キューピッドと呼ばないで!
行間 サブニルという男の職務
イギリス某所。
港を拝める倉庫の前。
そこにサブニル=ブレイクアワードという中年英国人が居た。
「ここか」
サブニルは携帯灰皿にタバコを突っ込み、軽く『武装』をチェックする。
腰のベルトに挟んだ十字のエンブレム入りのサバイバルナイフ。
特殊なオリジナル弾薬を詰め込んだレディース向けの小型のピストル。
そして、1番贔屓にしている代物、三段ロッドの要領で刀身が柄部に収納された、銀製のド派手な模型剣。
サブニルの職業は、公的には「無職」だ。
しかし、きちんと仕事はしている。
彼は『妖界の住人』が関わる事件を解決する、西洋版の陰陽師。『エクソシスト』。
ついさっきも『スプリガン』とかいうアホガキアヤカシを一方的にボコボコにして妖界に強制送還したばかりなのだが、もう次の仕事を上から与えられてしまった。
このご時勢、悪魔とかいう実態のよくわからん物と戦うエクソシストは増加傾向にあるらしいが、アヤカシと戦う方はいつの時代も慢性的に人手不足だ。
何せ、アヤカシを知る人口そのものが少ないし、アヤカシ絡みの事件なんてのもそうそう多発するもんじゃない。
いつ出動するかもわからん公務員を公費で大量に養ってくれる国など、ある訳が無い。
そんな訳で、裏公務員とも言われるアヤカシとドンパチやる方のバトル聖職者はかなり少ない。
故に、希にアヤカシ事件が短期集中的に発生すると、サブニルの様な過剰労働ギブミーレッドブルなエクソシストも発生してしまう訳だ。
「まったく、さっさと片付けちゃって、ビールという名の聖水に溺れたいねぇ……」
ため息ひとつで、サブニルはスイッチを切り替える。
軽薄なニートであるサブニル=ブレイクアワードから、敵が泣いて謝ってもとりあえず神聖な暴力を振るい続けるエクソシスト、本当のサブニル=ブレイクアワードへと。
上からの詳細情報によれば、この倉庫を根城にする「不審」な女がいる、との事。
この場合で使われる「不審」は、「アヤカシの影がチラついている」という意味合いを持つ。
最近、この辺りでは奇妙な犯罪が増加しているとも聞く。
ガンマニアの男が「銃は神聖な物だ」と何度も狂った様に叫びながら銃を使用したコンビニ強盗を殴殺した殺人事件。
体型を気にしていたとある女子大生が学内ミスコングランプリを誘拐監禁し、不健康な生活を強いていた誘拐事件。
日本のサブカルチャーにどっぷりハマった男が妻にコスプレを強要、拒否した妻を「こんなの俺の嫁じゃない」と重傷を負わせた障害事件。
他にも、しょうもない理由をきっかけにした反吐が出る怪事件がいくつか。
そして、これらの事件には共通点が3つ。
1つは、加害者の「コンプレックス」と言うべき感情の過剰延長から起こった事件である事。
2つは、加害者達は逮捕されてから3日も経つと、まるで「憑き物が落ちた様に」何故自分はあんなことをしてしまったんだと激しく後悔し始める。
逮捕されたばかりの頃は「自分は正しい」と狂った様に主張していたのに、だ。
そして、3つ目は、加害者の証言。
「ある女に接触してから、感情に抑えが効かなくなった」と。
長くなったが、そのある女の根城が、この倉庫である。
その女というのは、アヤカシか、それともアヤカシ呼んでバカやってる大バカか。
アヤカシならいつも通り問答無用でタコ殴りにして強制送還、するだけ。
人間だったら拳でそれなりにタコ殴りにして専用の更生施設『精神更生強制所』に叩き込んでやるだけ。
さっさと片付けよう。
全ての武装に不備がない事を確認し、サブニルはとりあえず銀の模型剣を軽く振り下ろす。
カシャンという音が連続し、三段ロッドの要領でその白銀の刀身が月下の元に顕になった。
銀製だが、あくまで模型。刃の研磨は甘く、全体的に少し丸みを帯びている。
絶対に物を切断する事は出来ない。まぁ、構いはしない。これは斬る道具では無い。
『エクソシズム』。
陰陽師で言うところの陰陽術。わかりやすくRPG風に言えば魔法。
この模型剣は、そんな「使用者本人すら理解できていない術式」の使用を前提とした、『叩き壊す兵器』だ。
「当然、鍵はかかってるよねぇ? ……流石にセコムはしてないだろうけど」
鍵の有無など関係ない。
ドアごと叩き壊してしまえば、鍵など無力だ。
銀色の刃が、自ら淡く妖しい光を放つ。
エクソシズムの起動。
RPGの魔法とは言ったが、サブニルはMPだとか魔力だとかは消費しちゃいない。
そもそもそんなもん0だ。
エクソシズムは、道具そのものに異常な特性を付加させて、ただそれを扱うだけ。
この銀の模型剣は、数ヶ月もの間特定の魔法陣の様な物の中心に安置し、しばらく月光にさらすなどの儀式を行うことで、「刃を出し切った時、あらゆる物体を破砕し得る剣状のメイス」と化すエクソシズム兵器。
細かい理屈は、知らない。
エクソシズムや陰陽術は、大昔、アヤカシ達から習った妖術を見本…というか、まんま流用している。
例えば、『Aの位置に電池を置き、BとCの端子の先端を合わせれば電球が点灯する』という豆電球の回路があるとする。
人間なら、理屈を持ってそれを細かく説明、理解できる。
しかし、理屈なんぞ知らなくても、現実として、Aの位置に電池を置き、BとCの端子の先端を合わせれば電球が点灯するのだ。
どこをどうするか。それだけ習えば「電気? ナニソレ?」なチンパンジーにだって電球は点けられる。
人間には理解不能な理論や法則で可動する妖術も、とにかく術の組み方さえ知っていれば発動させられる。
ぶっちゃけエクソシズムや陰陽術というのは、妖術を言い換えただけ。
「おらよ、っと!」
理解不能な力を理解不能なままに振るい、理解不能な敵を撃退する。
そんなエクソシズム兵器で、サブニルは倉庫のドアをぶっ叩く。
針で紙を突くようにあっさりと、打点に大きな穴が空く。
その打点から伝わる余波により、ドア丸ごとどころかドアがくっついていた壁が大きく抉り取られ、内側へと弾け飛んだ。
目を疑う様な破壊的光景に続き、ドガッシャアアアアアッ!! という巨大な破壊音が続く。
この港は人家と距離があるし、今は夜。そこそこ派手にいっても問題は無い。
「どーもー。エクソシストのおじさんですよー、っと」
暗い倉庫内へ、サブニルが呼びかける。そこにいるであろうターゲットへ向けて。
「非常識。あなたは『病』が薄い様ね」
倉庫内の暗闇から、月光の照す領域へ、その女は歩み出た。
まるでそこが薄汚い倉庫では無く、華やかなステージであるかの様に、優雅な所作で。
若い。20代前半くらいに見える赤毛の女性。
所作は美しいが、服装がそぐわない。彼女は白衣を着ていた。
医者の様であり、科学者の様でもある。
「……人間か」
長いことアヤカシを相手にしていると、雰囲気で大体の判別が付く。
「正解。しかし、あなたの『病』で私を計らない方が良い」
女性はポケットからメガネを取り出し、かける。それだけの所作でも、やはり美しさが滲み出る。
「私はクレアレイス=クローリア。まぁ、クレアと呼びなさい」
「そうかい。俺は…」
「研究意欲が向かない。名乗ってもいいけど、記憶はしない」
クレアは「興味ねぇよお前なんか」と暗に告げる。
自己顕示欲が強いのだろう。この女は自己紹介はしても自己紹介は聞かない。そういうタイプの様だ。
女王様タイプ、とも言う。
「続けるわ。私はクレア。『ES・スクール』の『教授』……だったけど、ついこの間昇格し、『大教授』になった。つまり、ゼイブルやクロトゥスと並ぶES・スクールのトップの一人。あなたの『病』で私に対処できるかしら」
彼女の美しい所作や、その説明過多でありながら聴き心地の良い語り口と声質は、まるで舞台演劇でも見ているかの様な気分にさせられる。
しかし、やはり女王様気質。自身の知る知識が全ての者が知っている事が前提の様な語り口だ。
「……アズスクール? って何だい? ジニアス? ワイズナー? ゼブル? クロト?」
当然サブニルは、彼女が常識の如く発した単語のほとんどを理解していなかった。
……しかし、サブニルは実は多少知っているべきなのだ。
実は昨日、上司からこんな話をされていた。
『なんか、妙な連中が組織活動を…おい、サブニル、聞いているのか? おい、お前はいつもそうやって重要事項を適当に聞き流して……ちゃんと目ぇ開け! ほれ、人事異動だよバカ! 『組織犯罪対策課』だ! 最近活発になってるES・スクールって組織の対応にあたってもらう! まぁ、人員不足だから普段は今まで通り通常業務も続けてもらうが…っておーい? サブニル、テメェコラ! もう言わねぇからな! まーた後で聞いてないぜ上司ちゃんとか言っても取り合わんぞ!』
……もっとも、半睡眠状態だったサブニルはオール聞き流しである。
「無知なのね…てっきり、私たちへのカウンターかと思ったんだけど。どうやらただの末端エクソシストみたいね」
残念ながらサブニルはそのカウンターである。当人も聞き流しているが。
「仕方ないわね。初心者様に、説明講座を設けましょう」
クレアはやれやれとため息を付く。
変異は直後。
クレアの口からこぼれたため息に、色がつく。
「!?」
灰色に染まり、ぼとりと地に落ちたクレアのため息。
明らかに、異質。
とにかくサブニルは武器を構えた。
「『魔科学』、又の名を『イビルサイエンス』」
口から灰色の異物を生み出したクレアがつぶやく。
「『魔科学研究団』通称、ESスクール、よ」
「魔科学……?」
クレアの口から誕生した灰色の塊はボコンッと勢いよく膨張し、やがて巨大な牛の頭を型どり、宙へと浮かび上がる。
直後、ジェル状の何かを勢い良く掻き回す様な不愉快な怪音と共に、巨大な牛頭から、無数の触手が吹き出す。
「おいおい……何だいそりゃあ……」
異形。そうとしか表現しようがない。
今まで様々なアヤカシを見てきたサブニルだが、あんな異形なのは初めて見る。
「体内にアヤカシを飼っていた……とかかい? イカれてるとかいう次元じゃないよ……」
「科学は不完全」
サブニルを無視して、クレアは続ける。
「何故か? 簡単。科学は一本の『枝』であり、『木』そのものでは無い。非科学も一本の『枝』。科学も非科学も、ベクトルが違うだけで所詮は同レベルの法則」
クレアは断言する。それが正答であると。
「私たちES・スクールは、『木』そのものを使い、あらゆる『結果』を求めるインテリジェンスの集団。そして科学と非科学、分類すらされていない他の法則、全ての大元、世界の本流、この世界の全てを証明し得る、完全な学問、それを私たちは『魔科学』と名付けた」
「おいおい…随分デカイ話だねぇ…つまり、ES・スクールってのは『世界の全てを理解しようとする集団』って事かい?」
「違う」
即否定。
「魔科学はあくまで通過点、というニュアンスは伝えたはずだけど?」
「?」
「確かに、私たちはまだ魔科学を完全に解析できてはいない。理解しているのは所詮一片。でも、私たちはすでに非科学をアヤカシの猿真似では無く理解して起こせる。更に、私たちはオリジナルの妖術すら生み出す事に成功する所まで達した」
「ありえないねぇ」
「ハハハハハハハハハ!! ありえない!? あはっ!」
冷静に淡々としていたクレアの口調が、一気に崩壊する。
「科学しか常識の無いあなた達は、『科学が全て』という『常識」に犯されている。さっきから言ってるでしょう?あなたの『常識』では私を持て余すと。『常識』を持つあなたに、私は解せない。あなたの『非常識』が私なの!!」
本気の目で語るクレア。その堂々たる語り様に、不気味な説得力を感じる。
「講座を進めるわ。ES・スクールは研究集団。しかし、魔科学の研究には莫大な時間が必要」
魔科学は世界全てを網羅する法則。
その全てを解析し尽くすには、人の寿命が1000年あろうと、何百という世代交代が必要。そんなの、待ってられない。
「だから、魔科学の解析と同時進行的に、次のステップも進行させる」
「次のステップ?」
「基礎を学んだら、応用」
クレアはまるで子犬でも扱うかの様に牛頭の怪物の額を優しく撫でる。
「魔科学を使い、世界を刺激する。そして、世界の変化を観測する。要するに、実験よ。そして私は、この世界の中から『人類』をリトマス紙に選んだ」
「成程、一般市民にちょっかい出してたのは、その刺激って事かい」
「正解」
この女がどんな手を使ったかは知らないが、この女は人間と接触する事で、その人間の何かを変化させ、犯罪へと走らせた。
とある実験のために。
「ES・スクールで『教授』以上の階級を持つ者は、皆個人の研究命題を持っている。例えば『人間は協力しなければ生きていけないのか?』『特定の感情を特化した人間の行動に伴う世界の変化』『心の底から人のために生きる様インプットした生物を一億個体作ったら、その内の何%が幸福を感じて死ねるかの統計』『冷徹の素晴らしさの証明』……ま、ほとんど人間関連ね。それくらい、良い素材なのよ。私たち人間って」
興味があるから。
ただそれだけのために、世界の全ての法則を引用し、人間を歪める。
人間に飽きたら、また別の素材で魔科学を応用した実験を行うのだろう。
純粋に、趣味を行うだけの連中。それがES・スクール。
「私の命題は、『魔科学を処方し、常識を治療する事』」
現在、その人間の持つ常識の破壊。
それがクレアのやっている事。
「一気に壊すと廃人になるから、少しずつやっていくんだけど、ダメね。どいつもこいつも。みーんな途中段階で好き勝手な犯罪に走る。興醒めする。くだらない欲求の発散は見るに耐えない。そんな奴、壊す価値が無いもの」
人間を犯罪へと駆り立てる欲求、それを抑える理性。理性とは、今まで培った常識を土台に構築される。
その常識という土台が崩壊すれば、理性というストッパーも連鎖的に崩れてしまう。
だから、この女の実験体に選ばれた人間は、コンプレックスの暴走を抑えられなかった。
投薬は継続しなければ効果が薄れてゆく。
興醒めじたクレアが投薬を止めるから、加害者達は逮捕後、正気に戻る。
「さて、講座はこれにて終講」
「ちっ……」
とにかく、戦闘準備。
クレアの話はにわかには信じ難い。
魔科学のくだりは丸々嘘でもおかしくは無い。
まぁ、現状嘘でも何でも構いはしない。
サブニルのすべき事はひとつ。
「魔科学が何だい? どうせその牛だかタコだかイマイチよくわからないアヤカシを駒に戦うんだろう?」
サブニルは丸みのある銀色の鋒で牛頭の怪物を指す。
アヤカシとの戦闘に関して、サブニルはプロ。負ける気がしない。
「半分、不正解」
「?」
「この『ブエン』を戦わせるというのは正解よ」
ブエンという名の牛頭の怪物へ、クレアは手を振るって指揮を取る。
「ぼほぁぁっ!!」
涎を撒き散らし、ブエンがサブニルへと襲いかかる。
「界層は、人界と妖界、だけじゃない。魔科学を使えば、『他の界層とリンクする』術を作る事も出来る」
その言葉の意味を、サブニルは瞬時に悟った。
「まさか……アヤカシじゃない!?」
「正解」
クレアの声を掻き消す轟音と共に、ブエンという牛頭の『怪物』が、サブニルの知らない法則に従じた、実に「常識的」一撃を放った。
 
食塩水から塩だけを取り出す。
小学校教育でも行われる初歩的な『科学』の応用実験。
「水は100度を越えると蒸発する」という科学の中のひとつの法則を応用したお手頃な物。
しかしお手頃と言っても指先ひとつで行える事では無い。道具と素材が要る。
道具としてはアルコールランプやライター、それと容器。
素材としては食塩水。
全て揃えて、ようやく実験を行う事が可能になり、その結果として法則に従い『現象』が起こる。
無からは何も生まれはしない。科学以前に世界の法則だ。
世界の法則を差す魔科学も、そうでないはずは無い。
非科学など科学の範疇を越えた無数の法則を参照できるだけ。
つまり、非科学の法則で食塩水から塩を抜くにしても、一定のツールとプロセスを要する。
例えば、「手をかざすだけで食塩水から塩を抽出できる」法則があったとしよう。
それでも、手という道具、食塩水という素材、手をかざすという儀式が必要になる。
いくらこの世界のあらゆる法則の一片を解析していようと、それはただの知識。現象にするには準備が必要。
ES・スクールの大教授の1人、元天才女医、クレアレイス=ローリアの敗因はそこにある。
彼女が敵に対するカウンターとして用意していたのは、数体の『怪物』。
それで充分だと彼女は確信していた。
他の手札を用意しなかった。女王様気質故の奢りとも言える。
策を弄しすぎる事を美としなかった。
最低限の労力でスマートに事を運ぶ事に固執した。
妖しく発光する銀の刃が、充分足り得なかったらしい『怪物』を全て叩き潰してからでは、『魔科学を応用した戦闘』を可能にするだけの準備をする時間が無かった。
故に、彼女はサブニルに殴り飛ばされ、気を失っている間に拘束された。
彼女の用意した『怪物』達が拍子抜けするほど弱かった、わけでは無い。
むしろボロボロのサブニルの姿を見れば、彼の実力を知る者達は『怪物』達の戦闘能力に戦慄し、その善戦具合に拍手するだろう。
エクソシスト協会は、戦闘の強さの序列が権力に反映される様な殺伐とした職場では無い。
例え戦闘能力が協会トップクラスでも、末端として現場を走り回るサブニルの様な者がいるのだ。
本人が出世する気がない以上仕方ない。
要するに、未知の法則を武器にする『怪物』を正面からねじ伏せれるだけの力を、サブニルが有していた、というだけの事。
もし、クレアの相手がサブニルで無ければ、クレアは「用意を怠ったバカ」では無く、「最低限の労力しか費やさない効率的で利口な切れ者」と評価出来る展開も充分あっただろう。
「あーあーあー……俺みたいな中年親父に無茶させちゃダメだよ…」
見た目はかなりの大ダメージを負っているように見えるが、サブニルは余裕有り気に笑う。
ついさっき意識を取り戻したクレアは、背中で柱を抱く形で手錠をかけられている事を確認し、静かに舌打ち。
せめてもの抵抗かわずかにもがくが、手錠がジャラジャラと鳴るだけ。
「捕まった気分はどうだい、お嬢さん?」
「……素直に表現するなら、これがぴったりね。クソッタレ」
「そうかい」
「……私は今後、どう扱われるのかしら?」
「とりあえず、あんたにゃ色々聞く必要がありそうだし、多分マインド・シフト・プリズンより先に協会本部の『尋問用VIPルーム』行きだろうね」
ES・スクール、クレアの口ぶりからすると、協会内で専属の対策課ができるほど大々的な違法団体。
協会としては少しでも情報を搾り出す方針を取るだろう。
「……そういや最近、埃かぶってた『組織犯罪への対策課』が再稼働じ始めたとか聞いた気がするし…そっちの課の奴はES・スクールってのの情報持ってんのかねぇ……」
……というか、サブニルはその組織犯罪対策課に異動になっている。
ちゃんとES・スクールについても事前情報を伝えられていた。ただ気付いてないし伝わってないだけで。
上司の話を真面目に聞かない悪癖は健在である。
「ところで、おじさんは独身?」
「あん? いや。仕事中は指輪外してるだけさ。立派な妻子持ちだよ」
最近妻は厳しく、娘は反抗期だが。
「見逃してくれるのなら、アソビ相手になってあげるのもやぶさかでは無い、と提案してみるわ」
自力では脱出不可能、そう判断したクレアは、肉体関係をカードに取引を持ちかけた。
「うーん、最高の提案だが、死を覚悟してまで女遊びしたいと思うほど俺は若くないし、妻は優しくない」
「……相当の鬼嫁を抱えたようね」
「出会った頃はもうちょい優しかったけどねぇ……」
「クロトゥスの奴も同じ様な事を言っていたわね。昔は虫も殺せなそうな女性だったーとか何とか……現在のあの女からは想像つかなかったけど」
「……笑えないねぇ……」
ES・スクールなんてブッ飛んだ組織の人間でも、妻には敵わないらしい。
ある意味、これも世界の法則なのかも知れない。
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