異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

英雄inラーメン屋な行間

 月が見えなくなるのが早いか、太陽が昇るのが早いか。
 そんな深夜と早朝の狭間。


 街の路地裏には、当然の様に人気が無く、じめじめとした暗い空間が広がっている。
 そこに、ガタイの良い中年男性が入っていく。


 その中年は「イケメン」というより「ハンサム」と表現した方がしっくり来る顔立ちだ。
 ちょっと老け顔なせいで40代半ばくらいとも思えるが、実はまだ30ちょい過ぎくらいだったりする。
 中年自身、老けて見られる事にややコンプレックスを感じてはいるが、仕方無いと半ば諦観していた。


 彼はちょっとした有名人であり、普通に街中を歩けば、どこからともなくシャッター音が聞こえ、人垣が出来る。
 まるでアイドルの様な状態だ。
 まぁ彼の職業はアイドルとは大分異なるが、「有名になればなるほど国民的にチヤホヤされる」という意味では近縁職かも知れない。


「……相変わらず、荒んでいるな」


 不法投棄物や生ゴミで溢れかえり、野良猫達の寝床となっているこの路地裏。
 彼の様な華やかな舞台が似合う人間が足を踏み入れるのは、いささか場違いに感じられる。


 しかし、中年は歩き慣れた道の様に路地裏を突き進む。


 その先に、一軒のバーがある事を彼は知っている。
 そして、そのバーの店主が『裏の方』で高名な『魔導占星術師』である事も、彼は知っている。


「…………何だこれは」


 ……この先にあったのは、一軒のバーだったはずだ。


 気のせいだろうか、と中年は割と全力で目をこする。


「…………」


 何度見ても、目の前の建物の入口には「ら~めん」と書かれたのれんがかかっている。


「……あいつ、またいつもの『気まぐれ』か……」


 呆れた様につぶやき、中年はのれんを潜って店内へ。


「らっしゃい!」


 元気な女性の声が中年を出迎える。


「あれま、随分久しぶりじゃないのさ。『英雄』さん」


 店内には、カウンターの奥でがっつり自作ラーメンを食っている女性が1人だけ。
 中年の知る限り、ここにあったバーの店主だった女性だ。


「……茶化すな。それより何だこれは」


 以前のクラシックな雰囲気のバーは面影も無い、完全に薄汚れたラーメン屋と化した店内。
 壁には「不良達のアジトかよ」と思える程に大量の鉄パイプやら角材やら掛けられている。
 おそらくバーからラーメン屋へ変貌を遂げる際に邪魔になり、排出された残骸、と言った所だろう。


 一体何なんだこの逆に劇的なビフォーアフターは、と中年は眉をひそめている。


「ふふん、私の今期のブームはズバリ、ラーメン! 以上!」
「……気まぐれで行動するのも大概にしろ」
「女の気分は山の天気の様に移ろいやすく、そして勢いがあるのよ! 勢いに任せて突き進む! まさに漢道! 素敵!」
「女の気分を謳っておきながら、漢の道を進むのか」
「すごいでしょ?」
「…………」


 最早何も言うまい。中年は諦め、女性の正面にあたるカウンター席に座る。
 以前のバーの雰囲気が好みだったらしく、中年はやたら不機嫌そうだ。


「で、注文は?」
「……ジンライム」
「酒類はもうないわよ。ラーメン屋に移行する時に全部飲み干してやったわ」
「…………醤油ラーメン1つ。それと餃子だ」
「あいよ! はい、これコップ。そこのウーロンハイ、好き放題飲んでいいわよ」
「……酒類は飲み干したんじゃないのか」
「また仕入れて無いとは言ってないわ」
「というか、フリードリンクで酒を置くな。未成年が来店したらどうする気だ」
「いちいちウルサイ男ね」


 はいはいこれでいーんでござんしょー、と文句を言いながら、女性は水の入ったピッチャーを中年に突き出す。
 中年は深い溜息を吐きながら、取り替える様にウーロンハイ入りのピッチャーを女性へ渡した。


「大体、私の店は顔なじみしか来ないから、未成年なんて来やしないわよ」
「……貴様は商売をするための法律を勉強した方が良い」
「やぁよ面倒臭い」


 女性はようやく自分のラーメンを食い終わり、中年が注文したラーメンと餃子の調理に入る。


「それにさ、何が悲しくて『今更』法律なんて守るのよ。知ってるでしょ、私が前科百犯どころじゃないのは。……どっかの孤児みなしごさんと一緒でね」
「…………ふん」
「で、今日は何の用なのよ。S級冒険者になってから初めてじゃない? ここに来たの」
「……ああ、そうだな」


 中年は懐からかなり厚い茶封筒を取り出し、カウンターに置いた。


「……探して欲しい人物がいる」
「へぇ、こっちの用件は更に久しぶりね」


 女性は茶封筒を取り上げ、中身を軽く確認。「うん、申し分無し」とうなづき、それを懐へ。


 ……バーでこういうやり取りをしていたのなら、大分シリアスな雰囲気が出ただろう。
 ラーメン屋では、いささか滑稽なやり取りである。


「サービスよ。今のでラーメン代も払った事にしてあげる」
「そうか」
「で、誰? 私を頼るって事は、相当かくれんぼがお上手なんでしょうね」
「…………こ、だ」
「ん?」
「……『魔王の息子』だ」
「魔王の?」


 素っ頓狂な女性の声。


「魔王に息子なんていたの? 聞いた事ないわよ?」
「ああ。隠されていたし、唯一人間側でそれを知る俺が、誰にも話していないからな」
「何でまた」
「……くだらない『約束』だ」
「……ふぅん。まぁいいわ。流石に『魔王の息子』って情報以外に何の手がかりも無しじゃ、私でも見つけるのは時間かかるわよ」
「構わない。時間に余裕はあるからな」
「そ」


 了解了解、と適当に応じながら、女性は麺の湯切りを始める。


「今度は何企んでるか知らないけど、あんたは本当に面倒事が好きよね、ゲオル」
「……好きという訳では無い」


 俺はただ、自分がこうしたいと感じる事をしているだけだ。


 ゲオル・J・ギウスはそう言って、微かに笑った。





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