異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

決闘しちゃう第16話

「さぁ、とりあえず落とし前として、腕1本くらいもらっとこぉかぁっ!」


 炎のロープ達の先端が、一斉に俺達の方へと向けられる。


 おい、あれ絶対に腕1本じゃ済ます気無いぞ。


 つぅか何この状況。
 いきなり空から降って来た青年に、何かすげぇ敵対心燃やされてんだけど。
 そんで物理的に燃やされそうなんだけど。


 この男が、ヒエン。
 C級冒険者チーム『ヒートアッパーズ』を率いる、本物のA級冒険者。
 炎神の異名を取る男。


「クソ燃えろ、『ブレイズカーニバ…」
「何してんだよリーダー!」


 突然割り込んできた声に、炎のロープ達の動きが止まる。


「ギール、ココット!」
「な、あんたら……」


 声の主は、さっきシングをナンパして色々あって颯爽退場したドレッドヘアの人。
 バンダナの人も一緒に戻ってきてくれた様だ。


「何か炎の塊が飛んでくのが見えたから戻って見れば……」
「ギール、お前、平気なのか?」


 どうやら、ドレッドな人の名前はギールと言うらしい。
 わかり辛いので今後も「ドレッドの人」で通すが。


「平気って、何がだい、リーダー」
「お前ら、この子連れ夫婦にボッコボコにされちまったって……」
「はぁ?」


 確かにドレッドの人にシングは衝撃魔法をブチ当てたが、それ一発切りだ。
 ボッコボコなんて濡れ衣である。


「いやいやリーダー、何か勘違いしてない? ってかこの数分の間でどんだけ情報錯綜してるのさ……」
「ああ、そうだぜリーダー。確かに俺はキツい一撃をもらったが、ありゃ俺にも原因があってだな……」
「……成程な」


 ふむ、とヒエンがうなづく。
 何だかよくわからんが、誤解は解け…


「お前らは優しいからな、そんな奴らでも庇っちまうんだな」


 …てないっぽいな。


「一体どこをヤられた? 顔やらは傷が無ぇみてぇだが……目立たない様に服の下を……」
「いやいや、特に酷い事は何もされてないから」


 ドレッドもバンダナも、上着をまくりあげて無事な腹部をヒエンに見せつける。


「まさか……バレねぇ様に治療魔法で跡を消されたんだな!?」
「リーダー……相変わらず1度決め込むと融通効かないねー……」
「良い人ではあるんだけどなぁ……」


 あれ、もしかしてあの2人、説明諦めた系?


「もうクソプッツン来たぜ! 腕1本じゃ済まさねぇ! 地獄の業火って奴を一足先に味わいやがれ! 『ブレイズカーニバr…」
「何にしてもストップだよリーダー! 村の真ん中で『グレンジン』をフル出力で使ったら、大変な事になっちゃうでしょ?」
「む、ぅ、まぁそれは確かに……」


 とりあえず誤解を解くのは無理だと判断したらしいバンダナ。別の切り口からヒエンを制止する。


 騒ぎを聞きつけ結構な人も集まってきている。
 ブレイズなんちゃらがどんな技か知らんが、こんな所で炎の魔法をブッ放すのは不味いだろう。


「……仕方無ぇ……」


 ヒエンは舌打ち混じりにつぶやくと、その足で剣の柄先を踏みつける。
 それに呼応する様に、炎のロープ達はその紅色の刃に集約。
 その炎塊を爆発させ、ヒエンは剣に乗ったまま大空へと舞い上がった。
 どういう訳か、炎を帯びた剣はそのままふわりと浮遊。
 ヒエンは剣を寝かせ、その刃に足を乗せる。
 その用法が正しいかどうかは置いといて、完全に剣を足場として使いこなしている。


「おいクソッタレ共。『ジルバの滝』で待ってるぜ」
「ジルバ……?」
「この村から出て、南西の方にある滝だ」


 そこで一体どうしようってんだ。
 ……いや、まぁ何となく予想着くけど。


「決闘だ。俺様は、俺様の仲間を傷つけたクソッタレを絶対に許しゃしねぇぞ」


 言うだけ言って、ヒエンは剣をスケボーの様に扱い、空中を滑る。
 炎の軌跡を残し、ヒエンは南西方向へと去って行った。


「だう」
「……何だったんだ、一体」
「……よくわかんねぇんだけど……あれ、あんたらのリーダー、なんだよな」
「ああ、悪いねー。リーダーはこう、何て言うか良くも悪くも真っ直ぐな人でさ」
「しっかしまいったな。ありゃ本気の目だったぞ」


 呆れた様に頭を抱えるドレッドとバンダナ。


「ああもう、どうすれば良いんだか……リーダーはもう本当、決め付けると頑固だから……」
「……っていうか、そのジルバの滝ってのに行かなきゃ良いんじゃね?」


 決闘に応じる義理は無い。
 だって、あのヒエンとか言う火の玉野郎は完全に勘違いの下、俺達を敵視しているだけだ。


「いやぁ、リーダーは絶対そんなの許さないと思うよー」
「ああ、あんたらが逃げても、多分地の果てまで追うぜ、あの人は」
「えぇー……」


 何かすんごい面倒なのに目を付けられたっぽい。


「戦闘か! 戦闘だな!」


 コクトウが何かテンション上がりまくっている。
 いやいやいやいや、やってらんねぇって。


 あのヒエンってA級冒険者なんだろ?
 それも炎神なんて称される程の炎使い。
 炎の神様って相当だぞ。


 こっちはエセA級冒険者と病人と赤ん坊と物理しか能の無い魔剣だ。
 決闘ってか処刑だろ。


「何だ、またヒエンが何かやんのか」
「決闘らしいぜ、あのカップルと。ジルバの滝で」
「え、勝負にならなそうじゃね?」
「一応あの男の方はA級冒険者らしい。病院でナースの姉ちゃんと話してた。見えねぇけど」
「マジか、見物行こうかな」
「事情は知らんが、ヒエンに絡まれたのが運の尽きだな」
「ああ、あいつ基本バカだもんな。……成仏してくれると良いが」
「ポップコーン買ってこうぜ」


 何か周囲の村人がふんわり酷い。


「まぁリーダーも少し暴れれば満足すると思うから……悪いけど付き合ってあげてくれない?」
「えぇぇぇ……」
「ヤバそうになったら、俺らが絶対に助けに入るからよ」
「まぁリーダーだって、生命までは奪いやしないと思うけどね」
「生命さえ無事ならそれで良いって問題じゃねぇぞ……」


 こんな事情で、指1本すら失いたくは無い。


「それに、リーダーはしつこいよー?」


 ここできっちり片を付けとかないと、後々更に面倒な事になるかも知れないと言いたいらしい。


「むぅ……本当に今日のアタシは良いとこ無しだな……」


 シングが申し訳無さそうな表情を見せる。
 まぁ勘違いの元はシングの一撃だし、責任は感じてしまうのだろう。
 ……こういう時こそ、ふんぞり返っててくれりゃ、文句の1つでも言えるってのに……
 風邪のせいで弱気こじらせてしおらしくなってるんだろうが、やり辛くて仕方無い。


「……ま、もうこうなった以上、仕方無ぇさ。あんま気にすんな」


 そうだ。もうこうなってしまっては仕方無い。自分にも言い聞かせる。
 シングが凹んでも仕方無いし、それを更に責め立てても仕方無い。
 とりあえず、適当に決闘とやらに付き合って、適当な感じで満足してもらうしか無いだろう。


 ……でも、剣と炎使いか。……一撃が命取りになりそうなんだが……どうしよう。
 まぁ、厳しい様だったらドレッドとバンダナを頼りにさせてもらおう。






 ジルバの滝。
 カナンマ村から南西の森林の中にある大滝だ。
 そりゃあもうデカい。
 滝の周辺は開けており、小学生の運動会くらいなら軽く開けそうな感じだ。
 滝から伸びた川の水質はとても良いらしく、川底の砂利の隙間に潜むヤゴまで視認出来る程に澄んでいる。


「……来たなクソッタレ」


 川沿いで魚の行動を観察していたヒエンが、俺達に気付いて立ち上がった。
 その腰には、先程足場として活用されていた紅色の剣が納刀されている。


 相変わらず、敵意むき出しのお目目をしていらっしゃる。
 恐ぇっつぅの。


「ギール、ココット……それに村の連中まで……チッ、ギャラリー有りか、少しやり辛ぇな」


 俺とサーガとシング以外にも、ここには人影がある。
 いざとなったら助けると約束してくれたドレッドとバンダナ。
 それと、「ヒエンが決闘するってよ」という情報を聞き「面白そ」と集まってきた村人共。
 中にはヒエンのチームメイトらしいタトゥー入りの連中もいる。


 ……焼き鳥やらビールやら、完全にスポーツ観戦気取りだよあいつら……人の気も知らないで……


「シング、サーガを頼むぞ」
「当然だ」


 マスクを装備したシングにサーガを引渡し、下がっている様に指示を出す。


「だぼん! やい!」


 やんなら勝てよ! とサーガからの有難い激励。
 ごめん、俺、ハナっから適当に良い感じの一発もらって、戦闘不能になったフリを決め込むつもり満々です。


「あぁん? んだよ、テメェ1人でろうってのか?」
「あぁ。あいつはちょっと不調だからな」


 シングはまだ絶賛風邪っ引き。魔法一発で立ちくらみ起こす様な容態だ。
 それに、適当に負けて終わらせるんだ。俺1人の方が都合も良いだろう。


「ハッ、病人気遣ってこの俺様に1人で挑むたぁ……クソッタレにも五分の魂ってとこか。それなりに漢気あんじゃねぇか」
「どうも……」


 気は進まないが、コクトウの柄に手をかける。
「ウホッ」とか嬉しそうな声出してんじゃねぇよ全く……


「少しぁ見直したぜ」


 ニィッ、と口角を上げ、ヒエンもその腰の刀に手を伸ばす。


「こりゃあ、全力で闘ってやる価値がありそぉだ」
「……え゛」


 何か、すんごい不吉な言葉が聞こえたのは気のせいでしょうか。


「テメェがただのドクソッタレだったら、相応に嬲り弄んで終わるつもりっだったが……」


 ヒエンが、勢い良く抜刀する。
 引き抜かれたその紅色の刃に引きずられる様に、炎が舞った。
 一瞬にして、ヒエンの周囲に豪炎が拡散、その熱で景色を歪めてゆく。


「正真正銘……『決闘』をしようじゃねぇか!」
「ちょっ……」


 ヒエンの炎が、勢いを増す。
 川原の砂利が焦げ付く所か溶解し始めて赤くなってるのは気のせいであって欲しい。


「『この状態』での俺様の炎は摂氏1200℃強! ま、わかりやすく言えばマグマと同じくれぇだ! 痛みは無ぇ、気付いた頃にはお陀仏だ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? ちょっ待っ、マジ待って!」
「うるせぇ! 漢気ってのは1度やると決めたら待った無しだ!」


 マグマと同じくらいってお前、アホか。
 そんなん、軽く食らっただけで致命傷じゃないか。


 軽く一撃もらって負けるという計画だったのに……
 いや、まぁ正直厳しいとは思ってたけどね。
 現実を叩きつけられるとね。
 ってかアレだね、あいつ俺を殺す事に迷い無いねコレ。
 アレで殺す気は無いと言うのなら、あいつは人間の耐久性能を過大評価し過ぎてるか、単純に馬鹿かのどちらかだろう。


 まぁ、こういう時のためのヘルプマン×2だ。


「お、お2人さん! ヘルプ! ヘルプミー!」
「あー……ごめん」
「あの笑顔のリーダーは、止められないわ」
「はぁ!?」
「ヒートアッパーズの鉄の掟」
「リーダーの楽しみは絶対に邪魔しない……という訳で、ごめん」


 おいコラ。


「さぁ、行くぜ」


 俺がまだ全く心の準備なんて出来ていない。
 にも関わらず、決闘開始の合図に代わる様に、ヒエンの声が響く。
 周囲に展開されていた炎がヒエンの両足に集約し、無骨な足甲そっこうを形成した。


「『フレイムサーキット』!」


 炎の足甲、その踵部分が、爆ぜる。
 その勢いで、ヒエンは高速で空中を滑る。


「慣らし運転も兼ねて、まずは小手調べからだ!」
「うぉぉぉっふ!?」


 反射的、かつ効率的に、俺は突進して来たヒエンの斬撃を受ける。
 とんでもない衝撃だ。
 それもそうだ、向こうは爆発の勢いを利用して突っ込んできたんだから。


 黒刃と紅刃がつばぜり合いになる。


「痛いっつぅの! 俺っちは盾じゃねぇぇ! あのおっさんの時にも言ったろクソガキ!」
「うるせぇ! 仕方無いじゃん! あん時も言ったじゃん!」
「あぁ? 剣が喋ったぁ? もしかして、魔剣か?」


 ヒエンの口角が、更に釣り上がる。


「益々良ぃね、俺様の『グレンジン』と同じって訳だ」
「え……」


 ヒエンの足甲が、また爆発を起こす。


「うぉう!?」


 受けて入られず、俺はヒエンを後方へと受け流す事にした。
 というか、流さなければ吹っ飛ばされていた。


 爆発の勢いのまま、猛速でヒエンは後方へと飛んでいく。


「なっ……」


 気付く。
 ヒエンが滑空した、その空中。
 未だに、炎の軌跡が虚空で轟轟と燃え盛っている。
 まるで空中に敷かれたレールの様に、2本の炎の筋が残っているのだ。


「気を付けろ! リーダーの『フレイムサーキット』は、しばらく消えない! あんまり走らせ過ぎると、逃げ場が無くなるぞ!」
「はぁっ!?」


 そういう事は先に言ってくれドレッドさん。


「ヒィィィッハァァァッ!」


 楽し気な咆哮。
 更に足甲を爆発させ、加速したヒエンがこちらにUターンして来る。
 アレをまた受け流すと、更に炎のレールを敷かれる。
 それをくり返す内、俺は炎のレールに囲まれて、まともに回避運動すら取れなくなってしまうという寸法か。


「趣味悪いぞチクショウ!」
「さぁ、テメェも魔剣の力を見せてみろ!」


 テメェ『も』か。
 薄々察しはついていたが……


「お前のそれ、魔剣かよ!」
「あぁ、炎の魔剣『グレンジン』! 最高に熱い俺様の相棒だ!」
「厄介だなおい……!」


 初めてヒエンの炎を見た時、コクトウが何か知ってる風だったのはそういう事だろう。
 あれは同族の力だと、魔剣的な直感で感じ取ったらしい。


「コクトウ!」
「応よ!」


 本当は適当にやって負けるorドレッド達に助けてもらう予定だったが、事情が変わった。変わってしまった。
 ヒエンには牽制的な一撃を撃ってくれる雰囲気など無い。
 あの速度で向かってくる刃に斬られたら、本当に死ぬ。
 それで死ななくても、あの炎の足甲で追撃の蹴りとかかまされたら終わりだ。


 何やらヒエンが俺への評価を改めたせいで、ドレッド達も手が出せなくなった。
 頼みのヘルプも潰えた訳だ。


 目論見が甘かった。


 ならば、もう手段は1つしか無いだろう。
 気は進まないが……


「『イビルブースト』……!」


 俺を包む全ての現象が、わずかに減速する。
 コクトウの魔剣としての能力、イビルブースト。
 俺の身体能力と神経伝達速度を強化してくれるという物。


 悪いが、ヒエンには俺やゲオルと同じ地獄を見てもらう。


 アレの痛みは知っている。アレを他人にやるのは、本当に気が引けるんだ。
 でも、殺されそうな現状ではそうも言ってられない。


「コクトウ、あいつの魔力量、俺と比べてどうだ!?」
「雀の涙って奴だな。この前のおっさんより少し多いくらいだ」


 なら、やれるはずだ。
 一撃必殺の奥義、『魔力上限値の拡張』。
 まぁ誰かさんは食らった後で普通に徒歩帰宅したらしいが……
 ヒエンはあの化物とは違うだろう。


 砂利を蹴っ飛ばし、俺は突進してくるヒエンに、こっちから突っ込んでいく。


「っ、速ぇ……!?」


 咄嗟に紅色の刃を構え、俺の斬撃を防御するヒエン。
 構わん。俺に人を斬りつける趣味は無い。


 本命は、柄から離した右手。
 この手でヒエンの体のどこか一部さえ掴んでしまえば……


「っ!」


 しかし、それは叶わなかった。
 目の前の紅刃から、大量の炎が吹き出した。
 俺は手を引き、全力で後方へと跳ねる。
 俺を捕らえそこねた炎の塊が、虚空に散る。


「フン、急に動きが良くなったな……それがテメェの魔剣の力か」


 ヒエンはそう言いながら、何かを警戒しているのか、その場に滞空。


「ところでテメェ、今俺様に何かしようとしたな……」
「……さぁな……」
「とぼけやがるか、まぁ良い。どぉやら、お前の『右手』、何か必殺の切り札カードがあると見たぜ」


 中々良い直感をしている。正確には右手に限った切り札では無いが。


「お」


 その時、俺の傍を通っていた炎のレールが虚空に溶ける様に消え始めた。


 どうやら、フレイムサーキットとやらの残存時間は1分くらいらしい。それでも充分脅威的だが。
 しかし、


「あぁん?」


 その現象に、ヒエンが何やら怪訝そうな声を上げる。


「……まぁ良い」


 何か気にかかる事がある様だが、今はそれを言及するまでも無いと判断したのか、また笑みを浮かべた。


「とにかく、万全を期すなら、その右手を触れさせなきゃ良いってだけの話だ」


 来るか、先程2回撃とうとして2回とも邪魔された、おそらく炎のロープによる中・遠距離攻撃。
 ブレイズカーニバなんちゃら。


 だが、イビルブースト適用状態の俺なら、躱せるはずだ。
 あの炎の足甲の移動速度よりスピードが少し増す程度の攻撃なら、充分に掻い潜れる。


「さぁてグレンジン、そろそろ温まって来たか?」


 不意に、ヒエンは己の持つ魔剣へと語りかけた。


「イエス、マスター。準備万端なのです」


 淡々と応える声。炎の魔剣グレンジンの声だ。


「んじゃ、小手調べは終わりだな」


 ああ、そういや最初に斬りかかって来た時にそんな事言ってたっけー……


 ってちょっと待て。
 小手調べって、軽く調子を見る的な意味の言葉だった様な気が……


「『これ』を使うにゃ、ちょっと慣らし運転が必要だったんでな」
「て事は……」
「こっからが本気の本気、超本気って奴だ」


 その魔剣、グレンジンの鋒が、真っ直ぐに俺へと向けられる。
 ヒエンの周囲で踊る炎が、渦を描き始めた。
 ここら一帯の気温が跳ね上がる。魚や鳥達が、一斉に避難を開始する。


 何かが、起きようとしている。その前兆である事は、充分に理解できた。


「俺様とグレンジンの『魔剣奥義』……とくと見やがれ」
「魔剣奥義……!?」


 ちょっと待て、それって……


「グレンジン、『魔剣融合ユニゾンフォール』」


 轟音が響き、炎の柱が、天高くまで舞い上がる。
 雲を貫き、太陽を掠めるのではないかと思える程、高く、遠くまで。


 柱は、すぐに崩壊を始めた。
 その柱の中から現れたヒエンの手に、あの魔剣は存在しない。
 全身には、皮膚と同化した様な紅色に輝く装甲。その装甲の色味は、あの魔剣の刃とほぼ同じ物。
 足には先程よりも一回り大きくなった炎の足甲。背面には、紅色の棘がいくつも連結して構成された様な外観の尻尾が生えている。


「『紅煉煌帝グレンカイザー』」


 大きく広げたその両手も、紅色の装甲で包まれていた。
 その鋭い指先から、炎が溢れる。
 触れた物全てを一瞬で塵として消し飛ばしてしまいそうな、紅い豪炎だ。


「2000℃を優に越える炎だ。触れたら最後、消し炭1つ残ると思うな」


 その炎を、ヒエンは己の全身に隙間無く纏わせる。
 あっという間に、人型の炎塊の完成だ。


「ちょ……」


 魔剣奥義とかユニゾンとか、聞きたい事が一気に溢れ出てきた訳だが、それどころじゃねぇ。


 アレじゃあ、例え接近できても触れられやしないじゃないか。
 触れようと手を伸ばしたって、ヒエンの肌に触れる前に、炎の鎧に焼き消されてしまう。
 つまり、魔力上限値拡張が、行えない。


「行くぜ、こっからが、決闘の本番だ」


 俺は今、勝機を見失った。
 そんな俺に対し、炎の塊が、拳を振りかぶって突っ込んできた。





コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品