キューピッドと呼ばないで!

須方三城

3,ニコの作戦



 月下の街並。男はそれを高いビルの屋上から眺めていた。
 金髪のパーマヘアだが、顔立ちはどうみても日本人なその男は、ふぅ、とため息。


 月光よりも明るい街の光に呆れるように目を閉ざす。


「はいはいはいはい……」


 男はつぶやく。肯定している訳ではない。リズムを取っている訳でもない。果てしなく無意味な、ただの口癖。
 肺から空気を一掃するように、もう一度深いため息を眼下の街並みへ吐きつける。


 金髪パーマは目を開ける。
 世界は、当然変化していない。


 雑踏、雑踏、雑踏。


「メンドイけど、俺が選んだ事だしね、はいはいっと」


 男は選んだ「世界の変化を観測する」事を。


「さて、まずは『実験』に必要な諸々の素材、それから『フラスコ』の設定、『素体』の選出……あーあ、こりゃ夏休み返上だわな」


 チッっと小さく舌打ち。


「『レポート』の提出は九月末…ギリ、か。遅れると『教授ジニアス』の連中がうるせぇし、『カウンター』も嗅ぎつけて来るかも知れない……」


 彼が口に出す言葉は、常人が聞いてもさっぱり何の事かわからない。
 とりあえずわかるのは、この金髪パーマはちょっと焦っている。


「はいはいはいはい…わかってるさ。『教え子アンスキッド』は働けって事だろ『教授ジニアス』様よ」


 メンドくさいが、仕方ない。この労力は対価だ。


「働かざる者望むべからず。はい!」


 切り替えるように両手をパンッ! と叩き合わせる。


「『ESアズ・スクール』ピカピカの一年生、レッサーノ様の初陣だ」


 初陣、と言えば聞こえはイイが、やる事は地道だ。
 買い物・物探し・工作だ。まず向かうべきは雑貨店。
 最新機種のスマホでこの辺りの地図を検索し、金髪パーマのレッサーノさんは雑貨店へと徒歩で向う。








 俺、ニコ、そして巳柑こと果肉(公認)が雑色ざしき家に到着した時、辺りはすっかり夜の帳が降りきっていた。


 俺の家はのび太くんの家並みにありふれた二階建て一軒家。


「……普通、…ですね…」


 一体どんな邸宅をイメージしていたんだろうかこの果肉は。


 ちなみに、雑色邸の二軒隣には、この雑色邸の3倍近い敷地面積のお屋敷がある、それがニコハウス。桐谷邸だ。
 さらに、この住宅街からまっすぐ行ったところにある幸守さちのもり神社は、その神社が建つ山もろともニコの祖父の所有物だったりする。
 格差社会だ。 


「ただいま」


 俺はニコと果肉を率いる形で自宅の玄関を開ける。


「あ、童ちゃんおかえりー…って、あら?」


 間の抜けた感じの出迎えの声。
 現れたのは温和そうな雰囲気しか感じられない、多く見積もっても20代中盤なエプロン姿の女性。
 俺の母、雑色ざしき華子はなこ。混じり気の無い純粋種の座敷童。
 そんな華子に続いてゴールデンレトリバーな子犬がパタパタと駆け寄って来る。


「よ、イヌキング」
「ワフッ!」
「…い、………いぬきんぐ……」
「深く考えちゃダメよ巳柑ちゃん。ハナさん、ども!」
「あらあらニコちゃんこんばんは。…そっちの子は初めてね。こんばんわ」
「……ど……どうも…」


 この人が、座敷童……? と言いたげな果肉。


 まぁ、俺の母はどう見ても、優し気なただの若奥様だ。高校生の実子がいるとは思えないし、ましてや実は人外だなんて想像もできないだろう。


 調理中だったのか、母の手には菜箸。その菜箸で俺の頭を突っつきながら「ねぇ新しい彼女なの? ねぇねぇ童ちゃん」とふんわりウザ絡みしてくる。


 ……実は、怒らせると最強の陰陽師集団すら薙ぎ払ってしまう猛者だったりするが、普段はこの通りちょっとふんわりした普通のお母様である。


「親父は?」
「今日は夜撮りだって」


 俺の父は、「そこそこ」売れている俳優だ。母の体質を利用すればもっと大成出来たのだろうが、俺の父はそうはいかなかった。


 父は「座敷童の力で売れる事」を「幸せ」として全く考えちゃいない。
 むしろそれじゃあつまらんとか考えてるタイプ。そんな父なので、母の力でどれだけ幸せになろうと、俳優として売れるかには全く関係なく、そこは父の純粋な実力だ。


「ところで、2人共、夕飯は食べてく?」
「…え…」
「はいはいはーい!ごちになります!」
「おい、今後の話し合いのために家に来たんじゃ…」
「だって腹ペコなんだもん!」


 どうやら、ニコがウチを指名したのはハナっから夕飯が狙いだったらしい。
 そんな中、追い打ちをかける様に、俺の背後で果肉の腹がうなりを上げる。


「……」
「……」


 俺の白い目。
 赤面する果肉。


 結局、2:1の多数決により、まずは夕食会という事になった。






「あら、ただの子じゃないと思ってたけど、天邪鬼だったの」
「……はい…」


 食卓を囲みながら、俺達は母に事の経緯を説明した。


「で……童ちゃんまさか…そのツルケン君を本当に…?」
「……そこをどうにか考えなきゃなんねぇ」


 俺の「天使の祝福キューピッドサイド」は制御が効かない。そして今まで、「友人」レベルの好意の相手に発動した事は無い、というより、発動したことがわかる程に大きな幸福を得た友人がいない。
 よくつるんでいる悪友がヤケにくじ運良いのとかは、俺のおかげって可能性も少しはありはするが。


 骨折が奇跡的に即回復するなんて幸福を与えるには、やはり……


「私に出来る事があればしてあげたいけど……私に至っては不幸にする方すら自分では操れなくて……」


 俺や果肉がその体質を制御出来ていないのは、別に人間の血が入っているのが原因とかでは無い。
 体質の制御性・影響力は、完全に天性の素質。出来る奴は出来るし出来ない奴は出来ない。例え純粋種であろうとだ。現に、母は自らの意思では座敷童の力は何一つ引き出せない。影響力も俺に比べると微弱。
 母にきちんと愛情を注がれてきた俺ですら、「少し良い事がたまにある」くらいで、何不自由なく幸せな人生を歩んでいる訳ではない。
 もし母の体質が絶大で常に発動してくれていれば、そもそも「キューピッド」なんてあだ名が付く様な人生は送っちゃいないだろう。


「まぁ、そうね。とりあえず私から意見を言うのなら…巳柑ちゃんはこの件に関わっちゃダメ」
「……え…でも……」
「座敷童の体質は好意とか嫌悪とか、発動対象に限定条件、明確な照準がある。でも、あなたのは違うの」


 天邪鬼の体質は、対象を限定しない。
 とにかく果肉の思い描いた未来とは逆の現象を引き起こす。つまり果肉が思い描いた未来に関わる全ての者・物・事象全てに干渉する。制限があるとすれば、「一定以上の強い意思を込めた想像」に対してのみ発動する、というくらいか。


 果肉はその絶大な力を制御不可能。どこでどう起動してしまうかわかったものではない。


 果肉に何かを任せたとしても、それを「達成しよう」と強く思った時に「表裏返しリターンハート」が発動してしまえば、確実に失敗する。
 俺やニコが何かするにしても、果肉がその成功を無意識にでも願ったりした時、確実に発動しないとは言い切れないし、発動すれば、当然失敗するだろう。


「関わるとしたら、何の関心も持たず、ただ経過を見守るだけにしないと……」
「……大丈夫…です……この体質と付き合うために……ある程度…感情の起伏は制御…できます」


 それでも、防げない事はある。だからこそツルケンの腕をめぐってこんな面倒な事になっているのだ。


 ……どうにかすべきは、まずこいつの体質なんじゃないのか?
 サラダを口に運びながら俺は考える。しかし、そっちの方が難題だ。


 アヤカシの体質の制御は、先も言ったが才能だ。他人が教えられるコツなど無い。種族が違えば尚更。ふとした拍子に己で感覚を掴む。それしか無い。
 16年掴めなかったものが、掴みたいと思ったから唐突に掴める物でも無いだろう。


 ニコがその辺りを言及しない事から考えて、陰陽師の方にもアヤカシの体質をどうこうする術は無い様だ。
 まぁそんなもんあるならアヤカシを武力で撃退する必要など無かっただろうし。


「あ、良い事思いついた!」


 無我夢中で食事を腹に掻き込んでいたニコが唐突にその箸を止めた。


「なんだよ?」
「もう童助が同性愛か両性愛に目覚めるしかないじゃん?」
「何断定してくれてんだこの食いしん坊万歳テメェコラ」


 それ以外の道を探すために話し合っているのでは無いのか。


「てな訳でもりもりごはん食べながら黙々と『作戦名』を考えてたの」
「んなもん考えてないで別案を模索してくれない!?ねぇ!?」
「あら童ちゃん、作戦名って大事よ?物事に対するモチベージョンが変わるわ」


 いや、その作戦名って俺が男色に覚醒する前提だろ? そんなんでモチベーション上げられても困惑するしかねぇよ。
 とか思うが、怒るとヤバイ(アヤカシ的な意味で)母には極力逆らわない。
 果肉は関わらせない方が良いし、ニコと母はこの調子。


 俺一人で考えるしかないのか、結局。
 自分の性観念は自分で守れ、という神からのふざけた試練か。


「……で、なんだよ、作戦名」


 一応、聞くだけ聞いといてやろう。
 ニコはヤケに自慢気に、その名を口にした。


「『ツルケンに惚れろ大作戦!!』よ!」


 ……まんまじゃねーか。






 ツルケンに惚れろ大作戦。
 まんま過ぎる名を与えられたこの作戦の詳細は、サプライズ性だか何だかを重視するために「明日の昼休み」まで秘密、との事。


 そしてその告知の翌日、件の「明日の昼休み」である現在。
 俺はメールで屋上に呼び出された。もちろんニコからだ。


 気分が非常に重い。胸の中に鉛の塊をぶち込まれた様だ。


 何をするか詳しくは知らないが、一つ確定している事がある。
 どんな経過をたどる事になろうと、目指す所は俺を同性愛もしくは両性愛に目覚めさせる事。
 当人からすれば非常に迷惑極まりない趣向改変プログラムだ。


 人の趣味趣向を無理矢理どうこうしようってのは人としてどうなんだ。


 ……まぁ、あいつ基本好奇心だけで生きてるからなぁ……
 自分が面白いと思ったらとことんやり抜く。それが見た目は大人で中身はお子様なニコの矜持。
 とにかく、だ。この魔の作戦を何とか乗り切り、自分で別案を考えよう。まだ希望はあるはずだ。…多分。


 とりあえず屋上へ向かう。
 どうせあのピーターパン全開女の事だ。たまには果てしなくえげつない事を思いつくが、大抵幼稚な発想ばかり。BL本とかを「読め!」と押し付けて来るくらいなものだろう。……まぁ、常識を遥かに越えた冊数を用意してくるだろうが。


 屋上へ続く踊り場。ドアは大破されたままだ。
 本当に管理雑だな、この学校……
 下手したらドアが大破してる事すら認知されていないかも知れない。だってぶっ壊れたドアが片付けられずに屋上に放置されているし。


「んん?」


 屋上に出てみるが、誰もいない。
 不意に後方から着地音。また貯水タンクスペースに登っていたらしいニコが飛び降りた音だった。


「さぁ、逃げ道は塞いだわよ!」


 ドアの前に仁王立ちし、ニコは堂々と宣言。その肩にはニコ愛用の鞄が下がっている。


「…だから何だよ」


 ふふーん、とニコは鞄をあさり始める。
 やはりBL本か。鞄のサイズ的に大した量じゃ無さそうだ。それにしても一体どこから調達してきたのやら。


「じゃーん!!」


 ニコが持ち出した2つの物体。
 それは、俺に己の読みの甘さを心の底から後悔させる物だった。


「……お、おい……何だそれ……」


 俺の知識が間違っていないのならば、アレは……


「ぬるぬるローションと、電動バイブ式ディルドーよ!」


 右手には透明なローション液のボトルタイプ容器。
 左手にはヤケに明るい色相のピンクな男根型の物体。俗に言うディルドー。


「どこからそんな物を……」
「昨日あの後、ド○キホーテに買いに行ったのよ。わざわざ」
「あのペンギンめ…無駄に幅広い品揃えしやがって……!」
「むふふふふ……」
「……何をする気だ……」


 大体予想ついているが。


「あんたのケツを、掘る!」


 本気の目だ。


「正気かテメェ……!」


 確実に血迷ってやがる。


「ネットで偶然にも目にした同人作品に、こんな一節があったわ。『どんな野郎でも一発掘っちまえばもう戻れないさ』と。大丈夫、知識に関しては予習バッチリだから。さぁ大人しくズボンを脱いでケツを差出しなさい」


 女性に服を脱げと言われてここまで危機感を覚える展開があっていいのか。
 美人な幼馴染みにズボン脱げと言われたら、もうちょっと興奮できるもんだと思うのだが。
 高揚の汗は皆無。俺の額に嫌な汗がにじむ。


「前々からずっと思ってた。お前は馬鹿だッ!!」
「大人しくケツ出しな! 私の探究欲の糧となれ!」
「断る! ってか本音が見えてるぞ!? せめて建前さくせんは残せよ!」


 ヤバイ。マジでガチヤバイ。要するにマジガチヤバイ。
 初手から荒技過ぎるだろういくらなんでも。


 おそらくマジで犯られる。人生観が変わるまで犯られる。
 この女は好奇心に躊躇が無い。


 あの日見た花がどうたらとかいうアニメを見て「女装男子って超ウケる」とか言いながら俺を張り倒して女装させる様な女だ。
 いつかマジで笑えない展開があってもおかしくないとは思っていたが、まさか今日とは。


「さぁ……」


 ニコは腰を沈め、飛びかかる体勢を取る。
 ダメだ。華奢なくせに熊を一方的にどつき倒せる様な女に体捌きで敵うはずが無い。
 仕方ない……!


 女装程度ならまだ我慢できる。しかし、いくら何でもこれは無理だ。抵抗させてもらう。


 俺は『スイッチ』を切り替える。
 ニコに対して使う事など無いと思っていた力。


 向けるのは全力の嫌悪と不快感。『厄運送りカラミティサイド』。


「覚悟しなさい!」


 とっても楽しそうなニコ。目には狩人のごとき眼光と夢見る少女の様なキラキラが混在しており、ワクワク感全開だ。
 この子は本当に昔っから人一倍好奇心旺盛だ。おそらく俺の痴態と悲鳴が楽しみなのだろう。性的な興味も加乗しているのかも知れない。


 単なる好奇心で人のケツを狙った報いを受けるがいい。


 ニコが今まさに飛びかかろうと踏み込んだ時、『厄運送りカラミティサイド』が発動した。
 ニコの左手。その手の中の電動バイブレーション機能付きディルドーが「運悪く」突然故障したらしく、ニコの意に反して突然激しい振動を始めた。


「うわわっ!?」


 いきなり起動したバイブ機能に驚き、ニコはディルドーと一緒にローションボトルも落としてしまった。
 ついでに少々体勢も崩してしまい、足がもつれ、転びかける。
 しかし流石はニコ。反射的に人外地味た運動神経を駆使し、転ぶまいと足掻いた。


 それが、更なる不幸につながる。


 体勢を立て直すため振り上げた足を地に戻した時、さっき落としたローションボトルを全力で踏みつけてしまった。
 それにより中身のぬるぬるローションが辺りに溢れ散る。
 一方、ボトルを踏んづけた事で完全に足を取られ、ニコの体勢がリカバリー不能な程に大きく傾く。


 簡単に言うと、ニコはズッコケて、ローションの海にダイブした。


「……」
「……」


 やり過ぎた、かも知れない。


「…………」
「…………」


 顔も上げず、ローションに浸かるニコ。


「だ、大丈夫、か?」
「……使ったわね」


 そりゃあバレるか。


「せ、正当防衛だからな」


 ガバッ、と跳ね起きるニコ。
 ローションのせいで白いブラウスタイプの制服はスケスケだが、鼻を伸ばせる空気じゃない。


 ……やばい、殺されかねん。
 ニコの攻撃色全開な瞳を見て、俺は死期を悟る。


「す、すまん、だけど、それくらい嫌だこの作戦マジで」
「………そんなに?」


 全力でうなづく俺に、ニコはちぇっと子供っぽい舌打ち。目から攻撃色が抜ける。


「ったく、体操着あるから良かったものの、自衛にしてもやり過ぎ。大体、そんなに嫌なら口で言いなさいっての。そしたら別の方法を…」
「嘘つけ」


 あの目は本気で犯りに来ていた。阿修羅すら凌駕する勢いだった。


 図星を突かれ、少し考えるニコ。


「てへっ」ぺろ。
「……やべ、今素で『厄運送りカラミティサイド』発動しそうなくらいイラッと来た」
「えー、年上のドジッ娘って萌えない?」
「しっかりしてくれとしか思ねぇよ」
「ストライクゾーン狭いよ」


 そんな幅広すぎるストライクゾーン抱えてたら、すぐに三振してしまう。


「あーあ、でもこれダメかー……どうしよ」
「こんな事しか考えて無かったのかよ……」


 本当にロクでもない事しか思いつかない様だ。


「ってかぬるぬるし過ぎて気持ち悪い……さっさと着替えよっと」
「…ったく、俺は戻るぞ」
「あれ?見てかないの?」


 何をだ……ってこの状況だと生着替えしか無いか。


「……………………………………アホか」


 常識と良識で男の欲望を押し殺し、俺は屋上を後にした。

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