異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

行間 Before Being Born

「何故、この事を黙っていた?」


 その魔人の大男の問いに、女は悪戯小僧の様な笑みを浮かべた。


「教えたら、俺っちの事を抱かなかったろ?」


 まるで男の様な口調で語るその女は、笑みを崩さない。
 口調通り、男勝りな不遜な態度と表情を見せ続ける。


「大体、何故……避妊はきちんと……」
「かーっ……本当、チンコの小せぇ野郎だ」
「そんな小さかないわ! 知っとるだろ!」
「へいへい。じゃ、今の疑問へのヒントをやるよ」


 女は笑いながら、特に悪びれる様子も無く言った。


「テメェが寝てる時、必ずしも俺っちも寝てるとは限らないって事だ」
「まさか……お前……」
「何引いてんだ。むしろこっちが引くぞ、テメェの鈍感っぷりにはな。本当に欠片も起きねぇでやんの」
「自分が何をしたか、わかって…」
「……あのな、俺っちだって、女だ。愛した野郎とガキくらいこさえたいのさ」
「っ……」
「っても、その愛した野郎ってのが、まさかテメェみてぇな老いぼれになるとは予想外だったがな」
「茶化している場合か……! 言っただろう、予言通りなら、我輩が子を作れば……」
「でも、『そういう風』にならない可能性だってあんだろ?」
「それは……」
「信じようぜ、俺っちとテメェの子だ。くだらねぇ運命なんざ踏み砕いて、立派に育ってくさ」


 それにもう出来たモンは仕方無ぇだろ、と女性は笑みを崩さない。


「……百歩譲って、最悪の事態を回避できたとしてもだ。『今の話』通りなら、このままではお前は……」
「ま、『魔女』の宿業ってモンだ。仕方無ぇさ」


 魔女。
 それは人間、だった存在。
 人間を捨て、魔族すら超越した魔の力を振るう、化物の総称。
 その力の代償はとてもとても、重かった。
 特に、女性としては、とても。


「俺っちは、『この子』を抱くこたぁできねぇだろうよ」


 女は、優しく自分の腹をさすった。
 その腹には、少しだけぽっこりと膨らみができている。
 子を、宿しているのだ。


「だが、こうやって、腹を抱えてみたかったんだよ。前にも言ったろ……魔女になるずっと昔、クソみてぇなガキの頃からの、憧れだったんだ」
「……クロエ……」
「しんみりしてんじゃねぇよ。ま、気持ちはわかんねぇでも無ぇけどな」


 女は、大男の額に優しくキスをした。


「テメェだって、『報い』だ何だのとヌかして、俺っちを残して死ぬ気だったんだろ。お互い様だ。そんで、俺っちの勝ちだ。ザマァミロい」
「勝ち負けとかの話では無いだろう……」


 唇の触れた額を抑え、大男は少しだけ笑った。
 ああ、これが彼女らしいと、呆れながらも、誇らしそうに。


「わかったら、王様稼業も楽じゃないだろうけど、これからはもうちょっと会いに来てくれよ」
「むぅ……しかしこの谷まで来るのはいささか腰が堪え……」
「あぁ?」
「ごめんなさい通います。可能な限り毎日通います」
「よろしい」


 満足気に、女はつぶやき、笑った。
 ガキ大将の様な、爽快な笑みだった。
 そこには、見る者全てを活気づける、確かな『魔力』があった。
 魔女と呼ぶに相応しい、素敵な女性だった。


「……そうだ。少し、約束してくれねぇか」
「約束?」
「俺っちが生まれ変わったら、必ず見つけてくれ。例え、俺っちがテメェの事を覚えていなくても」
「……難しい話だ。我輩は、予言通りならそう遠からぬ内に……っほぁいん!?」


 女の全力の蹴りが、大男の股座を抉る。
 クリーンヒットである。


「乙女の願いにゃ、嘘でもいいから即答でYESっつぅのが野郎の甲斐性ってモンだろぉが」
「お、乙女だと……乙女の足は今の様な用途では使われん物だぞ……ぐふぅぐ……」


 まだ痛む股間を抑えながら、大男は涙ぐむ。


「……本当に……嘘でも、良い、か」
「……ああ、口先だけのだろうが紙に書こうが、何でも良い。『約束』してくれる事が、重要なんだ」


 自分ごときに、そんな深い愛情を注いでくれる男がいる。
 そんな素敵な事実を噛み締めたいだけの、少女地味たワガママだ。
 それ以上は、望まない。望んだって得られはしないと、知っているから。


「……ならば、約束しよう」
「ああ」
「我輩は、絶対に転生したお前を見つけ出す」
「……ああ」


 静かに、大男は女を抱きしめた。
 強く、でも、優しく。決して、壊さぬ様に。


「……口先だけでは終わらぬ様、可能な限りの事をしよう……待っていてくれ」
「……期待させんじゃねぇよ……相変わらず、勝手な野郎だ」






 これは、2年程前に交わされた、小さな約束。
 そして、果たされる事は無かった、悲しい約束。





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