長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

5,長政、直感を信じる

 暖かい。
 何故だろう、とても心安らぐ。


 子供の頃、母に抱きしめられていた時の様なあの感覚。


 この腕は、俺を放したりはしない。
 この胸の内にいれば大丈夫。何も恐る事は無い。


 そんな揺るがぬ安心感がある温もりだ。


 一体、何なんだろう。


 十数年間眠り慣れた布団でも感じぬ、この感覚の正体は。






 瞼を開いて見れば、目の前には幼気な少女の寝顔。
 お市ちゃんだ。
 お互いに息が顔に吹き掛かる程の近距離に……


「どっせいらぁっ!?」
「ふぇ? お祭りですか?」


 思わず大声を上げて飛び起きてしまった。


「お、お市ちゃん……?」
「あ、長政様! お目覚めになられたのですね!」


 お目覚めに……あ、そうだ。
 俺、弥助とか言うモノノ怪と戦って、妖刀の使い過ぎで意識を失ったんだ。


 ここは……寝室、だな。広めだ。10畳間か。
 畳の質や襖の柄なんかを見る感じ、高級な宿屋と言う印象を受ける。


 ここはどこなのだろう、と言う疑問は大きいのだが、それよりも気になる事が。


「……何で俺とお市ちゃんが同じ布団に……!?」
「すみません、長政様の容態をじっと見守っていたのですが……色欲に勝てず布団に潜り込んだ所、今度は睡眠欲に勝てず……」


 色々と我慢弱いな。
 って言うか何か色欲がどうとか、とんでも無い発言が聞こえたのは気のせいだろうか。


「お市、奴の様子は……む?」


 ガラッ、と襖が開く。


 現れたのは、ド派手な紅蓮の外套を羽織った青年。
 俺よりもいくつか歳上って感じだ。
 顔立ちは凛々しく、それでいてどこか風格がある。
 眼光の鋭さはまるで刀のそれ。ひと睨みで大抵の獣なら追い払えそうだ。


 その腰には立派な大小拵え。大刀は長さ的に大太刀か。その鞘の先が外套の後方から突き抜けている。
 腰よりも背に負うべき長さだと思うのだが……


 身なりからして、高貴な身分なのは確実だ。


「目が覚めたみてぇだな、浅井長政」
「何で、俺の名前……」
「お市から聞いた」
「……あんた、一体……」
「私の兄上です」


 お市ちゃんの兄上……って事は、尾張の……


「俺様は尾張のくにの領主、織田おだ信長のぶながだ」


 この人が、お市ちゃんの兄であり、尾張の金持ち貴族……織田家の当主。
 何か、金持ち貴族と言う噂とお市ちゃんの兄と言う印象から、もう少しヘラヘラした軽いノリの人を想像していたが……


 何だろう、とても圧力がある。
 この人の身の内から何か巨大な力が発せられている様な、そんな感覚。
 しかし、その未知の力には恐怖は感じない。
 むしろ、逆の方向性を持った感情を覚える。


 同じ人間のはずなのに……何かが、根本的に違う様な気がする。
 目が離せない。不思議な雰囲気だ。


 お市ちゃんは俺とこの人は雰囲気が似ていると言っていたが……いやいやいやいや……絶対に無い。


「まずは礼を言わせてもらうぜ、長政。妹と阿呆が世話になったな」


 言いながら、信長は俺の目の前に腰を下ろした。


「阿呆……?」
「弥助……テメェがのし倒した、黒塗りのデカ物だ」


 ああ、弥助って確かこの人が南蛮から買い取ったんだっけ。


「普段、弥助は『隷属の鎖』っつぅ南蛮道具で人を襲えない様にしてるんだがな。ガキどもの悪戯で野に放たれちまってよ」
「そうだったんすか……」


 あんなもんを放し飼いにするとはどういう了見だ、とか思ったりもしたが、そうでは無かった様だ。
 不慮の事故だったらしい。


「鎖に信を置きすぎていた、俺様の過失だ。迷惑をかけたな」
「あ、いえ……」
「もう今後、弥助をガキの手に触れる様な所には晒さねぇ。何があっても絶対に鎖は解かせねぇ。約束しよう」
「そうしてくださ……って、今後……?」


 え、弥助、まだ生きてんの?
 首の骨、完全にバッキバキだったよな……流石は舶来のモノノ怪って所か。規格外だ。


「そんで、話は変わるが、長政」
「はい?」
「お前、暇か?」


 は?


「いえ……俺、元服して家を継ぐ事になったんで、大将軍様にその挨拶に向かう途中……」
「ああ、そういやテメェは近江の次期領主なんだっけか」


 その辺もお市ちゃんに聞いている様だ。


「近江と言や、そこそこ栄えちゃいるが、裕福なくにとは言い難いだろ」
「まぁ……」


 領民の生活を保証してたら、次期領主がお供無しで旅に出にゃならん程度には金が無い。


「なら、大丈夫そぉだな」


 何か、信長は1人で勝手に納得したご様子。


「……あの、色々と、何か置いてきぼりの予感が……」
「長政、お前、俺様と一緒に来い」
「一緒に?」


 ああ、そう言えばこの人も上洛してる途中だっけ。
 一緒に京まで旅しようぜ、って事だろうか。


「浅井家には俺様から文を出しておく。尾張流の領地運営法を叩き込んでやると言や、テメェの親父も文句は言わねぇだろ」
「……へ?」


 ん? 何か話の流れがおかしくないか?


「あの……ちなみに確認ですが……一緒に行くって、どこに……?」
「まずは、大将軍の御所だな。テメェは元服の挨拶、俺様もちょっとした用がある」


 ……まず?


「その後は、尾張だ」
「……俺も?」
「おう」
「マジで?」
「大マジだ」
「……何で?」


 意味がわからない。
 何で俺、この流れでこの人と尾張まで一緒に行く事になったんだ。


「妖刀1本で弥助をのしたその胆力、気に入った。だから家臣にする」


 実に率直な答えが返って来た。


「それに、お市もテメェと一緒にいたいみたいだしな。兄として、妹の望む所は叶えたい」
「兄上……!」


 何か、お市ちゃんがすごく喜んでる。
 そんな所、悪いけど……


「あの、いきなりそういう事を言われても……」


 近江の領主になる予定なのに、いきなり尾張の家臣になれって言われても、困る。
 多分信長的にも一時的な事として考えてるだろうし、さっき言っていた旨の文を出せば親父殿はむしろ喜んで俺を尾張に送るだろうが……


「ちなみに長政、俺様が腰に差しているこの大太刀『ダーインスレイヴ』はな。六天魔剣と言われる素晴らしい代物だ」


 あ、何か脅迫されてるっぽい。
 信長の口元は綻んでるし、声色や口調は優し気。
 でも目が語っている。
「従って生きるか、従わず滅却されるか、選べ」と。


 ……暴君だ。俺の目の前に暴君がいる。


「……ってのは冗談だよ、バーカ」


 ふん、と信長が鼻で笑い飛ばす。


「俺様に臣従しんじゅうするかどうかは、テメェが決めろ」


 あ、俺を家臣にする気ってのは本気らしい。


「まぁ、一領いっこくの領主になる機会を先延ばしにしてまで、誰かの家臣になるってのは、馬鹿げてる様に感じるかも知れねぇけどよ」
「…………」
「ただ、俺様に付いて来るなら、後悔はさせねぇって約束してやる」


 確証など無い言葉だった。
 でも何故かこの人の言葉は、強い。
 俺の事が気に入ったからなどと言っていたが、何かそれ以外にも腹積もりがある様な、そんな気がしてしまう。
 いや、ただの勘だけど。


 信長の堂々たる態度や言動は、とても思いつきの類や無意味な物とは思えない。
 そう思わされる。


「京までの旅路で、考えとけ」
「……はい」


 ……俺は、勤勉な方では無いと思う。
 現に、近江を尾張の様に豊かにする経営術ってのは余り興味が無い。


 でも、本当に不思議な事なんだが……
 この人の提案、飲んでも良いんじゃないか、と思っている自分がいる。


 このまま天命に任せて無難な道を進み続ければ、おそらく俺は……何となく元服の挨拶を終え、何となく近江の領主になり、何となく生涯を終えるだろう。


 でも、この人に付いて行ったらどうなる?
 わからない、未知数だ。
 それも面白い未知だ。


 ……初めて会った瞬間から、ずっとだ。
 この信長と言う男の放つ圧力には、心惹かれる何かがある。
 逆に恐ろしくなってくるくらい、好意的な好奇心が駆り立てられる。


 不思議な魅力だ。


 ただ何となく……そんな理由で傍に付いてみるのも良いのではないか。
 そう思わせる力が、信長にはある。


「考えて、おきます」


 そうは言ったが、もうこの時、俺の中で答えは出ていたのかも知れない。




 確証は無い。
 でも何故か、俺は生まれながらの退屈な天命から外れた気がした。
 この選択で運命が変わる、そんな予感がしたんだ。





「長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く