長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

24,長政、宣言する

 清洲城、中庭。
 俺と信長はそこから、日が出ずる空を見上げていた。


 清洲城で療養していた所、明朝早くに信長に叩き起され「少し付き合え」と散歩に連れ出されたのだ。


 朝日が眩しい。
 まぁ、左目には映らないが。


 俺の左目には今、包帯の下だ。


「……信じらんねぇよなぁ……」


 俺の隣りに立ち、共に空を眺めていた信長がふとつぶやいた。


「戦乱の世とは、思えねぇだろ」
「…………ですね」


 爽やかな晴天、空気は季節柄肌寒いが、暖かな陽光のおかげで気にならない。
 小鳥達のまばらな囀りだけが、静かに鼓膜を撫でる。


 こんな清々しい世界が広がっているのに、戦なんてモンを起こそうとしてる奴がウジャウジャいると言うのか。
 本当に、信じられない。理解できない。


 でも、事実なんだ。


 織田と将軍の決別により、日ノ本は今……戦乱の時代へと着々と歩み出している。


 光を失った左目が、それを実感させてくれる。


「…………」


 何となく、包帯の上から左目を庇ってみる。


「ところで、その左目……光秀に『返してもらわなくて』良かったのか?」
「ああ、それはまぁ……」


 鬼神薊おにあざみについて、1つ、わかった事がある。
 あれは、古傷を移す事もできるらしい。


 松永との戦いの後、俺は気を失っていた。
 そんな俺を抱えて、信長は無事撤退。
 殿軍の指揮は光秀さんに代わり秀吉が見事に全うしたそうだ。


 目が覚めるなり、お市ちゃんに泣き付かれ、同時に秀吉から自慢話を聞かされた。


 そんな秀吉の武功自慢がひと段落した所で、現れたのは光秀さん。
 何と、その顔に眼帯は無く、左目はしかと俺の姿を捉えていた。


 どうやら、俺はあの時、松永の怨念だけでなく光秀さんの古傷まで引き受けていたらしいのだ。
 俺の健全な眼球が、光秀さんの光を失った眼球と実質入れ替わっていたと言う訳である。


 光秀さんはすごい勢いで頭を下げてきた。
 自分が松永に不覚を取ったせいで、皆に迷惑をかけたと。
 腹を切れと言うなら今すぐ切るから介錯してくれとか言われた。
 いや、あんたが死んだら俺が身体張った意味無いし、って事で当然腹は切らせなかった。


 とりあえず目玉は返したい、と言われたが……
 今返してもらったら、光秀さんにこの絶賛ズキズキ疼き中の新鮮な傷を移す事になる。
 丁重にお断りした。


「ま、これから戦はいくらでも起きるだろうし……その時、適当な敵兵から目ん玉奪います」


 あの目は、光秀さんの新たな目として役立てて頂くとしよう。


「ふん、初めて会った頃から大した胆力の持ち主だと思ってたが……ますます強かになったな」
「光秀さんにも、似た様な事を言われました」


「何か君、ちょっと逞しくなり過ぎてない? 精神的な意味で」とか光秀さんは苦笑していた。
 そら逞しくもなるさ。
 実の父に、啖呵を切る様な真似をしたのだから。
 今まで全く逆らわず、親子喧嘩なんて1度もした事なかった。
 生まれた時から絶対的存在……そんな親父殿に、俺は真っ向から刃向かった。


 精神的に成長したと言うか、もう何かこう何でもできそうな気がするわマジで。
 俺としては、親父殿に全力で逆らうってのはそれくらい大きな事だったんだ。


 ……それくらい大きな事をしてでも、俺はここにいるべきだと思ったんだ。


 そしてその判断は、間違いでは無かった。


 信長は、勝つ気だ。
 この圧倒的不利な戦をひっくり返す気満々。
 まずは、徳川が足利に翻らぬ様に手回しをしつつ、中立戦力であろう甲斐かい武田たけだ信玄しんげんを取り込む算段だそうだ。


 話によると、武田信玄と言う男は気まぐれ屋。まるで童の様な男なのだと言う。
 故に、天下や将軍の意向など意に介する男では無いらしい。
 口説き様によっては、不利を承知でも喜んで織田に付いてくれる様な……まぁ要するに、信長と同じく破天荒な人なんだそうだ。


 その上、武田には前の戦乱時に置いて、恐るべき猛威を振るった巨軍がほぼそのままの状態を維持されていると言う噂もある。
 もしそうなら、武田は織田に付く可能性を秘めた巨大な戦力である訳だ。


 信長は言っていた。「将軍勢力を全てそぎ落とす必要はねぇ」と。
 要は、今とは逆の状況を作ってしまえば良いのだ。
 強力な力を持つ同盟領を作り、将軍勢力をそこそこ削れば「足利に未来は無い」と織田に付く者も出てくるはずだ、と。


 勝算はある。逆転の目は、確かに存在する。


 何が絶望的だ……親父殿も松永も、早とちりが過ぎるのだ。


「そういや長政、金ケ崎で松永をブッた斬る直前、テメェ俺様の事を呼び捨てにしたろ」
「……あ」


 そう言えば、勢いに任せて「信長っ!」っつった気がする。


「すんません……」
「謝って欲しくて話題に出した訳じゃあねぇよ阿呆」
「へ?」


 まぁ確かに、信長はそんな細かな無礼を気にする柄じゃない。
 ……でも、じゃあ一体何で蒸し返したんだ。


「もう敬語は辞めて良いぞっつぅ話だ」
「は、はぁ……」
「テメェには、デカい恩が出来た。織田そのものの命運に加えて、光秀の生命もテメェが救ったんだ。……そのために、高い代償を払わせちまったしな」
「……俺のためでも、ありますから」


 信長には天下を平定してもらわなきゃ困る。
 そのために俺は身体を張ってるんだ。


「……とにかく、今回の戦でのテメェへの褒賞は、テメェを家臣共の筆頭に据えたって足らねぇ」


 だからもうタメ口で来ても全然構わないぜ、って事か。


「……遠慮しときます」
「堅ぇ野郎だな」
「あんたにタメ口を叩くのは、浅井家に戻ってからの楽しみにしておきます」


 俺はいずれ必ず近江に帰り、浅井家の当主になる。
 その時に初めて、俺は信長の盟友になる。
 それまでは、信長の家臣として相応の振る舞いでいさせてもらう。


「そぉか。その日が早く来る様に、尽力する」
「はい、お願いします」


 そこん所はマジで頼むぞ。


「……長政、俺様は約束は守るぞ」
「!」


 約束、か。
 きっと、最初に会った時の『あの約束』だろう。


 ちゃんと覚えていたか。
 ま、そうだよな。この人はそういう人だ。
 思わず、少し笑ってしまった。


「だから、俺はここにいます」
「……けっ、本当に言う様になったな、テメェ」


 少しだけ笑い、信長が歩き出した。


「どちらへ?」
「良い夢が見れそうだから2度寝してくらぁ。先に戻る」


 ……もしかして、悪夢で早くに飛び起きて、落ち着くための散歩に俺を付き合わせただけ、だったりするのだろうか。
 お市ちゃんに似て信長もちょいちょいっ子供っぽい所あるし、案外そんな感じかも知れない。


 鼻歌混じりに去っていく信長の背中を見送り、俺は視線を明けの空へ戻した。


 やはり、朝日は眩しい。
 でも、綺麗だと思う。


「やるよ、俺」


 聞こえる訳も無いだろうが、親父殿に向けて、宣誓する。


「俺は、信長と…」
「長政様!」


 …………おっふ。


「……お市ちゃん、おはよ」
「おはようございます!」


 朝から元気だなぁ……って、


「ちょ、その隈……」
「はえ?」


 お市ちゃんの両目の下には、薄らと隈が出来ていた。


「寝てないの?」
「あ、はい……少々、夜なべを……」


 ダメだろそれ、女の子的に。


 まさか俺が勧めた漫画絵巻を夢中で読みふけってたとかじゃないよな?
 結婚の儀がまだだからって事で、俺とお市ちゃんはまだ別居中だが……夜ふかしできない様に一刻も早く同居すべきだろうか。
 いや、でもそしたら別の要件で夜ふかしと言う展開が……って、朝っぱらから何を考えてんだ俺は。


「その……意外と、難しくて……」
「難しい?」


 何の話だ?
 そう首を捻りかけた俺の目の前に差し出された物。
 それは、黒布で作られた眼帯。
 薊の花だろうか、歪で不器用感がすごいが、何かそれっぽい薄藤色の花の刺繍が施されていた。


「……これ、お市ちゃんが?」
「はい! ……と言いたい所ですが、基礎の部分は大分お幸さんのご教授を……」
「………………」
「あ、あの……やはりこんな不格好な代物は……」
「……良いよ、不格好で。見てくれより、重要なモンがある」


 眼帯を、受け取る。
 思わず笑みがこぼれてしまっているのが自分でもわかった。
 見てくれなどよりも、想いが嬉しい。
 是非とも包帯が外れたら着用させてもらう。


 ……まぁ、次の戦で目玉を取り戻したら不要になってしまうが……
 その時は、お守りとして大事に懐にしまわせてもらう。


「う……嬉しいですが、不格好については否定無しですか……」
「あ、ごめん」
「良いんです。素直な長政様も素敵です」
「はは、どうも……」


 正面切ってそう褒めちぎられるのは、どうも慣れない。


「ところで、何で薊の花?」
「長政様の妖刀の銘ですし、……小谷城には、降り積もる雪にも負けじと薊の花が咲いてましたから」
「……なるほど」


 そんな薊の強き様に、縁起を担いだ訳か。


「……そう言えば、薊の花言葉……昔、親父殿に聞かせてもらったっけ」


 薊の花言葉は、独立・安心・報復。
 自らの居場所を切り開く強さ。
 周囲に安らぎをもたらす大きな器。
 幾度倒れても立ち上がる不屈の魂。


 薊とは強き花だと、親父殿は言っていたっけ。
 何か、浅井と言うウチの姓も、古くは薊に由来するとかなんとか……


「……ピッタリだな、薊」
「気に入っていただけた様で、お市は嬉しいです!」


 俺は浅井家から独立する形で織田に来た。
 信長と並び立つには、それなりの器も必要だろう。
 そして俺は、どんな絶望の前にも屈するつもりは無い。


 俺は、薊の様な強い男にならなきゃならない。


「……そうだ、お市ちゃん。折を見て話そうと思ってた事があるんだ」
「はい、何でしょう?」
「結婚、しばらく待ってくれないか?」
「……え……?」
「うわっ!? お市ちゃん!?」


 ふらり、とお市ちゃんが膝から崩れ落ちた。
 慌ててその華奢な身体を抱きとめる。


「あば、私あば、長政様に結婚をあば躊躇わせる様なあば粗相をあば……? あばばばば……」
「白目剥いとる!? 落ち着いてお市ちゃん! 違う、そう言う訳じゃないから! 俺は君との結婚にはノリノリだから! 小刻みに踊りだすくらいにはノリノリだから!」
「え、えーと、では、一体……どういう……」
「……やっぱりさ、俺達の結婚は……たくさんの人にちゃんと祝ってもらいたいからさ」
「!」
「親父殿や姉上……浅井側が1人も居ない上に、危機的状況で気が気で無い織田家家臣達に祝われても……な」


 元々織田家側が参列できないってだけでもちょっと微妙な感じだったし。


「本当に、本当に申し訳無いんだが……」


 少しだけでいい。


「少しだけ、待っててくれないか」
「少しだけ、ですか?」
「ああ、すぐに、小谷城を取り戻してみせる」
「小谷城を……」


 そう、これは、決意の表しでもある。


「さっさと現状ひっくり返して、妙なしがらみは全部蹴っ飛ばして……」


 そして必ず、小谷城にて堂々と……


「浅井と織田の皆の前で、結婚の儀をやろう」


 絶対に、だ。
 こんなふざけた時勢のせいで、中途半端な結婚の儀などで満足してたまるか。


 俺達は、絶対に最高の門出を迎えてみせる。


「……やっぱり、正解でした」
「ん?」


 俺の手の中で、お市ちゃんが日溜まりの様な笑顔を浮かべてくれた。


「長政様。少しだけ、ですよ? 私の気は、そんなに長くないです」
「ああ」


 また暴走されても困るし、急ぐとしよう。


「それと、それまで別居とかは絶対嫌です」
「はは……そうだな。じゃあ、一緒に暮らそう」
「はい! 急いでくださいね。結婚の儀より先に……その……子供、できちゃうかもですよ?」
「……そりゃ割とマジで本当に全力の限り急がなきゃだな」


 できちゃった婚ことズッ婚バッ婚は近年増えているらしいが、まぁ順序を守れるなら守るに越した事は無いだろう。


「……やるよ、俺」


 さっきは言いかけて遮られてしまった言葉。
 今度は親父殿だけじゃない。
 お市ちゃんにも、そして、遥か京の大将軍、信長の敵に回った見る目の無い連中に向けて言ってやる。


「俺は、信長と共に天下を取ってみせる」


 そして、必ずや泰平の未来を生きてみせる。


 戦乱の時代になど、負けてたまるか。



「長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く