拷問部屋とヘタレと私

須方三城

二日目。違和感は確信へ。

「……ん……」


 中途半端な寒さを感じ、エミリナは目を覚ました。


「……あれ? ここどこ?」


 寝癖の付いた頭を乱雑に掻きながら、半目でエミリナは周囲を見渡す。


 窓一つ無い小部屋。家具の類も簡素な鉄椅子だけ。


「んー? 何この格好……」


 エミリナが身に纏っているのは、白地に黒のボーダーが入ったシャツとズボン。まるで囚人服だ。
 そして、タオルケットの代用品のつもりか、バスタオルが腹の所にかけられている。


「……………………」


 何故自分は、こんな窮屈かつ殺風景な部屋の床で寝いるのだろう。
 しかも、囚人みたいな格好で、バスタオルを被って。


 エミリナは少し記憶を辿ってみる。


「あー……思い出した。そう言えば私、捕まったんだっけ」


 昨夜、デザートのワッフルを堪能した後、エミリナは風呂に入り、この囚人服に着替えた。
 そして敷き布団も掛け布団も無しで寝るのはちょっと辛い肌寒さを覚え、風呂場から未使用のバスタオルを拝借して来た訳だ。


 お腹の減り具合からして、もう朝かなー……、と適当な推測を立てていると、分厚い鉄の扉が開き始めた。


「おはよう。昨夜はよく眠れたか?」


 現れたのは、エミリナの朝食が乗ったトレイを持った大男。
 拷問吏、ギルエスだ。


「あー、おはよギッさん。割と熟睡できたかも」


 おそらく、昨日は久々にまともな昼食と夕食を摂取できたのが要因だろう。
 やっぱ食事の内容って重要すなー、とエミリナは感心しつつ欠伸を噛み殺した。


「嫌味のつもりで聞いたんだが……中々、神経が太いな」


 半ば呆れた感じでつぶやきながら、ギルエスはエミリナの目の前の床にトレイを置く。


「お、和食風? 味噌スープきたこれ」


 トレイの上には、茶碗に盛られた白米を筆頭に焼き鮭や卵焼きに緑黄色野菜のお浸し、そして味噌汁が並んでいた。
 お浸し以外はどれも「ワイら出来立てやで!」と主張する様に白い湯気を立てている。


 膳の内容は和食仕立てだが、添えられているのは箸では無く先割れスプーン。
 エミリナの出身国を考慮しての事だろう。


「昨日の晩は中華風だったし、お宅の厨房レベル高いね」


 至れり尽せりとはこの事か、とエミリナは鼻歌混じりにフォークスプーンを手に取る。


「……………………」
「ん? どったのギッさん」
「いや、何と言うか……お前のテンションは捕虜のそれとして正しいのかと……」
「あー……その辺はねー。何と言うか…捕虜感が足りない」
「激しくこっちの台詞だが」
「いやいやいや、本当にマジで。全く捕虜感が無いよ、ここの待遇」


 まだたったの二日目が始まったばかりだが……昨日一日の扱いで、捕虜としての緊張感を持てと言うのは中々の無茶振りだと思う。
 甲子園のブルペンでリンボーダンスを強要されるレベルの違和感がある。


 エミリナが唯一「捕虜っぽい扱いだな」と感じたのは、布団が支給されないと言う事くらいだ。


「この待遇で捕虜感が全く無い……? 何の冗談だ。まだ二日目とは言え、食事・衣類選択を始めとしたあらゆる行動の不自由は味わっただろう。完全に囚人のそれじゃないか」
「いやー……そこはちょっと審議の余地あると思うわー」


 フォークスプーンで焼き鮭をほぐしながら、エミリナは空いている手で囚人服の襟を摘み上げる。


「この囚人服一つ取っても……何? お日様の香りって言うの? 半端無いんだけど。セラピー効果ヤバいんだけど」


 おかげで布団も無いのにかなり寝つきが良かった。


「ほう、気付いたか。それは柔軟剤に秘密がある。拘り抜いた最高の逸品だ」
「ああ、そう……」


 囚人服を拘りの柔軟剤で洗濯する拷問吏……中々シュールだ。


「とにかく……何かこう。うん。ここは拷問を行う施設として致命的な違和感が否めない」
「意味のわからん事を……まぁ、良い。朝食が終わればその余裕もすぐに剥げ落ちる」
「うーん……」


 この流れだと、そうはならない気がするなぁー……とエミリナは確信めいた予感を覚えつつ、味噌汁を啜るのだった。








 と言う訳で、エミリナの朝食が終了してから二〇分後。


「さぁ、覚悟は良いか、エミリナ・スカーレット」
「うん。まぁ。あと、どうでも良い事だけど、まさか食後に一息つく時間を貰えるとは思わなかった」


 エミリナは昨日の昼前とほぼ同じ状態、つまり後ろ手に手錠で拘束され鎖で繋がれた状態で、鉄椅子に座っている。
 昨日との差異は、エミリナがやたら良い匂いのする囚人服に身を包んでいる事くらいか。


「では、エミリナ・スカーレット。これからお前にはいくつかの質問に答えてもらう」
「はいはーい」
「大人しく答えるも良し、嘘を吐くも良し、口を噤むも良し。お前の自由だ。……まぁ、嘘を吐いたり口を噤んだらどうなるか…想像もできない程、馬鹿では無い事を祈っている」
「おお……ギッさん拷問吏っぽい」
「拷問吏だが?」


 厳つい身体に鋭い強面、わざとワントーン落とした声が、いかにもそれっぽい雰囲気を演出している。


 それでも未だ、エミリナがどうも緊張感を持てずにいるのは、やはりこれまでの扱いのせいだろう。


「って言うか、ねぇねぇギッさん」
「……なぁ、俺の呼び方はそれで固定なのか? まぁ別に良いんだが……で、何だ?」
「こう言うのってさ、普通、色々と道具とか用意するモノじゃないの?」


 禍々しい用途を彷彿とさせる器具を並べて見せ付けるだけでも、拷問される側にはかなりの精神的苦痛になる……とエミリナがこの前見た映画で言っていた。
 現在、それらしい器具は一切持ち込まれていないし、ギルエスも取り出す素振りを見せない。


「ふん。今後『器具』を用意する事になるかどうかはお前の態度次第だ」
「あ、そう言う系」
「俺としては、ああ言ったモノを使わずに済むのが理想だがな。アレは使う側も使われる側も楽しいモノじゃない」
「ギッさんって拷問吏なのに拷問好きじゃないの?」
「はぁ? 好きな訳あるか」
「じゃあ何で拷問吏なんかに……」
「それは……って、何故俺が質問責めにされてるんだ。拷問吏は俺、責問を受けるのはお前だろうが。余計な事を言ってないで俺の言葉を聞け」


 全く…ペースの狂う女だ、と辟易とした様子でギルエスは溜息。


「では、まず最初の質問だ。エミリナ・スカーレット。お前は誰の指示を受け、我が国で諜報活動を行っていた?」
「あー……やっぱそれ聞くよねー……」
「当然だ」


 その質問は、昨日の時点でエミリナも予想していた事項だ。


「私はフリーランスでスパイやってて、特に誰かに雇われているとかじゃ……」
「いい加減、自分の立場を理解する事を推奨する」


 すごい勢いで嘘判定を喰らってしまった。
 まぁ、それも昨日の時点で予想していた事だ。


「お前は王宮周辺で拘束されたと聞いた。フリーのスパイが国家機密クラスの情報なんて狙う訳が無いだろう。嘘を吐くにしてももう少し考えろ」
「そんな事を言われても、私本当にフリーだし……」
「先にも言ったが、俺は可能な限り乱暴な手は使いたくない。穏便に事が済むなら、それが最善だと考えている」
「本当だってばー」
「……そう言えば、最近お前の祖国では『黒い閃光ブラック・グリッターズ』とか言う絵に描いた様な悪の組織が勢力を伸ばしているそうだな。しかも、周辺諸国でも活動の幅を広げているそうじゃないか」
「ん? あー……何かそれニュースで見た事あるかも」


 エミリナの祖国では、なんとなくテレビをつけてるだけでも耳に入ってくる組織名だ。
 報道番組でブラグリと略されるまで浸透したその組織は、このご時世に『世界征服』を本気で謳うと言う…平たく言えば、阿呆の集い。


 だが、本気の阿呆の行動力を舐めては行けない。しかも、それが群を成しているのだから手に負えない。
 無差別テロに要人暗殺、多くの人員拉致…謳う理想は阿呆のそれだが、所業は正真正銘の外道のそれ。
 ブラグリの存在は、国際的に問題視されるステージにまで来ている。


 ……しかし、そのブラグリが一体今、何の繋がりがあって話題に出ているのだろう。
 エミリナは小首を傾げる。


「確か、俺の先輩が拷問している対象が連中の構成員かも知れないと言う話も聞いたなぁ。名前は確か……そうそう。『ジンロ』と言ったか」
「あー……もしかして、何か適当に宛を付けて反応を見ようとしてる系?」


 どうやら、エミリナの雇い主か彼女自身を、そのブラグリの関係筋では無いかと推測してみたらしい。
 残念ながら完全に空振りである。


「悪いけどさー…私マジでフリーなんだよね」
「では、中東で端を発し、世界中に勢力を散らし始めていると言う過激派反政府武装組織『LLF』…」
「だーかーらー……私フリー! ドフリー! エミにゃん自由の女神なの!」


 それが事実であり、それ以上の事は無い。
 世界中の悪の組織やら反政府勢力やらの名前をシラミ潰しに出されたって、エミリナの身の上が変化する事は無い。


「…………………………」
「そんな寂しそうな目で見られましても……」
「……そうか、仕方無い」


 一歩、ギルエスがエミリナに近付いた。


 その巨体から放たれる威圧感が増し、見下ろす三白眼の鋭い眼光がより強く肌に突き刺さる。
 流石のエミリナも、背筋に冷たい感触を覚えた。


「やると決めれば、俺は容赦はしない。最後通告だ。正直に答えろ」
「だ、だから私はフリーランスなんだってば」
「……本当に、容赦しないぞ」
「そんな念を押されても、私にはそれ以上の事は言えない訳で……」
「マジだぞ」
「いや、こっちもマジなんだって」
「いやいや、俺の方がマジだぞ」
「それはどうかなー…私の方がマジ入ってると思う」
「無い。それは無い。俺の方がマジのマジだ。マジだぞこれ」
「………………」
「……おい、何だその『あれ? こいつもしかして、口先だけでマジにはやらないんじゃね』的な疑いの目は」
「………………」
「おい、答えろって。マジだぞ。マジでやるぞ。やっちゃうぞ俺はマジで。俺ほど『やる時はやる男』の称号が似合う男はいないぞ」
「…………………………」
「おい、本当におい。マジでおい。マジおい。おーい? マジだって言ってるよね? 後悔するぞ? マジ後悔するぞお前おいマジおいマジでおいおい」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」


 …………………………。


 そこから数分は、耳に優しい時間が続いた。








「…………おい。いい加減にするんだ。マジだって何回言わせる気だ。多分今日だけで例年一ヶ月分のマジ使ったぞ」


 拷問開始から一〇分程が過ぎた頃。
 未だ、ギルエスは特に何もしていない。現状、マジで口先だけの男状態である。


「わかった。お前アレだな。自分が何されるか具体的に想像できないからそんな態度でいられるんだな。なら教えてやる。良いか、このままだと俺は……」


 ギルエスは静かにエミリナのある部位を指差す。
 その指が指し示した部位。そこは……エミリナの二の腕。


「お前の二の腕を、これでもかと言う程に揉みしだくッ……!」
「……はぁ?」
「知らないのか? 女性の二の腕の柔らかさは乳房のそれとほぼ同じだと言われている。つまり、だ……」


 キリッとした顔で、ギルエスは堂々と言い放つ。


「二の腕を揉まれると言う事は、乳房を揉まれるのと同義ッ!」
「……違うと思うけど」
「違わない! さぁ、わかったか? このままだとお前は、見ず知らずの男に擬似的に乳房を揉みしだかれる恥辱を味わう事になるんだぞ! 良いのか!? 俺は駄目だと思うがなぁ~?」
「いや、そんなドヤ顔で言われましても……」


 エミリナに取って、二の腕は二の腕しかない。
 確かに二の腕を執拗に揉まれると鬱陶しいかも知れないが、そんな恥辱と言うレベルの話には到底至らない。


「って言うか、拷問吏ならそんな遠回しな事せずに、普通におっぱい揉めば良いのに。気にしないし」
「なッ……!? い、いや、それはその、アレだ……二日目にやるにはハード過ぎると言うかその…」
「………………………………」
「な、なんだ、その目は……」
「………………もしかしてギッさん、童て…」
「ぃぃぃぃいいぃどぅぅぅぉおおおおおおおいッ! お前今何言おうとしたァ!? それ男性に面と向かって言っちゃ駄目な奴だ! 学校で習わなかったのかァ!?」
「流石に学校では習わなかったけど……」
「おのれ……もう良い。あまり非道な真似はしたくなかったが……お前の様な生意気なスパイにお似合いの責め苦を用意してやる!」
「あれ、ギッさんどこ行くの?」
「『器具』を取りに行く!」
「!」
「覚悟しろ……! お前に『地獄』を見せてやる!」












 引き裂かれる肢体。飛び散る鮮血。響き渡る甲高い悲鳴。
 連続する破裂音を伴い、ばら蒔かれる鉄の塊達が腐肉を穿ち、弾き飛ばす。
 それでもなお押し寄せる死肉の群れは、劣勢の色を微塵も見せず。
 やがて生者達はその足掻きも虚しく、腐臭に満ちた大波に飲み込まれて行くのだった……


「んー……イマイチ。これぞB級って感じ」


 エンドロールを終え、液晶画面に映し出されたのは『地獄! これぞ地獄! ゾンビ地獄! 前編』と言う何かしつこいタイトルロゴ。


「って言うか前編って事は後編あるんだよね? ねぇギッさん。あのラストからどう続くのか気になるから後編も見た…」
「……マジ勘弁してください……」
「……ギッさん、そんな隅っこで何してんの?」


 拷問部屋の隅。ギルエスは膝を抱き、小さく丸まっていた。
 あの大柄な身体をよくそこまでコンパクトにできたモノだ、とエミリナは感心してしまう。


「こ、ここまでマジ恐い奴だとは思わなかった……あぁもうマジ最悪……絶対夢に出てくるコレマジでマジナイトメアな奴だよコレ……」
「ギッさん、ホラー系ダメなんだ……」


 対して、エミリナはホラー映画やスプラッタ映画の類に全く恐怖を感じない。
 かなり高いクオリティでも「よくできてますなぁ(ポップコーンうまっ」で終わりだ。
 オカルトを信じていないと言うか、あんまり興味無いが故である。


 つまりギルエスは、わざわざ大型液晶テレビとブルーレイプレーヤーを持ち込んで、盛大に自爆しただけと言う事だ。


「……あのさ、ギッさん。本当に何で拷問吏になったの?」


 さっきは何となく聞いてみただけだったが、今は本気で気になっている。


「……国家公務員試験を受ける時、最初に提出した書類で希望業種番号を間違えて記入してたらしくて……何か刑務官になっちゃって……いつの間にかここに特務刑務官として配属される事になって……」
「……何だか、ギッさんからは私と同じ匂いを感じるよ」
「? ああ、俺の服も同じ柔軟剤で洗ってるからな」
「いや、そんな直球な話じゃなくて……」


 間抜け感と言うか、ドジ属性的な意味での話だ。


「とりあえず、まぁ、何だ。アレだ。……俺はもうお家帰る……昼飯以降は俺の補佐が持ってくるから……」
「あ、うん。お疲れ様」


 こうして、二日目は幕を閉じたのだった。



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