異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

白昼の強襲、な行間

「……!」


 その大男は、自分が設置した『魔法』の作動する感覚を気取った。
 そして、深く、重い溜息。


「……意外と、早かったな」


 少し寂しげに、大男はつぶやいた。


「どうなされました? 腰の具合が、好ましくないのですかな」


 大男の側近を務める初老の男が心配そうに問う。


「……それもあるが、……来てしまった様だ。予言されていた、『報いを受ける時』がな」
「…………! ……左様でございますか」


 全てを悟った様に、初老の男はうなづいた。


「……では」
「ああ。若い衆に伝えろ、敵が城に到達する前に、早急に城を捨て避難せよ、とな……」


 この日のために、脱出ルートは用意している。


「ここで報いを受けるのは、連鎖を生み出してしまった世代だけでいい」
「ふぇふぇふぇ……お供しましょう……我らが王よ」
「……すまないな」










 ヴァルダスという少年は、いわゆる『魔人』と呼ばれる人種である。
 日焼けがそのまま染み付いた様な褐色の肌。こめかみの辺りから生えた小さな角。虚空を撫でる黒い尻尾。
 実に魔人らしい魔人だ。


 彼はとある城の衛兵として働き始め、今年で3年目となる。


 そんなヴァルダスは今非常に焦っていた。


「お、おい、何の騒ぎっすか?」


 ヴァルダスの勤務先である巨城に、昨日までの平穏な空気は無い。


 城門前の広場に集まった衛兵達。
 ヴァルダスは同僚である彼らに現状を問う。


「詳しい情報はまだだ。だが……どうやら南の方で『警備魔導巨兵ガードマン・ゴーレム』が作動したらしい」
「!」


警備魔導巨兵ガードマン・ゴーレム』。魔力で動く警備用戦闘マシン達の名称だ。
 この城の周囲に広がる広大な森の中に、無数に設置されている。


 それが作動しているという事は、


「敵襲……!? こんな真昼間っから……」
「まぁ、慌てる事は無いだろ」
「ああ、作動したのはここからウン十キロと離れた地点だ」
「そうそう。一体何が起きてるのか、情報が上がってくるのを待って動いたって問題は……」
「み、皆様! 王様からの伝令でございます!」
「!」


 衛兵達の元へ、1人の若い執事が駆けてきて、そんな事を言った。
 その場にいた全員が耳を傾ける。


「信じられない命令ですが…王様が……全員この城を捨…」


 その時だった。


 城門が、開いた。
 正確に言えば、外側から掛けられた多大な圧力により、門戸が丸ごと吹き飛ばされた。


「なっ……」
「……『斬った』、つもりだったのだがな……剣を新調したせいか、加減が効かん」


 大型車両が全速力で突っ込んだ様な破壊跡を眺め、その男は溜息を吐いた。


 角や尻尾は無い、肌の色も魔人のそれとは違う。
 人間の中年。顔立ちはハンサム系で、マッチョと言う程では無いが良いガタイをしている。
 その手には、自身の身の丈程もある大剣。


「て、敵襲だ!」
「え、えぇ!? ウン十キロ先とか言う話はどうしたんすか!?」
「んな事言ってる場合じゃねぇだろヴァルダス! 戦闘準備だ!」


「……わかりきっていた事だが、やはり数は多いな」


 手早く済ませたい余り単騎で乗り込んだのは、少々判断ミスだったか……などと独り言をつぶやく中年。
 衛兵達が次々に臨戦態勢を取る中、中年はまるでそれが見えていないかの様な平静ぶりを見せる。


 敵が数十キロ先の地点にいた、という衛兵達にもたらされていた情報には、何も間違いは無い。


 ただ、中年の足が異常に疾かった、というだけ。
 数十キロの距離を、5分もあれば移動できる程の人外地味た瞬足。
 シンプルな事だ。ただただ、中年が常軌を逸しているという、それだけの事なのだ。


「……まぁいい。チームメイトが来る前に、『頭』を討って終わらせよう」


 人外じみた瞬足。
 怪物の様な腕力。
 超常物質で造られた大剣。


 不可解な魔法すら叩き潰す、理不尽な物理が振るわれる。




 中年の狙いは、ただ1つ。


 この城の、王の首だ。





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