」


 レビィは退く気配が全く無い。
 ベッドから布団へのランクダウンも、あんな寝相の奴に添い寝されて足をしゃぶらされるよりはマシだ。そう俺は判断した。


「「よっしゃあ!」」


 アトゥロ時の様な二重音声がついつい出てしまうくらい喜ぶレビィ。
 レビィのこの「己の欲望を真っ直ぐに貫く事が最優先」という理不尽な意志の強さは、ニコと通じる物がある。
 というかまんま年下版のニコって感じだ。


「「まったく~最初から素直にそうしなさいよね、童ちゃーん」」
「うるせぇな…つぅかその二重音声やめろ」


 俺は溜息と共に布団へ移動。
 入れ替わる様にレビィがベッドへ飛び乗り、我が物となったもふもふを楽しむ様に大の字になる。


「……ったく」


 弟妹がいる奴ってみんなこんな苦労をしているんだろうか。


 ふと、俺は床に落ちていたある物を発見。
 ニコが用意してくれたパチモン陰陽師アイテム、怪封輪だ。
 机の上に置いてあったのだが、レビィ衝突の際に落下したらしい。


 ……ああ、こいつもまだ残ってるんだよな。
 昨夜は、果肉にこれを渡すために街に繰り出して、あんなことになってしまったのだ。


 そして今日はレビィを押し付けられ、色々とバタついてしまい、すっかり忘れてしまっていた。
 今からでもまたあの道で果肉を探しに行こうか。でももう夜明けだ。


 果肉もこんな時間に外に出ているとは思えない。
 今日は、大人しく寝よう。


「………」


 思い出してしまうと、そわそわしてしまう。これは一刻も早く渡すべき物なのだから。


「あー…」


 そして、モヤモヤを抱えたまま、俺は朝まで布団の中でそわそわする事になる。








 9月1日。
 結局、夏休み中は果肉に会う事が出来なかった。


 おかげで夏休みは安眠できない日々が続いた。


 なので、今、俺は果肉と屋上にいる。
 もう壊れたドアとこの学校の管理の雑さ加減には触れないでおこう。


「……何ですか? 超良い話って…」
「おう」


 放課後、茜色に包まれた屋上。
 思えば、果肉と初めてまともに話したあの日、初めて屋上に来てからだ。色々と厄介な事になったのは。


 あの時より、果肉は人間らしく感じられる。
 まだ赤面する癖は抜けていないが、それでも目と目を見て、ぎりぎりだが一応ちゃんと聞き取れる声量で、普通に話せているからだろう。


 まぁ、俺とニコ以外には相変わらずの様だが。
 それでも果肉は童助に出会って、少し変わった。


 俺という知人と、ニコという悪い先輩が出来た。
 それは、人と関わらない様に生きていた彼女に取って壮絶な変化であり、1つの事実を物語る。


 彼女がその気になれば、彼女は人と、ちゃんと接する事が出来る。
 普通の少女として、普通に楽しく、幸せに生きていける。
 普通の幸せを奪っていたのは、彼女の天邪鬼としての体質。


 しかし、それはもう、無い。


 だから、


「これ、何だと思う?」
「うわっ、…キモ……髪の毛の…ブレスレッド……ですか?」
「これはな…………」
「…?」
「……」


 この怪封輪の事を説明すれば、俺の片想いは終わる。
 自身の恋心を、自分で斬り伏せる。


 でも、きっと……果肉は幸せそうに、笑ってくれる。


「……果肉、もういいんだ」
「……何が……ですか?」


 もう、『表裏返しリターンハート』は発動しない。
 だから、今からでも友達作って、またツルケンの事好きになって、いつでもあの素敵な笑顔を浮かべやがれ。


 伝えてやろう。
 叫んでやろう。


「このブレスレッドはな…」


 俺は、果肉を祝福する様に笑って、告げる。


 そうでもしないと、泣きそうだったから。


 キューピッドの矢は、残酷だ。
 相愛になる2人には、矢で射られたとは思えない甘いときめきを与える。
 想い破れる1人には、射られた胸を抉り掻き回す様な、筆舌に尽くし難い痛みを押し付ける。


 それでいい。


 キューピッドは、これから己の胸に突き立てた矢で、己の胸を抉り掻き回す。


 耐えよう。
 最高の笑顔を見るために。


 笑顔で泣きながら、キューピッドは思う。


 今回ばかりは、キューピッドで良かった、と。




 …………まぁ、2度とごめんだが。









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