とある離島のインペリアルボーイ

須方三城

10,幼馴染の秘密

 俺には、いわゆる幼馴染がいる。
 と言うか、この島の子供達は歳が近けりゃ大体幼馴染である。


 それでも、俺の歳……つまり高校生になると、皆本島へと旅立ってしまう。
 理由は簡単、この島には高校が無いし、皆本島での生活にちょっと憧れているから。


 まぁ、俺も本島には興味がある。
 移住すると言う発想は全く無いが、遊びに行く程度のノリならむしろ行ってみたい部類だ。
 だから別に皆の事を裏切り者だとかは思わない。
 少し寂しいが、何も俺以外1人残らず島を出てしまった訳では無いし。






 市役所に併設する形で設けられた小さな図書館、その読書スペース。
 隙間だらけの本棚に囲まれた長机。そこで俺は、島に残る唯一の同級生と対面する形で座っていた。


「で、俺はこの数日、色々と大変だった訳だ」
「……ふーん、世の中、色んな事があるものね」


 抑揚の無い声が、俺の話をそう結論付けた。


「相変わらずリアクション薄いな……」


 天然のウェーブがかかった柔らかそうな亜麻色の髪、細いフレームの眼鏡、そして見目麗しい仏頂面。
 この少女の名前は霊代たましろ悠葉ゆうは
 先も説明した通り、この島に唯一残っている俺の同い年の幼馴染である。


 美人に分類されるであろうその面は眺めていて飽きないのだが、いかんせん反応と表情が薄い。と言うかほぼ無い。
 今は本島に行っている男友達が、コイツの事を「鋼鉄の女アイアンメイデン」と呼んでいたのも無理は無い事だと思う。


「まぁ、私はクールビューティだから」
「クールはともかく、ビューティとか自分で言うなよ……」
「間違ってる?」
「そういう問題じゃなくてな……」
「間違ってないなら、問題無い」


 なんつぅか、こう、本当に心底美人でも、自分で美人アピールされると萎える。
 この複雑な男心をわかっていただきたいものだが、どう伝えればわかっていただけるだろうか。


 ちなみに、今の「色んな事があるものね」と言うすごく雑なコメントで片付けられた話題は、龍宮帝国やら未来の世界やらのお話である。
 今、向こうの方で本を物色中の甲冑女騎士と黒い人間大ロボットについて「あれ、何?」と聞かれたのでわざわざ説明してやったと言うのに、その程度のリアクションだ。


 別に信じていないから適当なリアクション、って訳では無いだろう。
 こいつは俺が嘘吐いたらすぐに見抜くし、逆もちゃんとわかってくれる。


「ってか、俺、生命狙われてるんだけど……もうちょっと心配とかすべきなんじゃないか? クールビューティな幼馴染1号」
「……そうね、あんたがいなくなると寂しい事もあるかも知れない。私のためにせいぜい頑張りなさい。生命を狙われてる幼馴染1号」


 ……俺と悠葉は、お互いがオムツを履いている頃からの付き合いだ。
 そのせいか、こいつに取って俺は「その辺にいて当然のモノ」と言う認識なのだろう、度々扱いが酷い時がある。


『この時代の蔵書は僕の時代には残っていない、もしくは入手・閲覧が困難になっているモノが多いので、物色していて飽きませんね』


 そんな事を言いながら、BJ3号機が大量の本を抱えて帰って来た。
 図鑑やら伝奇小説やら科学読本やらレシピ本、とにかく雑多だ。


「当然ながら、龍宮帝国には無い本ばかりです」


 そんな事を言いながら、トゥルティさんも数冊の本を抱いて帰って来た。
 俺の記憶が確かなら、その胸に抱かれた本はどれも「幼気な少年」が主人公の児童文学のタイトルだ。


 まぁ、何だ、2人とも楽しそうで何よりだ。


「……で、悠葉、そろそろ本題に入れよ」


 こいつが用も無く俺を呼び出す時は、大抵遊ぶ時。
 その場合、図書館などでは無く公園やゲーセン、もしくは自宅に呼びつけるはずだ。


 図書館ここでの待ち合わせの時は、必ず……


「そうね、こういう取引は、さっさと済ませた方が良い」


 そう言って、悠葉が机の上に置いたモノ。
 それは銀色のコイン……100円玉である。


「毎度あり」


 俺は持ってきておいたエコバッグから、高校の課題プリントを突っ込んだクリアファイルを取り出し、差し出された100円玉の隣りに置く。
 お互いがお互いに差し出したモノを受け取り、取引は終了である。


 ……そう、要するに、こいつは「高校の課題を写させろ」と言う用件で俺を図書館ここへ呼び出したのだ。
 クールビューティで眼鏡のくせに、こいつの成績は俺にすら及ばない。
 勉強のできないクールビューティである。


 ちなみに、スマホで答えを調べるのは面倒臭いとの事。
 別に俺としては報酬なしでも見せてやって良いとは言っているのだが、「それは癪」と言う悠葉の謎のプライドにより、こういう取引を行う様になった。


「いつもありがとう。じゃあ、すぐに写すから、適当に読書でもしてなさい」
「……まぁ、別にゆっくりで良いぞ」


 俺の両隣に座ってる女騎士とアンドロイドは、しばらく腰を上げるつもりが無い様だし、俺もたまには活字に触れといた方が良いだろう。
 さて……とりあえず、挿絵が多そうなファンタジー系の奴を探してこよう。






 島を覆う空が夕暮れに染まる頃。
 悠葉は1人、海を見下ろせる高台に来ていた。


 悠葉のお気に入りの場所だ。
 景色は美しく、潮風は心地良い。
 そして、ここから見えるあのコンクリートの橋。彼女の幼馴染……鋼助があそこで釣りを楽しむ姿も、眺める事ができる。
 今日はまだ来ていない様だ。


「……良い夕日……」


 静かにそうつぶやき、悠葉は木製のベンチに腰を下ろす。


 ふと、眼鏡の端に汚れが付いている事に気付いた。
 悠葉はカバンから、ナプキンタイプの眼鏡クリーナーを取り出す。ピンク生地の派手なクリーナーだ。


 当然、悠葉が自分の趣味で買ったモノでは無い。
 鋼助が、先日誕生日プレゼントとしてくれたモノだ。
「一応女の端くれなんだから、いい加減シャツ捲り上げて裾で眼鏡拭くのやめれ」との事。
 ちなみに購入費用は彼女が今までに支払った課題料でまかなったそうで、そういう訳だから変な遠慮は要らない、とも言っていた。


 相変わらず手触りが良い。
 きっと、無駄に高い奴を買ってくれたんだろう、と悠葉は少しだけ口の端をほころばせる。


 眼鏡を拭いながら、考える。
 考えるのは、件の幼馴染の事。


「……トゥルティ・マリーヌ……」


 その名前は、幼馴染の身を守るためにやって来たと言う美人女騎士の名。


「……危険……」


 あの女騎士の存在は、危険だ。


 思春期の少年の家に、あんな美人で大人な女性が居候してるなんて、危ない。
 しかもあの女騎士、鋼助の事を様付けで呼んでいた。
 騎士としての忠義がどうのとかも言っていた。


 生命を狙われる少年と、それを守る忠義の女騎士……しかも少年は思春期で、女騎士は美人。いつフラグが建ってもおかしくない。むしろフラグ乱立して然るべき状況だろう。
 鋼助があの女騎士に心奪われるのは時間の問題。


 鋼助は特別ではない、ごく普通の高校生……一度恋心に火がつき、その先を目指せば……エロスには抗えないだろう。不意に魔が差し、皇子と言う立場とあの女騎士の忠誠心を利用して、あーれーな事を強要してしまうかも知れない。


 それで良いの? 良い訳無い。
 だって悠葉は、ずっと鋼助を恋愛感情的なモノを含んだ目で見ていたんだ。ストーキング行為にまで発展しかかったのをどうにか必死に堪えるくらいにはそういう目で見ていた。
 彼への気の無い素振りは全て演技、素直になれない乙女心と言う奴だった。


 シャツを捲り上げて眼鏡を拭ってたのも、逐一へそを見せつけて意識させるための地道な作戦だった。こっちから仕掛けるのは難しいから、向こうから来てもらうためのアプローチ。
 他にも色々、鋼助へのさり気ないアプローチは山程してきた。


 鋼助と同じ通信制高校を選んだのだって、鋼助と一緒にこの島で暮らし続けるためだ。悠葉は鋼助と共に鉄軒家の酒屋を継ぐ覚悟もできている。小学校3年くらいの時にはもう覚悟を決めていた。


 悠葉が初めて鋼助を異性として意識したのは、幼稚園生の時。
 つまりは、もう10年越しの片思いなのだ。
 それなのに、ポッと出の女騎士に鋼助を奪われるなど、冗談では無い。


 ならば、どうするか。


 奪われる前に告白……なんてできる度胸があればとっくにやっている。
 幼馴染として築いて来たモノを失うリスクを背負う勇気は、無いのだ。


 そんな悠葉が思いついた手段は……


「…………『ウディム』……」


 風は弱い。
 なのに、その風量に見合わない量の木々のザワめきが起きる。


『……あは……そっちから声をかけてくれるのは初めてだね、姫様』


 ザワめきと共に、声が響く。
 人のそれとは明らかに違う、不可思議な声。


 悠葉はその声を聞きながら、静かに眼鏡をかけ直し、丁寧な挙動でクリーナーを畳む。


「あなたの言っていた通りになってた。鋼助が、生命を狙われてる」


 悠葉の言葉に、ザワめきが微かに笑う。


『ついに、ウディムの力が必要になる時が来たんだね、姫様』
「うん」


 少しだけ溜めて、悠葉は口を開いた。


「鋼助を守るため、そして『取り戻す』ために、あなたの力を借りたい」


 その言葉に応える様に、木々のザワめきが大きくなる。


『イエス、愛しの姫君マイプリンセス。この聖風妖精セントブレス・ウディムが、あなたの想いに答えるよ』



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