異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

後始末の第45話

 私は、救われない。


 そう決め付けてるんじゃないのか。
 お前は拗ねてるだけなんじゃないのか。
 不貞腐れて、開き直ってるだけなんじゃないのか。
 お前は、馬鹿だ。


 好き勝手、言ってくれる。


 そんなの、私が一番わかってる。


 でも、もう遅い。


 気付くのが、遅すぎた。
 気付いた時には、もう、引き返せない所まで来てた。


 こんな私を、一体誰が救ってくれるって言うのよ。


 そんな事言うんだったら、あんたが私を助けてよ。






「…………」


 私の目に最初に飛び込んだのは、豪華な造りの天井だった。
 寝ぼけた意識の中でも、ここが豪邸の一室であろうことが容易に想像できた。


「……ここは……」
「良いタイミングでのお目覚めだな」


 上体を起こした私を出迎える幼い少女の声。


「…………!?」


 その声の主は、紛れも無い、3代目魔剣豪だった。
 バーキャンディを咥えたその少女の隣りには、私が竜人でボコボコにした執事長もいる。


「くっ……」
「魔法は使えんぞ。自分の手首をよく見ろ」


 私の両手首にはめられた枷。
 よく知っている。
 魔力の体外放出を抑制する枷だ。


「初の対面になるな、…アリアト・ビルクダンテ」
「……私をどうする気かしら。まぁ、想像つくけど」


 思い出してきた。
 私は、負けたんだ。
 黒鉄の鎧を纏ったミイラ少年に。
 そして今、こうやって拘束を施されている。


 これから、拷問にでもかけられるのだろう。
 いや、拷問と言うのは少し違うか。
 こいつらが私から得たい情報なんて無いはずだ。
 正しく言うなら、惨たらしい処刑、か。


 あの場で殺されず、わざわざ拘束されたと言う事は、そういう事だろう。


「想像がつくか」


 ふん、と魔剣豪は不機嫌そうな表情のまま鼻で笑った。


「私は、こんな処分を下す事になるなんて全く想像できなかったよ」
「では、お嬢様」
「ああ。マコト、護送の手配を」
「はい」


 魔剣豪の指示を受け、執事長は部屋の外へ。


「……護送?」
「お前は目覚め次第、国の司法機関へ搬送する事になっている」
「……司法、機関?」
「知らないのか?」


 いや、それくらいは知ってる。
 法律に基づき、罪人の罪を裁き、適切な罰を与える。裁判などの一切を取り仕切る機関。


「……裁判で済ますっての?」
「不本意ながらな」


 本当に不本意なのだろう。表情を見ればわかる。


「本来なら、磔にして七日七晩、少しずつ切り刻み続けたい所だ」
「そうすれば良いじゃない」
「……お前は、ロクに体も動かないくせにアクロバティック土下座しようとする馬鹿に泣き付かれても、そんな事ができるのか」
「……はぁ?」
「あそこまで必死に懇願されては、怒り任せに何のメリットも無い私的な処刑を執行する気分にはならない。無益過ぎる」


 せいぜい感謝する事だな、そう言って、魔剣豪はさっさと部屋から出て行ってしまった。


「懇願、された……?」


 誰かが私を「私情では無く司法の場で裁く」様に、あの魔剣豪に取り合った、と言うのか。
 ありえない。一体、誰がそんな事をすると……


『俺は、お前を助ける』


「…………まさか……」


 ……アホらしい。
 人の事を散々馬鹿呼ばわりしといて、自分がそんな馬鹿げた事をするのか。


「この程度で……私が改心するなんて、思わないでよ……」


 考えが甘い。
 この程度で、救われただなんて思うものか。
 改心なんてしてたまるか。
 こんな甘い処断を下した事を、いずれ必ず後悔させてやる……と、思うのだが……


 何故だろう。
 肩の力が、抜けていく気がした。


 ……ああ、きっと、何だかんだ言っても恐かったんだ、私は。
 怒りに任せ、血祭りにあげられるかも知れない、そんな未来が、恐かったんだ。
 こんな人生でも、終わってしまう事を、無に帰してしまう事を……訪れても不思議では無い凄惨な報いを、覚悟しているつもりでも、きっちり恐れていたんだ。


 だから、今、私は安心してしまっている。
 うっかり、涙が溢れてしまっている。


「ここまで狙っていたのだとしたら、大した策士ね、あの少年も…」








「本当に良いのですか、これで」
「よく言う」


 廊下。
 マコトの問いに、キリカは呆れた様な返答。


「お前も、ロマンの肩を持ったじゃないか」
「いえ……キリカお嬢様が、まさかこんなにもすんなり聞き入れるとは、予想外で」
「ふん、この私が、そこまで子供っぽいとでも?」
「は…い、いえ、そう言う訳では」
「…………さっき言っただろう。メリットが無さ過ぎる」


 アリアトがもたらした被害は大きい。
 もっと、凄惨な目に合わせてやっても良いと思う。
 ただ、それは単なる私怨だ。
 あの女を痛めつけた所で、多少ストレスが解消されるだけ。


「あいつの懇願を無下にしてまで処刑を執行するのは、得られる物が割に合わない。お前以外の皆も、『許すつもりは無い』そうだが、あいつがそうしたいと言うなら反対はしないそうだしな」
「……『例の手回し』も、放っておくと割に合わないから、ですか?」


 マコトの言う手回しとは、キリカがマコトに命じていた、ある特殊な工作の事。


「アリアト・ビルクダンテとシャンドラ・ベルクセム……両名が禁断魔法を使用していた事実を隠蔽する。こんな非常に面倒な手回しをするなんて」


 この世界には、「禁断魔法を会得する事」自体には罰則は無い。
 禁断魔法は会得した時点で本人に「代償」が課せられる。
 自己責任の範疇、と言う判断なのだろう。


 しかし、その禁断魔法を用いて犯罪行為に至った場合、その限りでは無い。
 禁断魔法で他者に不利益を被らせたその時は、即実刑で重罰が下される。


 グリーヴィマジョリティの連中は、調べた所、ゼアと言う老人以外は前科など無かった。
 つまり初犯である以上、今回の件、被害者であるキリカ達の出方次第では、執行猶予が付く判決が下るだろう。


 執行猶予期間中は、この屋敷で使用人として生活を保障してやりつつ、もたらした被害分きっちり働いてもらう。
 それと同時に、「真っ当な人生を歩むための準備」もさせてやるつもりだ。


 そのつもりだったが、禁断魔法を使用したアリアトとシャンドラ。そして人斬りの前科を持つゼアに関しては、話が別になる。


「ゼアと言う老人は、前科がある以上手の打ちようが無い。が、他は違う」


 流石のデヴォラの権力も、他人の前科を揉み消す程の影響力は無い。
 それに、ゲオルの話だとその老人は結構なクズらしいし、少し牢獄で頭を冷やした方が良いだろう。
 もし刑期を終えてもまだ寿命が残っていたら、他の者同様、面倒は見てやろう。


 問題は、アリアトとシャンドラ。
 犯罪者は、まず使用した魔法を検査される。
 つまり、あの2人が禁断魔法を使用していた事は、このままだと白日の元に晒される。そして2人には、良くて終身刑…普通に行けば、死刑判決が下る可能性も充分にある。


 キリカは、その検査結果を改ざんできる様に、マコトに手回しさせているのだ。
 検査結果を改ざんし、今回の件で禁断魔法が使用されたと言う事実を、隠蔽する。


「……まぁ、私なりに、今回の件の功労者に褒美をくれてやっただけだ」
「これが褒美、ですか」
「全く…我ながら、馬鹿な奴を採用したと思うよ」


 ロマンは、アリアトを許すつもりは無いと言った。
 しかし、同時に彼女をこのまま放って置けないんだそうだ。


 見せてやりたい、教えてやりたい。
 もうお前は、救いのある世界にいるんだ、と。
 それをわからせてやれば、きっとあいつは変わるはずだ。
 どこぞの王様が、そうだった様に。


 ロマンは、そう断言した。
 まるで、そうすれば立ち直れると言う前例を知っているかのような、確信に満ちた口ぶりだった。


 アリアト達を救いたい。
 その考えの根底は同情だと、本人は言っていた。


 たかだか同情で、自分を殺しかけた女を救おうなんて発想、馬鹿げてると思う。
 きっとロマン自身、その辺は自負しているだろう。


 それらを踏まえた上で、ロマンはアリアト達を救済する道を選んだ。
 馬鹿な事だとしても、それに「実行するだけの価値」があると判断した。
 そして、そのためにキリカに必死に頭を下げ続けたんだ。


 だからキリカは『グリーヴィマジョリティの連中の教育係を請負い、かつ連中が何か問題を起こしたら、その解決に尽力する事』を条件として、ロマンの願いを聞き入れた。


「しかし、あいつはどんどん他人のために面倒を背負っていくな」
「ですが、今回の件、どうやらまた『自分のためだ』と言い張っているらしいですよ」
「……お人好しも、ここまで来ると才能だ」


 呆れた様に溜息をこぼすキリカ。
 だが、その表情に負の要素は無い。


「そういうお人好しだからこそ、手を貸そうなんて気にさせられるんだろうな。迷惑な話だ」


 ロマンがアリアト達の改心を信じると言うのなら、キリカもそれを信じ協力する。


「……そう言えば、ゲオルからのメッセージ、まだ伝えてませんでしたね」
「ん? ああ」


 ゲオルは、ベニムを医務室に搬送した後、置き手紙1つ残してさっさと帰った。


 その置き手紙の内容を、まだロマンには伝えていない。


「……あいつには、まだ面倒事が残っていたな」








 グリーヴィマジョリティとの決戦から1夜明け、目を覚ましたアリアトを含むグリーヴィマジョリティのメンバーは、皆街へと護送された。
 1週間程で裁判が行われ、全てに決着がつくそうだ。


 まぁそれはさておき、俺は今、非常に泣きたい気分だ。


「全く、お前は本当に大袈裟だな」


 ああ、いっそのこと殺してくれって言う奴の気分って、こんな感じなんだなぁ……


 またしてもシングの過剰看護の餌食となり、恥じらいも何もかも踏みにじられ、俺はベッドの上で力無く笑った。
 包帯はベニム辺りに変えてもらうって言ったのに……


 サーガがぐっすりお昼寝中な事もあり、激しい抵抗はできなかった。
 ……まぁ、体が全く動かない現状、口だけでどれだけ抵抗しても無駄だっただろうが。


「しかし、流石にあの女も、股間を焼くのだけは気が引けたらしいな。綺麗なままだったぞ」
「ああ、そうですね……ははは……」


 アリアトの最後の良心に感謝しつつも、この現状を招いた恨みは絶対に忘れない。


「…む、そう言えば、お前、私に何か大事な話があると言っていなかったか?」
「ん、あ、ああ」


 そうだ。
 すっかり言い忘れていた。


「俺、サーガの世話役、やめる」
「なっ……」


 つぅか、元々世話役になった記憶は無い。


「奴隷として、その生涯の全てをサーガ様に捧げると!?」
「違うわ!」
「じゃあどういう意味だ? ……まさかとは思うが、完全な職務放棄をすると言う意味での発言か?」


 久々にシングから攻撃色の雰囲気を感じる。


「それも違うっつぅの……最後までちゃんと聞けよ、俺はな……」






「……父親、だと?」
「……おう」


 魔王と交わした約束、俺の意思。全部、シングに伝えた。
 簡単な事では無い事は重々承知している。
 それでも、やり遂げてみせると。
 親の役割を、まっとうしてみせると、俺は覚悟を決めたんだ。


「……私は、お前にそんな大役が務まるとは思えんな」
「う……」


 まぁ、シングの中では、「サーガの父親=魔王クラスの存在」って感覚だろう。
 俺に対し、そう評価を下すのは当然と言える。


「でも俺は…」
「だが、魔王様がお前に託したと言うのなら、私はその意思に従うまでだ」
「!」
「今のお前は大きい。強い男だ。だが、サーガ様の親として相応になるには、まだまだ足りないモノが多いはずだ」


 ふん、と軽くシングは笑った。


「サーガ様の父として相応たる器になるまでは、私がきちんとサポートしてやる。励めよ」
「……おう、ありがとな、シング」
「世話役として、当然の事だ。……さて、そろそろ飯時だな」
「ちょっと待ったシングさん、飯は執事長にお願いしたい気分だなぁ俺」
「遠慮するな」
「遠慮させてくれ」


 もうお玉をしゃぶる療養生活は嫌だ。


 しかし、シングは「私がきちんとサポートすると言ったばかりだろう。待っていろ、腕によりをかける」とだけ言い残して行ってしまった。



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