JOKER~生身で最強だけど、たまにはロボットに乗りたい~
3,ジョーカーの家族
高層マンションの中層の一室。
そこが俺の居候先。
「あんら、お帰りなさぁい」
その女性口調とは相反する野太い声。
俺の『保護者』の声だ。
「バージャスから聞いたわよん。試作機に乗り損ねたってぇん?」
バージャスさんに負けず劣らずの体格をした、れっきとした男性。
真っ赤なルージュ以外、特に化粧はしていない様に見える。化粧なんて不要な程に肌の手入れが行き届いているのだ。
釜尾道残。
マザーウォール日本支局の職員。技術研究員なんだそうだ。
詳しい役職は知らないが、実質的に支局長の次に偉いらしい。
あと本人曰く「オカマじゃないわよう。私はちゃあんと男。そしてバイ。女性もきっちり恋愛対象よん」との事。
要するに見境が無い訳だ。
「……インバーダが全部悪い」
「あらあら、不機嫌ねぇ……そんなあなたに朗報よん」
「?」
「今夜はミートドリアの予定よぉん!」
「おお」
釜尾さんの得意料理の1つであるミートドリアは、本格的なレストランのそれよりも美味い。
そして俺はドリア系も好物だと言う奇跡の一致。
俺がこの人と暮らしていて良かったと思える数少ない要素である。
「さ、歓喜しなさい。喜びの余り服を脱ぎ捨ててもイイのよ!」
「誰が脱ぐか」
「ケチねぇん」
……ったく、この人は……
「あ、そーそー。お給料日、そろそろねぇ」
「お……そうだな」
「今回も『連れてくる』? 私、腕によりをかけて一肌脱いじゃうわよぉん?」
「じゃあ、お願いします」
「お・ま・か・せ!」
「いきなり脱ぐな!」
「脱ぐって言ったでしょ?」
「一肌脱ぐってのは物理的に脱衣するって意味じゃねぇよ!」
給料日。
それは俺に取ってちょっとした……いや、かなり重要なイベントでもある。
毎月その日は、そう頻繁には会えない『大切な人』と会う事になっている。
俺が常連な店はネットカフェ『アガルータ』だけでは無い。
ちょっと店名がアレだけど内装は小洒落た感じの小さな喫茶店、『クライマックスおじさん』も俺の行きつけである。
何故ならここのパウンドケーキは俺『達』の大好物だから。
どっかで聞いた事ある小粋なジャズが静かに満ちる店内。
その窓際、いつもの場所に俺は向かう。
待ち合わせの人物は既に来ていた。
名門女子校のセーラー服に身を包んだ、どこかおっとりした空気のある少女。
女子高生にしては高めの身長だろう。今時の若者にしては余り洒落っ気は無い。
俺の妹、神奈夏輪だ。
「あ、お兄ちゃん」
俺に気付き、夏輪はニッコリと微笑みを送ってくれた。
もうマジ天使。
「おう。先に来てたんだな」
「うん。じゃあ、ケーキ頼んじゃうね」
俺が来るまで、紅茶だけで我慢してくれてたのか。
もう本当にこの子は可愛いったらありゃしない。
夏輪が呼び鈴を鳴らす。
すると、足音を全く立てずに店主兼ウェイターであるダンディな中年男性が注文を取りに来てくれた。
「特製パウンドケーキを……」
「……5つ」
ボソッと静かに、しかし聞き取り安い声で店主がつぶやく。
「はい、あと、オレンジジュースも1つ、お願いします」
流石に毎月5つもケーキを頼む兄妹がいたら、店側も覚えてしまうか。
ちなみに俺が食うのは1つである。
残り4つは夏輪の分。
昔からそのスレンダーなお腹に似合わず大食なのだ。
多分、栄養は全部身長と胸にいってるんだと思う。
「んじゃ、まずこれな」
席に着きながら俺はポケットから茶封筒を取り出し、夏輪に渡す。
中身は金だ。マザーウォールから俺に支給される給料の半分。
「うん、預かっておくね……でもお兄ちゃん、いつも言ってるけど……」
「別に良いんだよ。『あの人達』が受け取らないってんなら、お前がもらっとけ」
この金はいわゆる『手切れ金』に近い意味合いがある。
今はもうほとんど関わりを持っちゃいないが、俺は一応あの人達に16年間育てられた。
だから向こう16年は金を送り続けるつもりだ。
これは、俺の養育にかかった金を返済している様なモノ。
ま、俺の自己満足だ。
でも、あの人達は「あんな化物が稼いだ金なんていらない」と受け取りを拒否しているらしい。
それならそれで夏輪が持っておけば良い。
この金を貯めて、大学なり専門学校なり、将来やりたい事のために使ってくれれば良い。
本来、あの人達が支払うモノに使われるのであれば、特に問題は無いだろう。
「で、最近どうよ。学校とか」
「うん、すっごく楽しいよ。今年は文化祭があってね、私、その実行委員になったんだ」
「へぇ、文化祭、か」
文化祭……そう言えば、俺は参加できなかったな。
監禁状態は解除されてたとは言え、その頃にはインバーダ駆除に駆り出される様になってたし……あの人達との離縁関係の話でもゴタゴタ揉めてて学校に顔を出すのが億劫になってた時期だ。
「今は、お化け屋敷かメイド喫茶かで意見が割れてる」
「ド定番だな」
「だね。私はお化け屋敷がやりたいかなぁ。こう、がおーって、驚かせるの、楽しそう」
ああ、もうダメ。今の何もう超可愛かったんですけど。がおーって、がおーって。何か表情も作ってたよ今。全然恐くなかったんですけどむしろ可愛かったんですけどマジで。俺の妹マジヤバいんですけどマジで。悶え死にそうで本当もう可愛い辛い可愛い。
「お兄ちゃん? どうしたの、急に顔押さえてプルプルしだして……」
「あ、いや、何でも無い」
興奮を抑えるのに必死で現実から意識が剥離しかけていた。
危ない危ない。
もうこれはそのお化け屋敷は連日通うしかない。
受付の子に「うわ、また来た」とかドン引きされるくらい通い詰めるしか無い。
……いや、でも対抗馬はメイド喫茶か……夏輪のメイド姿もちょっとかなり見たい。
お兄ちゃん呼びも良いけど、ご主人様も良い。すごく良い。
まぁ、どちらに転んでもカメラは必須か。
一眼レフっていくらくらいだろうか。帰りに電器屋に寄ってみよう。
「…………どうぞ」
いつの間にか接近していた店主がテーブルに注文の品を並べていく。
オレンジジュースに、俺のシンプルなパウンドケーキと……
「わぁ」
「……ごゆっくり」
夏輪の前に置かれたのは、4つのパウンドケーキがくっつけて並べられその上に生クリームやフルーツが盛られた豪勢な1皿だった。
……サービス、と言う事らしい。
「すごいね! びっくりしちゃった!」
「まぁ、なんだかんだ2年くらい月1で来てるしな……」
俺個人で言えば2週に1回は来てるし。
日頃の感謝を込めて、って感じだろうか。
……いやでも俺の方に何も無い辺り、夏輪が気に入られてるだけな可能性もあるな。
店主、中々良い審美眼じゃないか。今度から週1で通おう。
「いただきますっ!」
むふーっ! と可愛らしく鼻息を荒げ、夏輪が至福の食事タイムに突入する。
本当、いつも楽しそうに食べる。
店主がついついサービスしてしまうのももう自然の摂理だと納得してしまえる。
身内補正を抜きにしても、一緒に食事する相手として、夏輪以上の逸材はそうはいないだろう。
「生クリームの相性、最高だよ! お兄ちゃんにもお裾分け!」
「おう、ありがとな」
……ヒーローにはヒロインが付き物。
先日、シェーナさんが言っていた事だ。
男は守りたい女性のためなら、限界を越えた力を発揮できるとか何とかバージャスさんも言ってたっけ。
多分、その通りなんだと思う。
どれだけ絶望の淵に沈もうと、俺が生にしがみつき、今の生活を手に入れるに至ったのは夏輪がいたからだ。
インバーダに体を乗っ取られた時、夏輪の声が俺を呼び起こし、インバーダをねじ伏せるだけの精神力をくれた。
監禁され、実験動物として扱われる中で俺が自ら死を選ばなかったのも、また夏輪に会いたいと願っていたからだ。
アホ強いインバーダと相対し敗北しかけた時、ギリギリの所で俺を奮い立たせてくれたのは、夏輪と遊びに行く約束だった。
夏輪と言う存在が、俺に苦難を乗り越える力をくれる。
それは経験に基づく紛れもない事実だ。
「美味しいね」
「ああ。最高だ……あ、そうそう、今日、釜尾さんがウチで晩飯食わないか、って」
「本当!? 行く行く! 釜尾さんの料理すっごく美味しいモン!」
もし俺の人生にヒロインがいるのだとしたら……
それは間違いなく、夏輪の事だろう。
そこが俺の居候先。
「あんら、お帰りなさぁい」
その女性口調とは相反する野太い声。
俺の『保護者』の声だ。
「バージャスから聞いたわよん。試作機に乗り損ねたってぇん?」
バージャスさんに負けず劣らずの体格をした、れっきとした男性。
真っ赤なルージュ以外、特に化粧はしていない様に見える。化粧なんて不要な程に肌の手入れが行き届いているのだ。
釜尾道残。
マザーウォール日本支局の職員。技術研究員なんだそうだ。
詳しい役職は知らないが、実質的に支局長の次に偉いらしい。
あと本人曰く「オカマじゃないわよう。私はちゃあんと男。そしてバイ。女性もきっちり恋愛対象よん」との事。
要するに見境が無い訳だ。
「……インバーダが全部悪い」
「あらあら、不機嫌ねぇ……そんなあなたに朗報よん」
「?」
「今夜はミートドリアの予定よぉん!」
「おお」
釜尾さんの得意料理の1つであるミートドリアは、本格的なレストランのそれよりも美味い。
そして俺はドリア系も好物だと言う奇跡の一致。
俺がこの人と暮らしていて良かったと思える数少ない要素である。
「さ、歓喜しなさい。喜びの余り服を脱ぎ捨ててもイイのよ!」
「誰が脱ぐか」
「ケチねぇん」
……ったく、この人は……
「あ、そーそー。お給料日、そろそろねぇ」
「お……そうだな」
「今回も『連れてくる』? 私、腕によりをかけて一肌脱いじゃうわよぉん?」
「じゃあ、お願いします」
「お・ま・か・せ!」
「いきなり脱ぐな!」
「脱ぐって言ったでしょ?」
「一肌脱ぐってのは物理的に脱衣するって意味じゃねぇよ!」
給料日。
それは俺に取ってちょっとした……いや、かなり重要なイベントでもある。
毎月その日は、そう頻繁には会えない『大切な人』と会う事になっている。
俺が常連な店はネットカフェ『アガルータ』だけでは無い。
ちょっと店名がアレだけど内装は小洒落た感じの小さな喫茶店、『クライマックスおじさん』も俺の行きつけである。
何故ならここのパウンドケーキは俺『達』の大好物だから。
どっかで聞いた事ある小粋なジャズが静かに満ちる店内。
その窓際、いつもの場所に俺は向かう。
待ち合わせの人物は既に来ていた。
名門女子校のセーラー服に身を包んだ、どこかおっとりした空気のある少女。
女子高生にしては高めの身長だろう。今時の若者にしては余り洒落っ気は無い。
俺の妹、神奈夏輪だ。
「あ、お兄ちゃん」
俺に気付き、夏輪はニッコリと微笑みを送ってくれた。
もうマジ天使。
「おう。先に来てたんだな」
「うん。じゃあ、ケーキ頼んじゃうね」
俺が来るまで、紅茶だけで我慢してくれてたのか。
もう本当にこの子は可愛いったらありゃしない。
夏輪が呼び鈴を鳴らす。
すると、足音を全く立てずに店主兼ウェイターであるダンディな中年男性が注文を取りに来てくれた。
「特製パウンドケーキを……」
「……5つ」
ボソッと静かに、しかし聞き取り安い声で店主がつぶやく。
「はい、あと、オレンジジュースも1つ、お願いします」
流石に毎月5つもケーキを頼む兄妹がいたら、店側も覚えてしまうか。
ちなみに俺が食うのは1つである。
残り4つは夏輪の分。
昔からそのスレンダーなお腹に似合わず大食なのだ。
多分、栄養は全部身長と胸にいってるんだと思う。
「んじゃ、まずこれな」
席に着きながら俺はポケットから茶封筒を取り出し、夏輪に渡す。
中身は金だ。マザーウォールから俺に支給される給料の半分。
「うん、預かっておくね……でもお兄ちゃん、いつも言ってるけど……」
「別に良いんだよ。『あの人達』が受け取らないってんなら、お前がもらっとけ」
この金はいわゆる『手切れ金』に近い意味合いがある。
今はもうほとんど関わりを持っちゃいないが、俺は一応あの人達に16年間育てられた。
だから向こう16年は金を送り続けるつもりだ。
これは、俺の養育にかかった金を返済している様なモノ。
ま、俺の自己満足だ。
でも、あの人達は「あんな化物が稼いだ金なんていらない」と受け取りを拒否しているらしい。
それならそれで夏輪が持っておけば良い。
この金を貯めて、大学なり専門学校なり、将来やりたい事のために使ってくれれば良い。
本来、あの人達が支払うモノに使われるのであれば、特に問題は無いだろう。
「で、最近どうよ。学校とか」
「うん、すっごく楽しいよ。今年は文化祭があってね、私、その実行委員になったんだ」
「へぇ、文化祭、か」
文化祭……そう言えば、俺は参加できなかったな。
監禁状態は解除されてたとは言え、その頃にはインバーダ駆除に駆り出される様になってたし……あの人達との離縁関係の話でもゴタゴタ揉めてて学校に顔を出すのが億劫になってた時期だ。
「今は、お化け屋敷かメイド喫茶かで意見が割れてる」
「ド定番だな」
「だね。私はお化け屋敷がやりたいかなぁ。こう、がおーって、驚かせるの、楽しそう」
ああ、もうダメ。今の何もう超可愛かったんですけど。がおーって、がおーって。何か表情も作ってたよ今。全然恐くなかったんですけどむしろ可愛かったんですけどマジで。俺の妹マジヤバいんですけどマジで。悶え死にそうで本当もう可愛い辛い可愛い。
「お兄ちゃん? どうしたの、急に顔押さえてプルプルしだして……」
「あ、いや、何でも無い」
興奮を抑えるのに必死で現実から意識が剥離しかけていた。
危ない危ない。
もうこれはそのお化け屋敷は連日通うしかない。
受付の子に「うわ、また来た」とかドン引きされるくらい通い詰めるしか無い。
……いや、でも対抗馬はメイド喫茶か……夏輪のメイド姿もちょっとかなり見たい。
お兄ちゃん呼びも良いけど、ご主人様も良い。すごく良い。
まぁ、どちらに転んでもカメラは必須か。
一眼レフっていくらくらいだろうか。帰りに電器屋に寄ってみよう。
「…………どうぞ」
いつの間にか接近していた店主がテーブルに注文の品を並べていく。
オレンジジュースに、俺のシンプルなパウンドケーキと……
「わぁ」
「……ごゆっくり」
夏輪の前に置かれたのは、4つのパウンドケーキがくっつけて並べられその上に生クリームやフルーツが盛られた豪勢な1皿だった。
……サービス、と言う事らしい。
「すごいね! びっくりしちゃった!」
「まぁ、なんだかんだ2年くらい月1で来てるしな……」
俺個人で言えば2週に1回は来てるし。
日頃の感謝を込めて、って感じだろうか。
……いやでも俺の方に何も無い辺り、夏輪が気に入られてるだけな可能性もあるな。
店主、中々良い審美眼じゃないか。今度から週1で通おう。
「いただきますっ!」
むふーっ! と可愛らしく鼻息を荒げ、夏輪が至福の食事タイムに突入する。
本当、いつも楽しそうに食べる。
店主がついついサービスしてしまうのももう自然の摂理だと納得してしまえる。
身内補正を抜きにしても、一緒に食事する相手として、夏輪以上の逸材はそうはいないだろう。
「生クリームの相性、最高だよ! お兄ちゃんにもお裾分け!」
「おう、ありがとな」
……ヒーローにはヒロインが付き物。
先日、シェーナさんが言っていた事だ。
男は守りたい女性のためなら、限界を越えた力を発揮できるとか何とかバージャスさんも言ってたっけ。
多分、その通りなんだと思う。
どれだけ絶望の淵に沈もうと、俺が生にしがみつき、今の生活を手に入れるに至ったのは夏輪がいたからだ。
インバーダに体を乗っ取られた時、夏輪の声が俺を呼び起こし、インバーダをねじ伏せるだけの精神力をくれた。
監禁され、実験動物として扱われる中で俺が自ら死を選ばなかったのも、また夏輪に会いたいと願っていたからだ。
アホ強いインバーダと相対し敗北しかけた時、ギリギリの所で俺を奮い立たせてくれたのは、夏輪と遊びに行く約束だった。
夏輪と言う存在が、俺に苦難を乗り越える力をくれる。
それは経験に基づく紛れもない事実だ。
「美味しいね」
「ああ。最高だ……あ、そうそう、今日、釜尾さんがウチで晩飯食わないか、って」
「本当!? 行く行く! 釜尾さんの料理すっごく美味しいモン!」
もし俺の人生にヒロインがいるのだとしたら……
それは間違いなく、夏輪の事だろう。
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