スズナリくんと一緒

須方三城

04,夢見る双子



 母は、あの時、一体何を思って泣いたのだろう。


 幼い息子の成長を見て、何を思って泣いたのだろう。
 夫と息子に誕生日を祝われ、何を思って泣いたのだろう。
 生まれたての2つの命を見て、何を思って泣いたのだろう。
 理想を現実に変えたような幸せな家庭の中、何を思って泣いたのだろう。
 あの綺麗な瞳に、この世界はどれだけ輝いて見えたのだろう。


 白い布を被せられた夫を眺めながら、何を思って泣いたのだろう。
 泣き喚く2つの命を見捨てる時、何を思って泣いたのだろう。
 すがりついた息子の手を払う時、何を思って泣いたのだろう。
 あの虚ろな目に、この世界はどう映っていたのだろう。


 あの紅く染まった手で、一体何をしたのだろう。


 母の頬を伝っていた、あの涙の意味を、
 母の手から滴っていた、あの紅い液体の意味を、
 幼い彼は、理解できなかった。


 理解できなくとも、彼の心に払い切れない影を落とすには、充分な光景だった。
 彼の心を、人格を、その人生を捻じ曲げるには、充分過ぎる惨状だった。




 そして、最後の時。
 あの人は言っていた。




 私には、もうわからない。
 これから先、生きていたとして、私は何をすれば良いのか、わからない。




 ―――アレは、「生きる目標」を見失った人間の末路だった。










「鈴鳴くん」
「……む?」


 12月中旬。もうすぐ、冬休み。


 小窓から月光が差し込む軽音部室で、マリアの声をきっかけに鈴鳴は目覚めた。


「……むぅ、いつの間にか、眠っていたのか」
「珍しいよネ、鈴鳴くんがうたた寝なんて」


 マリアの中では、鈴鳴は中々隙を見せないイメージがあった。


「……うむ、少し根を詰めすぎたのかも知れないな」


 鈴鳴が突っ伏していた机の上には、美術関係の資料が広げられている。
 鈴鳴は今、いつもの『天啓』という名を借りた直感の元、絵画について勉強中だ。


 先日、世間話をしていた際に、「お馬さんの尻尾って気持ちよさそうだよネ。筆みたいにフワサフワサって感じで」とマリアが発言した。
 そこから何故か「筆」という単語だけがやたら脳に残ったらしく、現在に至る。


 相変わらず、彼は彼自身曰く「俺がなすべき事」、つまり人生の目標を色々模索中だ。


「……む、大分長い間寝ていた様だな」


 窓の外で笑う三日月を見て、鈴鳴は現在時刻に大体の見当を付けたらしい。


「うん、ごめんネ、あんまり気持ち良さそうに寝てるから、起こしていいのか迷っちゃって……」


 だが、もうすぐ完全下校時刻。
 起こさない訳にはいかなくなり、マリアは鈴鳴に声をかけた訳だ。


「いや、こちらこそ済まない。俺が寝ている間、退屈だったんじゃないか」
「花壇の手入れとか、部室の掃除とかしてたから。割と暇はしなかったヨ」


 それに、マリアは元々1人で過ごす時間が長い系女子だったし。


「……君は家庭的な良いお嫁さんになりそうだな。むしろ俺が欲しいくらいだ」
「ぶぅっ!? いきなり何言ってるのカナ!?」
「む? 俺は何か変な事を言ったか?」
「え、あ……いや……その……ううん、別に……」


 そんなナチュラルに「嫁に欲しい」とか言われると、マリアとしては反応に困る。
 褒められて嬉しい反面、プロポーズされているのに近い何かを感じて、恥ずかしい訳だ。


「……ナチュラル……」
「む?」
「あ、ううん。ちょっと考え事ダヨ」


 ナチュラルに、何の引っかかりも無くそう言えるのは、『どういう事』なんだろう。
 ふと、そんな事をマリアは考えてしまった。


 特に特別な感情が篭っている訳でも無い、「何気無いただの感想」だから、ナチュラルに口に出来たのか。
 それとも、「常日頃からそういう風に思ってくれている」からこそのナチュラルさなのか。
 どっち、なんだろうか。
 そして、自分はどっちだったら良いと思っているのか。


「考え事か……何か悩みがあるなら俺に相談するといい。大抵の事は解決できる自信と実績があるぞ」
「あ、うん……その内、何か困ったら相談するネ」
「待っている」
「じゃあ、今日はもう帰ろうヨ」
「ああ、家まで送ろう」
「うん」


 ま、どっちでもいいや、と半ば逃げる様に、マリアは思考を放棄した。
 どっちにしても、どうしていいかわからない気がする。……今は。










 鈴鳴流次には、少し歳が離れた弟と妹がいる。


 弟の名前は流斗りゅうと
 妹の名前は流美るみ


 2人とも現在小学校2年生。仲の良い双子の弟妹だ。
 鈴鳴とは、どこか雰囲気が似ている。流斗は特に、目つきなんかが瓜二つだ。


「ただいま」


 決して大きくは無い2階建て一軒家。
 ここが、鈴鳴の現在の自宅。


 そのドアを開けると、早速お出迎えがあった。


「よう、おかえり流次。今日は遅かったな」


 エプロン姿でお玉を持った男性。外見から歳を見積もれば、30ちょい過ぎくらい。
 男性の名は小宮こみや秀助しゅうすけ
 鈴鳴の母方の叔父だ。
 現在、鈴鳴兄妹の保護者にあたる。


「少し、油断していた。学校で居眠りをしてしまった」
「ほぉ、そら珍しい」


 保護者として共に暮らしているからこそ、秀助は鈴鳴の隙の無さを良く知っている。
 まぁ、秀助は鈴鳴に対し、「若いのに気を張り過ぎだ」と常々思っていた。今回の居眠りは良い兆候と捉えたらしく、微笑を浮かべる。


「ま、とにかく帰ってきてくれて助かった。こんな日に限って外泊されちゃ溜まったモンじゃない」
「何? 何かあったのか?」
「ああ。ちびっ子ズが、ちょっと面倒臭い事言い出してねぇ」


 秀助の言う「ちびっ子ズ」とは、流斗と流美の事だ。


「もう俺としては何と言って対処していいものかわからん。子供心は忘れちまったおっさんにゃ、難しい問題だ」
「一体、何があったんだ?」
「それがねぇ……」








「…………」
「……どうしたノ、鈴鳴くん、難しい顔しちゃって……」


 放課後の軽音部室にて、鈴鳴は窓辺に座って腕を組み、何かを必死に考えていた。


「……少し、困った事があってな」
「困った事?」


 昨日のうたた寝と言い、珍しい事が続くなぁ、とマリアは思う。
 鈴鳴はいつも悩まないイメージだ。
 考えたらもう実行している。そんな感じなのだ。


 そうしない、という事は、流石の鈴鳴も考えなしに行動できる案件では無いという事か。


「……ねぇ鈴鳴くん、私で良ければ、相談に乗るヨ?」
「何?」
「昨日、鈴鳴くんも言ってくれたでしょ、私の相談に乗ってくれるって」
「ああ、確かに言ったぞ」
「だから、私も鈴鳴くんの相談、乗るヨ」
「……ふむ、そうか。有難い提案だ」


 少し、鈴鳴は顎に手を当てて考える。


「…………」
「あ、あの……何?」


 鈴鳴はじーっとマリアの全身に視線を這わせていく。


「……ふむ。君の体なら、やれるかも知れん」
「わ、私の体なら……?」
「うむ」


 そして鈴鳴は、マリアにとあるお願いをする事にした。




「来週、クリスマスイヴの夜。俺の家に来てくれないか」










 鈴鳴の弟妹、流斗と流美は、先日、小学校にて同級生から衝撃的な話を聞かされてしまった。


 それは、あの伝説の老人『サンタクロース』の真実である。


 サンタなんていない。
 いや、いるにはいるけど、伝説に聞くようなトナカイに重労働を強いて夜空を駆け巡りブツをバラまく様な存在などでは無い。
 クリスマスプレゼントは、親がこっそり枕元に置いているんだ。


 そんな、ふざけた話を聞かされたのだ。


 当然、流斗も流美もたかがガキの戯言だと信じはしなかった。
 しかし、若干の疑心は拭えない。


 という訳で、2人は決めたのだ。
 絶対、クリスマスイヴの夜は眠らない。
 この目でサンタの存在を確かめるんだ、と。








「……それで、私のステルス体質を利用して、2人に気付かれない様にプレゼントを置いて来て欲しい、と……」
「そうだ。後は俺が誤魔化す」


 12月24日の夜。
 暗い夜道を、マリアは鈴鳴に誘導される形で歩いていた。


 これから、鈴鳴の家へと向かい、プロジェクト『SANTA』を実行するのである。


 作戦内容はこうだ。
 マリアの体質を活かし、流斗&流美に気付かれぬ様、2人の枕元にプレゼントを置く。
 そしてマリア撤退後、鈴鳴が2人の部屋へ行き、「それは何だ」とプレゼントの存在を認識させる。
 流斗と流美からすれば、突如としてプレゼントが登場する訳だ。そうなると当然2人は「なにこれ不思議」と目を丸くするだろう。
 後は鈴鳴が適当に「サンタがプレゼントを配るために持っているという666の超能力の1つで転送したに違いない」とか何とか誤魔化してしまおう、という作戦だ。


「でも、少し意外ダヨ」
「何がだ」
「鈴鳴くん、何かリアリスト的な印象があったから……」


 こんな作戦を企ててまで、弟さんと妹さんにサンタの存在を信じさせようとする。
 マリア的には少し意外だった。


「俺だって、サンタを信じていた子供の1人だ。例え虚構だとしても、ファンタジーが現実として感じられていたあの頃は、無性に楽しかった。それに…」
「それに?」
「天啓だ」


 結局それなんだネ、とマリアは呆れ笑いを浮かべる。


「寝ない子は育たん。あいつらに夜ふかしをさせてはいけないと、神も言っている」
「神様、優しいネ……」


 適当に話を合わせつつ、マリアは少しだけ白く濁った溜息を吐く。


 ま、最早これも「鈴鳴らしい」という物だ。


「着いたぞ」
「ここが……」


 決して豪勢では無い、こじんまりとした一軒家。


「……あれ?」
「どうした?」
「表札が……」


 玄関先の表札は、『鈴鳴』では無く、『小宮』となっている。


「ああ、ここは叔父の借りている家だからな」
「叔父さんが?」


 何で叔父さんの家に住んでるノ? 


 声に出しかけて、マリアはハッと口を閉じる。
 少し考えればわかる事だろう。『何かしらの事情』があるんだ。
 そして、こういうケースに置ける『事情』という物は大抵、他人が踏み込んで良い物では無い。


「えーと、……そうだ、まだ弟さんと妹さんの名前聞いて無かったんだけど……」
「君は、気が利くな。やはり良い嫁になるタイプだ」
「うっ……」


 流石は直感でマリアの危機を察知した男。
 マリアが気を使って無理に話題を変えようとした事もお見通しの様だ。


「だが、大した事情は無い。ただ両親と暮らせないから、叔父の世話になっているだけの事だ」


 反射的に「それ大した事あるヨ」と突っ込もうとしたマリアだったが、


「……鈴鳴くん……?」


 ふと、マリアは違和感に気付く。


「……俺は、そうは思っていない。天啓があったからな、『気にする事はない』と」
「…………そう、なんダ」


 否定する鈴鳴の背中は、少しだけ悲し気な雰囲気が滲み出していた。


 多分、嘘だ。
 自分に対して、必死に嘘を吐き続けているのだろう。「天啓」なんて言葉を用いてまで。
 大した事じゃない、そう、思い込もうとしているのだ。


 まともに受け止めようとすれば、壊れてしまう。
 きっと、それくらいショックな事があったんだ。


 それを察したマリアは、とにかくこの件については絶対に触れない事を心に決めた。
「大した事は無い」と虚勢を張る鈴鳴の背中は、とてもじゃないが、見ていられない。








「おかえり流次」


 マリアと鈴鳴を静かに出迎える秀助。


「…ん? サンタ役の娘ってのは、連れて来てないのか?」
「ここにいる」
「どうも……」
「うぉっ、すごいな……本当に全然気付かなかったぞ」


 マリアのステルス体質については事前に鈴鳴から聞いていた様だ。
 まぁ、秀助もプロジェクト『SANTA』に関わっている以上、当然か。


「さ、上がって上がって」
「お邪魔しマス」
「流斗と流美は?」
「部屋だよ。電気は消してるが、起きてるみたいだ」
「ふむ、では実行を急ごう」


 少年少女の健康のためにも。


「じゃ、マリアちゃん。早速で悪いけどプレゼントを……」
「ちょっと待った」
「どうした流次?」
「万が一という事もある。その格好では、不味い」
「万が一?」
「あいつらが、俺と同様に君のステルスを見破ってしまう可能性だ」


 確かに、相手は鈴鳴の弟妹。
 鈴鳴同様、謎の直感でマリアステルスを無効化する可能性がある。


「あいつらは俺程の直感は持っていないから大丈夫だとは思うが、備えはしておきたい」
「あ、知ってるヨ、『備えあれば憂い無し』ダネ!」
「その通りだ」


 流石は鈴鳴と言った所か。
 1つの策に慢心せず、念には念を入れてくる。


「なので、サンタの衣装を用意しておいた。居間にある」
「ああ、昼間、お前が持ってきたの服屋の袋か」
「そうだ」








「と言う訳で、これがサンタの衣装だ」
「鈴鳴くん、気のせいカナ。この季節には辛いスカート丈な気がするヨ」


 小宮邸、居間。
 鈴鳴が自慢気に見せつけて来たのは、実にサンタらしい真っ赤なコスチューム。ただし、ミニスカタイプ。


「防水防寒仕様の長靴もあるぞ。ヒートテックタイプのニーハイストッキングもある。足冷え対策は完璧だ。この季節でも辛くない」
「そこまで用意しなくても……普通にズボンタイプじゃダメだったノ……?」
「君ならこっちの方が似合うと思ってな」


 余計なお世話ダヨ……とマリアは溜息。


「ああ、おじさんも似合うと思うぜ」
「そのデジカメは何!?」
「褐色JKのミニスカサンタコス、しかも絶対領域付きって聞いたらねぇ。おじさん的にはもうシャッターを切るしか無いと言うか……」
「撮影は流石に勘弁してくだサイ……」


 サンタ服がこれしか無い以上、これを着る事に異論は無い。
 しかしそれを写真に残されるのは恥ずかしい訳だ。


「……仕方無い。ここで粘ると、俺はただの変態に成り下がってしまう気がする」


 秀助は渋々とデジカメの電源を切る。


「では、マリア。着替えて来てくれ。脱衣所はここから出て玄関とは反対側に向かうとトイレがある。その隣りだ」
「う、うん。わかっタ……」
「流次、ちょっと待って。マリアちゃんには先にお茶を出しておけ、俺は……」
「盗撮は洒落にならないし、身内が相手でも俺は洒落で済ませるつもりは無いぞ」
「何だよう! お前の彼女って訳じゃないんだろ!? ちょっとくらい良いじゃん!」
「……いい加減にしないと、家主とは言え締め出すぞ」
「人でなし!」
「人道に反しているのはそっちだと思うが」
「わかってくれよ流次……叔父さんな、金を積んででもJKと遊びたい歳なんだよ……そして目の前には爆裂ボディのJKがいんのよ? 据え膳上げ膳じゃん……」
「本当にマジでいい加減にしろ。マリアも俺もドン引きしているぞ」


 こいつは俺が止めておくから行ってくれ、そう鈴鳴に送り出され、マリアは脱衣所へと向かった。




 ミニスカサンタルックに着替えたマリアが居間に戻ると……


「…………」
「何があったかは聞いてくれるな。大体想像が付くだろう」


 鈴鳴が整然と待機する目の前で、秀助が荒縄で縛り上げられてぐったりとしていた。
 多分、実力行使に出て、逆に鈴鳴に張り倒されたのだろう。マリアにも察しが付いた。


「……何て言うか、ダンディな外見なのに……少し残念な叔父さんなんだネ……」
「良い人ではある。だが、欲望に正直過ぎる所が致命的だ」


 長年の悩みを語る様に、鈴鳴が重い溜息。


「ふむ、それにしても、やはり似合っているな。天啓は伊達では無い」
「……ああ、これも天啓で選んだんダ……」
「これならば万が一見つかってもサンタだと思われるだろう」


 どうだろうか。
 痴女寄りのコスプレイヤー感は否めないと、マリアは正直思っている。


「とりあえず、さっさとプレゼント置いて来て着替えるヨ……」
「…………」
「鈴鳴くん?」
「……何でもない、そうだな。うむ。やはり寒いだろうし、早めに済ませた方が良いだろう」


 と言う訳で、マリアは可愛らしく包装されたプレゼントを2つ受け取り、鈴鳴の弟妹が待つ部屋へと向かった。






 結果から言うと、鈴鳴の弟妹はマリアに気付く事は無かった。
 無事、プロジェクトSANTAは本懐を成し遂げた訳である。


「後は俺の仕事だ」と鈴鳴はマリアに入れ替わる形で弟妹の部屋へ。


 マリアは無事元の格好に着替え、居間で秀助と共に茶を飲みながら鈴鳴の帰還を待っていた。


「……マリアちゃん、さっきは済まない。その……久々に間近で見たJKに少々我を見失ってしまってね……」
「……はぁ……以後、気を付けてくださいネ……」
「できるかなぁ、こんな俺に……」
「が、頑張ってくだサイ……」


 頑張ってくれなきゃ困るだろう、主に鈴鳴が。


「……でも、良かったよ。あいつがこの家に友達を連れて来たのは、初めてだからね」
「え……?」


 鈴鳴はデンジャーモード状態の時は嫌われてるが、平常時は友達が多い部類のはずだ。
 それに藤吉と言うかなり縁の深い幼馴染だっている。


 そんな鈴鳴が、小中高通じて家に1度も友人を呼ばないなんて事があるのだろうか。


「多分、触れられたく無いんだろうなぁ。家庭の事情」
「!」


 本人の姓と家の表札が違えば、小中学生だと容赦無く質問してくるだろうし、高校生だと察してしまう。
 先程のマリアの様に。


「事情が事情とは言え、あいつがウチに誰かを連れてくるって聞いた時、俺はすごく嬉しかったよ」
「嬉しかった……?」
「そういう事を知られても良い、聞かれたって構わない。そう思えるくらいの相手ができたんだなって」
「そう……なのカナ……?」


 ただ単に弟妹の健康と自身の事を天秤にかけ、弟妹を優先しただけでは無いか。
 マリア的にはそう思うのだが……


「あいつはそんなに出来た人間じゃない。君を呼ぶのが嫌なら、自力でどうにかする術を意地でも探したはずだよ」


 確かに、鈴鳴は基本的に1人で何だってできる。
 今回の件も、マリアを頼るのが最善であっただけで、他にやり様はあったかも知れない。


「……あいつが選んだ子だ。君には、少しだけ話しておこう」


 茶を少しだけ呷り、秀助は静かに語り始めた。


「あいつ、天啓天啓ってよく言うだろ」
「はい、かなり」


 最早彼を象徴するワードとなりつつあるだろう。


「別に、変な宗教にハマってる訳じゃないぞ。……あいつは、厄介なのに取り憑かれちまってる。一種のトラウマだ」
「……もしかして……ご両親に、関係する事デスカ?」


 薄らとだが、マリアはそう直感した。


 玄関前での鈴鳴の様子は、あからさまにおかしかった。
 元々「天啓」に依存気味の鈴鳴だが、自分を騙すために「天啓」と言う言葉を使い慣れている様な、そんな感じがした。


 いや、秀助の話の流れから察するに……むしろ、そのトラウマこそが天啓に依存する様になった根本的原因なのでは無いだろうか。


「君はあいつと同じで、勘が良いんだな」


 そういう事柄に関して、詳しい事情は聞くべきじゃない、それはわかっている。
 だから、マリアの方からはこれ以上は追及しない。
 最低限、そういう関係の事である、と言う事だけは知りたかっただけだ。


「……まぁ、あいつは決して悪い奴じゃないって事はわかってて欲しいって話さ。だからあいつの事、これからもよろしく頼むよ」
「はい」


 頼まれなくても、マリアは鈴鳴と一緒にいるつもりだ。
 例え少し変わっていても、過去に深い影を抱えていても、鈴鳴はもう、マリアに取って大切な友達なのだから。








「今日は助かった」


 夜道。マリアは鈴鳴にエスコートされる形で帰路に付いていた。


 満天の星空が広がっている。
 ホワイトクリスマスと言う訳にはいかなかったが、これはこれで悪くない物だろう。


「力になれたなら、良かったヨ」
「……なぁマリア、大晦日は空いているか?」
「ん? うん、暇ダヨ」


 例年大晦日は家族と過ごしているが、別にそれが笹木原家の風習とかでは無い。
 ただ単に家族全員暇なだけだ。


「なら、一緒に初詣にいかないか?」
「良いけど……どうしたノ、急に?」
「今日の件も含めて、今年は色々と付き合ってもらったからな。礼がしたい。俺の知る中で最高にご利益がある神社、それと最高の日の出鑑賞スポットを紹介しよう。どちらも穴場チックな感じだぞ」


 穴場と聞くと、ちょっと興味が湧いてくるのが人の性だ。
 是非お願いしたい。口を開きかけて、マリアは一瞬止まる。


「……ん? どうした、マリア?」
「あ、いや……その……」


 マリアは、ふと気付いてしまった。
 あれ、これもしかして、いわゆる年越しデートのお誘いではないだろうか、と。


 でもすぐに「……いや、鈴鳴くんの事だし、本当にただのお礼なんだろうナぁ」と思い直す。
 何にせよ、友達に初詣に誘われると言うのは、マリアにとっては人並み以上に嬉しく感じる事だ。


「うん、お願いして良い?」
「当然だ。俺から提案したんだからな」
「期待してるネ」
「ああ、その期待に必ずや応えよう」


 ただのお礼なんだろう、そうは思う。
 でも、実はデートのお誘いのつもりだったとしたら、それはもっと嬉しく思える。
 その辺りを直接本人に聞いてみる勇気は、マリアには無い。


「……鈴鳴くん、来年もよろしくネ」
「無論だ。来年も色々と付き合ってもらうぞ」
「うん。……でも、事と次第によっては加減はしてネ」


 いつまで一緒にいるかはわからない。
 でも、当面の間は一緒にいられるだろう。


 今は、それだけ確定していれば良いと思う。


 2人は「まだ」、ただの大切な友達同士なのだから。



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コメント

  • ノベルバユーザー602339

    マリアが軽音部で結ばれら瞬間を見たいという思いと葵の2人が惹かれあってく細かなシーンを楽しみたいという気持ちが爆発してました。

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