JOKER~生身で最強だけど、たまにはロボットに乗りたい~

須方三城

1,ジョーカーの日常

「か、神奈かみな輪助りんすけ様ですね」
「うっす」


 受付の新人っぽい女の子が、俺の名前をレジ裏のPCに入力し始めた。
 タイピングは得意な方では無いのだろう、指の動きがぎこちない。


 ネットカフェ『アガルータ』。
 総部屋数50、PC配置数30台、漫画の蔵書は3万冊以上。
 まぁ小さいっちゃ小さいが、中小手のネットカフェの中じゃあ漫画の冊数は優秀な方だろう。


 俺はいわゆる常連だ。
 常連なんだが……財布を新調した際に会員カードを抜いて、入れ直すのを忘れてしまっていたらしい。


 一昔前ならカードを取りに返らなきゃならない所だったろうが、最近の店は大体頼めば会員情報を照会してくれる。


「かみな……かみな……あ、ありましたね。えーと、この年の生まれだと……未成年なので、灰皿の提供はできませんが、よろしいですか……?」


 店員さんがやや怯えた様子で俺に問いかける。
 気弱そうな子だし、加えて俺の外見が外見だから仕方無いとは思う。


 目つき鋭い上に、目の下には濃ゆい隈が張り付いてて、服装は黒基調。更にそこそこ身長タッパがある。
 そら恐いだろうよ。
 もしこんな奴が「灰皿出せないってどういう事だあぁん!?」とか全力で怒鳴ろうモンなら、多分この子みたいな小動物系はショック死しちゃうレベルだと思う。


 でも俺の目つきは生まれつきだから、特別不機嫌って訳じゃない。
 この隈にはちょっと事情があるだけで、ストレス社会に疲れた不眠症患者って訳でも無い。
 服が黒基調なのはたまたま今日適当に選んだ服がそうなったってだけだ。
 身長が高めなのは牛乳が好きだから。


 まぁ怯えるな、ってのは無理な話だろうが……


「大丈夫っすよ」


 それと大前提として俺はタバコは吸わないし。
 過去に1度、悪戯心から手を出した事はあるが……死ぬほどむせたので2度と吸わないと心に決めている。


 利用プランを設定し、入室・退室時間の明記されたレシートを受け取る。


「ご、ごゆっくりどうぞー」
「ういーっす」


 受付の横のドアからサロンスペースへ進む。


 平日の昼間だからか、やはり人気は少ない。
 受付でパッと見た感じ4部屋か5部屋くらいしか入ってなかった。
 学生は学校、社会人はお仕事だろうしな。


 俺はと言うと、つい2ヶ月前に高校卒業し、その後、就職した。
 ……正確には高校在学中から既に『仕事』はしてたけど。
 まぁ、ちょっと特別なお仕事なので皆が忙しい時間に俺は暇、って事態は頻繁に発生する訳だ。


 その仕事は金は充分過ぎる程にもらえる。兼業の必要性は無し。
 特別キャンパスライフに興味も無かった。
 何より、いつ『出撃要請』が来るかもわからん身の上で学生もサラリーマンもやってられっか。


「さて……」


 数あるネカフェの中で、何故俺がここに通い詰めるのか。


 俺が居候しているマンションの近所にはもっと大手のネカフェがある。
 部屋数もPCの数も蔵書もドリンクバーのバリエーションもフードメニューのクオリティも向こうの方が上だろう。


 ただ、上質であれば良いってモンじゃない。方向性ってのも大事なんだ。


 ここはこの近所は随一と言えるレベルで、ロボット漫画やロボットアニメ誌を取り揃えているのだ。
 スーパーロボット物の元祖と言えるあの漫画の連載第1話が掲載された週刊誌が厳重な管理の元で展示されている辺り、店主のこだわりを感じる。
 絶版になった大昔のロボットアニメのファンガイドとか、当然の様にコーナー化されているし。
 まぁ、このコーナーはほぼ全冊読破したので華麗にスルー。


 コミックの新刊コーナーへ向かう。


「お」


 ついに更新されたか、店長・店員のオススメ新着ロボ漫画。
 店長とこの『呂歩田』と言う店員は中々良いロボ漫画を発掘してくれる。


「ん?」


 知らない店員の名前があるな。
 ……『初天』、か。もしかして、さっきの受付の新人さんか。
 珍しいな、ここの店長が入ってすぐの人にこのコーナーの一角を与えるとは……


 オススメの作品は……『河川漂流ダイカッパー』。まったく聞いた事が無い漫画だ。
 既刊2巻か。ロボ物は大抵月刊誌だから、連載されて1年ちょいってところか?


 ふむ、面白い。
 店長がこのコーナーの一角を任せる程の大型新人……その実力を見せてもらおう。








「あ、ありがとうございます。レシートお預かりしますね」
「あの……名前、『しょてん』さんでよろしいですか」


 受付の新人さん、その左胸のネームプレートには『SYOTEN』と記されている。


「え、あ、はい。私は初天しょてんですが……私、な、何か粗相を……」
「いや、あんた最高だわ。握手してもらって良いっすか」
「ひぇ…? は……はぁ……」


 ダイカッパー、最高だった。
 まさか河童があんなに熱い生き物だったとは思わなんだ。
 ロボ熱は妖怪達の錆び付いた古い掟すら粉砕し、その魂を揺さぶる力がある。
 それを全霊を以て伝えてくる最高にオーバーヒートな漫画だった。


 やっぱこの店、最高だわ。


 ビクビクしつつ恐怖と戦いながら握手に応じてくれた初天さん。一方的に熱いシェイクハンドを交わす。
 そして支払いを終え、俺は店の外へ出た。


「さて……どうすっかな……」


 時刻は18時ちょっと。
 もうすぐ初夏で日照時間が伸びているとは言え、既に夜の帳が降りかかっている。


 ここからの予定は特に無い。


 とりあえず繁華街を目的も無くブラつく。
 贅沢な時間の使い方である。


 ……そう言えば、この1ヶ月くらい全然『出撃要請』が無いな。


 まぁ、俺は一応公務員扱いなので給料は歩合制では無い。
 実働が無いなら無いで良い……とか思ってたんだが……


「……暇、なんだよなぁ……」


 高校時代、この仕事の関係でほとんど学校に居れなかったせいで、俺には親しい友人が非常に少ない。
 まぁ、学校にいたとしても、『あの日』以降消えないこの隈や、元々の目つきの悪さのせいで余り変わらなかっただろうが。
 なので、数少ない友人達が「今日は無理」ってなったらもう無理。1日ぼっち。


「『基地』にでも行くかなぁ……」


 奇人変人ばっかだが、それでも俺の相手をしてくれる人材ってのは貴重だ。


 そんな時だった。


「!」


 俺のスマホが静かに振動し始めた。


 数少ない友人からか、それとも家族で唯一俺と関わりを持ち続けてくれている最愛の妹か。
 もしくは……


「……チッ」


 スマホの表示は、『ふんわりクソ野郎』。
 俺の上司様だ。
 この人からの連絡は、ほぼ確実に仕事関連。


 ……まぁ、別に良いけどさ。暇だったから。


「……うす、神奈です」
『やっほー、リンちゃん、元気してるー?』


 軽い調子の女性の声。俺の直属の上司である。


「出撃要請っすか」
『うん、久々だねぇー。嬉しい?』
「嬉しくは無い」


 暇を解消できるってのは良い事だが、嬉しいモンでは無い。


「で、基地に向かえば良いんすか?」
『やーん。打ち上げ費用が持ったいなーい。自前で「飛んで」ー』
「っのアマ……」
『こらー、上司に「アマ」はダーメ。ま、とにかく、がーんば。ちなみにポイントはD5ブロック辺り。今の日本の位置なら30分以内に真っ直ぐ上昇すればオッケー。んじゃ』


 それだけ言って通話が切れた。


「……敵の情報とかもよこせよ……」


 まぁ良い。
 どんな相手だろうと、殴り飛ばすだけだ。


 人気の無い路地裏を探し、そこで俺は『起動』する。




 俺が『神秘的な切り札ミスティック・ジョーカー』なんて呼ばれる所以となっている、力を。




 俺の皮膚が変質していく。
 黒く、固く。まるで昆虫の甲殻の様に。顔面も漆黒のフルフェイスタイプの兜に覆われる。
 全体的に見れば、中世の重歩兵が付けてた様なフルプレートアーマーをちょっと機械的っつぅか…ロボットアニメに出てくる様なロボットに寄せた感じか。


「さぁて……」


 エネルギーの精製を開始する。俺の全身を覆う漆黒の甲殻の隙間から、青白い光が溢れ出す。雷みたいな物らしい。
 何かはっきりとはわからんが、俺の『やる気』っつぅか『気力』の様な物を電力に変換しているらしい。
 ま、要するにこの状態になると、俺の体内で精神力的な物を元手に膨大な量の電力が精製され、エネルギーとして活用できる様になる訳だ。


「行くか」


 背中の甲殻を変形させる。
 ロケットのブースターみたいに、四角い穴がいくつも付いてるロボット的な翼だ。


 地球の重力くらいなら、俺はこの自前の翼で振り切れる。
 それなりの速力で加速し続ければ、現在人類最速の月軌道到達の最短記録である約9時間を大幅に塗り替え、1時間弱で月まで到達できる。
 大体秒速100メートルちょい。まぁ音速のマッハ3分の1ってとこだ。死ぬ気で飛べば極超音速マッハ1~5くらいは出せるけど。


 ただ、秒速100メートルペースでもすげぇ疲れる。
 秒速1500メートルとかやってられっか。


 ま、仕事ってのは疲れるモンだ。
 それなりに給料もらってんだから、頑張るとしよう。


 ……でも俺には1つ、どうしても不満な事があるのだ。


「……俺も、ロボットに乗って戦いたいなぁ……」


 俺が所属する組織には『GGガイアガーディアン』と呼ばれる人型ロボット兵器がある。
 そらもう、まさしくロボットアニメに登場する量産型機体みたいな奴があるんだ。


 俺も、他の隊員みたいにアレに乗って戦いたい。
 別に肉弾戦が嫌とかじゃなくて、純粋にロボットに乗って戦いたいだけである。
 だって男の浪曼じゃん? 人型ロボット兵器に乗って戦うって。


 それを上司に言った結果「君、生身で戦った方がGG10機分より強いじゃーん。非効率的だよー。馬鹿なの? 死ぬ?」と却下された。
 ……まぁ、そうだけどさ……


 いつか、俺よりも強いGGが開発されたらそれに乗れる日が来るんだろうか。


 そんな淡い妄想をしながら、俺は宇宙へと向かい、飛翔した。



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