キューピッドと呼ばないで!

須方三城

11,降りかかる『災厄』

 暗闇の中、俺は1人、浮かんでいた。


 腹がすげぇ痛い。もうダメだな、と思ってしまうくらい。


 何か聞こえる。


 名前だ。俺の名前。必死に俺を呼ぶ、ニコの声。


 ……らしくねぇな。
 あいつは、もっと飄々としてて、永続的に人を小馬鹿にし続ける様な態度がこの世で一番似合う外道だ。


 少しだけ、俺を包む空間に光が差し込む。そこから見えたのは、ニコの背中。そして、黒い巨獣。


 ……おいおい、そんなんに勝てる訳ないだろ……


 呆れた様に、俺は溜息。
 そういえば、こんな状況、前にもあったな。


 4年前、俺が中学生になりたての頃。
 ニコの祖父に連れて行ってもらった大きな山で、ニコと俺は、ある場所に足を踏み入れてしまった。


 そこは、『はぐれ天狗』の領地。
 エゴイズムしか持たない器小さな支配者の社。


 天狗が生み出した『笹の葉の剣』で全身を切り裂かれ、俺は自らの血の海に沈み、意識を失い、この暗闇にやって来た。


 そして、この空間から、震える小さな背中を見た。


 ふと、俺の目の前に、木箱が現れる。
 神社でおみくじを引く時に使う、六角柱の木箱。


 あー……またこれか……でもこれやると、陰陽師の方々にめっちゃ怒られるんだよな……
 それに、母もきっと喜びはしないだろう。


 それは、誰かを不幸にする力の、極限。
 座敷童の優しい本能が押さえつける、座敷童というアヤカシの本領。
『大妖』と呼ばれるアヤカシの上位種に分類される天狗族ですら、尻尾を巻いて逃げ出す、座敷童の最悪の姿。


天災童子ほろぼしわらべ』。


 ……できれば頼りたくないモノだが、仕方無い。
 ニコ達を巻き込むなよ、そう願いながら、俺はあの時と同じく、木箱に手を伸ばした。


 指先が、触れる。『最凶の力』に。


 暗闇に光が溢れ、そして、赤黒く染まる。








 やるしかない。
 ニコはそう判断し、スマホを取り出した。
 祖父に救援を求め、祖父の到着まで、死力を尽くしてでも持たせる。


 しかし、その必要は無くなった。
 ニコの背後から、悪感の塊と呼ぶに相応しい何かが吹き出した。


「っ」


 一瞬にして、ニコの全身から嫌な汗が吹き出す。
 一度味わった事のある、この感覚。
 その発生源に、ニコは目を向ける。


「そんな……!」


 一切の知識を持たないツルケン達ですら、その感覚に危機感を覚えてしまう。
 それ程に、それは大きい。


 それは、運命を、弄ぶ力。


 童助は、立っていた。
 いつの間にか、赤黒い着物を身に纏い、平然と、堂々と。


 着物の赤黒さは、素人目にもわかる。血の色だ。
 まるで優しさや暖かみを全て血液として体外に追い出した様だ。
 そう感じられるほど、その目は冷たく、温度を失っていた。表情は皆無。


「『天災童子ほろぼしわらべ』……!」


 それはもう、童助では無い。
 天災童子ほろぼしわらべは眉一つ動かさずに己の腹肉に食い込んだ鉄塊を引き抜き、無造作に放り捨てた。


 出血は無い。
 元々傷など無かった。そう思えてしまう程の回復力。
 童助だった時とは細胞の活動能力が比にならない。


 これが、『最凶の大妖』。


 異質を極め、不死に近い生命力を誇る存在。


「雑色……なのか……?」


 ツルケンの問いに、天災童子ほろぼしわらべは微動だにしない。
 五感が正常機能しているのか怪しいくらい見事なシカトだ。


「はいはいはいはいはい…何っだありゃあ……!?」


 レッサーノは冷や汗まみれで、今にも腰が抜けてしまいそう。
 レビィアタンも完全に気圧され、うめき一つあげれぬ硬直状態。


 2人は、ニコたちとは違う物を感じていた。


 何故なら、レッサーノ達はあの圧倒的異質な存在の敵対対象なのだから。


 逃げることどころか、身動ぎ1つ許されると思えない、絶対的拘束感を錯覚する。
 あらゆる抵抗が無駄だと、レッサーノ達の本能が、この『不運』を受け入れる覚悟を決めてしまった。


 本人の意志に関わらず、天災童子ほろぼしわらべの存在感が、『敵』の本能にそうする様に促すのだ。


 ただそこにいるだけで、場の空気を支配してしまう。
 そんな存在が、次のアクションを起こす。


 笑ったのだ。にんまりと。その冷たい瞳で。


 天災童子ほろぼしわらべはゆっくりと手をもたげ、その掌を翻す。
 そして、古めかしい六角柱の木箱が、その掌の上に出現した。


「さぁて、何が出るかな?」


 天災童子ほろぼしわらべは童助の声でつぶやき、木箱をゆっくりと振るった。
 木箱内で木の棒がぶつかり合うだけのジャラン、ジャランという音が、聴く者に多大な不安感を持たせる。


 そして、木箱の蓋に開けられた小さな穴から、1本の木の棒が滑り出た。
 天災童子ほろぼしわらべがその木の棒を掴み取る。


「ふむ、42番、だ」


 突然、天災童子ほろぼしわらべの傍らの虚空に歪みが生じる。
 空間に裂け目が生まれ、そこから続々と現れる、三等身の小人達。


 まるで天災童子ほろぼしわらべをまんまデフォルメした様な、7人の小人。


「んん?」


 首をかしげる天災童子ほろぼしわらべ


「おい、お前ら。神輿はどうした?」
「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」


 7人の小人は「あ、やべ」と言わんばかりに裂け目へと慌てて戻ってゆく。
 そして、神殿を模した神輿を総出でかついで再登場。
 神輿には「四〇」と大きく刻まれている。


「…お前ら、4年前も同じミスしたよな」
「「「「「「「…………………」」」」」」」


 全員一斉に顔をそらす小人達。
 まぁいいだろう。


 天災童子ほろぼしわらべは神輿の神殿の扉を開け、中にある十段の引き出しの上から2番目、「四二」の引き出しを引く。


 引き出しの中から1枚のおみくじを取り出し、開封。
 そこに記された内容を見て、まるで落胆する様に肩を落とした。


 表情からも笑顔が消え、どこか寂しげな物になる。
 残念な結果を引き当ててしまった、そんな感じだ。


「やはり、俺は『不幸』しか呼べないのだな……『大凶』、だ」


 天災童子ほろぼしわらべがレッサーノに見せた紙には、達筆でこう記されていた。


『大凶、天拳・晴間厄来』。


「『晴れ、時々、とんでもない一撃』だ」
「!」


 そのフレーズに、ニコは聞き覚えがあった。


「みんな! 限界まで距離を取って物陰に隠れなさい! 来るわ!」
「「?」」
「来るとは…?」
「ごちゃごちゃ言ってないで!」


 ニコはツルケン達を連れて極力天災童子ほろぼしわらべから距離を取り、上に廃車が積まれていない廃車の陰へと飛び込む。


「おいおい! もう訳分かんねぇよ!」
「そうだ、もう色々ありすぎて総合的に何だよあれ!」
「桐谷先輩、一体、何が起こるんですか?」


 ツルケンは根掘り葉掘り聞くよりも、第一に現状を把握しようと質問する。
 普段から達観しているだけあり、スケカクより断然建設的だ。


「ま、細かい事は後で教えてあげる。とりあえず童助は今、天災童子ほろぼしわらべって状態。『天災レベル』の不幸を呼び寄せる」


厄運送りカラミティサイド』の極み。
 天災が絡む程の大不幸を顕現させるために、その方面に特化した状態。
 全身全霊の『厄運送りカラミティサイド』、それが天災童子ほろぼしわらべという姿。






 17年前、人界に現れ、雑色守助ざしきもりすけという男と愛し合った、華子という座敷童がいた。
 陰陽師連盟は彼女を妖界に強制送還しようとしたが、彼女の『厄運送りカラミティサイド』に敵うはずも無く、陰陽師連盟の精鋭達は酷い目に合わされた。


 当時、座敷童に対抗し得る力を持っていた桐谷家の当主は「別にあの子悪い子じゃないし、手間かけてまで追い返す程とは思えないねぇ」と参戦を拒否。
 しかし、陰陽師連盟のアヤカシを極端に嫌う一部勢力は断固として諦めようとはせず、そして、ある手を打った。


 守助を捕らえ、人質にしたのだ。
 結果、華子の天災童子ほろぼしわらべを引き出してしまい、その陰陽師達のみが突然のサイクロンに飲み込まれ、ミンチ寸前の死にぞこないへと変貌したという。






 4年前、ニコと童助が踏み入ってしまった葉端祈はばたき山にある『狗祠いぬぼこらの聖域』。
 そこに住み着いていたはぐれ者の天狗は、己の土地を侵す者を許しはしなかった。


 童助が座敷童だと見抜いた天狗は、童助が『厄運送りカラミティサイド』を使う間を与えずに斬り倒したが、ニコに手を出そうとした時に童助が天災童子化。
『晴れ、時々、とんでもない一撃』を宣告され、天狗は「とんでもない一撃」により瀕死の敗走に徹する事に。


 その「とんでもない一撃」の余波で、葉端祈山は狗祠を中心にその20%が吹き飛んでしまい、当時は大きなニュースになった。






「……あのおみくじの大凶は、マジでとんでもないわよ」


 4年前のあの時、初めて天災童子ほろぼしわらべを目の当たりにしたニコは呆然と動けず、木々と一緒に吹っ飛ばされて結構酷い目にあった。
 今、対象であるレビィアタンとの距離は20メートル有るか無いか。


 廃車の盾はあっても、この距離じゃまだまだ全然安全圏とは言えない。
 しかし、もう来る。


 天を仰ぎ、ニコは遠くに『それ』を見つけた。


 あとは、サイズが小さいことを祈るだけだ。












『昨夜、街の外れにある廃車の一時投棄場に現れた、直径10メートル程のクレーター。「光の筋が落ちていくのが見えた」という証言が多数有り、国の調査団が緊急調査した結果、小型の隕石片と思われる物体が複数発見されました。なお、その隕石片には、回収された事の無い成分が…』


 淡々とニュースを告げるキャスターが、暗転に消える。


 桐谷家のリビング。
 不機嫌全開そうな顔で、リモコンの電源ボタンを押したのは現在の桐谷家当主、桐谷きりたに豪法ごうほう。ニコの父だ。


「おーおーおーおー…化物1匹退治すんのに隕石落とすとかよぉ……豪快な高校生がいたもんだなおい。やっぱあの『天災女』の息子となるとやる事が半端じゃねぇなぁテメェおいコラ」


 豪法の背後には正座させられた4人。
 俺とニコ、そしてがっつり拘束された金髪パーマのレッサーノと、あのレビィアタンという巨獣の、アビスとしての姿。
 やんちゃそうなただの少女にしか見えない。あまりにもやんちゃが過ぎたが。


 ただ縛られているだけなので、レビィアタンがその気になれば巨獣化し、拘束を解く事は出来るだろうが、抵抗は無駄だと悟り、今は大人しくしている。


「落ちたのが小型隕石だからまだ良かったものの、10メートル級とか来てたらどうするつもりだったんだおぉい! 5メートル級の隕石でも核兵器並の威力あんだぞ!? 日本終わらせたいのか!?」
「すんません……」
「本当に勘弁してよね。結局私たち廃車と一緒にちょっと吹っ飛んだのよ? トラウマ再来かと一瞬生きた心地しなかったわ」
「お前も反省しろや! 座敷童を戦闘に巻き込んだらどうなるかくらい考えなかったのか!?」


 娘にも容赦はしない豪法の言葉。


「…………」


 珍しく、ニコが黙り込む。
 彼女も、そこは悔やんでいるのかも知れない。


 結果的に無事だった物の、あの戦闘で、俺は死にかねない重傷を負った。
 もしあの鉄塊が腹では無く頭に行っていれば、天災童子ほろぼしわらべが出てくる前に、俺は即死していただろう。


 それは、ニコが石動から真実を聞こうと提案したからであり、石動が異質であるとわかりながら退くなり何なりしなかったニコの判断ミス……とかニコは考えているのかも知れない。


「ジジィも何か言ってやれよ!」


 豪法が話を振ったのは、他人事の様に守切鵡使と碁を打っている、ちょっと筋肉質な老人。


 桐谷きりたに法限ほうげん
 ニコの祖父であり、守切鵡使の師匠。


 そして、陰陽師連盟理事会の重鎮。


「んー、まぁのう」


 パチッと盤上に白石を放ち、法限は少し考える。


「叱りつけるべき点は、まぁいくらかあるが…」


 法限は顎である方向を差す。
 それは、レッサーノとレビィアタン。
 エクソシスト協会と陰陽師連盟が目下血眼捜査中の組織、ES・スクールのメンバーとその駒である生物。


「子供ってのは褒めて伸ばすもんだ豪法。まずは功を労って、それから諭してやればいい。……それに、2人共、人に言われんでも悔やむべき事はわかっとるだろう」
「…………」


 天災童子ほろぼしわらべの状態は俺には御しきれない。
 仕方無しにとはいえ、ニコ達すら巻き込みかねない力に頼ってしまった事。


 ニコは先の通り、皆を危険に晒してしまったという自責。


 俺達は、今回は運が良かっただけだと重々承知している。


「甘いんだよジジィは…やっぱ、座敷童に関わらずアヤカシは危険なんだよ! 今からでも強制送還すべきだ。あの天災女も、……このガキも」
「父さん!」
「黙ってろニコ」
「わかっとらんのぉ豪法」
「あぁ?」
「まず、座敷童の本質がわかっとらん。そもそも、危険だ何だと騒ごうと、まず座敷童を強制送還するのは至難の技じゃぞ」


 この世で、『本気』を出した座敷童に敵う者などいない。


 全ての生命は『運』にその命を左右されているのだから。


「運命は変えられるもんだが、運命そのものからは逃げられん。命ある者には必ず運命があり、座敷童はそれを支配する」


 どれだけ格闘ゲームが強くても、そのゲームプログラムをリアルタイムで改竄できる相手と対戦して、勝てる訳が無い。
 プレーヤーが「右へ移動するため」に入力したコマンドを、その場で「左へ移動するため」のコマンドだとプログラムを書き換えられたら、まともな回避すら許されず、一方的にタコ殴りにされてしまう。


 そんな理不尽。
 それくらいの次元の話。


 人の運命を『不幸』に改変するも『幸福』に改変するも自由。それくらい反則的生物なのだ。座敷童というアヤカシは。


「何故、座敷童はその力を抑え、『天災童子ほろぼしわらべ』やその対である『大福童子わらわしわらべ』を本能的に封じていると思う? 豪法よ」
「知らねぇよ。御しきれねぇからじゃねぇのか?」
「それもあるだろう。だがな、それ以前に座敷童はな、優しいんじゃよ」


 ……母も、昔法限と同じ事を俺に聞かせてくれた。
 天災童子ほろぼしわらべ大福童子わらわしわらべ。どちらも、生物の運命を取り返しがつかない程に歪曲させかねない力だ。


 俺は天災による攻撃にこの天災童子ほろぼしわらべを使ったが、何もそれだけの力では無い。
 生かさず死なさずの長い長い「不幸な人生」を与える事だって出来るのだ。


 悪人には相応の不幸ばつで反省させればいい。
 過度な罰は、人を挫折させる。
 法や秩序とは、元々罪人を過剰な罰則から守るために設けられた基準なのだ。


 善人には、適度な幸せほうびを与えればいい。
 大幸は人を変えてしまう。そしてそれは良き変化とは限らない。
 突然に大きな富と権力を手に入れ強者になった者のほとんどは、弱者の気持ちを理解できなくなり、自覚のない邪となってしまう。


 だから、座敷童は己の体質を分別した。いざという時だけ、使える様に。
 その力を段階に分け、それを血族に刻み込んだ。


 誰かのために、種のあり方を変化させた。
 そういう風に、俺は母から聞いた事がある。


「そんな生物だからこそ、この反則的体質を持つ資格がある」
「それは……」
「座敷童は危険では無い。別に、追い返すのに骨が折れまくるから開き直ってる訳では無いぞ。よし、わかった。これからお前の胸にも響く様な良い事言うぞ……ってぬうぅおっ!? ワシの陣がいつの間にか荒らされとる!?」
「勝負中に余所事考えるなんて、師匠もまだまだだと知ったわ」
「マダマダダネー」


 不敵に笑う守切鵡使。
 法限は盤を睨んで長考に入る。


「……ちっ」


 豪法はやや納得行かなさ気だ。
 そりゃそうだろう。法限の言い分は「座敷童に悪い奴はいない」という性善説そのもの。


 納得いくわけも無いが、法限はこの通りだし、陰陽師連盟の上層は、座敷童を含む人界に住み着く強力なアヤカシへの強硬姿勢は取りたがらない消極的な者が多いと聞く。
 そういうのに積極的だった連中は、17年前に『天災女』……まぁぶっちゃけ俺の母の手によって現役復帰を拒む程のトラウマを植えつけられ失脚してしまったそうだ。


「……仕方ねぇ、おい、天災小僧」
「は、はい」
「次は、無ぇぞ。またこんな事があれば、俺はどんな手を使ってでもお前を殺す」
「……はい」


 豪法だって、ただ単にアヤカシが嫌いだからこんな事を言っているのではない。


 この人は、きっと守りたいだけなのだ、家族を。
 それだけの、普通の人間。


 だから、娘の傍にいる危険性、俺が疎ましい。


「……しっかり、覚えておけよ」


 それだけ言い残し、豪法はリビングを後にした。


「……ったく、あのクソ親父」
「おいおい…良い親父さんだと思うぞ」
「……どうだか……ところで童助、あんた、まだやる事が残ってるのは、忘れて無いでしょうね?」
「……当たり前だ」


 何か色々巻き込まれ、色々やらかしてしまったが、俺には1つ、やるべき事が残されていた。


「あ、そうじゃ」


 思い出した様に、法限がこちらを向く。


「この話は、童助くんがおる内にしといた方がいいじゃろう」
「へ?」


 どうやらまだちょっとだけ、面倒事に巻き込まれてしまう様だ。





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