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キューピッドと呼ばないで!

須方三城

1,キューピッドな少年

 ああ、夕暮れ空が美しい。


 いつ見ても、夕日という物は心洗われる。


 でも、今の俺に心を洗っている余裕は無い。
 自分で言うのも難だが、俺は今、少し混乱している。
 どうしてこうなった、そう叫びたい気分だ。っていうかうん、叫んじゃおう。


 ……いや、待て。早まるな俺。叫ぶ前に一旦状況を整理してみよう。


 俺の名前は雑色ざしき童助どうすけ、15年前にこの世に生を……いや待てだから落ち着け。そこまで遡ってどうする。そこに答えは無い。絶対に無い。


 まずは、そう。現状把握が先決だ。自分の人生は老後にでも振り返れば良い。


 まずは現在地。夕暮れ染まる学校の屋上。
 もうこの時点で少しおかしい。


 俺が通うこの晴屡矢はれるや高校は本来、屋上は解放されていない。
 しかし現に俺は屋上にいる。
 何故か。ドアが丸ごと取り外されていた……というより、どう見ても体当たりか何かでブチ破られていたからだ。うん、不思議な事もある物だ。
 という訳で、屋上は現在ノーガード状態。


 ……まぁ、そこまでならまだ良い。ヤンチャ坊主というか不良テイストな方々の仕業かなとか、まだ現実的な推測の余地があるから。


 ここからだ、問題は。
 俺は今、とても耳を疑っている。
 ここまで自分の聴力に不信感を抱いたのは初めてだ。


「……なぁ、もう1回、言ってくれ」


 これは考えるより、確認した方が早いだろう。


「あ、……あの……」


 俺の目の前には、高校生とは思えない小柄な女子が1人。
 晴屡矢高校指定のブラウスタイプの女子制服を着ていなければ、中学生と間違えてしまいそうだ。


 彼女のポニーテールまがいな髪型は活発な印象を与えようとするが、細いフレームのメガネと、指突で簡単にへし折れそうな細く力弱い体格が相まって、それを相殺している。
 雰囲気的にこの少女は、内気系のインドア派、趣味は読書とかだろう。
 要するにポニーテールがかなりミスマッチだ。
 おそらく雑誌か何かで「いいかも」と思ったものをただただ真似しているのだろう。そうとしか考えられないくらい、取って付けた感がある。


 そんなアウェイ感溢れるポニーテールをぶらさげた少女が今、俺が自身の聴力に寄せていた絶大なる信頼を突き崩そうとしている。


「そ、……その、そ……」


 モジモジと口ごもり、ひたすら顔を赤める少女。熱でもあるんじゃないか、そう心配になるくらい顔が赤い。


 俺は、この少女を知っている。だが、名前は覚えていない。
 とりあえず、俺は心の中でこの少女を『果肉』と呼んでいる。理由は後々。


「う、うぅ……その、です……ね……」


 かなりの前傾姿勢でモジモジし始めた果肉。
 ……聞き方を変えた方が良さそうだ。


「お前さ、さっき……」


 頼むから首を横に振れ果肉。
 そう願いながら、俺はおそらく空耳だったであろう果肉の爆弾発言を復唱する。


「…………『男に興味ありませんか?』って言ったのか?」


 果肉は、うなづきやがった。






 時間を少しだけ巻き戻す。


 晴屡矢高校は、戦前からある少々オールドな学校だ。
 15年前に四階建ての新校舎が建てられ、木造3階建ての小さな旧校舎は立ち入り禁止の廃校舎となった。
 今の時代、建てるのも壊すのも莫大な金がかかるらしく、廃校舎は取り壊されずに放置されている。


 まぁ、簡単に言えば少々悪い子達の恰好の溜り場である。


 そんな廃校舎の小さな裏庭。
 庭というのもおこがましい小ささだが、便宜上裏庭だ。
 放置されている木々の枝葉が天井になり、裏庭には初夏とは思えない薄暗さが漂っている。自然の屋根という感じだ。


 剥き出しになった大きな木の根に腰かけ、俺は友人からのラインメッセージを読み、溜息を吐いた。


 俺は今、1人だ。
 別に友達がいないから、こんなところに1人でいるわけでは無い。
 確かに少ないほうかも知れないが、日々を充実させるには充分な人数は足りている。


 いつもは悪友とここにたむろし、雑談やゲームをしているのだが、生憎悪友さんは「お用事」だそうだ。
 俺のスマホのディスプレイには、悪友からの謝罪の言葉とそれを強調するスタンプが表示されている。


「……どーせ、またナンパでもふっかけた子とデートだろ」


 モテモテの悪友に嫉妬心が止まらない。今すぐにでも吊るしてやりたい。


「あーあー……」


 ……自分で言うのも難だが、俺はモテない訳では無い。
 そう『異性にモテる』という点だけで見れば、俺は確実に平均以上にモテる方だ。
 ただし、それは全て『ある理由』のせい。
 そして、その『ある理由』は、俺に取ってコンプレックスでありトラウマ。


 何せ、あの不愉快な『アダ名』の発端だ。


「……俺も普通にモテたい」


 切な願いをつぶやき、スマホをポケットにしまう。


「それはさておき……暇だな」


 家に帰っても母と犬とご近所さんがウザ絡みしてくるだけだし、今日の美術の授業で出された課題はそもそも手をつけるつもりが無い。
 遊ぶ予定も無い。見たいテレビ番組も無い。進めたいゲームも無い。今日ほど暇な日も珍しい。
 コンビニか古本屋にでも行って立ち読みして来ようか。そう思い立ち上がろうとした時、2つの影がこちらに向かってくるのが見えた。


「お前か? 晴屡矢の『キューピッド』ってのは」
「!」


 ピクッと反応し、不快感の余り自然と眉間にシワがよる。
 やって来たのは、他校の制服を着た2人の男子。
 2人共「プロレスラーかよ」とツッコミたくなる様な体格で、拳には人を殴りなれている厚い皮が張っていた。


 その制服には見覚えがある。


「その制服……世紀末工業?」


「世紀末とか言うなや! 模布モブ工業高校だ! なぁスケさん!」
「そうだぜカクさん!」


 模布工業高校、晴屡矢からそう遠くはない高校だ。
 全校生徒の7割が時代錯誤のケンカ中毒。「不良」というより「チンピラ」が多い。
 あまりにも殺伐としててとても教育施設とは思えない惨状だそうで、近隣の高校生は「世紀末工業」と呼んでいる。


「スケとカク……ああ、モブのツインヘッド(笑)」


 模布には、スケとカクという「二大番長ツインヘッド」なるコンビがいると悪友との世間話で聞いた。
 誇張されたアホ話かと思っていたが、実話だったらしい。


「……何か用?」


 俺にはあの世紀末工業の人間に絡まれる身に覚えなどない。
 少しばかり学業への取り組みに姿勢に不真面目な感がある以外、俺は「一般的な高校生」という物に限り無く近い。
 不良と呼ばれる部類では決して無い。


 そんな俺が、「ヒャッハァー水だぁ!」を素で行くようなチンピラ集団と関わる訳が無い。


「ミカコをフったらしいじゃねぇか」
「…………誰?」


 フった、という事は、俺と交際歴がある者か、俺に告白した者。
 今までの交際歴にミカコという女子はいない。つまり後者だろう。


 普通、告白されたら記憶に残る物だろうが、俺の場合はいちいち告白してきた相手の顔や名前を覚えちゃいない。
「ある理由」のせいで月に1回くらい告白を喰らうせいだ。


 自分で言ってて、ブッ飛んだモテ男の様に聞こえるが、実情はかなり違う。
 仮にそうだったとしたらこんな所で暇なんぞ持て余しはしない。


 不愉快で仕方ない。全て「ある理由」のせいだ。


「誰、だぁ……? 俺の妹だよ!」


 と叫んだのはカクさん。


「あー……」


 妹の告白を一蹴したクソ野郎をシメに来た、という訳か。
 発想が理不尽だ。流石は世紀末工業。


「……ったく、自分で広めたい噂の方は全然広まんないな……」
「何ブツブツ言ってんだ『キューピッド』!」
「……そのアダ名、マジでやめろよ。腹立つから」


 本当、そのアダ名は嫌いだ。
 そう何度も呼ばれると、思わず喧嘩腰になってしまう。


「んだと?」


 スケとカクは拳を構え、臨戦体勢。こちらが少し敵意を見せた途端に拳を構える辺り、世紀末工業の世紀末っぷりが伺える。
 仕方無い、と俺はゆっくり立ち上がる。
 一般人を痛めつけるのはアレだが、2回もあのアダ名で呼ばれた挙句、理不尽に絡まれて、柄にも無く少々イラついている。


 痛めつける、と言っても暴力は使わない。俺は決して喧嘩が強い部類じゃない。
 ただ、この手の輩を撃退するには丁度良い『手段』を持っている。


「行くぜスケさん!」
「殺るぜカクさん!」
「……ったく」


 拳を構え突進して来る2人に対し、俺は嫌悪と敵意を向ける。


 それだけだ。
 それをトリガーに、ある現象が起動する。


 次の瞬間、先陣を切ったカクが小石につまづき、転びかけて急停止した。


「うおっ…」
「うぇえっ!?」


 後方から続くスケがカクにぶつかり、2人まとまって転倒。


「だせぇ」
「っく…何だそのどや顔! テメェ何もしてねぇだろ!」
「俺らが自爆しただけだ!」
「威張って言う事じゃねぇだろ」
「「うるさい!」」


 飛び起きたスケカクに、次の『不幸』が襲いかかる。
 鳥のフンが2筋、それぞれ二人の頭頂部へ、狙いすました様に直撃した。


「おー、こう来たか」


 おそらく、枝葉の屋根に巣を作ってる小鳥の仕業だろう。


「汚っ!」
「ばっちぃ!」


 鳥のフンでギャーギャー騒いでいるスケさんカクさん。騒ぐ内、足がもつれて2人ともまたズッコケる。


「ぐぇぶ!? っ……な、何かおかしいぜカクさん!」
「さっきから何なんだスケさん!」
「なんとなくわかったかも知れねぇけど、昔からこうなんだよ。俺にケンカ売る奴は、例外なく『偶然にも』不幸が連発して、ケンカどころじゃなくなる」


 おかげで、俺は1度も人を殴った事なんぞ無いが、喧嘩は無敗だ。


「超能力…!?」
「違ぇよ。近いかも知れないけど」
「よ、よくわかんねぇけど、やべぇよカクさん!」
「マジガチヤベぇなスケさん!」


 そう言い残して、スケカクコンビは昭和アニメのやられた敵役よろしく、すたこらさっさと逃げ去っていった。


「……これでこっちの噂も広まれば、馬鹿にケンカ売られる事も無くなるんだけどな」


 さっきも言ったが、広まって欲しい噂程、中々広まってくれない。


 世界は俺が嫌いなんだろうか。
 そんな事を考えて、ちょっと凹む。


 そんな俺の背に、ふわりと何かが触れた。


「ん?」


 舞い落ちた木の葉が当たった様な、軽い感触。ちょっと振り返ってみると、


「……………ども………」
「…んん?」


 めちゃくちゃ赤面している、1人の少女がいた。
 ポニーテールがミスマッチな、細身のメガネ女子。
 中学生を騙っても充分通じそうな程に小柄で、存在感0の、ある意味透き通る様な少女。


「い、いつの間に後ろに……」
「…………」


 少女はモジモジするだけで答えない。口が小さくパクパクしているので喋ろうと努力はしている事が伺える。


 ……いや、ちょっと待て。こいつ、マジでいつの間にここに来たんだ?
 この旧校舎裏の空間は、茂み等々の問題で今スケカクコンビが出入りした方向以外から入って来るのは難しい。
 流石に向こうからやって来て、尚且背後に回られたら気付くだろう。


 もしかして、俺より先にここに居た……?
 そして俺はそれに気付かず今まで過ごし、この少女も今の今まで俺に話しかけるタイミングを伺っていた……という事、なのだろうか。


「こ…………ここに………よくいると…聞いて………」


 5メートルくらい離れた人と喋っている気分だ。それくらい、目の前の少女の声は小さい。
 この少女は、確かクラスメイトだ。
 いつも教室で独りポツンと座っているのを見る。


 ………………ダメだ、名前が出てこない。


 クラスの初顔合わせのHR時、この少女の自己紹介を聞いて、あまりの声の小ささとモジモジ感は印象的だったので、記憶に残っている。
 あの時も、りんごみたいな真っ赤な顔をしていた。しかし、やっぱり名前が出ない。
 でも、名前自体は覚えていないが、名前を聞いた時の印象はかすかに記憶に残っている。


『フルーツ女』だ。


 ここはとりあえず、『果肉』と仮命名しておこう。


「俺に、何か用か?」
「……」


 ものすごく限界そうな顔でうなづく果肉。
 多分、本当に限界なのだろう。この少女が誰かと話している所など、見た事がない。
 人と接することを苦手とするタイプだろう。


「……用件は?」


 さっさと話を進めて、用件とやらを済ませてあげるのが果肉のためだろう。


「あの………お…おと……」
「音?」
「……っ」


 やっぱり無理、そう言わんばかりに果肉は回れ右して全力疾走。


「おい!?」


 無茶苦茶なスピードだ。おそらく陸上部でエーススプリンターの座をかっさらってしまえるくらい。


「何なんだよ!」


 女子が赤面して話しかけてくる用件。その大体の内容は、正直想像が付く。
 しかしあの果肉に関しては赤面が人と話す時のデフォルトっぽいし、違う用件かも知れない。
 仕方無い。追う。


 俺は昔から足にはそれなりに自信があった……のだが、果肉の方が速い。背中を見失わないように追いすがるのがやっとだ。


「……っの…待てコラ!」
「ッ」


 俺の追跡に気づき、さらに加速する果肉。
 何だその身体スペックは。本当にインドア派かお前。


 果肉はそのままの速度を維持し、夕暮れが照す新校舎へと突入。


「廊下を走るにも程があんだろ!」


 窓から差し込むトワイライトが、校舎内に不思議な味を持たせている。が、そんな雰囲気を鑑賞する余裕は無い。


 ひたすら俺は走る。果肉も走る。階段を駆け登る。
 そして、果肉が俺より一足先に屋上へと通じるドアの踊り場へたどり着く。


 そこは、実質的行き止まりだ。
 なぜなら、屋上は数年前に飛び降りた生徒がいたため閉鎖されているのだ。


「…っ!」
「なっ!?」


 俺が登る足音に焦りがピークに達したのか、果肉は究極の行動に出た。
 封じられたそのドアへ、小さな体でタックル。


「何してんだお前!?」


 一心不乱にドアへタックルをかまし続けている果肉。
 俺の目に映るその光景は中々狂気を感じさせる物だった。


 しかしまぁ、何事もトライしてみるものか。
 築15年、点検業者が手抜きでもしていたのだろう。ロクに整備されていなかった屋上のドア、その留め具にはガタが来ていたらしい。


 果肉が火事場の馬鹿力を発揮していた事も有り、ドアの留め具が弾け、屋上へと出る道が開いた。
 喜んで屋上へ出た果肉だったが、すぐに気付いた様だ。ここも結局行き止まりでは無いか、と。


「っ~……」


 果肉は懸命に辺りを見回すが、当然、今登って来た階段以外逃げ道は無い。
 その道も、俺が塞ぐ。
 崖に追い詰められた犯人さながらの心境か、果肉は涙目。息も荒い。


「無茶苦茶しやがって…どんだけ逃げるんだテメェは…!」
「ひっ…」


 一歩近いた俺から逃げる様に、じりじりと後退する果肉。この状況を他人が見たら、俺が果肉を暴行しようとしていると勘違いされかねない。


「あのなぁ……話があるつったのはそっちだろ……」


 俺は一応良心的な方なはずだ。わざわざ追ってまでそれを聞こうと言うのだから。


「……勇気…が……無くて……」
「勇気、ねぇ」


 どうやら、予想に反する用件では無かった様だ。


「『キューピッド』、か」


 キューピッド。俺が中学生の時に与えられた、あだ名というか称号。
 俺のコンプレックス。そして、ジンクス。






 小学4年生の時、ちょっとおマセだった俺はある少女に告白した。笑顔の素敵な女の子だ。
 そして、見事成功。子供ながらに公園とかでデートなんぞしたりしていた。


 しかし、小五の夏、突然別れを告げられた。
 実はその少女、俺に告白される前から好きな男子がいたらしい。
 そっちから告白を受けた、そっちと付き合いたい、との事。


 悲しかったが、俺は身を引いた。あの子が幸せそうに笑ってるなら、それでいいやと、素直にそう思った。


 小学6年生の秋も、中1の春も、中2の春と冬も、俺は異常な速度で同じ様な交際と離別を繰り返していた。


 惚れやすい俺にも問題はあるのだが、これは異常な事だ。
 そして中2の終わり頃、俺は初めて女子の方から告白を受けた。


 別に好みの子じゃなかったが、何度も好きな子が元々の片思いの相手とくっついていった体験から、「こっちから告るからダメなのか?」と考えていた俺は、その告白を受ける事にした。
 まぁ一ヶ月も経つと「笑顔が可愛い」ってだけで惚れてしまう様なチョロ男なあの頃の俺はすっかりその子に好意を寄せていた訳だが。


 しかし、その子すら、通例通りと言わんばかりに元々の片思いの相手とくっついてしまった。


 何でだ。何故意中の相手がいるのに、俺に告白なんてしたんだ。おかしい。何かが。


 そう思っていた俺に、また交際を申し出る女の子が現れた。
 そして、その女の子も……


 おかしい、いくら何でも。
 まるで1+1が2になるというくらい法則的に、俺と交際する子達は必ず本当に好きな相手と結ばれてゆく。何だこのふざけた法則は。


 そしてまた、他の女子に告白された。
 もう半分女性不信に陥っていた俺はそれを拒絶。


 女子は異常に食らいついてきた。それでも首を横に振る俺に、女子は半ギレになり、ある爆弾発言をした。


「私だって、好きであんたに告白なんてしてる訳じゃない」と。


 その女子はその勢いのまま、俺に教えてくれた。とんでもない噂を。


「童助と付き合ったら、好きな人から告白される」


 そんな、噂を。


 そして、俺は知る。
 自分がローマ神話で言う恋愛成就の神様『キューピッド』と呼ばれていることを。


 ……まぁ、噂はあながち間違いでは無かった。


 俺は『キューピッド』では無いが、特別な存在の血を引き、特別な体質を持っている。


 それだ。
 今までの失恋は、その体質のせいだったのだ。
 それに気付いた俺は、もう恋などしないと決めた。


 キューピッド役など、ごめんだから。






「先に言っとく」


 突き放す事を意識し、強い口調に切り替える。


「俺は、もう絶対に女と付き合わん」


 好きになっても、好きになればなる程、俺の恋は実らない。キューピッドという道化になる。もう嫌なんだ、そんなのは。
 他人が幸せになるのは大いに結構だが、そのために自分が辛い思いなどしたくない。不幸になどなりたくないのだ。
 しかし、俺の発言に果肉は赤面すら忘れ、ポカンとしていた。


「……?」


 何か、俺が想定していたリアクションと違う。
 果肉はボソボソと口を開く。


「あの…別に……それはそれで……」
「はぁ?」
「わ、…私が……聞きたいのは……」






 そして冒頭に戻る訳である。


「男に興味ありますか……って、興味ってやっぱ、恋愛的な……か?」


 コクりとうなづきやがる果肉。


 何だ、この状況。
 夕暮れの屋上、今まで一言すら交わした事も無いクラスの女子に、「あなたは男色もイケますか?」と問われている。


 とりあえず深呼吸しよう。そして言おう。


「無ぇよ!」


 アホか。
 確かに俺には女嫌いの気はあるが、だからと言って男が好きな訳では無い。
 何なんだこの果肉は。アレか、今急増中らしい腐女子とかいう奴か。腐肉か。


「あ、あの…一生のお願い……なんです…! お、男に…興味を持って…くれませんか……?」
「何だそのお願い!? おかしい! 絶対におかしい!」


 一生のお願いという切り札を切ってまで、この俺を男色家にしたいと言うのか。どこまで腐っているんだこの果肉は。


「じゃあ………どうすれば……聞いてもらえますか…?」
「例えこの世界の半分をもらえても聞かねぇよ!」


 その道の人には悪いが、男色は俺に取って理解の外だ。


「………この手は……使いたく無かった……」
「……? 何する気だ?」
「お、脅し…ます……!」


 脅す。
 この果肉に、俺を武力でどうこうするのは不可能だろう。
 足の速さでは負けたが、こんな華奢な少女に膂力りょりょくで負けるはずが無い。


 という事は、何かしらの弱味で脅迫するつもりか。
 弱味……たまに親父の部屋からAVを無断拝借する事か、それとも近所のお姉さん(鬼畜)に無理矢理女装させられた写真が流出しやがったか。


 まさか……アレか? いや、それとも……
 とか何とか色々思い当たる弱味を心中並べ立てる内に、果肉が告げる。


「あ、あなたを………す、すす……好きに、なりますよ…!」
「………………………………………………………………は?」


 また、己の耳に疑念を向けざる負えなくなった。


「信じられないかも……ですけど……私は、好きな人を……必ず、不幸に出来るんですよ……!」
「!」
「へー、すごい偶然じゃない」


 突然会話に飛び込んできた、第三の声。


「なっ……ニコ!?」
「おいっす!」


 屋上から階段へ通じるドアの上、貯水タンクっぽいもののあるスペース。
 そこに仁王立ちする1人の女性。


 風になびく真珠の様な美しい黒みを持った長い髪。出るとこ出て締まるとこ締まった抜群のボディライン。
 雑誌で表紙にでもなっていれば思わず手に取ってしまいそうな美女。
 アンケートを取れば、満場一致で「見た目だけで判断すれば美人」という答えが帰って来るだろう。


 その名も桐谷きりたに戸法このり
 俺より1年だけ先に産まれた近所のお姉さんだ。この晴屡矢高校の2年生でもある。
 親しい者はキリタニコノリの真ん中から抜粋してニコと呼ぶ。


「何でそんな所に……」
「ここ風通し最高でさ。たまに一眠りしに来てるの。授業中に。そしてさっき起きて、話は大体聞いちゃった!」
「……ここ、さっきまで封鎖されてたよな」
「やーね。私だってこっそり鍵の複製くらい出来るわよ」


 どうやら学校の管理する鍵を、無断で複製して持ち歩いているらしい。


「ちなみにマスターキーね。校内フリーパスって感じ?」


 笑顔で語るニコだが、立派な犯罪である。


 まぁ、こういう型破りというか無茶苦茶な奴だとはわかっているので、ため息ひとつでスルーしておくとしよう。


「とりあえず降りろよ。…パンツ丸見えだぞお前」
「何見てんのよ!」
「何見せてんだよ!」
「お、言うようになったね、っとう!」


 3メートル以上はある高さからニコは一瞬も迷うことなく飛び降りた。
 体の柔軟性をいかし、足の負荷を減らす様に着地後瞬時にごろんと寝転がる。そしてすぐさま飛び起きた。


 相変わらず、無駄に身体能力が抜群のご様子だ。


「……あ、あの、…さっきの……偶然…って」


 ニコの突然過ぎる登場に面食らっていた果肉が、ようやく口を開く。


「うん、すごい偶然よ。種類は違うけど、こいつもあなたと『同類』よ」
「…やっぱりそうか」


 ニコは、特殊な直感を持っている。それは、人間とある者達を見分ける直感。


「好きな人を不幸に…おそらく、『天邪鬼あまのじゃく』の血が入っているのね。そして、その特異体質を制御出来てない」


 ニコが直感で仕分ける存在、それは、


「まさか、この学校に童助以外にも『妖怪アヤカシ』の混血児ハーフがいるとはね」
「…あやかし…?」
「要は妖怪だ。河童だの天狗だの。ちょっとそのまま『ようかい』って言うとややこしいからアヤカシつってるが」
「…じゃあ………」
「ああ」


 俺も、少し驚いていた。まさか同じ様な境遇の者が、クラスにいるなんて


「俺には『座敷童ざしきわらし』の血が混ざってる」







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