キューピッドと呼ばないで!

須方三城

8,キューピッド復活



 もうそろそろ潰れるだろうな、そう思ってしまう程静かな、小さいゲームセンター。
 節電のため、客が使うとき以外ゲーム機のコンセントが抜かれている。


模布モブ工業のツインヘッド、だな?」


 くたびれ廃れたゲーセンで、タバコを吸いながら格ゲーで対戦に興じる2人の男。絵に描いた様な不良に、彼は声をかけた。


「…あぁん? 誰だよテメェは」


 応じたのは模布工業高校最強の2人の内の1人、カク。反対側に座っていた同じく模布の最強さんなスケも手を止める。
 2人の視線が自分に向いたのを確認し、彼は続ける。


「聞いたぜ? お前らさ、晴屡矢の『キューピッド』にケンカ売って、手も足も出ずに逃げたって?」
「「!」」
「どうして知ってんだって顔だなぁ…まぁ、どこにでも出歯亀ってのはいるって事だろ。結構広まってるぜ?」
「……だってよぉ……あいつ不気味な魔法みてぇなもんを使うんだぜ?」
「魔法ねぇ……」


 心当たりでもあるのか、彼は意味深につぶやく。


「ま、お前らが醜態晒した経緯には興味ねぇから、どうでもいいか」


 彼は笑う。妖しく、誘うように。


「とにかくさぁ、キューピッドに、一泡吹かせたいとか思わねぇ?」
「あぁ?」
「キューピッドが本当に『人外』地味た力を持っていたとしても、苦しめる手はあるんだぜ?」


 彼は1枚の写真を取り出した。


「あいつの友達を狙えばいいのさ。例えば、こいつ」


 そこに写っていたのは、この地域の住人なら大体の者がテレビ越しにその姿を見て応援したであろう坊主頭の少年。


「いやぁ、お前さぁ…誰だか知んねぇけど、俺らにも最低限常識ってもんがあんだよ」
「そうだぜ。関係無い奴ボコにして気を済まそうなんて……」
「ガタガタ抜かすなよ、クズが」


 彼の手は一瞬でカクの首を掴み、ゲーム画面へ叩きつける形で押さえつけた。


「くっ…ひが…!?」
「テメェ! 何しやが……」
「はい、黙ろうか。折っちまうぞ」


 スケにも聞こえる程に、カクの首が大きな音を立てて軋む。人間離れした握力だ。


「俺は受験とか控えてるしさぁ、あんま問題起こしたくねぇの。だーかーらー…テメェらみたいな今更暴力沙汰起こしても社会に何ら影響しない様なクズ様方にぃ、わざわざ頼みに来てんだよ」
「なっ……」
「いいから、こいつ襲えよ。今夜にでも。じゃねぇと不本意ながら、こいつもテメェらも俺が再起不能にしちまうぞ」


 彼に取って、キューピッドなどどうでもいい。
 この2人を動かすネタとしてその名を出しただけ。
 それで動かないなら、力づくだ。キューピッドがどうとかいう建前はもうどうでもいい。


「クソ生意気な鶴臣くんを、二度と野球できねぇ程度にぶっ壊してくれりゃそれでいい。簡単じゃね?」


 自分の言葉から発想される無残なツルケンの姿に、彼は心底楽しそうに笑った。








「テンション低すぎ」
「……おう」
「何があったのよ?」
「……おう」
「……キモーイ」
「……おう」
「童貞」
「……おう」
「……」
「……おう」


 ダメだこりゃ。
 天気の良い公園の木陰。ベンチに座ったニコと、その近くにボーッと突っ立ってる童助。


 2人共アイスを持っているが、ニコのはもう棒だけ、童助のは1口だけかじられて後はボタボタ溶け落ちている。


「もったいない、もったいないと」


 ニコは我此処に非ずって感じの童助の手からアイスを奪い、代わりに自分の持っていた棒を握らせる。童助は無反応。
 どうしたもんかなぁ……とニコは溜息を吐きながら考える。


「暑いわね」
「……おう」
「セミがうるさーい」
「……おう」
「1発、ヤらせてあげようか?」
「……おう」
「いやん、このエロ童貞!」
「……おう」
「……あー……もう……」


 これじゃあ独り言と大差無い。
 今朝、家に呼びに行ってからずっとこの状態だ。


 昨晩からすでに様子がおかしかったとは守切鵡使から聞いている。華子も心配していた。


 ……こんな状態の童助は初めて見る。


 考えられる線としては……果肉にフラレた、とか。
 しかし、今まで何度も失恋を繰り返してきた童助だ。
 それを楽しく見守ってきたニコの経験則上、それは無いと思う。


 それに、今の童助から感じるのは、他人へ嘆きをぶつけている様な雰囲気ではない。
 自分に呆れ果てた様…というか、自分に絶望し切った様な、自責的な物を感じる。


「……」


 仕方ない。少し切り込んでみるか。
 放心状態の精神でも、深く言葉が刺されば、反応を得られるかも知れない。


 アイスを大きくかじり取り、咀嚼しながらニコは考える。
 呆然としてても、心当たりがあれば耳に突き刺さりやすそうな、単直なフレーズを。


「……何で、そんなに自分を嫌っているの?」
「……」


 ……おう、では無い。
 今日、初めてニコの言葉がまともに脳で処理された様だ。


「……本当、勘良いよな」
「よっぽどイカれた感性じゃなきゃ、今のあんたの心境は誰でもわかると思うけど」
「……」
「で、何があったわけ?」


 己の思考に閉じ篭っていた童助を引っ張り出す事に成功し、ニコはようやく本題に入れる。








 俺は淡々と、自分が行き着いてしまった考えについて、ニコに説明した。


「なるほどねぇ…確かに、そういう捉え方もあるわね」


 俺は、果肉と他の誰かがくっつくのが嫌で、あれこれ口実を作って、果肉が幸せを掴むのを邪魔していた。
 そして、それに気付き、それは最低だと理解したにも関わらず、伝えられなかった。


 自分を、傷つけたく無いから。


「アホくさ」


 幼馴染な弟分である俺の本気の悩みを、ニコはアイス片手に一蹴した。


 ……ちょっとそれは無いだろう。
 俺、今かつてない程に悩んでんだぞ?


「少しは頭使いなさいよ。そんなんだから童貞なのよ」
「……お前さ、男子高校生って割と童貞呼ばわりされるの辛い時期なの知ってる?」
「さっきまで何回言っても反応しなかったくせに……ま、とにかくよ」


 話が逸れる前に、ニコが自分で軌道修正を図る。


「まぁ、あんたの性格ならどーせその内自分で気付くと思うけど、長々とメランコリックボーイされてもつまんないし、はっきりズバッと私が道を示してしんぜよーう」


 アイスをひとかじりし、ニコは簡単ななぞなぞをふっ掛ける様に言った。


「今のまま一生自分を嫌い続けて、『おまけに』巳柑ちゃんも幸せになれないAルート。今は傷つくだろうけど、時間が経てば元の自分に戻れて、『ついでに』巳柑ちゃんが幸せを掴めるBルート。はい、あなたはどっちを選びますかー? ……これ、2択として成立しない気がするんだけどねぇ……」
「…………」
「わかってるわよ。そんな簡単に割り切れないとか、ナヨった事言うんでしょ? でも、わかってる?」
「…………」
「ちゃんと失恋しなきゃ、次の恋はその目に映らない。見つけられないのよ?」


 確かに、冷静に将来的利益不利益を計算すれば、簡単な話。


 俺が選ぶだけ。
 この先もずっと自分を責め続けるであろう、辛く暗い人生かを諦観の中で受け入れるか、
 今は痛みに耐えてでも前に進んで、辛くとも明るいかも知れない人生を掴みに行くか、


 そのどちらかだ。


 もっと簡単に言ってしまえば、辛くて暗い人生確定のAルートと、今は確実に辛くとも明るい未来を思い描く余地のあるBルート、という話だ。


 果肉がツルケンとくっつくのが嫌だ、自分を守りたいと考えてAルートを進んでも、確実に損をする。
 自分のためを考えようが、果肉のためを考えようが、結局、行き着く選択肢は1つしかない。
 ニコが「どーせその内自分で気付く」と言った所以はこれだ。
 長考しようが短考しようが、まともな計算能力さえ持っていれば、行き着く答えは1つなのだ。


 後は、俺が覚悟を決めるかどうかだけの問題。


「わかったら、後は何もしないという愚行に走るも、無難に前進するも、あんたの自由よ。……お!」


 アイスを食い切ったニコが、その手の棒を見て笑顔になる。
 勢い良くベンチから立ち上がったニコは、俺にその棒を見せつけた。そこには「あたり」の3文字。


「幸せってのは案外ころころ転がってるもんよ? 辛くて涙がにじんでる視界でも、ちゃんと探せば見つけられる。……まぁ、暗い人生じゃ、必死こいて探したってまず見えないでしょうけどね」
「…………だな」


 差し出されたあたり棒を、掴む。
 俺の目に、光が戻っていくのが、自分でもわかった。


 今傷付く事から逃げるのに必死で、こんな簡単な答えにたどり着くのも、覚悟を決めるだけでも大分時間を食ってしまった。


 でも、俺は決めた。自分と果肉。2人の幸せのために、自分に刃を振り下ろす覚悟を。


「って、何私の当たり棒パチろうとしてんのよ!」
「えぇ!? 今の流れはくれるノリじゃねぇの!? つぅか元々それ俺のアイスだろ!」
「うるさい童貞! あんたの物なんて私の物になっても何の問題ないでしょ!」
「なんたるジャイアン!」


 実にくだらない競り合いを繰り広げる。
 そんな時、ニコのスマホが鳴る。


「あ、この着メロはおじいちゃんね」


 ニコはとりあえず俺を蹴り倒し、当たり棒を奪取。
 そして男では手の出しようが無い谷間の奥へと収納。
 結構ダメージを受けて地面でプルプルしてる俺を他所に、ゆっくりメールを確認する。


「へー……」
「な、何だよ……突然……」


 ニコの祖父はあまりケータイの扱いになれていないため、よっぽどの事でなければ向こうから連絡など来ないはずだ。


「まぁ、注意警報って所かな。『ES・スクール』、だって」
「アズキスクール?」


 ニコはメールを読み上げる手間を省くためか、俺にスマホをパス。


「イビルサイエンススクール……? ………なっ…これ、マジか……」


 そのメールには、『魔科学』という物の簡単な詳細と、この組織のしている事、捕縛したという幹部から得た情報が記されていた。


「現在確認出来た範囲で、この組織は『聖界せいかい』『刃界はかい』『機界きかい』『沈界しんかい』『堕界だかい』の5界層を行き来可能……特に、こいつらが好んで使うのは沈界の『アビス』という生物……」


 アビス。それは沈界に生息する、「他生物の心に潜り込む生物」…だそうだ。メールに色々詳しく書いてある。
 アビスに潜られた生物は、そのアビス個体ごとによって、様々な「肉体的・精神的異常」を引き起こされる。
 そのアビスの特性を利用し、人を歪め、ES・スクールは「実験」を行っている、という。


「捕まえた幹部の話だと、この辺にその幹部の部下が何人か潜伏してるんだって。だから気をつけろってさ。ま、余程運が悪くなきゃ、私たちには関係無い話ね」
「……だな」


 好奇心旺盛で、何でもくらいつくニコだが、こういうガチ目の事件には首を突っ込まない。
 というより、そもそもそういう興味自体を持たない。


 ニコの琴線に触れるのはあくまで「面白そうな事」なのだ。


 一応、この件は脳の片隅くらいには留めておくとしよう。


 今はそれどころじゃないのだ。
 こいつらの始末を付けるのは陰陽師連盟やエクソシスト協会の『仕事』。
 俺達が必要も無く出張らなくてもその内解決されるだろう。
 身近に迫る可能性の低い危険に身を案じるより、すべき事が、ある。


「んじゃ、行くわ」
「そ。今日は凹んだあんたの姿を楽しみにしてる」
「性格悪いよな、マジで……」
「あんたがドMじゃないからそう感じるの」
「……呆れて物も言えねぇよ」


 まぁいい。好きなだけ笑え。


 俺は、決めたのだ。
 一方的な恋心を断ち切るために、この口で果肉に叫んでやろう。


 もう『表裏返しリターンハート』はもう発動しないのだ、と。


 伝えてやろう。


 今からでも友達でも何でも作って、またツルケンを好きになって、そして、あの笑顔を、あの素敵な笑顔を、いつでも浮かべていやがれ、と



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