長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

6,長政、腹を割る



「時代は、繰り返す」


 室内。
 室内のはずだが、その空間は広い。
 この部屋の主の家臣達が隅に並んで座っているのだが、小人の如く小さく見える。


「100年続いたこの泰平も、いずれは終焉の時が来るだろう」


 絢爛豪華な造りの屏風びょうぶを背に座る1人の老人。
 余り高価そうには見えない着物、その手には質素な扇子。
 腰の刀も、町の鍛冶屋で叩き売りされていそうな代物。


 なのに、その老人には威厳があった。
 細かな所作や声の質、果てはそのひと呼吸。
 それら全てが、凡夫では到底醸し出せない何かを感じさせる。


 足利あしかが義輝よしてる
 この日ノ本の国に泰平をもたらした征夷代将軍家、足利家。その現当主。
『武神』の異名を取る程に武に精通し、軍略遊戯をさせれば右に出る者はいない。
 民を見、そして世のための政治を行う。


 名君、そう呼ばれるに相応しい人物。


「そうして訪れるは、戦国乱世」
「だろうな」


 そんな大将軍の目の前で、あぐらをかく1人の青年。
 尾張の領主、織田信長。


「あんたや先達の様に、大将軍様がいつの時代も有能とは限らねぇ」
「その通り……そして国を治める者が無能を極めれば……」
「国のあちこちで有力者共が国取り合戦を始める。当然の摂理だ」


 自分よりも無能だと思う上司に従う者はいない、と言う事だ。


「……そして、その未来は近いのやも知れぬ。貴公も、会ったであろう。余の弟や、息子達に」
「……あんたの目の前で言うのもアレだが……ありゃダメだな」


 義輝から感じられる、異質な雰囲気。
 どれだけ地味で質素な身なりをしようと、隠し切れないその高潔さ。
 例えボロ絹1枚で幾千の農民達に紛れようと、義輝は異彩を放ってしまうだろう。


 その不思議な物が、義輝の息子達や弟には無い。


「特に、義昭よしあきだったか。弟君はマジでダメだな。あの歳であの物の見えなさは致命的だ」


 天より覇を極める才覚を授かり、先見の明に優れた者でなければ、国は治めらない。
 それらが無い者が国を治めようとしても、少しずつ綻び、いずれ崩壊する。


 天下人とは、努力でなれるモノでは無い。
 生まれながらに、その逸材は決まっている。


「余が死した後、戦乱の世が来るだろう。そして戦乱が続けば続く程、国は弱り果てていく」
「わかってる。だから、俺様が終わらせれば良ぃんだろ」


 時代は繰り返す。
 戦乱の世は、必ず訪れる。
 そして、逆もまた然り。


「国取りに乗り出す連中の首を片っ端から刎ね飛ばして、俺様があんたのいるその場所に座れば良い。そうすりゃ、また泰平の世に戻る」


 俺様ならそれができる。
 信長の言葉には、その自信が満ち溢れていた。


「今、国を治めるだけの器を持つは、余が知る限り貴公か『甲斐かいの虎』の2人だけ」
信玄しんげんの野郎は、国の行く末なんぞ興味無ぇだろうよ」
「だから、貴公とこうやって何度も会合を重ねているのだ」
「何辺も呼びつけなくても、俺様がすべき事ぁわかってるっつぅの」


 南蛮の外套、マントと呼ばれるそれを翻し、信長が立ち上がる。


「全国の領主共をさっくり捩じ伏せ、さっさと戦乱を終わらせる軍事力。そいつを形成する事、だろ」
「ぬかるなよ。戦乱の到来を予期している領主達は他にもいるだろう。そやつらも当然その時に向け、力を蓄えている」
「誰に物を言ってやがる。あんたこそ、向こう20年は生きろよ。早死したらぶっ殺すぞ」
「……やれやれ、この老体に鞭を打つか」
「ふん。たかだか50年生きたくらいで老体気取んな、クソジジィ」


 突き放す様に言い捨て、去ろうとした信長だったが……


「厳しい事だ……小さき頃はあんなにもい笑顔で『義輝おいたん』と擦り寄って来た童が、すっかりとまぁ……」
「おいたんとか言ってねぇ! つぅか昔話は止めろつってんだろぉが!」
「童の頃を恥ずかしがるか。まだまだ青いな。そんなんじゃ、おいたんは安心して信坊に国を任せられんでちゅよー」
「今すぐ殺してやろうかこのクソジジィ……!」


 わなわなと怒りに震える信長。
 その信長を見て、義輝はとても愉快そうに笑う。


「ふっ、それに余とてそう早死するつもりは無い。死んでしまっては、もう貴公をからかえなくなってしまう」
「っとにクソだなこのジジィ……」
「クソで結構。余は大将軍、クソはクソでも天に選ばれしクソだ」


 義輝がけらけらと信長の暴言を笑い飛ばす。
 老成された余裕、と言う奴だろう。


「ああ、それと最後に1つ」
「んだよ」
「先程謁見に来た、近江の小僧だ」
「長政か」


 元服し、領主としての職務を継ぐ。
 そう挨拶に来た少年がいた。
 名は浅井長政。近江の浅井家の嫡男。


「アレは、僅かなモノだが持っているぞ。天下人としての、器を」
「わかってる。だから誘ったんだ」
「誘った?」
「あいつは、しばらく織田に組み込もうと思ってる」
「……そうか。ならば、扱いを誤るなよ。僅かとは言ったが、まだ若い。化けるやも知れん」
「へいへい。んじゃ、話は終いだな」
「うむ。また来いよ信坊。次は京饅頭を用意しておく」
「けっ……栗餡子の奴な」


 こうして、信長と大将軍の謁見は終わった。








「久々の我が家だ……」


 大将軍様に挨拶を済ませた後、俺は近江の小谷城へと戻った。


 いやぁ、将軍御所を見た後だと近江で1番荘厳なこの城でも、何かショボく見えてしまう。
 大将軍の城、デカかったなぁ。


「ここが長政様のお家……!」


 廊下を歩く俺の後ろで、お市ちゃんが感動した様な声をもらす。
 ……ご覧の通り、何故かついて来ちゃったのだ、この子。


「お市ちゃん、道中でも言ったが……家、特別面白い物は無いからな?」


 家はあくまで平均的な貴族。
 織田と言うボンボン貴族の方が面白がる様な物は無い。


 何か期待に目を輝かせているので、釘を刺しておく。


「城自体に面白味が無くとも問題はありません。私の目的は長政様のご両親に挨拶し、そして長政様の小さき頃の愛い話を聞く事なので!」


 お市ちゃんはこれから仕える家の領主の妹だし、領主に代わり挨拶、ってのはわからんでもない。
 だが、俺の幼少の話を聞いてどうする気なのだろうか。


「……さて……父上、長政でございます」


 親父殿の私室。
 襖の前で膝を付き、室内の親父殿に入室許可を取る。


「うむ、入れ」
「失礼します」
「よく帰った長ま……む?」
「初めまして、お市と申します」


 俺に続いて入室し、お市ちゃんがペコリと頭を下げる。


「……嫁か? 旅の帰りに女子をふっかけて来るとは、中々やりおるのう」
「違う」
「はい、まだ違います」


 ……まだ?


「では、何者じゃ」
「はい、私は尾張の領主、織田信長の妹にこざいます」
「尾張の?」
「はい」
「何故にこの近江に?」
「長政様に付いて来ただけです」


 にっこりと笑いながら、お市ちゃんが堂々と宣言。


「……やはり嫁として連れて来たのでは無いのか?」
「違うっての」
「はい。段階はきちんと踏んでいくつもりです」


 お市ちゃんが何を言っているのかイマイチよくわからんが、とにかくだ。


「父上」
「む?」


 今日、俺はただこの城に帰って来た訳では無い。
 大事な報告をするために、帰って来たのだ。


「俺は、まだしばらくこの浅井を継ぎません」
「……何?」


 普段なら「田分けた事をぬかすな!」と鞘入りの刀でぶん殴られ、話も聞いてもらえない所だろう。


 だが、俺の言葉から親父殿は何かを察してくれたらしい。
 事情を聞くつもりの様子だ。


「しばらく、織田家に仕えるつもりです」
「織田……その娘の方か。如何なる了見か」
「尾張の様に近江を栄えさせる方法を、直接見聞きして学ぶためです」


 信長が考えてくれた、親父殿でも口説けそうな理由。
 確かに「領民の豊かな生活のために」と言えば、この父は納得して送り出してくれるだろう。


「ならぬ」
「へ?」


 即答、だった。


「な、何故ですか? より近江を栄えさせるための、武者修行の様な物で……」
「それは大変よろしい事だ。だがな……」


 ふぅ、と親父殿は溜息を吐き、


「それは、本心では無いな」
「!」
「親を謀ろうとする様な田分け、恥ずかしくて人様には預けられんわ」
「謀るなんて…………っ……!」


 親父殿の目は、言っている。
 ワシを騙せると思うな、と。


「腹を割れい、長政。織田に臣従したい、その本音は何じゃ」


 俺の、本音……


「……わかりません」
「何……?」


 何故、織田家の家臣になろうと思ったのか。
 はっきりとした理由は、自分でもわからないのだ。


「でも、あの男に……織田信長と言う男に付いて行くのが正解の様な、そんな気がしました」


 信長に従う事で、何かが変わる。
 その変化は、きっと悪い物では無い。
 そう感じた。


 それだけだ。
 でも、こんな漠然とした理由で親父殿が許してくれるはずが無い。


「……長政、この世に正解などありはしない。何事も一長一短。正面から見れば正解でも、ある側面から見れば愚の骨頂、そういう物だ。完璧な正解などありえぬ」


 この世界に、完全無欠などありえない。
 ある人物を救う事である者達は救われるとしても、その人物が健在である事で損害を被る者がいるかも知れない。
『正義』と言う物について教義を受けた際に、習った事だ。
 誰かを救うならば、別の誰かを傷付ける事を覚悟せよ、と。
 それは、救った者からは正義と称えられ、傷付けた者からは悪として恨まれる事を重々理解しておけ、と言う事。


 完璧な正義など、存在しない。
 それと同じく、正解も無い、と言う事だろう。


「だが、己の道が正しいと、信じる事はできる」
「……!」
「直感で答えよ、長政。その男に付いて行く事が本当に正しいと、絶対に後悔せぬ判断だと、感じるか?」


 思うか、では無く、感じるか、と問うのか。
 だったら答えは決まっている。


「はい」


 そう感じたから、俺は信長の提案に乗ってみようかと思ったんだ。


「ならばよし」


 またしても、即答だった。


「覚えておけ長政。直感的に人を惹きつける者はそうはおらぬ。天に選ばれた者だ。大将軍様の様にな」


 ……確かに、将軍様からは、信長と似たような、心惹かれる何かを感じた。
 でも、俺の個人的な感覚で言うと……その惹きつける力は、信長の方が強かったと思う。


「そんな男を見つけたのならば、一先ず仕えてみるのも一興」


 そう言って、親父殿は笑った。
 何かを喜んでくれている様な、満面の笑みだ。


「行けい長政。満足するまで、その男の生き様を眺めてくるが良い」
「……はい!」


 こうして、俺の織田家への臣従が、正式に決定した。



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