拷問部屋とヘタレと私

須方三城

六日目。たまに現実は人智を超えてくる。

 朝。ギルエスは和テイストな朝食一式が乗ったトレイを手に、地下へ続く階段を下りていた。


 階段を下りきると、少し開けた空間に向き合う形で二つの扉がある。
 一つはエミリナ・スカーレットに取り調べ…もとい拷問を行うための拷問部屋。もう一つは、三点バス式の浴室。


 ギルエスは拷問部屋の扉の前に向かい、そして立ち止まった。


「……………………」


 ご覧の通り、ギルエスはエミリナに朝食を持って来た訳だ。
 何だかんだもう六日目。レパートリーが一周したのか、二日目と同じ和風膳。
 そろそろ、この食事運搬作業も「いつも通りの作業」と表現して良い頃合だろう。


 ただ、今日はいつも通りとは行かない事情があった。


「……ま、まずは改めて謝罪……それから……」


 昨晩、ギルエスは不用意にエミリナの辛いだろう過去を引きずり出してしまった。
 まぁ、相手は捕虜でギルエスは拷問吏。普通なら気に病む必要なんて無いのだが、ギルエスは今日もギルエス。
 相手が捕虜なら人じゃないんだ! なんて思考は死んでも出来ない訳である。


 結局、一晩中悩み、とにかくまずは朝一で謝り直そうと言う結論に達した。


 昨晩は「俺はなんて惨い事を……!」と言う自責の念から非常に取り乱してしまい、まともな精神状態での謝罪はできなかった。
 落ち着きを取り戻した今、改めてきちんと謝罪をすべきだろう。


「よし……」


 一晩かけて考えた謝罪の言葉を反芻し、息を整えて、扉を開けようとした…が、


「いや……でも待てよ……」


 ここに来て、ギルエスは重大な事に気付いてしまう。


 その謝罪は、またしても彼女に過去を思い出させるキッカケになりはしないだろうか。
 ここは、何食わぬ感じで接した方が良いのでは無いか?


「ぬッ……」


 でも、酷い事をしたのに謝らないのは人としてどうなんだ。
 でもでも、人の過去を何度もほじくり返すのはどうなんだ。


 ギルエスは扉の取っ手に手を伸ばす途中でフリーズしてしまう。


「あ、ギッさんだ」
「どっほぉう!?」


 と、ここで背後から声。


 ギルエスは完全に不意を突かれ、その場で膝からストーン! と崩れ落ちてしまう。
 かろうじて、エミリナの朝食はこぼさずに耐えた。


「ひ、ひば、あひゃ、ば、え、エミリナ・スカーレット……!?」
「うん。いかにも。朝風呂でほっかほかのエミにゃんです。おはよ、ギッさん」


 ギルエスが振り返ると、タオルで髪の水気を取っている最中のエミリナがいた。
 浴室でシャワータイムだったらしい。そして今まさに入浴を終え着替えたばかりなのだろう。囚人服から覗く肌は火照り、薄らと赤味を帯びていた。先の報告通り、ほっかほかのご様子だ。


「にしても綺麗に崩れましたな。驚かせてごめんに」
「い、いや、構わな……………………………………」


 と、ここでギルエスはまたしてもフリーズ。


 その理由は、エミリナの足元で蠢いていたとある生物の存在に気付いたから。


「ギパッ」


 奇っ怪な鳴き声を上げ、頭をもたげたその黒くて長くて太い生き物は、どう見ても……ムカデ。
 推定全長五〇センチ超。パッと見、一般的なテレビのリモコンより太くて厚い。
 今にもビックリ映像一〇〇連発的なテレビ番組に取り上げられそうなムカデだ。


「ッ――――――――」


 人間の耳では認識できない高周波の悲鳴をあげ、ギルエスは朝食の乗ったトレイを天井に叩きつけた。










「……ん? 俺は一体何を……」


 意識が戻ったギルエスが、ゆっくりと瞼を開ける。
 まず目に入ったのは、安物の蛍光灯の光。


「お、起きた?」


 ニュッと、見慣れた金髪美女の顔が視界に入ってきた。
 エミリナだ。「よかったー」と何やら嬉しそうに微笑んでいる。


「え、エミリナ・スカーレット? 俺は一体……?」


 朝起きて、ベッドを出てからの記憶が曖昧だ。


 エミリナがいる、と言う事は、ここはアビスプリズン。それも拷問部屋だろう。
 ギルエスはゆっくりと上体を起こし、状況を確認してみる。


 確かに、ここはエミリナを監禁している拷問部屋。
 そしてギルエスは、リクライニングを限界まで倒してベッドモードに以降したシングルソファーに寝かされていた。


「もー。私の御飯をぶん投げたかと思ったらいきなりビターンッ! ってブッ倒れたら本気でビックリしたよー……」
「え、あ、あぁ? お、俺はいつの間に出勤していたんだ……?」
「あれ、もしかして少し記憶飛んでる? そんなにムッチンが衝撃的だった?」
「むっちん?」
「あの子」


 そう言って、エミリナが指差したのは部屋の隅。
 そこにはギャパ奈が置いていった水槽がある。そしてその水槽の中で……


「ッ」


 常軌を逸した巨大ムカデが、トグロを巻いて佇んでいた。


「あ、ぁあば、あば!? あばうば!? べばぼぁッ!?」
「ごめんギッさん。激しく動揺してるのはわかるけど、何を言ってるかはわからない」
「ギパ?」


 ん? 何騒いでるの? と言わんばかりに、ムカデがのそのそと動き始めた。
 ゆっくりと身体を伸ばし、その無数の足をワソワソと動かして水槽の淵から這い出てくる。


「あばァアアアアアアアアアアアアアア!?」


 ギルエスはソファーの上で軽快に跳ね、その勢いのままエミリナの背後へと隠れた。


「おぁば、ばばばば!? ごぼぼひぇああぁぁ!?」
 ※ムカデ!? ムカデ何で!? って言うか出て来たこっち来たオギャアアァァアアア!? と激しく取り乱しています。
「うぉうぉうおうおう。ギッさん落ち着いて。あと揺らさないでっておうおうおう」


 子供ならまだしも、ギルエスの様な大男に片足を抱きしめられて揺すられると、エミリアはもう振り回されるがままになってしまう。


「ひ、ひーッ…ひーッ……ぉ、おいエミリナ・しゅ、スカーレットッ……! あ、あの化物ムカデは一体……!?」
「だからムッチンだってば。ギャパ奈ちゃんが持って来たムカデの大群が、何かケミストリー起こして合体したみたい」
「ムカデの何がどう化学反応したら合体して巨大化するんだッ!?」
「いや、私も適当に予想つけただけだから知らないけど……まぁでも、そんなに怯えなくても良いよ。良い子だから」
「良い子ォ!? はぁ!?」
「うん」


 見ててね、とエミリナは静かに息を吸い。


「へいムッチン! ステンバイ、ムッチンのテーマ! AreアーYouユーReadyレイディ!?」
「ギパッ!」


 エミリナが号令と同時に手を叩くと、ムッチンと呼ばれていた化物ムカデが機敏に反応した。
 そのままエミリナが手拍子クラッピングでリズムを取り始めると、それに合わせてムッチンも頭を左右に振り始める。


「ワン、トゥー、ワントゥーワン、ハイッ! むっちむちムッチン♪ ムカデの子♪」
「ギパッ♪ ギパッ♪ ギパッ♪」
「ムッチンはね、ムカデだからね、御足がね♪ とってもいっぱい、お徳用♪ えへっ☆」
「ギパッ♪ ギパッ♪ グぺッ☆」
「ムカデに妙な芸を仕込むなッ!」
「いやー…だって暇だったんだもん。昨日夜中に急に目が冷めちゃってさー……でもホラ。これでわかったでしょ? 下手な犬より頭良いよこの子。世界狙えると思う」
「ギパパ!」
 ※取りますわよ!
「何の世界王者を狙う気だ!? と言うか待て! 色々おかしいだろ!? なぁ!? おかしいよな!?」


 ムッチンの存在そのものが色々と納得いかないが、そこをどうにか越えたとしても納得いかない点が多々ある。


「まぁまぁギッさん、落ち着いてって。奇跡は起こるモノなのだよ、多分」
「奇跡と言う言葉をそんな乱雑に使うな! アレはもっとキラキラした場面で使う言葉だぞ!? こんな奇跡認めない、って言うか嫌ッ! せめて奇跡以外の何かで形容してお願い!」
「ギパパ」
 ※あらあら、何かすごい嫌われ様だこと。これは至急、友好を深める必要がありますわ。
「ひぇっ!? すごい勢いで近寄って来たァアアアアアアア!? 嫌ァァァアァァァァアアアァァァッッッ!!!?!?!?!? って、何こいつ超早いッ!?」


 ギルエスは真っ直ぐに扉の方へと這って逃げたのだが、あっさりとムッチンに回り込まれてしまった。


 ムッチンは「ここは通さないわよ」と言わんばかりに扉の前で高速反復横飛びし始める。黒い残像の尾を引く程の速度だ。


「くっ…何なんだそのフットワーク! 本当にムカデかお前!?」
「大丈夫だってギッさん。ムッチン噛まないし」
「ギパッ」
 ※今だ。えいっ。ムカデ式だいしゅきホールド。
「そう言う問題じゃなぃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ムッチンの愛に満ちた抱擁の中、ギルエスは声帯が引き千切れんばかりの悲鳴を上げたのだった。



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