拷問部屋とヘタレと私

須方三城

八日目。満月が登って……

 アビスプリズンは二四時間、常に特務刑務官が常駐している。
 本日の深夜勤はギルエス。


 あと数分程で日付が変わると言う時間帯。
 アビスプリズンの休憩室にて、ギルエスは一人タブレットを操作していた。
 その画面にはとあるショッピングサイトの『誠意が激しく伝わる粗品ランキング』と言うページが表示されている。


「ふむふむ……」


 ギルエスは大きな指で画面をスクロールしていく。


 彼は今、とある女性へ送る詫びの品を選定している所だ。
 そのとある女性とは、彼の拷問対象エミリナ・スカーレット。


 ムッチンのせいでなぁなぁになってしまったが、やはり先日の件はきっちり謝罪はすべきだとギルエスは判断。
 偉大なるアーリン先輩に謝罪方法についてアドバイスを仰いだ所、「まぁ、誠意はモノで示してナンボだろ」との事。


「『ハラキリ堂のカップクくんサブレ』か」


 やはり菓子類が堅いか。とギルエスはランキング内でも菓子折り系の商品をチェックしていく。


「おやおや、何か腹でも切らねばならん事をしたのでせうか?」
「どぅううぉ!?」


 突如、ギルエスの耳元で女性の囁き。
 いきなりの出来事に、ギルエスの巨体がベンチごと跳ねた。


「ひ、ひぁ、ば、お、おま、お前は……」
「どうも。皆大好き諜報部員。影犬カゲイヌです」


 いつの間にかギルエスの背後に立っていたのは、一風変わったデザインの和装を身に纏った若い女性。
 和装は和装なのだが、布が遊んでいる場所が無い。少しタイトな印象を受ける。動きやすさを重視している感じだ。野良着用のそれに近い。
 それは極東の島国に置ける由緒正しき歴史ある諜報員の装束、いわゆる忍者装束と言う奴だ。外国人が見たら高確率でテンション上がる奴。


「ま、またお前は……!」


 ギルエスは、このくノ一スタイルで薄笑いを浮かべる女性を知っている。


 コードネーム『影犬カゲイヌ』。
 本名、年齢、出自等一切不明。外見的特徴は大体東洋系のそれだが、当然何人なのかも不明。
 はっきりしているのは、ギルエスの住むこの国に雇われている凄腕の諜報員と言う事だけ。


「毎度毎度、何故いきなり現れるんだ!? なぁ!? 俺の心臓に何か恨みでも!?」
「やれやれ。何を涙目で憤慨しているんですかギルエス氏。私はお仕事をしているだけでせうに」
「俺の背後を奇襲するのが諜報部員の仕事か!?」
「ノンノン。当然、ちゃんとお渡しする物があって会いに来た次第」


 影犬はおもむろに自身の胸元に手を突っ込む。
 そしてどう言う訳か、明らかにそのスペースには収まり切らないだろうA4サイズの紙束を引っ張り出した。


「ギルエス氏の拷問対象、その身辺調査報告書です」
「……相変わらず、どうなっているんだその胸元……」
「おやおやおや。ギルエス氏、私の谷間に興味が? いやんエッチんぬ」
「ち、ちちちちち違うわッ! と言うか、調書これに関しても何度も言ってるだろうが! まず俺ではなく補佐に預けてくれと! 泣きながら頼んだよなこの前!?」
「ぶっちゃけ、それでは面白くないでせう」
「仕事ぉぉぉぉ! これ仕事だろぉぉぉぉ!? 面白みを求めるな!」
「……………………」
「返事は!?」


 全く……! とプンスカしつつも、ギルエスはきっちり調書を受け取る。


「しかし……お前が調査に当たっていたにしては、えらく時間がかかったな」


 影犬はかなりの凄腕だ。
 普通の諜報員では一週間前後かかる仕事も、彼女なら二日もあればこなしてしまう。


 今回はエミリナの収監からもう一週間が経過し、ギルエスも「今回は奴じゃないのか。良かった」と安堵していた矢先にこれだ。


「まぁ、何と言いませうか…ぶっちゃけ、私としても今回のケースは少々レアだったモノで。一応念入りに調査を」
「……レアだと?」
「はい。読んでもらえればわかります」
「…………………………」


 ギルエスは緊張した面持ちで束の一ページ目、表紙をめくる。
 すると、


「ッッッッッ!!!?!?!??!?!?」
「おや、これは失敬。私とした事が、誤って蝉の裏側を拡大コピーした画像を貼り付けてしまっていた様です」
「お、ぉば、ああぁああばぁぁ!?」
「『お前、絶対わざとやっただろ』? はて、何の事やら。さっさと次のページに行ってください」


 影犬に急かされ、半泣きのギルエスは恐る恐るページをめくる。


 二枚目は、きちんとしたレポートになっていた。


「…………………………、! なっ…………!」


 その内容は、要約すると、こうだ。




 エミリナ・スカーレット。二一歳。
 いわゆる『ポストベビー』であり、特別認可児童養護施設スカーレット・ホームで新生児期から義務教育課程修了までの期間を過ごしていた。
 施設を出てからはハイスクールへ進学せず、フリーターとしてその日暮らしをしていた模様。
 先月の始めにコールセンターのアルバイトを自主退職。以後求職していた痕跡は無し。我が国へは観光を目的として入国した事になっている。
 人脈については、友人ごく少数。恋人等は存在した形跡すら無し。施設の人間とも年一度の定期連絡以外で連絡を取っていない。


 そして重要事項。
 国務に就く人間や裏社会の人間との交流は、一切確認『出来なかった』。


 彼女の細かな情報を洗った所。レンタルディスク店の利用記録から、コールセンターを退職する直前より『女スパイが華麗に活躍する』主旨の映画作品やアニメーション作品を頻繁にレンタルしている事が判明。
 加えて、自宅アパートを捜索した結果。ゴミ溜めと見間違う様な室内から、阿呆みたいに薄ら寒いスパイもどき養成教材も多数発見。


 担当諜報員は以上の事を踏まえ、ゴミ溜めの主エミリナ・スカーレットは『何の技能もツテも持っていない癖にスパイを自称し、国家機密クラスの情報を狙った阿呆な一般人』である可能性が非常に高いと結論付ける。と言うか、こちらとしてはほぼそう断定している。
 よって、これを確定させるための尋問をこの阿呆に行う様、担当刑務官ギルエス・ブルーブロッド氏に推奨する旨である。




「……ねぇ? こんなの、意地になって滅茶苦茶調べまくるに決まってるじゃないですか」


 エミリナはどれだけ調べても、完全な一般人。
 影犬は当初「ほほう。私ですら全く尻尾を掴めないとは面白い。絶対に掴んで引き千切ってやりませう」とワクワクしていた。
 そして一週間。徹底的に調べ尽くして気付いた。


 あ、これ掴む尻尾が無いパターンだ。と。


「いやはや。どこの世界も阿呆は恐ろしいですな」
「少し予想はしていたが……マジのド阿呆だったか……全く」
「おや、何処へ?」
「決まっている。エミリナ・スカーレットの所だ」


 エミリナは国に仇なすスパイなんぞでは無い。
 ただのお騒がせ阿呆女。お説教と罰金と強制送還が妥当な処置だ。


 それがわかった以上、彼女を拷問部屋に監禁などしていて良いはずが無い。
 諸々の手続きや口封じのための措置等があるので、今すぐ釈放と言うのは難しいが……とりあえず宿直用の部屋にでも移そう。


 やれやれだ。だが、良かった。
 もう、か弱い女性を苦しめる(全然苦しんでないけど)必要は無くなり、ムッチンともお別れできる。


 ギルエスは呆れと安堵の溜息を吐き、エミリナの元へと向か…


「…………………………」


 どうしよう。対ムッチン用の喧シスターがいない。
 あとで夜食を持ってくる、的なメッセージは来ていたが……


 ……待つしかない、とギルエスが踵を返すと、


「おや、どうしました? 私と戯れたいのでせうか? やぶさかではありませんよ」


 胸元に手を突っ込み、色々取り出そうと構えている影犬の姿が。


「…………………………」


 こいつに弄り倒されるよりは、ムッチンに押し倒される方がマシか。


 ギルエスは再度踵を返し、真っ直ぐにエミリナの元へ向かった。




 その時、自分の足元でとてつもない異変が起きているなどとは知らずに。








「来たァ」


 昨日替えたばかりの新品の蛍光灯が喧しく照らす部屋の中、スキンヘッドの髭男が口角を裂き上げる。
 比喩抜きで、その口角はどんどん、留まる事なく裂けて行く。


「ヴォホ、ホハ、ハハハハハハハハハァ!」


 頬が裂ける痛みに叫び悶え喜ぶ様に、髭男は大声で笑い続ける。


 変化は続く。


 今度は、髭男の毛穴と言う毛穴から、灰色の細い何かが這いずり出始めた。
 それは、毛だ。針金の様な剛毛。


「ヴォホホ! こ、りゅああ、予想以上、ダァ!」


 朽木が砕ける様な音を伴って、骨格が激しく変形。髭男のシルエットがどんどん人のそれからかけ離れていく。


「ッッッ~~~~……ブハァッ!」


 変化が始まってから僅か一分弱。
 髭男が座っていたその鉄椅子に腰掛けていたのは、灰色の『獣』だった。


「……さァて……」


 獣は、静かに笑い続ける。


「んじゃま、お家に帰らせていただこォかァ?」


 獣は椅子から飛び降り、部屋の出入り口へと向かう。


「……ん?」


 その時、獣は遠くに香るある匂いを感じ取った。


「……良ィね…俺好みの『良ィ女』の匂いがしやがる」


 同じ地下空間のどこかに、自分好みの牝がいる。
 それも遠くは無い。おそらく、隣りの拷問部屋か。


「寄り道、決定だなァオラァ」













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