拷問部屋とヘタレと私

須方三城

最終日。ドラマティックには終わらない。

「……むぅ……?」


 外ではすっかり陽が登っているだろう頃。
 エミリナのソファーベッドの上、ようやくギルエスは目を覚ました。


「あ、目が覚めた? おはよ、ギッさん」
「あ、ああ? おはようエミリナ・スカーレット。……と言うか、ん? 俺はいつの間にここに……お前に用があってここに向かっていたのは覚えているんだが……」
「……そのリアクション、私の裸と初見ムッチンの衝撃は同レベルって事ですかい」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん。別に良いけどさ。何かこう、釈然としないだけだよ。うん」


 まぁ、仕方無い。ギルエスだもの。
 それに、あれだけ出血しといて僅かな記憶障害のみで済んでいるんだ。それだけでも良しとしておく。


「ところで、用って私に? 何かあったの?」
「あ、あぁ。実は、ついさっきお前の調書が上がってな」
「!」
「……すまない。まさか、本当にフリーのスパイだったとは……」
「あ、ううん。別に良いよ。ギッさんの取り調べ、全然辛くなかったし」
「そ、そうか……」


 ニッコリ良い笑顔でそう言われると、ギルエス的には複雑なモノがある。


「あ…と言うかその……一つ、重要な質問よろしいでしょうか」
「何だ? 急に改まって」
「そのー……私が何の重要情報も持ってないフリーのスパイだって判明して、拷問する意味とか無くなった訳ですがー……近い内にお国に返されちゃう感じですかね?」
「まぁ、そうなるだろう。色々と制約や軽い罰則を与える事になるだろうが、別施設への移送が必要なケースでは無い。手続きがトントンで進めば明日には強制送還が決まるはずだ」
「あー……ですよねー……」


 風呂場で懸念していた通りだ。


「うわー……しかも明日って……思ってたより早い」


 役所とかの仕事は遅いくせに、何でこう言うのだけは手早いのだろうか。


「……? 何だそのリアクションは。まるでここから出たくないと言わんばかりじゃないか」
「そりゃそうだよギッさん。ギッさんはどれだけ私をぬくぬく生活させてきたか自覚してないの? 私としてはもう老いくたばるまで責任持って養ってもらいたい所存だよ?」


 捕虜とは名ばかりの一方的に与えられ続ける生活を一〇日近く。
 こんな夢の様な環境を覚えさせられてからの釈放なんて、気分的には追放だ。


「……まぁ、調書でのお前…いや、君の生活を見た感じ、ここの方がいくらかマシなのは理解するが……」
「え!? って事は養ってくれるの!?」
「養いません」
「そんなッ! 今ならムッチンも付いて来るのに!? ほら見て! あそこで可愛いトグロを巻いておやすみ中のムッチンが付いて来るんですよ奥さん! やだお得!」
「誰が奥さんだ。と言うかその条件ならリアルガチに死んでもお断りだが?」
「うぬぅ……殺生なり……ぐはっ」
「全く……」


 やれやれ、とギルエスは溜息。


「……と、まぁ、冗談はこのくらいにしますかね」
「冗談だったにしては目がマジだったが?」
「いやいや、マジで冗談だよ? 演技力演技力。いくら私でも、ギッさんが私と暮らし始めたらどんな悲劇が起こるかは理解してるから。多分失血死は免れないよギッさん」
「俺に何する気なの!?」
「私がどうこうって言うより、ギッさんサイドの問題だけどね」


 現に、数時間前。ギルエスはエミリナの全裸を見ただけで「これ死ぬくない?」と心配になるレベルの出血をかました。
 本人は記憶が飛んでいる様だが。


 共に生活をしていれば、全裸は希でもそこそこ刺激的な姿を見せる機会は多いだろう。特にエミリナの様な自堕落な人間なら。
 その辺はきっちり自覚している。その自堕落さを直す気も直せる気もしないのが最大の問題だ。


「昨日までは最悪恨めしエミにゃんを仄めかしてでも養ってもらおうとか思ってたけど……うん。あの血の量は本当に引いた。流石にギッさんの生命を犠牲にはしたくない」
「なぁ、頼む。一人で納得してないで俺にもわかる様に言ってくれ。よくわからん文中に自分の生命に関する記述があるとすごく不安」
「駄目。多分ギッさんは思い出しただけで死ぬと思う」
「もう何!? 恐い! 本当に恐いッ! 俺が知らない所で俺の生死について何があったの!? ねぇ!?」
「……ははっ……」
「遠くを見て笑うなァーッ! もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 不安で眠れなくなるからやめろ、そう言う態度!」
「まぁ、とにかくさ。私も頑張るよ。ギッさん見てると、何か結構どうにかなりそうな気もするし」
「はぁ……? 今度はどう言う意味だ?」
「ギッさん前に言ってたじゃん。努力と労力はほんにゃらら」
「ああ、それか…って大事な所が響いてねぇーッ!」


 冗談だ。エミリナもきちんと覚えている。


 努力と労力は、決して人を裏切らない。


 その信条に従って、ギルエスは拷問吏として頑張って来たと言っていた。
 そして、過程はどうあれ、きちんと拷問吏として結果は出しているそうだ。


「ギッさんみたいなヘタレでも、精一杯頑張れば拷問吏としてやっていけるんだもん。それ考えたら、私が普通に生きていくなんて余裕かなって」
「……やんわりと激しくディスられているのは気のせいか?」
「感謝もしてるよ?」
「も!? もと言ったな今! 泣くぞ!?」
「あっはっはっはっはっは」
「景気良く笑うなッ!」
「………………」
「うおっ、急に落ち着くな! もう! 君まで俺を玩具にするのか!? 俺の周りの人間はこんなんばっかか!?」
「泣かない泣かない」
「まだ泣いてないしッ!」


 ギルエスのおかげで、ここから出る事に前向きになれた事は事実だ。
 ただ、ギルエスともう会えないかもと思うと、少し寂しいかも知れない。そんな事を、エミリナは考えてしまう。


「……人をどこまでも馬鹿にして……もう良い。良くないけど。とにかく、アレだ。この話は一旦終わりだ。俺がここに来た用件を済ませるぞ」
「ああ、うん。そう言えばそう言う話だったね」
「まず、君の身柄を上の施設の部屋に移す。不必要にこんな部屋に閉じ込めておくのは人道に反する」
「割と快適だけどねここ」
「あと、今の内に俺の連絡先も渡しておく。明日はバタついてそれ所じゃないかも知れんからな」
「ほぇ?」


 そう言うと、ギルエスは愛用の小ぶりで小洒落た手帳を取り出し、サラサラっと何かを書き始めた。
 今言った通り、連絡先を書いているのだろう。


「何で連絡先……?」
「俺は君に謝罪すべき事がある。それをこんな形で、なぁなぁと済ませるつもりは無い」
「まだ気にしてたんだ……」


 本当、生真面目な男と言うか、気が小さい男と言うか……


「もしも、生活に困ったら連絡しろ。缶詰一式や日用消耗品くらいは送ってやる」
「おー! ありがとギッさん」


 割とガチで助かる提案だ。


「にしても、何だかんだ言って面倒見てくれるんだねー。ギッさんさては結構私の事が好きですな?」
「…………………………」
「わー! 冗談冗談! 大人しくかつ有り難く拝領するから破っちゃいやん!」
「……全く。その軽口も、少しは直す事だ。口は禍いの元と言うぞ」
「はーい。でも、本当に良いの? ギッさん。多分私、めっちゃ頼るよ?」
「俺は若輩者だ。やれる事も言える事も然程多くはない。自分がこうすべきだと思った中で、できる事をできるだけやろうと言うだけだ」


 エミリナへの補助も、ただその「こうすべきと思った事」の中の「できる事」と言う事らしい。


「それと一つ、お節介な助言もしておこう。スタンスを押し付けるつもりは無いが、君も自分がしたいと思った事をできるだけやってみると良い」
「努力と労力は決して人を裏切らないから?」
「! そうだ。何だ、ちゃんと覚えていたんじゃないか。全く」


 改めて言い直そうとして損した、とギルエスは軽く笑った。


「頑張れよ、エミリナ。奇妙な縁ではあるが、これから俺は、友人として君を応援している」
「うん。よろしくね、ギッさん」




 こうして、エミリナの悠々自適な拷問部屋生活は終わりを迎えたのだった。










 ……が、数日後。
 アビスプリズン地下拷問部屋。


「…………で、君は…いや、お前は何故、またここにいるのかな?」


 頭を抱えたギルエスの前、拘束され鉄椅子に座らされているのは、懐かしいスパイ装束姿のエミリナ。
 そして、彼女の膝の上には巨大ムカデのムッチン。


「初志貫徹って事でスパイとして頑張ってみたけど、またドジっちゃった。てへぺろっ☆」
「ギパペロッ☆」
「……………………」
「どうにか自分なり頑張ってバレない様にやったつもりなんだけどねー。これまたあっさりと」
「……お前……その方面の努力は今すぐやめろ。無意味だ」
「えぇッ!? まさかの諦めろ宣言!? どうしたのギッさん! 何でも頑張れ主義じゃなかったの!? 壮絶な掌ジャイロ返し!?」
「ジャイロギパパ!?」
「あのな……お前はまだフリーランスのスパイだよな?」
「うん」


 エミリナがここを出てまだ数日。そんなすぐに雇われ者になれる程、スパイ業界は甘くない。当然の話だ。


「だのにここにいるって事は、また国家機密クラスの事柄に手を出したな?」
「うん。今回は外務大臣さんの周辺を少々」
「馬鹿か!? ああもう馬鹿なのか!? 今のお前はキャッチャーが外野フライを取りに行こうと努力している様なモノだぞ!?」


 キャッチャーなら他に努力すべき事があるだろう。外野フライは外野の人間に任せるべきだ。


 エミリナはまず、自分の役柄とその役のすべき事の認識がズレ過ぎている。


「自分のすべき事に適していない努力が身を結ぶか! もう馬鹿な子!」


 そんなに国家機密をすっぱ抜きたいなら、潜入前にまずはパトロンを探すなり、国に雇われるくらいの実力を付けると言った努力をすべきなのだ。
 潜入後に個人レベルで頑張っている時点で、壮絶に努力すべき点がズレている。


「酷いッ! そんな正論を振りかざさないで!」
「正論ギパパ! ムカデ馬鹿ギパパパ!」
 ※正論はやめたけで! この子、ムカデの私から見ても馬鹿なの!
「えぇい黙れ! こうなったら拘留期間いっぱい使って徹底的にお説教だ! 必ずやまともな方向にモノ考え出来る人間にしてやる!」
「えー……まぁ良いけど、私のソファーとかテレビは? あとお腹空いたからまず御飯が欲しい」
「水槽ギパパ? 飯ギパパ」
 ※私の寝床は? あと私もお腹空いたから御飯。
「後で全部持ってきてやるから、まずは大人しく俺の話を聞け馬鹿ァァアアアア!」


 ギルエスとエミリナの関係はまだまだ末永く続いていく事になるのだが、それはまた別のお話。



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