JOKER~生身で最強だけど、たまにはロボットに乗りたい~
8,再来のイレギュラー
第4世代の量産型GG『リージョン・カード』。
全高約30メートルの八頭身人型機。
細身と言う程では無いが、歴代の量産機に比べてかなりスリム化されており、まさに『絵に描いた様な人型ロボット』と言う具合に仕上がっている。
ベースカラーは灰色。基本装備はビーム兵装が中心になっている。
両肩とバックパックに補助スラスターパーツが装着されており、下半身に比べ上半身がややゴテゴテしている。
重力圏内での活動は視野に入れていないため、全身のバランスは軽視。宇宙空間における機動性の確保を最重要視されているのだ。
通常、このリージョン・カード5機で100メートル級までのインバーダ1体を相手にする小隊を編成する。
今回は100メートルオーバーのインバーダが出現した。
なので、小隊1つに加え、ロリ大明神ことシルヴィアが駆る重砲撃GG、デストロイド・スペードも共に出撃していた。
『ハッ、ロリ大明神がいれば、インバーダ1匹程度、余裕だな』
通信越しにそんな軽口を叩くのは、ついこの最近シャンバラに正式配属になった新人パイロット、ギーマン。
「あんまり信頼され過ぎても困る」
ロリ大明神と言うアダ名には特にリアクションはせず、シルヴィアは静かに返答。
『シルヴィアさん程のパイロットがそんな謙遜したら、僕らの立場が無いですよ』
その音声を聞いただけで、シルヴィアにはジャックの癖とも言える苦笑が簡単に想像できた。
「でも、4ヶ月前のあの『白いインバーダ』の時は、何もできなかった」
知性を持つ白いインバーダ。
あのインバーダが展開するバリアの前に、シルヴィアのデストロイドは成す術が無かった。
『そんなの、極僅かなイレギュラーケースの話でしょう』
確かにアレ以来、白いインバーダは現れていない。
アレが異常個体で、もう他に白いインバーダがいないのならそれはそれで喜ばしい事だが……
「楽観は趣味じゃないから」
まぁ、とにかくさっさとこの仕事を片付けよう。
シルヴィアはそう気持ちを切り替える。
もうすぐ、インバーダとの接触が予想される宙域だ。
「全機、隊列を……」
『こちらシャンバラ管制室!』
突然、慌ただしい上ずり気味の女性の声で通信が入った。
「何かあったの?」
声の様子からして聞くまでも無いだろうが、一応聞いておく。
『統括官からの緊急命令です! 今すぐ帰投してください!』
「バージャスから?」
一体、何故そんな命令を?
何か不測の事態が?
シルヴィアのその疑問は、すぐに解消された。
前方に、見えたのだ。
インバーダの物と思われる青白い光。
「…………!」
その青白い光と相対する『赤黒い光』。
「あの、光は……!」
そして、青白い光が消える。
同時、赤黒い光が大きくなり始めた。
正確には、光の量や大きさは変わっていない。
遠近法による錯覚だ。
つまり、赤黒い光を放つモノがこちらに高速で接近している。
「全機反転! 囮袋射出後、シャンバラに戻って!」
命令を飛ばした後、シルヴィアは動かなかった。
アイカメラの倍率を上げる。
ディスプレイに映ったのは、予想通りの敵。
「白い、インバーダ……!」
白い甲殻に身を包んだ、人間の様な四肢の形状を持つインバーダ。
しかし、その頭部の形状は爬虫類を彷彿とさせるモノであり、長い尻尾も確認できる。
竜人型と言った所か。
サイズは推定で60メートル前後。
その白い竜人型インバーダの口からは……黒い、ゴツゴツとした物体がはみ出していた。
「……まさか……インバーダ同士で、共食い……!?」
異常だ。
やはり異常なんだ、白いインバーダは。
『シルヴィアさん、何を!?』
撤退行動を取らないデストロイドの様子に気付き、ジャックが通信を入れる。
「……しんがり」
一言だけシンプルにそう答え、シルヴィアは操縦桿を強く握りしめた。
隊長などの司令塔の役割とは、作戦の完遂は当然として『被害を最小限に抑えつつ、最大限の戦果を残す』と言うモノがある。
時には101人を救うために100人を殺す覚悟をも求められる。
それが、司令塔と言うモノ。
あのインバーダの移動速度……ただ撤退しても、追いつかれてしまう。
GGは撤退用にインバーダを惹きつけるための微生物を詰め込んだ囮袋を積んではいる。
しかし6機分では稼げて数分。
GGよりも足が速いインバーダが相手では、大した効果は見込めないと前々から技術班の中で問題提議されている。
なら、この中で最も単体戦闘能力が高い……つまり、少ない数で最も時間を稼げるモノがしんがりを務めるべきだ。
それの適任が誰か、シルヴィアは即座に答えを出していた。
「HMバースト、照準、ロック……!」
僅かな勝機を期待しつつ、シルヴィアがイレギュラーに挑む。
冗談じゃねぇぞ……!
地球でゆっくりくつろいでたらいきなりの出撃要請。
まぁ、それは割とよくあるから良い。問題はその先の内容。
あの白いインバーダが出た。
多少の知性を持つ厄介なインバーダが。
それを今、シルヴィアさんが単騎で相手にしている?
「ふざけんな……!」
全速で飛ばす。
気力の消費なんて気にしてられない。もっと、もっと速度を上げる。
飛び立った段階で既に超音速流雲が発生してたし、そこから加速の一方なので、とっくに音速の数十倍の世界だろう。
それでもなお加速を続ける。
もうすぐだ。このまま行けば、30秒以内に白いインバーダとデストロイドの交戦ポイントに着く。
だが、連絡が入ってもう30分が経過している。
その時点では、まだデストロイドとインバーダは接触していなかったらしいが……
もう、決着がついていてもおかしくない。
焦りを燃料に変え、飛ばす。
「!」
赤黒い光。
アレだ。
竜人の様な形状の白いインバーダが、スクラップ寸前のデストロイドを現在進行形でズタズタに引き裂いていた。
だが、まだコックピットブロックは無事だ。
「うぉるぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁあああああぁぁああああぁぁぁああああああっっ!!」
一切、減速はしない。
音速の数十倍の速度で、全力の体当たりを浴びせてやる。
左膝から膝蹴りの要領で、竜人型インバーダの脇腹へ真っ直ぐに突っ込む。
俺の左半身、竜人型インバーダの腹から肩にかけてが、お互いに木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ゴゥアァアッ!?」
「っが……!」
意識が一瞬ブレるくらいの激痛を感じた、が、知った事か。
即座に再生を開始する。
本当は頭を狙いたかったが、速度を出しすぎていたため細かい調整が効かなかった。
竜人型インバーダの方も再生を開始している。
させるか、って話だ。
全長60メートル以上もあるお前より、2メートルも無い俺の方が再生は圧倒的に速やかに完了する。
再生しながら、改めてデストロイドの様子を確認する。
左脚部以外の四肢はもぎ取られ、頭部も半分抉れている。
腰部に付けていたアタッチメント武装も全て使い切ってしまった様子。
だが、コックピット周辺に破損は無い。そこへの直撃だけは頑なに凌いでみせた、と言う事だ。
「流石だな、クイーン……!」
通信機を付けてないから聞こえないだろうが、俺は力の限り、シルヴィアさんを称えた。
現状から考えて、あの白いインバーダに全く歯が立たなかったのだろう。
それでも、俺が駆けつけるまでの30分、諦めずに戦い抜いてくれた。
その技量、そして絶望を拒絶し続ける精神力。
エースパイロットは……クイーンのアダ名は、伊達じゃないと言う事だ。
左指先まで再生し、全身の修復が終わった。
対して、竜人型インバーダはようやく胸と腕が修復できている程度。
「覚悟は良いな、クソッタレ」
さっさと叩き潰して、デストロイドをシャンバラへ運ぶ。
『シルヴィアちゃんの容態はどう?』
シャンバラ、従業員寮。
基本構造は8畳間程度の空間の1ルーム。風呂トイレ付き。
テレビモニターと小タンスとベッドだけは前もって準備されている。
俺はその一室で釜尾さんと映像通信を行っていた。
この部屋は、今日から俺の部屋だ。
俺はしばらく、シャンバラを生活拠点とする事になった。
強制された訳ではない。その方が良いと思ったから、申請したまでだ。
「今は治療室で寝てます。相当無茶な操縦したみたいで……至る所で肉離れや筋肉の炎症を起こしてるみたいです」
それに、精神的な披露も相当なモノだったのだろう。
その寝顔はとても血色が悪く、うなされている様にも見えた。
『でも、彼女の奮戦のおかげで死亡者は0……被害はデストロイド1機で済んだ。本当、あの子の体に見合わないバイタリティには、いつも感服させられるわ』
「流石としか、言えないっす」
絶望的な戦力差を理解しながら、仲間のために命を張る……俺にそんな真似ができるだろうか。
多分、俺にはそんな勇気はない。
俺だけじゃない、大抵の人間にはそんな気概は無いはずだ。
シルヴィアさんには敬服するしかない。
「にしても……一体なんなんだよ、あの白いインバーダ……」
俺の中にいるインバーダを叩き起こして聞いてみたが「白いの? 知らんわそんなん」との事。
『……仮説の域を出ないけど、あの白いインバーダは、「共食個体」の可能性が高いわ』
「バディベイト……?」
『ザリガニに、青いのと赤いのがいるのは知ってる?』
「はい」
『ザリガニの色が変わるのは、その個体が摂取する成分が主な原因だと言われているわ』
昔、教育番組で見た事がある。
赤いザリガニを青くするには、ちょっと餌と環境を調整するだけで良いと。
『普段、常習摂取しないモノを摂取し続けると、体に大きな変異が起こる。まぁ、自然界じゃ珍しくは無い現象ね。環境適応のための定向進化の簡易版……『定向変異』、と言った所かしら』
「定向変異……」
『それと同様、本来共食いをしない種の生物が、共食いを続ける事で形態を変化させる、ってのもあるのよぉん』
「それが、共食個体……」
『ええ。特に、人間なんか、ね』
「!」
『食人をやった異常犯罪者が精神や身体的異常を訴えるケースはよくあるそうよ。それと、食人部族は大半が強靭な肉体を持つものの短命だった、なんて話もあるし……オカルト分野まで行けば、大昔の呪術師や魔法使いは、奇跡を起こす糧として人魂を取り込むために、儀式的に食人を行っていた……ってのもよく聞く話ねぇん』
共食いをする事で異常が起きたり、特異な力を手に入れていたと思わるケースが存在する、と。
インバーダだって生物である以上、共食いで身体変化が起こる可能性は充分ある……か。
『衛星カメラの遠視映像で確認したけど、あの白いインバーダ……黒いインバーダを捕食した後、発光の赤黒さが、若干強くなってるのよねぇ』
つまり、インバーダは共食いをすると、甲殻が白くなり赤黒い光を放つようになる、と。
『私は白いインバーダは故意に体色を変えてるんだと思ってたけど……どうも、違うみたいねぇ』
「…………」
『前に、言ってたわね。インバーダが生命体を喰らうのは、それが美味しいからだって』
「はい」
俺の中にいるインバーダが言っていた事だ。
あいつへの信頼度が高い訳ではないが、まぁおそらく間違いは無いだろう。
『気付いちゃったんでしょうね。身近にいる「生命体」の存在に』
つまり、共食いに走り白いインバーダと化すのは、元々それに気付くくらい知性がある個体。
知性を獲得し、種の本能が禁忌としていた共食いに走った、と。
『半世紀、変化の無かったインバーダ……それがこの4ヶ月で、2体の変異種が確認された。考えたくないけど……』
「……加速度的に増える可能性がある、って事っすよね」
最早、個体変異というより、種そのものが共食いを行う種へと変化しつつある。
そう考えるべきなのかも知れない。
今のところ、エースの専用機ですら歯が立たない白いインバーダ。
現在、マザーウォールの重要幹部達がその対策のために会議を開いている。
『で、本当に良いの?』
「何がっすか?」
『白インバーダへの対策が具体的になるまで、シャンバラに定住するって話よ。あなた、地球での生活が好きなんでしょう?』
「……背に腹は代えられないっすよ」
認識が甘かった。
今まで1度も、身近な誰かに死が迫った事なんて無かったから。
でも、普通に考えたら充分ありえる事だったんだ。
インバーダは未知の宇宙生物なのだから。
そんな怪物達との戦闘なんだ。いつだって、こちらが犠牲無しで撃退し続けられる保証なんて、どこにも無かったんだ。
俺がアガルータでゴロゴロしてる間に、宇宙で同僚が死んでしまうかも知れない。
洒落になってない。
もし、そんな事態に発展したら悔やんでも悔やみ切れない。
今日だって……シルヴィアさんの生存を確認するまで、生きた心地がしなかった。
だから俺はシャンバラに生活拠点を移したんだ。
一応、心配をかけてもアレなので、給料日は夏輪と会うために地球に降りるが……それ以外は、極力シャンバラに留まるつもりだ。
来る夏輪の文化祭は、残念ながら3日間の期間中、1日……いや、2日だけで我慢しよう。
断腸の思いだ……次に白いインバーダが出た時、シルヴィアさんの件も含めて、楽には殺してやれないかも知れない。
『あーあー……寂しくなるわねぇん』
寂しいのはお互い様だ。
釜尾さんは家族の様な存在なのだから。
きっと、釜尾さんも俺の事をそう認識してくれている。
そう思うと、少し嬉しい。
「対策が完成して、地球に降りても問題なくなったら、またお世話になっても良いっすか?」
『愚問ねぇん! よぉし、私も気合入れて対策案を考えちゃう!』
「お願いします」
とりあえず、当面はシャンバラにて白いインバーダを警戒する。
アガルータには行けなくなってしまうが……まぁ仕方無い。
この警戒状態から解放されたら、行けなかった分、毎日通うとしよう。
全高約30メートルの八頭身人型機。
細身と言う程では無いが、歴代の量産機に比べてかなりスリム化されており、まさに『絵に描いた様な人型ロボット』と言う具合に仕上がっている。
ベースカラーは灰色。基本装備はビーム兵装が中心になっている。
両肩とバックパックに補助スラスターパーツが装着されており、下半身に比べ上半身がややゴテゴテしている。
重力圏内での活動は視野に入れていないため、全身のバランスは軽視。宇宙空間における機動性の確保を最重要視されているのだ。
通常、このリージョン・カード5機で100メートル級までのインバーダ1体を相手にする小隊を編成する。
今回は100メートルオーバーのインバーダが出現した。
なので、小隊1つに加え、ロリ大明神ことシルヴィアが駆る重砲撃GG、デストロイド・スペードも共に出撃していた。
『ハッ、ロリ大明神がいれば、インバーダ1匹程度、余裕だな』
通信越しにそんな軽口を叩くのは、ついこの最近シャンバラに正式配属になった新人パイロット、ギーマン。
「あんまり信頼され過ぎても困る」
ロリ大明神と言うアダ名には特にリアクションはせず、シルヴィアは静かに返答。
『シルヴィアさん程のパイロットがそんな謙遜したら、僕らの立場が無いですよ』
その音声を聞いただけで、シルヴィアにはジャックの癖とも言える苦笑が簡単に想像できた。
「でも、4ヶ月前のあの『白いインバーダ』の時は、何もできなかった」
知性を持つ白いインバーダ。
あのインバーダが展開するバリアの前に、シルヴィアのデストロイドは成す術が無かった。
『そんなの、極僅かなイレギュラーケースの話でしょう』
確かにアレ以来、白いインバーダは現れていない。
アレが異常個体で、もう他に白いインバーダがいないのならそれはそれで喜ばしい事だが……
「楽観は趣味じゃないから」
まぁ、とにかくさっさとこの仕事を片付けよう。
シルヴィアはそう気持ちを切り替える。
もうすぐ、インバーダとの接触が予想される宙域だ。
「全機、隊列を……」
『こちらシャンバラ管制室!』
突然、慌ただしい上ずり気味の女性の声で通信が入った。
「何かあったの?」
声の様子からして聞くまでも無いだろうが、一応聞いておく。
『統括官からの緊急命令です! 今すぐ帰投してください!』
「バージャスから?」
一体、何故そんな命令を?
何か不測の事態が?
シルヴィアのその疑問は、すぐに解消された。
前方に、見えたのだ。
インバーダの物と思われる青白い光。
「…………!」
その青白い光と相対する『赤黒い光』。
「あの、光は……!」
そして、青白い光が消える。
同時、赤黒い光が大きくなり始めた。
正確には、光の量や大きさは変わっていない。
遠近法による錯覚だ。
つまり、赤黒い光を放つモノがこちらに高速で接近している。
「全機反転! 囮袋射出後、シャンバラに戻って!」
命令を飛ばした後、シルヴィアは動かなかった。
アイカメラの倍率を上げる。
ディスプレイに映ったのは、予想通りの敵。
「白い、インバーダ……!」
白い甲殻に身を包んだ、人間の様な四肢の形状を持つインバーダ。
しかし、その頭部の形状は爬虫類を彷彿とさせるモノであり、長い尻尾も確認できる。
竜人型と言った所か。
サイズは推定で60メートル前後。
その白い竜人型インバーダの口からは……黒い、ゴツゴツとした物体がはみ出していた。
「……まさか……インバーダ同士で、共食い……!?」
異常だ。
やはり異常なんだ、白いインバーダは。
『シルヴィアさん、何を!?』
撤退行動を取らないデストロイドの様子に気付き、ジャックが通信を入れる。
「……しんがり」
一言だけシンプルにそう答え、シルヴィアは操縦桿を強く握りしめた。
隊長などの司令塔の役割とは、作戦の完遂は当然として『被害を最小限に抑えつつ、最大限の戦果を残す』と言うモノがある。
時には101人を救うために100人を殺す覚悟をも求められる。
それが、司令塔と言うモノ。
あのインバーダの移動速度……ただ撤退しても、追いつかれてしまう。
GGは撤退用にインバーダを惹きつけるための微生物を詰め込んだ囮袋を積んではいる。
しかし6機分では稼げて数分。
GGよりも足が速いインバーダが相手では、大した効果は見込めないと前々から技術班の中で問題提議されている。
なら、この中で最も単体戦闘能力が高い……つまり、少ない数で最も時間を稼げるモノがしんがりを務めるべきだ。
それの適任が誰か、シルヴィアは即座に答えを出していた。
「HMバースト、照準、ロック……!」
僅かな勝機を期待しつつ、シルヴィアがイレギュラーに挑む。
冗談じゃねぇぞ……!
地球でゆっくりくつろいでたらいきなりの出撃要請。
まぁ、それは割とよくあるから良い。問題はその先の内容。
あの白いインバーダが出た。
多少の知性を持つ厄介なインバーダが。
それを今、シルヴィアさんが単騎で相手にしている?
「ふざけんな……!」
全速で飛ばす。
気力の消費なんて気にしてられない。もっと、もっと速度を上げる。
飛び立った段階で既に超音速流雲が発生してたし、そこから加速の一方なので、とっくに音速の数十倍の世界だろう。
それでもなお加速を続ける。
もうすぐだ。このまま行けば、30秒以内に白いインバーダとデストロイドの交戦ポイントに着く。
だが、連絡が入ってもう30分が経過している。
その時点では、まだデストロイドとインバーダは接触していなかったらしいが……
もう、決着がついていてもおかしくない。
焦りを燃料に変え、飛ばす。
「!」
赤黒い光。
アレだ。
竜人の様な形状の白いインバーダが、スクラップ寸前のデストロイドを現在進行形でズタズタに引き裂いていた。
だが、まだコックピットブロックは無事だ。
「うぉるぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁあああああぁぁああああぁぁぁああああああっっ!!」
一切、減速はしない。
音速の数十倍の速度で、全力の体当たりを浴びせてやる。
左膝から膝蹴りの要領で、竜人型インバーダの脇腹へ真っ直ぐに突っ込む。
俺の左半身、竜人型インバーダの腹から肩にかけてが、お互いに木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ゴゥアァアッ!?」
「っが……!」
意識が一瞬ブレるくらいの激痛を感じた、が、知った事か。
即座に再生を開始する。
本当は頭を狙いたかったが、速度を出しすぎていたため細かい調整が効かなかった。
竜人型インバーダの方も再生を開始している。
させるか、って話だ。
全長60メートル以上もあるお前より、2メートルも無い俺の方が再生は圧倒的に速やかに完了する。
再生しながら、改めてデストロイドの様子を確認する。
左脚部以外の四肢はもぎ取られ、頭部も半分抉れている。
腰部に付けていたアタッチメント武装も全て使い切ってしまった様子。
だが、コックピット周辺に破損は無い。そこへの直撃だけは頑なに凌いでみせた、と言う事だ。
「流石だな、クイーン……!」
通信機を付けてないから聞こえないだろうが、俺は力の限り、シルヴィアさんを称えた。
現状から考えて、あの白いインバーダに全く歯が立たなかったのだろう。
それでも、俺が駆けつけるまでの30分、諦めずに戦い抜いてくれた。
その技量、そして絶望を拒絶し続ける精神力。
エースパイロットは……クイーンのアダ名は、伊達じゃないと言う事だ。
左指先まで再生し、全身の修復が終わった。
対して、竜人型インバーダはようやく胸と腕が修復できている程度。
「覚悟は良いな、クソッタレ」
さっさと叩き潰して、デストロイドをシャンバラへ運ぶ。
『シルヴィアちゃんの容態はどう?』
シャンバラ、従業員寮。
基本構造は8畳間程度の空間の1ルーム。風呂トイレ付き。
テレビモニターと小タンスとベッドだけは前もって準備されている。
俺はその一室で釜尾さんと映像通信を行っていた。
この部屋は、今日から俺の部屋だ。
俺はしばらく、シャンバラを生活拠点とする事になった。
強制された訳ではない。その方が良いと思ったから、申請したまでだ。
「今は治療室で寝てます。相当無茶な操縦したみたいで……至る所で肉離れや筋肉の炎症を起こしてるみたいです」
それに、精神的な披露も相当なモノだったのだろう。
その寝顔はとても血色が悪く、うなされている様にも見えた。
『でも、彼女の奮戦のおかげで死亡者は0……被害はデストロイド1機で済んだ。本当、あの子の体に見合わないバイタリティには、いつも感服させられるわ』
「流石としか、言えないっす」
絶望的な戦力差を理解しながら、仲間のために命を張る……俺にそんな真似ができるだろうか。
多分、俺にはそんな勇気はない。
俺だけじゃない、大抵の人間にはそんな気概は無いはずだ。
シルヴィアさんには敬服するしかない。
「にしても……一体なんなんだよ、あの白いインバーダ……」
俺の中にいるインバーダを叩き起こして聞いてみたが「白いの? 知らんわそんなん」との事。
『……仮説の域を出ないけど、あの白いインバーダは、「共食個体」の可能性が高いわ』
「バディベイト……?」
『ザリガニに、青いのと赤いのがいるのは知ってる?』
「はい」
『ザリガニの色が変わるのは、その個体が摂取する成分が主な原因だと言われているわ』
昔、教育番組で見た事がある。
赤いザリガニを青くするには、ちょっと餌と環境を調整するだけで良いと。
『普段、常習摂取しないモノを摂取し続けると、体に大きな変異が起こる。まぁ、自然界じゃ珍しくは無い現象ね。環境適応のための定向進化の簡易版……『定向変異』、と言った所かしら』
「定向変異……」
『それと同様、本来共食いをしない種の生物が、共食いを続ける事で形態を変化させる、ってのもあるのよぉん』
「それが、共食個体……」
『ええ。特に、人間なんか、ね』
「!」
『食人をやった異常犯罪者が精神や身体的異常を訴えるケースはよくあるそうよ。それと、食人部族は大半が強靭な肉体を持つものの短命だった、なんて話もあるし……オカルト分野まで行けば、大昔の呪術師や魔法使いは、奇跡を起こす糧として人魂を取り込むために、儀式的に食人を行っていた……ってのもよく聞く話ねぇん』
共食いをする事で異常が起きたり、特異な力を手に入れていたと思わるケースが存在する、と。
インバーダだって生物である以上、共食いで身体変化が起こる可能性は充分ある……か。
『衛星カメラの遠視映像で確認したけど、あの白いインバーダ……黒いインバーダを捕食した後、発光の赤黒さが、若干強くなってるのよねぇ』
つまり、インバーダは共食いをすると、甲殻が白くなり赤黒い光を放つようになる、と。
『私は白いインバーダは故意に体色を変えてるんだと思ってたけど……どうも、違うみたいねぇ』
「…………」
『前に、言ってたわね。インバーダが生命体を喰らうのは、それが美味しいからだって』
「はい」
俺の中にいるインバーダが言っていた事だ。
あいつへの信頼度が高い訳ではないが、まぁおそらく間違いは無いだろう。
『気付いちゃったんでしょうね。身近にいる「生命体」の存在に』
つまり、共食いに走り白いインバーダと化すのは、元々それに気付くくらい知性がある個体。
知性を獲得し、種の本能が禁忌としていた共食いに走った、と。
『半世紀、変化の無かったインバーダ……それがこの4ヶ月で、2体の変異種が確認された。考えたくないけど……』
「……加速度的に増える可能性がある、って事っすよね」
最早、個体変異というより、種そのものが共食いを行う種へと変化しつつある。
そう考えるべきなのかも知れない。
今のところ、エースの専用機ですら歯が立たない白いインバーダ。
現在、マザーウォールの重要幹部達がその対策のために会議を開いている。
『で、本当に良いの?』
「何がっすか?」
『白インバーダへの対策が具体的になるまで、シャンバラに定住するって話よ。あなた、地球での生活が好きなんでしょう?』
「……背に腹は代えられないっすよ」
認識が甘かった。
今まで1度も、身近な誰かに死が迫った事なんて無かったから。
でも、普通に考えたら充分ありえる事だったんだ。
インバーダは未知の宇宙生物なのだから。
そんな怪物達との戦闘なんだ。いつだって、こちらが犠牲無しで撃退し続けられる保証なんて、どこにも無かったんだ。
俺がアガルータでゴロゴロしてる間に、宇宙で同僚が死んでしまうかも知れない。
洒落になってない。
もし、そんな事態に発展したら悔やんでも悔やみ切れない。
今日だって……シルヴィアさんの生存を確認するまで、生きた心地がしなかった。
だから俺はシャンバラに生活拠点を移したんだ。
一応、心配をかけてもアレなので、給料日は夏輪と会うために地球に降りるが……それ以外は、極力シャンバラに留まるつもりだ。
来る夏輪の文化祭は、残念ながら3日間の期間中、1日……いや、2日だけで我慢しよう。
断腸の思いだ……次に白いインバーダが出た時、シルヴィアさんの件も含めて、楽には殺してやれないかも知れない。
『あーあー……寂しくなるわねぇん』
寂しいのはお互い様だ。
釜尾さんは家族の様な存在なのだから。
きっと、釜尾さんも俺の事をそう認識してくれている。
そう思うと、少し嬉しい。
「対策が完成して、地球に降りても問題なくなったら、またお世話になっても良いっすか?」
『愚問ねぇん! よぉし、私も気合入れて対策案を考えちゃう!』
「お願いします」
とりあえず、当面はシャンバラにて白いインバーダを警戒する。
アガルータには行けなくなってしまうが……まぁ仕方無い。
この警戒状態から解放されたら、行けなかった分、毎日通うとしよう。
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