長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

20,長政、不穏を知る



「全く、朝倉め……間の悪い連中だ」


 信長は四天王2人を含む自軍3千、同盟徳川家の軍2千を引き連れ、近江から越前に入領していた。
 信長も長政と共に小谷城に顔を出し、久政と少しだけでも会談したかったのだが……


 朝倉が越前と近江の堺付近にある金ケ崎かねがさき城を拠点とし、自身らに睨みを効かせる織田遠征軍に対して宣戦布告の使者を送ってきたのだ。
 京へ攻め入ろうと動けばどうせ織田・徳川の連合軍に横から攻められる。
 だったらまずはその織田・徳川連合軍から叩き潰してやる、と言う考えなのだろう。
 朝倉も本気で国取りをしようと言う訳だ。


 使者の報を聞き、信長は長政達だけを小谷城へ向かわせ、自分達は金ケ崎城へと打って出る事にした。


 馬に揺られながら、信長は舌打ち。
 愛する妹の人生大一番……結婚に関する事だ。
 朝倉の老獪のせいで何かと後回しにさせられるのが非常に腹立たしい。


「良いでは無いですか。これで朝倉をさっさと潰せれば、市姫様の結婚の儀に参列できますよ」
「まぁな……」


 傍らの光秀の言葉に、信長は少し気の無い返事。


「……何か、……引っかかりが……?」


 その様子から、一益が信長に問いかける。


「……妙だとは思わねぇか」
「朝倉の動きですか?」
「そうだ。義景よしかげの野郎は老獪、決して馬鹿じゃねぇ。今川義元みてぇに慢心する様な柄でも無ぇ」


 にも関わらず、諸領に恐れられる織田軍に対して宣戦布告。
 自領の城を拠点に、と言う事は籠城しつつの迎撃のつもりなのだろうが、防戦で織田に殲滅された松永・三好の情報は入っているはずだろう。


「なのに松永・三好の2万以下……1万5千の兵で俺様達に宣戦布告……何か策があんだろぉな」
「……城の立地による優位性、ですかね」


 確か、金ケ崎城は峠に建つ城。
 城の背後は崖……つまり四方から攻められる事は無い。
 確かに普通の防戦よりはマシだろうが……


「……何か……秘密兵器が……あるのかも知れません……」
「その可能性も高いな」


 とんでもない何かを隠している可能性がある。
 下手すれば、魔剣に匹敵する程の何かを。


「ちっ、勝家と長秀も連れてくるべきだったか」


 あの2人には今、尾張防衛と今川への睨み役と言う大役を任せている。
 今川に攻められた時と違い、今は戦乱に片足を突っ込んだ時勢、防衛にも大きな力が必要なのだ。


 もし、向こうが織田四天王全員を相手にする事を想定した策を練っている場合、かなり不味い事になる。
 ……この宣戦布告には乗らず、引き返すべきか。


「…………慎重に行くぞ、光秀、一益」
「はい」
「……了解……」


 織田の武威を全国に示すためには、朝倉と言う中堅1派相手に下手な撤退は得策ではない。
 それに、こちらの深読みを誘い撤退させるための朝倉の策である可能性もある。
 多少の罠が待っているとわかった上でも、行くべきだ。


 ドツボに嵌められぬ様に、警戒しつつ慎重に。
 信長達は朝倉軍の待つ金ケ崎峠へと進軍する。


 しかし、信長は読みきれていなかった。


 そもそも今回の敵は、朝倉と言う中堅1派……だけではなかったと言う事。








 日がやや傾き、そろそろ茜色の兆しが見え始める頃。


 近江、小谷城。
 俺はお市ちゃん・遠藤・弥助を連れて帰って来た。


 早速お市ちゃんと親父殿に挨拶しようと思ったのだが……「とても大事な話がある、まずはお前1人でワシの部屋に来い」と言う親父殿からの言伝。
 と言う訳で、姉上の部屋にお市ちゃんを預け、俺は1人で親父殿の私室へ。


「にしても……久しぶりだな、小谷城」


 そう言えば、親父殿に織田臣従の許可をもらう時もお市ちゃんを連れて来たな。
 今にして思えば、あの時から俺を慕ってたんだなぁ……
 よくよく考えると、確かに態度があからさまだった。
 ……俺、自分は勘は良い方じゃないかなとか思ってたけど、そうでも無かったな。
 秀吉すら気付いていたらしく「鈍感にも程があるわ近江の阿呆」と言われてしまった。


 いや、でも普通思わないじゃん。
 この子は俺に惚れておるな、とか思わないじゃん。
 ましてやあの頃は出会ったばかりの子だよ? そら思わないじゃん。


 ……って、誰に言い訳しているんだ俺は。
 同僚である秀吉に鈍感呼ばわりされて、ちょっと負けず嫌いの気が出てるのかも知れない。


「……っと、危な」


 必死にモノ考えしてる内に、親父殿の私室を通り過ぎる所だった。


「父上、長政でございます」
「……うむ、入れ」
「……?」


 何だ、何か声に元気が無いな。
 風邪でも引いたか? 珍しい事もある物だ。


「失礼します」


 襖を開けると、親父は堂々たる姿で座っていた。
 ……表情はいつにも増して険しいが、顔色は悪く無いな。


 不機嫌……って訳でも無いよな?
 親父殿は不機嫌になればなるほど声にドスが聞く人だ。


 不調でも、怒ってる訳でも無いとなると……わからん。


「……座れ、長政」
「はぁ……」


 一体、大事な話って何なんだ……?










「……何の冗談だよ、って話だな……!」


 空が茜色に移りゆく頃、金ケ崎峠へ着いた織田・徳川連合軍。
 金ケ崎城はまだ見えぬその平地で、信長達は軍勢と相対する事となる。


 そして、彼らを出迎えたその軍勢の掲げる旗の紋様は、1種では無かった。


 四瓜しか木瓜紋もっこうもんが3つ並んだ朝倉の家紋。
 そして、竹の地に2羽の飛翔雀が向かい合ったの紋様。


 あの旗は……


「あはぁん、信長ちゃん。麗しゅう?」


 頭上から、音が高めの声。


「なっ……」


 信長の傍ら、光秀の顔がちょっとした恐怖と大きな驚愕に塗りつぶされる。
 恐怖はその声の主に、驚愕はその主が乗っている生物に対してだろう。


 空を泳ぐ、黄金の鱗を持つ巨大な蛇。
 1口で大の大人を3人は飲み込めそうな程に巨大だ。
 口内には鋭い牙が並び、小さいながらも腕も生えている。


 それが、1匹……では無い。
 10、だ。10匹、この戦場の上空を飛び回っている。


 その空を舞う大蛇の中でも一際大きな1匹。その頭部に座すのは、女物の着物を身に纏った優形の若者。
 女用の化粧を施し、カンザシで髪を留めている。


「……それが噂の『龍』か、上杉うえすぎ謙信けんしん……!」
「正解。みんの国のモノノ怪よ」


 越後えちごくにの領主、上杉謙信。
 斬り付けたモノノ怪を同時に10匹まで完全に支配してしまう『業物』の妖刀、『大蜘蛛転ころがしぐも』を持つ、一応男。
 付いた異名は『越後の龍王』。
 とある酒宴の件以降、光秀的にはちょっと恐怖の対象である。


「上杉軍8千、それから私の大事な龍部隊。朝倉軍に味方しちゃうわ」
「どぉいう了見だ、テメェこのカマ野郎……!」
「うふ、怒った顔も素敵よ、信長ちゃん」


 優雅に扇子を広げ、口元を隠しながら謙信が語る。


「でもね信長ちゃん、私だってできればイケてない老獪共より、イケイケな武漢多き織田に味方したかったのよう」
「だったら、なおさらどぉいう了見だ?」
「仕方無いじゃない。いくら破天荒さが素敵とは言え、あなたは敵を作り過ぎちゃったのよ」
「……何?」
「まぁ、事情は後でゆっくり、聞かせてあげるわよ」


 だって……と謙信は愉快そうに、頬が裂けてしまいそうな程に口角を吊り上げた。


「信長ちゃんのイケイケなお顔は、私がもらっていいって言う契約だもの」


 首から上を持って帰った後、ゆっくり説明してあげる。
 と言う事だろう。


 相変わらず趣味が悪い、と信長は不快感を顕にする。


「それと光秀ちゃんは絶対生け捕り」
「ひぃっ!?」


 それだけ伝えて、謙信は扇子を振り上げた。


「さぁ、全軍突撃よ」


 上杉軍8千、そして頭上の龍達が、織田・徳川連合軍合計5千へと牙を剥く。


「チッ……これが秘密兵器か、上等だぞクソ老獪とクソカマ野郎が!」


 上杉との同盟。
 朝倉がそんな物を結んでいたとは、信長は全く気取る事ができなかった。


 だが、これだけなら絶望する程の事ではない。


「一益、指揮は任せたぞ! 光秀! 俺様に続け! 頭上の金ピカ共を片付けるぞ!」
「「はっ!」」


 上杉軍8千と10の龍……確かに脅威的な援軍だが、勝てる見込みは充分にある。


「うふふ……まぁ、そうよねぇ。私の援軍で、ようやく朝倉は織田と五分五分って所でしょう」


 それすら折込済みで、謙信は静かに笑い続けていた。


「言ったでしょ、信長ちゃん。あなたは敵を作りすぎたのよ」








「父……上……?」


 今、親父殿は何と言った?
 意味が、意味がわからない。


 何なんだ、この書状は。
 大将軍は、一体何を考えているんだ。


 こんな馬鹿げた話が……


「長政。全ては、浅井家の……近江の民達のためだ」
「そんなの……」


 父上は、正気か?
 こんな話に、乗ると言うのか……!?


「浅井はこれより、兵を出す」
「父上……本気なんですか!? こんなの……」
「織田を、討つ」


 その言葉には、重みがあった。
 本気、だ。


「我々浅井は、越前の朝倉、越後の上杉らと同盟を組み、織田軍を挟撃する」


 金ケ崎で織田軍を待ち受けているのは、朝倉だけではない。
 織田の情報網をすり抜け、上杉が密かに送り込んだ増援1万3千、そして上杉家当主が直々に出陣していると言うのだ。


「っ……」


 それだけじゃない。
 最悪な事に、この近江・越前・越後の同盟は……『ある人物』の意向によって結成された物。


「大将軍様の命に従い、我々は日ノ本を脅かす逆賊の魔王・織田信長を……征伐するのだ」


 今回の戦、織田の敵は朝倉だけでは無い。
 足利将軍家と、その将軍家に組する者達……全てだ。


 足利将軍家より各領主へ送られた書状。
 その内容は、簡略化すると以下の様になる。


 尾張の織田信長は将軍家に取って代わろうと言う邪なる野心あり。
 証拠として、織田信長は大将軍の命に背き、副将軍への着任と軍力の放棄を頑なに拒む。
 これは将軍家への忠誠の無さ、加えて謀反の戦力を奪われまいと言う意思の現れである。
 織田信長は天下の泰平に仇名さんとする、許されざる逆賊である。
 そしてその脅威は魔の王と呼ぶに相応しく強大で邪なる物だ。
 諸領の力を結集し、この魔王を速やかに征伐すべし。


「っ……この書状はデタラメです、父上! 信長様は天下泰平のために……!」
「知っておる」


 そうだ、親父殿は知っているはずなんだ。
 信長が軍事力を拡大させている理由と、その先にある目的を。
 その大きな力で今の国の乱れを抑制している事だって、知っているはずなんだ。


「今、信長が討たれれば……織田勢力が舵取りを失えば、世は大乱へ向け一直線であろう」
「ならば、何故この書状に従おうなんて……」
「……最早、織田に未来は無い」
「っ…………!」


 そうか、そうなんだ。


 この書状の内容がどれだけふざけた物であろうと、大将軍の書状である事には変わりない。
 この書状は、大義になり得るのだ。


 織田が邪魔な勢力……つまり、国を取るために戦をやりたい連中にとっては、またとない好機。
 これを機に結託し、戦を起こすためには邪魔な織田と言う存在を潰そうと、動き出すに決まっている。


 大将軍による征伐指令であると言う大義名分を掲げ、一時的に諸領で手を組み、織田を総攻めにするはずだ。


 ここで織田に味方すれば、大将軍家と血気昂る国取り派の領主連合を敵に回す事になる。
 そんな事態を回避するため、今の親父殿の様に信長の敵に回る勢力も少なくは無いだろう。


「信長を殺すは愚行であろう。だが、信長を生かす術は、無い」
「そんな……!」
「ここで足利に付かねば、織田の次は浅井だ」
「っ……」
「……長政、気持ちはわかる。だが、足利に付けば大乱であろうと未来があるのだ。織田に付けば、ただ共に滅ぼされるのみ」
「父上は、それで良いのですか……!?」
「良い訳が無い。だが、それしか無い」


 ああ、親父殿もわかってるんだ。
 苦渋の決断なんだ。見ればわかる。
 悔し気に歪んだその表情と、血が滴る程に握りしめた拳を見れば、その気持ちは痛い程に理解できる。


 目の前の愚行を止める所か、加担する以外に選択肢が無い。
 聡明な親父殿に取って、それがどれだけの苦しみか。
 未来があるだけマシだ、なんて苦しい言い訳を用意してまで、自分を納得させようとしているんだ。


「長政、お前に罪は背負わせぬ」
「……え?」
「許せ」
「何の……っぐぁ……!?」


 その言葉に対し、疑問を発する事はできなかった。


 背後から、刺された。
 とても浅くだが。


「っ……なっ……」
「やぁ、新九郎……今は長政だっけ。久しぶり。そして、ごめん」


 俺の影の中から這い出してきた1人の少年。


清貞きよさだ……!?」


 黒基調の着物に、やる気の無い半目。
 俺の幼馴染、雨森あめのもり清貞きよさだだ。


 その手には、忍が使う様な鍔の無い短刀。
 アレは妖刀だ。
 確か、名は『常闇紛やみまぎれ』。
 物の影など、『闇』に潜る事ができる妖刀だ。


「何……を……し……っ……ぁ……?」


 何をするんだ、と言いたかった。
 でも、呂律がまともに回らない。
 全身に力が入らない。
 両手両足を地に着いたまま、立ち上がれない。
 この四つん這いの状態すら、維持するのがキツい。


 ……まさか……常闇紛やみまぎれの刃に、麻痺毒を塗っていたのか……!?


「……前当主、浅井久政の策に嵌まり、浅井長政は幽閉され、織田信長に加勢する事は叶わなかった」
「……っ……!?」


 親父殿は、一体、何を……!?


「それが、後世に残される歴史の筋書きじゃ。長政」



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