スズナリくんと一緒

須方三城

03,恋に恋する眼鏡っ子



「あーれー?」


 カーディガンを羽織った細身の眼鏡女子。
 噂の変人『鈴鳴流次』の幼馴染。藤吉ふじよしあおい


 藤吉は今、可愛らしい布で包まれた弁当箱を持って、教壇から教室内を見回していた。


「マリアちゃんがいなーい」
「藤吉さん……私ここにいるヨ……」
「わーお、灯台下暗しだねー」


 教壇の目の前の席に、マリアは座っている。
 さっきからずっと。


「本当すごいねー、その体質。全然気付けなかったよー」
「うん、本当なんだろうネ、この体質」


 ほはぁ、とマリアは重い溜息。


「ところで藤吉さん、私に何か用ナノ?」
「うん。一緒にお昼食べよーって感じー」
「ふへ?」
「んー? 何でそんな変な声出すのー?」
「あ、いや、その……何で?」
「何でってー……うーん、なーんとなーく? それに、何か今日は鈴鳴、忙しいみたいだしー。マリアちゃんと2人きりで話す良い機会だなーって」


 ここ最近、マリアは鈴鳴と昼食を共にしている。
 だが、本日鈴鳴は「地球を救う第一歩だ」と謎の発言を残し、スコップと花の種セットを持ってどっか行ってしまった。


 ……なお、数名が窓辺に集まって「おい、鈴鳴がグラウンドの真ん中掘り返してんぞ。んで何か流し込んでる」「ガーデニング用の土、だな」「また妙な事を…あ、体育教諭ゴリセンと生徒会長が止めに入った」とか盛り上がっている。


「嫌?」
「う、ううん! そんなこと全然全く本当に微塵の欠片も無いヨ!」
「わー、全力否定ってこーゆー事だねー」


 嫌だなんてとんでもない。はっきり言って、マリアは今喜びの絶頂である。
 給食以外では、家族と鈴鳴以外と一緒にご飯を食べた事なんてない。
 高校に入って、女子同士で一緒にご飯を食べる。マリアの憧れていたシチュエーションの1つだ。


 じゃあよろしくー、と軽くつぶやきながら、藤吉はマリアの隣の席から椅子を拝借。


 マリアも母製の弁当を取り出し、机の上に。


「お、マリアちゃんも弁当持参派かー。自炊?」
「ううん。ママが作ってくれてるヨ」
「おー、愛情たっぷり系だー」


 親が弁当を作ってくれる。
 マリアに取っては当然の事だが、藤吉の羨ましそうなつぶやきを聞く感じ、余り多数派では無い様だ。
 教室内を見渡しても、購買の菓子パンや簡易弁当で済ます者が圧倒的に多い。


 推測するに、藤吉の弁当は自炊なのだろう。
 鈴鳴も弁当持参派だったが、彼も自炊なのだろうか。多少残念な性格な鈴鳴だが、基本色々と万能だし。


「それじゃ、いただきまーす」
「うん、いただきマス」


 マリアと藤吉はお互いに弁当を広げ、昼食会を開始する。


「おー、タコ足ウインナーにミニハンバーグー。そしてバランスを整えるためのプチサラダ。良いお弁当だねー。マリアちゃんのお母さんはやり手と見たよー」
「そ、そうカナ」


 母を褒められるのは、なんとなく誇らしい。


「うん、定番定番。弁当のために作ってる感が好印象」


 私のは朝食の残り突っ込んでるだけだからねー、と笑う藤吉。


「でも、藤吉さんのも美味しそうダヨ。自分で作ってるノ?」
「まぁねー。家族で朝一番早く起きるの私だからー」


 パック入りのお茶を飲みながら、藤吉は不意に悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。


「ところでさー、鈴鳴とはどこまでヤったのー? ABC的な意味で」
「ABC?」


 マリアの頭上に?マークが飛び交う。


「あれー、言い方、周りくどかったー?」
「?」


 藤吉が何を言いたいのか見当もつかず、マリアは持参した水筒を呷りながら、軽く首を傾げた。
 マリアちゃんは純真なんだねー、と笑いながら、藤吉は言い直す。


キスとかペッティングとかセックスの事だよー」


 ぼはっ、とマリアの口内でお茶が爆発する。


「な、なななななななななななな…」
「わぁー顔真っ赤っかー。本当初心なリアクションだねー。うーん、今時の高校生カップルとはいえ、マリアちゃん純真ピュアだし、イっててA?」
「か、かぷ……藤吉さん……? な、何か色々おかしいヨ?」
「いやー羨ましいなー、青春。私も恋愛したーい」
「話を聞いてヨ!」


 結構大声でセックスだ何だと発言した藤吉だが、彼女に特別視線が集まる事は無い。
 何か、近場の大人しそうな男子数名がギョッとした程度だ。


 これが日本の高校生の「日常会話」なのか。先日の水泳部員と言い、どうなってるんだ日本の高校生。
 マリアは口周りを拭いながら戦慄する。


「そもそも、私と鈴鳴くんはカップルじゃないヨ?」
「え、そうなの?」
「そうダヨ!」


 マリアと鈴鳴はあくまで友人だ。


「鈴鳴の事、好きじゃないの?」
「……嫌いではないけど、それとこれとは話が別じゃないカナ……」


 確かに鈴鳴は多少…というか大分残念な人ではあるが、根本的に「嫌な人」ではない。
 だからこそ、「変人」として名高いにも関わらず、彼を心底嫌う者はいないのだろう。
 ここ数日マリアが観察した限り、友人も少なくは無い様だし。


 ……天啓欠乏状態デンジャーモードの鈴鳴は危険視され、避けられている様だが。
 まぁ、誰にだって欠点はあるものだ。


「うーん……でも、幼馴染の勘としては…少なくとも鈴鳴の方は完全に……」
「……? 何?」
「んー……いや、まぁいいやー。付き合ってたら面し…お似合いの取り合わせだと思ってたのになー」
「今、面白そうって言おうとしたよネ……」
「全く面白そうと思ってないと言えば、嘘になるねー」


 ケラケラと笑う藤吉。


「っていうか、藤吉さん、鈴鳴くんと幼馴染なんだ」
「あーうん。腐れ縁だよー。学校がずっと一緒でさー。小3までは家もお隣さんだったー」


 小3まで、という事は、鈴鳴はその頃に引っ越した、という事か。
 学校が変わらなかった、という事は近所間での引越しなのだろう。
 何かあったのかな、と何となくマリアは疑問に思う。


「あ、そうだ」
「んー?」


 ここで、マリアは藤吉への軽い反撃を目論む。


「じゃあ、藤吉さんこそ鈴鳴くんと付き合ったりとか……」
「うん。Cまでヤったよー」


 その即答に、マリアがフリーズする。


「あ、本気にしたー? がっつり大嘘だよー」
「び、びっくりしたヨ……」


 完全に遊ばれている
 藤吉の崩れぬ笑みを見て、マリアは確信する。


「いやー、まー私も恋愛できるモンならしたいんだけどねー」


 ふぅ、と藤吉が重い溜息をこぼす。
 とても悩ましい感じがした。
 本気の溜息なのだろう。


「こう、さー。恋愛的な『好き』の感覚…恋心ってのー? が、全くわかんないんだよねー……16年も生きてんのに」
「そうなんだ……」


 かく言うマリアも、初恋すらまだだったりする。
 恋愛以前の対人問題が大きすぎて。


「だからさー、私だって恋愛できるモンならしたいよー。正直相手は誰でもいい。本当、1度でいいから『恋』をしてみたい」


 藤吉が求めているのは、少女漫画の様な甘いトキメキ。
 その未知の感覚を、彼女は渇望しているのだろう。


「…………あー、ごめんねー。変な話になっちゃってー」
「ううん、そんな事ないヨ」


 藤吉がどんな人物なのか、少しだけわかった。


 どこか飄々としていて、掴みどころがイマイチわからない雲の様な人。
 でも、ひねくれている訳では無く、純粋。
 悪い人や嫌な人の類では、断じて無い。


「あ、そうダ。藤吉さんも、軽音部に入らない?」
「あー、お2人の愛の巣」
「違うって言ったよネ!?」


 顔を真っ赤にして反論するマリアを、藤吉はケタケタと笑い飛ばす。


「うーん、ごめんねー。お誘いは嬉しいんだけどー……私、もう科学部に所属してるからー」
「科学部?」
「うん。放課後、旧家庭科実習室を間借りして色々ねー」
「へぇ……」
「興味あるなら、今日、来てみない? 歓迎するよー」
「うん、行ってみるヨ」


 科学部。
 マリアは、理科の生物や化学の授業は好きな方だ。
 一体どんな事をしているのか、少し興味がある。










 放課後、マリアは藤吉との約束通り、科学部に向かう事にした。


「……鈴鳴くん……」


 鈴鳴も誘おうと思ったのだが、鈴鳴は生徒指導室に行ってしまった。
 連行では無く、自らの足でだ。


 どうやら、どうしてもこの学校に花壇を『自分の手で』作りたいらしい。
 いつもの天啓だろう。


 4限の公民の授業で取り上げられた「地球温暖化」の話題で思う事があったのだろう。
 しかし、昼休みにグラウンドの真ん中に花壇を作ろうとして阻まれた様だ。
 という訳で、「グラウンドの端っこでもいいからスペースを提供してくれ」と交渉するんだそうだ。


 まぁ、鈴鳴の人生だ。鈴鳴の好きにさせてあげよう。
 という訳でマリアは1人で旧家庭科実習室へと向かう。


 旧、と言うだけあって、今は学校の公式な授業では使われていないのだろう。
 実習室の辺りからは、何やら年季を感じる雰囲気が漂っていた。
 人の往来が少ないために隅に溜まった埃や変色気味の壁が、そういった印象を与えるのだろう。


 まだ夕日が見え始めたばかりだが、廊下の蛍光灯が消えていると大分暗く感じる物だ。


「失礼しマース」


 ガラッとマリアがドアを開けると、早速藤吉を見つけた。
 まぁ、マリアの体質のせいでこちらには全く気付いていないが。


 藤吉は鍋を火にかけていた。


「藤吉さん」
「わっ! ……おお、マリアちゃん……全く気付かなかったよー」
「うん、慣れてるからいいヨ」


 鈴鳴のマリア察知能力が異常なだけで、藤吉のリアクションが普通なのだ。


「何を作ってるノ?」
「んー? んふふふふー。特殊薬品だよー」
「薬品……?」


 科学部とは言え、そんなものを作って法に触れたりしないのだろうか。
 鍋の中では、ラムネっぽい薄水色の液体が沸騰している。
 …何か、不思議な色合いの湯気が登っている。


「……ん……?」


 何か、少し不思議な匂いが……


「これはねー……いわゆる『惚れ薬』なの」
「惚れ薬?」
「言ったっしょー、私、恋がしたいってー」
「……え、もしかして、だから『自分用の惚れ薬』作ってるって事……?」
「その通り!」


 ……えー……


「だってさー。正直、私自身もう純愛とか無理な気がする訳よー。もうこうなったら薬しかなくなーい? と思って」
「は、発想が突飛ダヨ……」


 流石は鈴鳴の幼馴染、と言った所か。
 科学部に所属しているのも、どうやらこれが目的らしい。


「まぁまだ試作段階だけどねー」


 惚れ薬を飲んで、恋のトキメキを無理矢理発生させる。
 ……いやいや、色々おかしくない? とマリアは思う訳だが……


「…………ん……」


 何か、おかしい。
 頭が、クラクラする。
 あと、すごくムズムズする。体の色んな所が。
 自身の頬が熱を帯びていくのを感じる。
 体の芯から、火照る。


「な、何か、おかしくないカナ……」
「へ?」


 妙な異変に襲われるマリア。
 しかし、藤吉は平気そうだ。


「……あ、もしかして……またやっちゃったかも」
「やっちゃった……?」


 何故だろう。息が荒れてきた。
 疲れた訳じゃないのに。
 それに、自分の息が熱い。口の中を火傷してしまいそうなくらい。


 マリアの体から、急に力が抜ける。
 耐えられず、マリアはその場で座り込んでしまった。


 体が熱い。全身から、汗が吹き出す。


「ふい……うぅ……やっぱり、何かおかしいヨ……そ、その薬……」


 マリアの体に異変が起き始めたのは、薬から登る湯気を吸った途端だ。


「あー……まーた『媚薬』になっちゃったみたい……」
「び、びや……」


 媚薬って、確か……


「私は何度か自爆してるから、耐性付いてて平気みたいだけど……マリアちゃんにはキツかったかー」
「の、呑気に言ってる場合じゃないよネ……」


 何て薬品を調合しているんだ。
 っていうかどうやれば惚れ薬が媚薬になるんだ。
 ……いや、結構近いのか、惚れ薬と媚薬って。


「大丈夫? 結構トロけ顔だけど」
「う……ちょ、ちょっと変な感じ……」


 とにかく体を冷やしたい。
 窓を開けよう、とフラフラする足で立ち上がったマリア。
 しかし、その手を藤吉がガシッと掴み止める。


「ふえ?」
「ふぅ…これはぁ…一大事だわぁ……はぁはぁぁぁ……私がぁ…責任を取って鎮めてあげるよぉ、その火照り……!」
「あ、あれ? 藤吉さん、何か目が据わってル……?」


 さっきまで平気な面をしていたはずの藤吉。
 しかしもうその面影は無い。
 その目は据わりきっており、顔面は紅潮。熱く荒い息を吐き散らし、にんまりと笑っている。
 色っぽい汗を拭おうともせず、藤吉は自身の唇を舌でねっとりとなぞる。


「藤吉さん、もしかして、自爆……!?」


 何か耐性付いてて効かないとか自分で言ってたくせに。


「この前も言ったけどぉ……マリアちゃんってぇ…日本人離れしたエロい体してるのよねぇぇぇ……」
「ち、ちょ、藤吉さん……っ!?」


 あと数ミリで唇が重なる距離。
 互いの顔面に、熱い息が吹き掛かる距離だ。その熱気が、何故か心地よく感じられる。
 体も色々密着している。というか、藤吉の方が密着させてきた。
 今も、現在進行形でぐりぐりと色々押し付けてきている。
 マリアの背後に机が無かったら、今頃床に押し倒されているだろう。


 藤吉の手が、ふんわりとマリアの頬に当てられる。


「んふ……」
「ひっ」


 そして、その手はまるで蛇が這う様にぬるりと移動し、マリアの汗ばんだ褐色の肌をなぞっていく。
 頬から顎、顎から首筋、首筋から肩、肩から胸、そして、その先端。


「っ……ぅ……!?」


 それだけの刺激で、思考が吹っ飛ぶ程の何かがマリアの脳内に流れ込む。
 変な声が出そうになるのを、マリアはどうにか噛み殺した。


 ヤバイ、何かヤバイ。
 媚薬の瘴気に当てられた今のマリアでも、それだけはわかった。
 でも何故だろう。「逃げなければ」という感情を、押し殺そうとする自分がいる。何かに期待している自分がいる。何かを欲している自分がいる。


 恐い。
 自分の体が、自分の物で無くなってしまう様な気がする。
 何もかもが奪われていく様な、そんな恐怖がマリアに襲いかかる。


「良い表情ぉ……たまらないぃ……」
「っぁ…な、何か恐いヨ……藤吉さん…!?」
「大丈夫ぅ……すぐに何も考えられなくしてあげるぅ」
「っぅぃ……!?」


 藤吉の舌が、マリアの耳の縁を軽くなぞる。
 ぬとっ、とした、普段なら不快に感じるであろう感触。
 なのに、マリアの背筋にクセになりそうなゾクゾクとした寒気が走る。


 マリアのリアクションから、耳を責め立てる事への手応えを感じたのだろう。
 藤吉はそのまま、外耳をパクッ、と口に含み、甘噛み。


「っ~……」


 もうまともに立っていられず、マリアは藤吉に寄りかかる。
 その状態に、藤吉は満足気に「んふぅ」と息をもらした。
 その息がマリアの耳腔内に吹き込み、更なる快感を彼女の全身に叩きつける。
 最早マリアは声を押さえるのでやっと。強く結んだはずの口の端から滲みだした唾液を、拭う余裕も無い。


「待っ…ぇ……藤よ…し……しゃ……っぅぅ……」


 マリアの耳を唇で優しく刺激しつつ、藤吉は指を動かす。 
 その指先が、マリアの胸を越え、腹をなぞり、そして―――


「ここか!」


 ガラッ! と、勢い良く実習室のドアが開け放たれる。
 そのドアの向こうにいたのは……


「ふぇ…? しゅ、すずなり…くん……」


 鈴鳴だ。
 何か書類を持った鈴鳴が、そこにいた。


「何だこのやたらエロそうな状況は……!」
「ん……鈴鳴ぃ……良い所だったのにぃぃ……」
「藤吉……! 虫の知らせ……いや、神の警告を聞き駆けつけてみれば……!」


 どうやら、何やら第六感的な物でマリアの(貞操的な)危機を察知し、駆けつけてくれたらしい。
 ……本当、色々すごい男だ。


「お前……ついに性別の見境が無くなったか!」
「あぁら鈴鳴ぃ、知らなかったのぉ…? 恋愛に身分及び人種及び国境及び年齢及び性別は関係無いのよぉ……」
「言っている事はもっともだが……双方の同意の無い愛撫行為を恋愛とは言わん」
「んん? まぁ確かにぃ、マリアちゃん初心だからぁ心じゃ同意してくれないかもだけどぉ……体の方はぁ、どぉかなぁ」


 ふふふふふ、と静かに笑う藤吉。その手はマリアの太腿を経由し、スカートの中へと迫る。


「ひ、ぅ……」
「っ、その手を止めろ淫獣が!」


 鈴鳴は書類を放り投げ、跳ぶ。
 机を踏みつけて移動し、一気に藤吉とマリアの目の前へと降り立つ。


「その異様な興奮状態……また妙な薬品を作った様だな……」


 鈴鳴は藤吉の行動を警戒しつつ手近な窓を開ける。
 火にかけられている鍋を見て、媚薬が揮発しているであろう事を予測したためだ。


「うふぅ……別にぃ、私の勝手でしょぉぉ……」
「先月も妙な薬のせいで小学生を襲いかけ、俺にシバき回されたのを忘れたのかお前は!」


 先月何してんの、とマリアはぼんやりする脳内で突っ込む。


「あぁ…あの時もぉ、良い所であんたが邪魔してくれたのよねぇ……」
「強姦になる前に止めてやったんだ、感謝しろ。そして、今回もな」
「上等よぉ」
「ふにゃっ」


 マリアを椅子に座らせ、藤吉は何やら戦闘態勢を取る。
 鈴鳴もファイティングポーズ。


「あんたもマリアちゃんもぉ、まとめて食べてやるわぁ」
「ふん、俺の操をお前如きが奪うと……笑わせるなよ!」


 2人が地を蹴ったのはほぼ同時だった。
 2本の足が、空中で交差する。


 互いに互いの足を蹴り飛ばし、距離を取る。
 そして、藤吉の方から距離を詰めた。


 藤吉はその手を伸ばす。
 鈴鳴の襟を掴み、投げ技の体勢にでも持ち込もうと考えたのだろう。


「工夫も無く正面から組みにこられて、捕まるバカがどこにいる」


 しかし、鈴鳴はそう簡単には捕まらない。
 紙一重で藤吉の指を躱し、鈴鳴はその腕と肩を掴む。


「っ!」
「投げとは、相手の隙を狙って組み付く物だ、素人め」


 鈴鳴の足が、藤吉の足を払う。それと同時に、掴んだ肩と腕を引く。
 肩で藤吉の胸を背負い込む様な形で、鈴鳴は身を翻した。


 いわゆる、背負投だ。


 ただ、鈴鳴もバカでは無い
 か弱い…かどうかはさておき、女子を硬い床に投げつける様な真似はしない。


 その投げに、勢いは無い。
 鈴鳴がやった行為は、藤吉を転ばせて、自身の体でその勢いを殺しつつ、流す様にゆっくりと床に寝転がせただけ。
 ダンス中、紳士が淑女をリードする様な、優しい動きだった。


「勝負ありだ」


 鈴鳴は藤吉の上に覆いかぶさり、ヘッドロック。
 コキ、という音の後、「くぇ」という藤吉の声が響く。
 そして、藤吉は動かなくなった。


「……全く、世話の焼ける幼馴染だ」
「す、鈴鳴くん」
「マリア、少し待っていろ。今、冷たい飲み物と、何か体を冷やせる物を持ってくる」
「う、うん、ありがと……」


 何でだろう。
 ふと、安心してしまったせいか、マリアはとても眠くなってきた。
 体が熱くて眠い。風邪で高熱を出した時の感覚に似ている。


 心地良い火照りの睡眠誘導に身を任せ、マリアは瞼を閉じた。








 後日、教室。
 朝のHR前。


「いやー、本当、昨日はごめんねー……」


 藤吉は登校するなりマリアを探し、そして謝罪した。


「う、ううん、大丈夫ダヨ。……ただ、薬品作りは気を付けてネ」


 媚薬止まりだったからまだ良かったが、あれが人体に有害な薬品になっていたらシャレでは済まなかった。


「っていうか何で媚薬になるのかなー……」
「私が聞きたいヨ……」
「おはようマリア、それと藤吉」
「あ、鈴鳴くん…って、何でジャージ着てるノ?」


 颯爽と教室に現れた鈴鳴。
 何故かその姿は上下ジャージ。しかも何かやたら土が付着している。


「昨日、グラウンドの端に花壇を作る許可をもらったんでな。今日は6時から登校して施工していた。で、花壇の形はできた。授業もあるし、一旦、引き上げてきた」
「そうなんダ」


 本当、相も変わらずすごい行動力である。


「……ちなみにマリア、放課後は暇か」
「? うん、暇ダヨ」
「では、買い出しに付き合ってもらえるか。花壇に撒く花の種を選びに行こうと思っている」
「うん、いいヨ」
「お、なになに? デートの相談?」
「違うヨ! っていうか藤吉さんはまだそのネタを引きずるノ!?」
「こらこらマリアちゃん、そんなに力強く否定したら鈴鳴が泣いちゃうぞー」
「何の話か知らんが、俺がそう簡単に泣くと思うなよ」


 可愛くないなー、と藤吉は溜息を吐きつつ、そーっとマリアの胸へと手を伸ばす。


「って、いきなり何をさり気なく触ろうとしてるノ藤吉さん!?」
「あれ、手が勝手に……昨日の薬が抜け切ってないのかな? うーん、何か無性に揉みたいなー」
「ひぃっ、また目が据わってる!?」


 昨日のは確かに薬のせいもあっただろうが、藤吉は根本的にそっち系なのかも知れない。



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