長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

16,織田勢、躍進中

 松永・三好らの謀反、名君義輝の死。
 そして桶狭間での今川義元討ち死にから、1ヶ月。


 この1ヶ月は、とても目まぐるしい物だった。


 信長がまず着手したのは、次の大将軍の擁立。
 今、信長が大将軍になったって各領の領主達は納得しないだろう。
 逆に、戦に乗り気で無い領主達まで敵に回しかねない。
 それらを納得・黙らせるだけの武威を手にするまで、大将軍の座は然るべき血筋の者を置いておくのが無難と考えた。


 そう言う経緯で次代将軍は義輝公の弟、足利あしかが義昭よしあき公となった。
 信長は織田の財力をいかんなく発揮し、新たな将軍御所の建設、そして京の復興にも力を入れている。


 次は大和と河内……つまり、松永・三好の領の新領主について。
 当主が名君殺しと言う前代未聞の不始末を起こしたのだ、当然松永・三好家の権益の存続が許されるはずも無い。


 信長は義昭を使い、この2領の領主に自身の兄弟を配置させた。
 ……そう、要するに新将軍を利用してちゃっかり尾張の属領を得た訳である。


「今の将軍は最早名ばかりだ。あの将軍じゃ足利家の衰退は目に見えてる。せめてその権威が有効な内に利用させてもらう」


 そう信長は言っていた。


 次に信長が乗り出したのは、隣領である美濃との同盟締結。
 だが、これが思わぬ事態に発展する。


 美濃の領主、斎藤さいとう道三どうさんが、同盟ではなく織田の傘下に付いても良いと言い出したのだ。
 つまり、美濃は自ら尾張の属領、実質的に尾張の一部になると提案してきたのである。


 道三は信長を高く評価していた。
 その領民をよく見据えた領地の盛り立て様はもちろん、将軍死去の際に迅速に征伐へと動き出した事、その天下平定と言う目標。
 そして彼自身と直接会って義輝公に匹敵する『器』を感じ、確信したと言う。
 こうして道三は「信長には次代の天下人と成り得る大義あり」と判断。全面協力する事を決めたのだ。


 当然、この話を信長が断るはずも無く、道三の提案を快諾。
 その証として、道三の娘さんを自身の嫁として織田家へ迎え入れた。


 浅井ウチとの同盟も滞りなく締結。
 同盟と言えば、更にもう1つ。


 駿河と尾張の狭間、本来は今川の属領扱いであった三河みかわの地。
 その地を実質支配していた有力者、徳川とくがわ家が今川を捨て、正式に織田と同盟を結びたいと提案してきた。
 今川義元の跡取りが中々奮わないご様子で、今川にはもう見限りを付けた、との事だった。


 次々と好転していく情勢。
 信長は天下平定へ向け爆進している……様に思えた。


 が、ここで更に思わぬ事態が発生。


 斎藤道三の息子である斎藤さいとう義龍よしたつが、道三と信長に対して謀反を起こしたのである。
 義龍からすれば、約束されていた領主の地位が父の勝手な判断で水泡に帰したのだ。面白くないのも当然だろう。


 斎藤家家臣の中で、信長に美濃を売ったも同然の道三に味方する者はほとんどいなかった。
 しかしまぁ、織田軍だけでもあっさりと義龍率いる謀反軍は鎮圧できたが。


 ただ、息子が父に謀反を起こすとは……衝撃的だった。


「今川が徳川に見限られたのと一緒だ。信頼できない将は見捨てられるし、見捨てるべきだ。裏切り裏切られが戦乱の世の基本。クソジジィが言ってた。今日の重臣と明日は合戦、ってのも覚悟は必要だな」


 と、信長は何か凄い事をあっさり口走っていた。




 ……という感じで、これがこの1ヶ月のまとめである。
 この1ヶ月で尾張は大和・河内・美濃の3つを属領に、そして近江・三河の2つを同盟領として勢力に加え、戦も1度切り抜けた訳だ。


 確実に今現在日ノ本で最大の勢力は織田勢力であると言えるだろう。






「……伊勢の北畠きたばたけ家で挙兵の動き有り、か」


 軍議場、織田家家臣らが顔を揃える中、上座の信長は密書に目を通して大きく溜息。
 少し前までならこの軍議場が狭く感じるくらいの家臣がいたが、今は程良い人数になっている。
 織田勢力拡大の折、家臣達を各領へ異動させたため、この清洲城に常駐する家臣が少なくなっているのだ。、


「加えて、駿河の今川も懲りずに軍の再編成を始め、越前の朝倉あさくらも怪しい動きを見せ始めてるっつぅ話だ」


 越前……浅井ウチの治める近江のお隣さんで、その領主家系である朝倉は随分昔から浅井ウチと付き合いがある。
 信長は俺の親父殿を介して朝倉にも同盟の話を持ちかけたと言う話だが……こうして朝倉の動きを警戒してると言う事は、色よい返答は無かったらしい。


「……本当に、世の流が戦に向けて動き出してる、って事ですか」
「まさしくな」


 俺の言葉にうなづきながら、信長が密書を放り投げる。


「新将軍になって、京はイマイチ奮わねぇ。予想通りだがな。国の心臓が弱りゃ、各所に問題が生じ始める」


 そうして、至る所で将軍家への謀反・挙兵が始まる……もしくは、将軍家を確実に凌駕するために勢力拡大を狙って隣領を侵略する領主が現れる。
 そうやって、泰平の世は戦乱の世へと移り変わってゆくのか……


「ふぅぅむ。この1ヶ月も忙しい物でしたが、これからは更に暇の無い日々になりそうですなぁ」


 俺の隣りに座る熊の様な毛だるま大男、四天王・柴田勝家が髭まみれの顎をさすりながらつぶやいた。
 本人的にはつぶやいてるつもりなんだろうが、うん、体同様声もデカい。


「確かに死ぬほど忙しくなるだろうな。だが、俺様が天下を取っちまえば以前同様の生活に戻れる」


 今忙しく働く分、その時にゆっくり休めば良い、と。


「もう少し詳しい情報が入り次第、伊勢の北畠を攻める。挙兵前に叩き潰してやる」


 と言う訳で、今回の軍議は終了。


「ああ、それと長政」
「はい?」
「テメェはしばらく恒興つねおきの所に行ってもらう」


 恒興って……池田いけださんの事、だよな。
 あの人確か、大和の新領主に任命された信長の弟さんに付いてったんじゃなかったっけ。
 その人の所に行くって……異動か。
 急に何のために……


「伊勢攻めは大和から戦力を叩き込む」


 伊勢と大和は隣接してるし、そりゃそれが良いだろう。
 って、事は……


「テメェには俺様の兵と美濃兵を合計で2千くれてやる」
「それって、つまり……」
「テメェと恒興に伊勢侵攻の先陣を切ってもらうって事だ」








 清洲城、お市の私室。
 お市は1人、お手玉を掌で跳ねさせながら物思いにふけっていた。


「……磐石な絆の証として……結婚……」


 お市が思い返しているのは、兄・信長の結婚の儀。
 信長は織田家と美濃の斎藤家の関係を磐石とするため、斎藤の姫と結婚した。


 昔から、よく使われていた手らしい。
 義家族の契を結ぶ事と、身内を預ける・預けられる信頼の証としての政略結婚と言うのは。


 そして、お市は知っている。
 兄は、近江の浅井家……長政の実家とも同盟を結んでいる事を。


「うふ、うふふふふ……」


 政略目的の結婚などする気は無い。
 だが、現状は政略結婚を建前に結婚に至りやすい状況にあると言う事。


 結婚への道筋は確保されたのだ。
 後は長政をその気にさせればトントン拍子に事は進むだろう。
 何せ、2人の恋路には邪魔する者はいない所か、大義名分まで添えられているのだから。


 三々九度を酌み交わす妄想にふける余り、その掌からお手玉がこぼれ落ちている事も気付かずお市は手を振るい続ける。


「はっ、こうしてはいられない!」


 妄想は実現させる努力を怠れば妄想のまま終わってしまう。


「市姫様」
「お幸さん! 丁度よい所に」
「はぁ」
「私、本日より長政様篭絡作戦を次の段階へと移します」
「え……」


 今までお市は、長政篭絡作戦第1段階だった。
 適度な距離感を保ちつつ、可能な限り付き纏い、隙あらば好感度を稼ぐと言う感じ。


 でも今日からは次の段階……そう、更に積極的に行く。
 今までよりも距離を詰め、限界を越えて付き纏い、常に好感度を稼ぎに行く。


 具体的に言うと「こいつしばらく本編で見てないな……」とか言われそうな現状は、もう終わりにすると言う事だ。


「なのでお幸さんにもある程度協力して……」
「あの……市姫様、大変申し上げにくいのですが……」
「?」
「浅井様は、しばらく大和の方に出向を命じられたと……」
「……大和?」
「はい」
「京の隣りの?」
「はい」
「……遠いですよね」
「はい」
「……いつ戻るのですか?」
「詳しい事はわかりませんが、伊勢攻略の先陣を任されたとの事なので、しばらくは……」


 少なくとも、北畠家との戦がひと段落するまでは戻らないだろう。


 ちなみに、まだいつ戦になるかも決定していない状態である。


「……決めた」
「市姫様?」
「私も大和に行きます」
「信長様もそう言うだろうと予想してました。却下だそうです。危険なので」


 長政と出会うきっかけになった上洛の時とは訳が違う。
 不安定な情勢下、戦の下準備に行くのだ。
 逆に伊勢から大和へ奇襲を仕掛けてくる可能性もある以上、流石の信長もこの我侭は聞けない。


「黙して待つ、のでしょう?」
「我慢には限界と言う物があります! 今回ばかりは意地でも付いて行きます! 脱走してでも行きます!」
「では刀影様を筆頭に忍衆を見張りに付ける様に申請しておきます」
「殺生な!」


 織田の忍衆は優秀だ。
 彼らが本気を出せば……いくら愛の力に滾るお市でも、突破するのは至難を極めるだろう。


「お幸さん、私を裏切るんですか……!?」
「市姫様の安全が第一にございます」
「長政様にしばらく会えないなど無理です! この前2日程お姿を見れなかっただけで自分でもヤバいと思うくらい消沈してしまったのですよ!? 長政様の匂いの無い日々がしばらくなど……死ぬ、死んでしまいます!」


 お市は確信を込めた強い瞳、強い言葉で断言する。


「そう言うと思いましたので、手は打ってあります」
「手?」
「忍衆に浅井様の脱ぎたての着物を回収する様に、信長様を通じて頼んであります」
「お幸さん……!」
「私は、市姫様の生命が大事です。でも、その恋を支援したいとも思っております。信じて、そして耐えてください」
「うぅ……お幸さぁん!」
「お幸はいつでも姫様の味方にございます」
「…………下着……とかも……?」
「当然、そちらも抜かりなく」


 例えおかしな方向に進んでいたとしても、お幸はお市の恋を支え続ける所存である。






 翌日、織田軍大和出向部隊出発前。
 信長自らその見送りに来てくれた。


 そんな中、不意に信長が深刻そうな表情を見せた。


「……なぁ長政、俺様は心配だ」
「え、大丈夫ですよ、今川や斎藤との戦で経験は積めましたし……まぁそりゃ多少の不安は……」
「そっちじゃねぇ。そっちは信頼してる」


 ならどっちの話だろうか……?


「まぁ、何だ。本人の意向だから俺様ははっきりとは言えないんだが……頼むぞマジで」
「……はぁ、頑張ります」


 信長があんなボヤけたモノの言い方をするのは珍しいな。
 何でもかんでも遠慮なくズバズバ言う印象なのだが。


「あいつが狂気に身を委ねる前に、気付いてくれ」
「……?」


 信長がくれた助言はここまでだった。


 あいつとは、誰を差しているのだろうか……




 その答えを、俺は大和遠征終了後に知る事になる。




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