長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

13,弥助、提案する



 清洲城、軍議場。


 木床の豪勢な造りの広部屋。
 上座は信長不在のため空席。


 そこで俺・遠藤・秀吉・刀影さんは地図を囲んで座っていた。


「今川の侵攻具合は……?」
「先程届いた情報ですと、つい今し方尾張領へと入ったとの事です」


 俺の問に、刀影さんは尾張と駿河の境目辺りに木の駒を置いた。


「総大将は今川義元。現今川家当主。軍勢は約4万2千。この清洲城へ真っ直ぐ進軍しつつ、通り道にある城は全て落としてゆく算段の模様」
「散発的に戦っても無駄な犠牲が出るだけだ。諸城には早馬を出し、無血開城させよ」


 秀吉の判断は間違っていない。
 織田領内の城はまだこの清洲城以外まともな防衛体勢が整っていないのだ。
 そんな状態で無闇に抵抗させても、無意味な血が流れるだけだ。


「……だが……この清洲城を無血で明け渡す訳にはいかない……か」


 ここは尾張に置ける織田勢力の要だ。


「しかし若。戦力差は最早論ずるまでもなく絶望的」


 まぁな。
 こちらは2百、向こうは4万2千だ。
 桁が2つ違う。
 隣領である美濃へ援軍を出して欲しいと打診はしているが、多分良い返事はもらえないだろう。こんな負け戦に援軍を出してくれる所がどこに在る。
 浅井ウチだったら可能性はあるだろうが、現在動かせる兵のほとんどを松永征伐の援軍に行かせてしまったと言う話だし、そもそも近江から援軍を呼んでも時間がかかり過ぎる。


 援軍は、期待できない。


「加えて、若も秀吉殿も軍勢を率いる実戦はこれが初……」
「わかっておるわ……だが、その絶望的な要素だけを何度見返しても、何の解決にもならん」


 もしまともにかち合えば、こちらは1人平均2百殺以上が必須か。
 もう馬鹿らしくなってくる数字だ。
 四天王級の精鋭で無ければまず不可能。


「織田軍本隊が戻れば、希望はあるけど……」
「刀影! 信長様の帰還はいつになる!?」
「信長様達は先程、京を出たとの報せが……」


 無事京を出れたと言う事は、松永・三好軍には勝ったか。
 だが、今京を出たとなると……


「行きが全速力で3日半……合戦で力をすり減らしている事でしょうから、戻りには更に時間はかかるでしょうな」
「トントン拍子でも4日程……か」
「4万2千の大軍勢相手に、4日も持たせねばならんのか……!? そんなの……」


 不可能、だろうな。
 確かに、籠城戦なら守る側は攻める側より少ない兵力でも充分戦えると習った。
 だが、今回は桁が違い過ぎる。
 籠城した所で1日も持たないだろうと、素人の俺でもわかる。


「…………」


 籠城しても数であっさり潰されて終わる。
 だが、打って出た所で……


「……くそっ……」


 ダメだ。状況は、既に詰んでいる。
 まともな策ではとても打開などできない。


 こんな局面を破る術があるとすれば、それは確実に博打色の強い物になるだろう。


「ヨウ、大分、オ通夜ナ、感ジ、ダナ」


 突然軍議場に入ってきたのは、俺の倍程の黒い巨体を持つ単眼のモノノ怪。


「……弥助?」
「何をしに来たか、黒塗り大猿め」
「猿ハ、オ前、ダロ、ウガ」
「だから俺を猿と呼んでいいのは…」
「悪い弥助……今、結構重要な話合い中だから、俺らにちょっかい出すのは後にしてくれ」
「話ァ、大体、察シタ」


 ……どうやら、戸の向こうで聞き耳を立てていた様だ。


「敵ガ、大量ニ、攻メテ、キタ。コイツハ、ヤバイ、ッテ、感ジ、ダロ」
「その通りだが、それがどうしたと言うのだ! 貴様には関係ないだろう!」
「キーキー、喚クナヨ。セッカク、妙案、ガ、アルッテ、ノニ」
「妙案?」
「はん、ケダモノの考える策など下策に決まって……」
「弥助、その妙案ってのはどんなんだ?」
「おぉい近江こらぁ!?」


 近江は俺の呼び名じゃねぇ。


「こんなのの話など、聞くだけ時間の無駄だ!」
「……秀吉、今の俺達の状況はまだに『藁にもすがりたい』って状況だ。藁よりはこいつの方がマシだろ」
「ぬぐ……」


 藁は俺らに助言してくれる所か、戦に関しては何の役にも立ってくれないんだ。
 それならまだ、高い思考能力と言語能力を持つ弥助の方が、すがる相手としては適している。


「ケッ、話ガ、ワカル、ジャネェ、カ。長政トカ、言ッタ、カ」
「ああそうだよ、浅井長政だ。で、弥助。『妙』案って言うからには、上策なんだろうな?」
「当然、ダ。勝タセテ、ヤルヨ、コノ、戦イ」
「勝つぅ? やはりケダモノ、何もわかっておらんな。この戦力差で勝つなど不可能。ここは凌ぎきるための案を探るべき……」
「弥助、一応聞いとくけど、状況はわかってるのか?」
「アァ、俺ノ、故郷、デモ、軍団デ、狩リヲ、スル、輩ハ、イタ。ソイツラ、ト、同ジ、要領デ、倒ス」
「野生のケダモノの群れと人間の軍隊を一緒に考えるなど愚の……」
「指揮系統、ヲ、潰ス」
「!」
「根コソギ、ダ。軍団、ヲ、動カス、力、ヲ、持ツ者ダケ、ヲ、殺ス。軍団、全テヲ、相手取ル、ナド、面倒ダ」


 まぁ理にかなっちゃいる。
 確かに指揮系統を壊滅させれば、今川軍は統率を失うだろう。
 攻める所では無くなり、引き返して行くはずだ。
 だが、


「……それは無理だ、弥助」


 誰だって思いつく、そんな事は。


 将棋でもそうだが、戦いってのは『要』の役割を持つ存在が必ずいる。
 その要を破壊できれば勝てる。当然の事。
 だからこそ、その要を狙うのは難しい。


「まず相手の指揮系統を握る人物の位置情報、それから、その人物までたどり着くための戦力が必要になる」


 そんな人物が配置されるとすれば行軍の中央、本陣だろう。
 当然、もっとも守りの硬い場所。
 何せ、万が一その人物が討たれれば全てが瓦解してしまうのだ。
 敵だって念には念を入れた防御を用意する。
 そして基本、本陣がどこかはそう簡単に悟られない工夫もするはずだ。


 ……大体、4万越えの軍を率いる行軍の本陣に突っ込めるだけの戦力があるなら、籠城にも希望が持てると言う話だし。


 情報も戦力も……どちらも、今のこの城には存在しない。


「ほれみろ! やはり時間の無駄……」
「何、ヲ、勘違イ、シテ、ンダ、長政」
「……え?」
「妙案ハ、ココカラ、ダ」
「なんだと?」
「オ前ラ、ニ、『情報』ト、『戦力』ヲ、与エテ、ヤル」


 そう言って、弥助はにんまりと笑った。
 そして、その指で己に巻き付く鎖を摘まみ上げる。


「俺、ト、組モ、ウゼ、長政」
「お前と、組む……?」


 どういう意味だ……?


「言ッタ、ダロ、オ前ナラ、協力シテ、ヤルノモ、ヤブサカ、ジャナイ」


 弥助が俺に協力……そして、情報と戦力を提供……


「まさか、お前……」
「俺ヲ、コノ、鎖カラ、解放、シロ。ソシタラ、協力シテ、ヤル」
「な、何を言っとるかこのケダモノが! そんな事が出来る訳……」
「話、ノ、ワカラン、猿ハ、黙ッテ、ロ」


 秀吉の言う通りだ。
 そんな事、できる訳が無い。


 だが、もしも、弥助が戦力になるとしたら……?


 初めて弥助と会った時、こいつは俺の力量を正確に把握した様な口を叩いていた。
 モノノ怪の中には、相手の力量を正確に見極める能力を持つモノがいる。
 弥助もその能力を有しているのは明白。


 つまり、相手の実際の布陣を見れば、戦力の集中具合を識別可能と言う事だ。
 当然守りが硬いであろう本陣には力が集中するはず。
 弥助は、今川本陣の位置に大よその見当を付ける事ができる。


 そして、弥助は魔剣と同等の働きをするとされる一騎当千の戦闘能力がある。
 本陣を強襲し、防御兵を薙ぎ払う戦力としては申し分無い。


 弥助と2百の兵が入れば……今川本陣を奇襲し指揮系統を直接叩くと言う一点突破作戦も、現実的な策になり得るかも知れない。


 だが、そのためには弥助を制約する隷属の鎖を解かなければならない。
 この鎖がある限り、弥助は人間相手に武力を行使する事ができないからだ。


 人間との交戦意思を持ち、膨大な武力を誇るモノノ怪を解き放つ事になる。


「お前、何が目的なんだ……!」


 俺に協力し、鎖を解き、何をするつもりだ。


「前ニモ、言ッタ、ダロ。俺ハ、暴レタイ、ダケ、ダ……ダカラ、コノ鎖ガ、気ニ、入ラナイ」
「……本当にそれだけ、なのか?」
「アア。ココノ、暮ラシ、ハ、飯モ、宿モ、悪ク無イ。ノブナガ、ガ、イル事ト、暴レ、ラレナイ事、以外、不満ハ、無イ」


 その数少ない不満の1つを解消したい、と言う訳か。


「モシ、コノ提案ヲ、飲ム、ナラ、俺ト、オ前トハ、互イニ、協力者……仲間、ダ。ノブナガ、ノ事モ、多少ハ、寛容、シテヤル」
「……つまり……お前は俺達に全面的に協力する、その代わりに俺達はお前に暴れる機会を提供する……つぅ取引をしようって事か」
「オ前達、ジャナイ、オ前ダ」


 あくまで俺個人となら協力関係を築いても良い、と言う事か。


 きっと、こいつは勘づいているんだろう。
 信長が言っていた、戦乱の時代の到来を。
 だから、こんな取引を持ちかけてきたんだ。


 これから起こるであろう多くの戦で、自分を暴れ回らせろ、と。


「サァ、俺カラ、ノ、提案……乗ルカ、ドウカ、選ベヨ、長政」
「おい、こんなケダモノの言う事を信じる気か!? 鎖を解けば最後、好き放題暴れ出すかも知れんぞ!」


 秀吉の言う事は、もっともだ。


 こいつが語った事が全て真実とは限らない。


 協力する気なんて、ハナっから無い可能性がある。
 全ては鎖を解かせるための詭弁だったとしてもおかしくは無い。


 弥助の大きな眼が、俺の顔を覗き込む。まるで俺を値踏みする様に。


「……弥助、確認だ。この取引は絶対だな?」
「俺ヘ、ノ、利益モ、大キイ。当然ダ」
「おい、近江の!」
「秀吉、もうこれしか無ぇだろ」


 現状は、最悪だ。
 尾張における織田勢力は今、滅亡の危機に瀕している。


 まともな手段では、これを覆す事など不可能。


 どの道、堅実な手段など俺達には残されていないのだ。


 ここで弥助の提案を蹴っても、代案はどうせ同じような博打策になる。
 いや、最悪、代わりの博打策すら思い浮かばない可能性すらある。


「弥助、信じるからな。裏切ったらぶっ殺すぞ」
「見ク、ビルナ。ノブナガ以外、トノ、約束、ハ、守ル、主義ダ」
「やめろ! 第一そいつは信長様の所有物だ! そんな勝手をすれば……」


 ああ、そうだな。
 主君の物を好き勝手しようなんて、首を叩き落とされても文句は言えない。


 だが、信長は計算のできる男だ。


 弥助の制御権を失うか。
 尾張と言う土地を失うか。
 どちらの損が大きいか、わかってくれるはずだ。


 もしも、万が一この件で責任を追及される事になったら……


「俺が、全責任を負ってやる……!」
「若! そんな事を言っては……!」
「遠藤、大丈夫だ。…………(多分)」
「あ、今ボソッと多分と言いませんでしたか!?」


 大丈夫、だと思う。
 うん、多分。


「……信じてるぞ……!」


 弥助と信長。
 今の俺には、2人を信じるしか選択肢が無いんだ。


 確信半分、祈り半分。


 俺は、弥助の鎖に手をかけた。



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