拷問部屋とヘタレと私

須方三城

一日目。ほんのり違和感。

 金髪美女でナイスバディな女スパイが捕虜になってしまったら、一体どんな目に遭わされるか。
 細かい所は捕らえた側の趣味趣向で変わってくるだろうが、確実に一つ言える事がある。


 明るい未来だけは、絶対に有り得ない。


「……あーあー……これは不味いですなー……」


 などと、緊張感の欠片も無い調子でつぶやくのは、金髪パツキンダイナマイトボディのお姉さん。
 彼女はエミリナ。とてもスパイ感の溢れるエナメル質でタイトな黒ツナギが、その身体の豊満さを強調している。


 彼女は今、窓の無い地下の小部屋の中にいた。


 重苦しく分厚い鋼鉄の扉以外は、僅かな凹み一つ無いのっぺりとしたコンクリートの壁で四方を囲まれている。
 室内にあるのは、エミリナが腰かける冷たい鉄椅子だけ。


 このもてなす気の無さからして、明らかに客間では無い。生活感の無さから誰かの私室でも無いだろう。
 加えて、窓の無さから察するに「間違っても外部の目に触れてはいけない行為をするための部屋」だと思われる。


 何故、彼女がそんな特殊な部屋に閉じ込められているのか。


 簡単な話だ。
 エミリナはその服装からお察しの通り、『スパイ』なのである。
 詳細に言えば、『隣国に潜入中、下手こいて国家権力に捕まってしまった間抜けな女スパイ』である。


「うーむ……」


 エミリナが少し身をよじると、背後でジャラリと重い音。
 後ろ手にハメられた手錠と、その手錠と鉄椅子を繋ぐ太ましい鎖が揺れる音だ。


「まぁ、スパイたるもの捕まってからが本番だし。慌てない慌てない、っと」


 そうでも無いと思うが、彼女の中ではそうらしい。


「さて……じゃあ、まずはこの拘束をどうにかしなきゃだけど……」


 と言う訳で、エミリナはちょっと頑張って暴れてみる。が、ジャラジャラジャラジャラと鎖がやかましく鳴るだけだった。


 鋼鉄製の手錠と鎖だ。それも決して安物では無い。トップクラスのプロレスラーでも、素手で引きちぎるなんて芸当は難しいだろう。
 スパイ技能を伸ばす一環として多少身体を鍛えた程度のエミリナの膂力では、どうこうできる訳が無い。


「ダメだこりゃ……てか何? 何なの鉄製の手錠って。馬鹿なの? 逃がす気無いの?」


 まぁ、無いだろう。
 そもそも手錠と言うモノがそう言う目的で作られた道具である。


「………………うーん……ヤバいなぁ。このままだと……」


 彼女の身分。彼女を拘束した組織の立場。そして彼女が拘束されているこの部屋のアウトローな雰囲気。
 それらを踏まえて考えた時、導き出される答えは一つ。


「絶対にエロい事かグロい事をされるよねー」


 激しめの取り調べ。いわゆる、拷問。
 他国の国籍を持つスパイを国家権力が捕らえたのだ。そりゃどんな手を使ってでも洗いざらい吐かせにかかるだろう。


 ほぼ確定的な陰惨な未来図を想像し、流石にエミリナも少し焦る。


「こうなったら、変な事される前に全部吐くしか…あ、多分ダメだ」


 エミリナは実は、いわゆる『フリーランス』のスパイだ。
 特に国や組織に雇われている訳では無く、自主的に諜報活動を行い、そこで得た情報を各方面に売買するのが生業である。


 つまり、彼女は「どこの誰に雇われたか」と問われた時、「誰にも雇われてないよ。エミちゃんフリーなう」としか言えない。
 ……果たして、拷問吏がそんな答えで満足してくれるだろうか。


 まぁ、いくらか責めが進めば「ここまでしてもこれしか言わないって事は、マジか」となるかも知れないが……何かされる前にそんな事を言ったって、「はいはい、右手の小指からイきましょうねー」と流されてしまうだろう。


「あれー……? これ、詰んでない?」


 エミリナがようやく状況を正しく理解したその時、低い軋み音と共に、少しずつ扉が開き始めた。


「!」
「おはよう…いや、そろそろ『こんにちわ』か。エミリナ女史」


 扉の向こうから現れたのは、黒いトレンチコートを羽織った茶髪の男。
 三白眼が特徴的な強面が、骨太で大柄な体格と相まってかなり凶悪に映る。


「な、何で私の名前を……?」


 思ってた以上に威圧的な大男の登場に、エミリナは割と動揺する。


「これだ」


 大男がコートのポケットから取り出したのは、一枚の紙切れ。


「あ、それは……!」
「お前の手荷物から出て来た。『華麗なる女スパイ、エミリナ・スカーレット』……か。名刺を作って持ち歩いているスパイなんて初めて見たぞ」


 呆れた様に、大男が溜息を吐く。


「偽造身分を書くでもなく、率直にスパイと書くとはな……それに、さっきのリアクションからして実名か。お前、スパイってどんな仕事かわかっているのか。阿呆なのか?」
「えー……何で名刺一枚でそこまで言われなきゃいけないの? 別に良いじゃん、スパイが名刺交換したって」
「しかも自分で『華麗なる』てお前……」
「嘘は書いてないもん。でしょ?」
「……まぁ、良い。俺はこんな無駄話をしに来た訳では無い。俺の名はギルエス。職業は特務刑務官…いわゆる『拷問吏ごうもんり』と言うモノをやっている」
「!」
「拷問吏が捕虜となったスパイに会いに来た…用件は大体わかるな?」
「えー? エミにゃん全然わかんにゃーい☆」
「とぼけるな。今『!』ってなった時、完全に猫と遭遇したハムスターみたいな面してたろうが」
「ぬぅ……」


 エミリナだって馬鹿では無い。
 拷問吏ギルエスの『用件』なんて、自分を拷問する事以外に有り得ないだろうと理解している。


「さて……早速だが、一つ、お前自身の事で尋ねたい事がある」
「先に言っとくけど、私が吐けるのは朝食べたインスタントラーメンくらい…」
「食材のアレルギーはあるか?」
「……へ?」
「アレルギーだ。卵だの、エビだの、牛乳だの」
「え、いや……は?」
「さっさと答えろ。アレルギーはあるのか? 無いのか?」
「な、無いけど……」
「そうか。アレルギーは無し……と」


 ギルエスはポケットから手帳を取り出し、サラサラっとメモを取った。
 レディース用らしい小さくて小洒落た手帳が、ギルエスの体格のせいで一際小さく見える。


「……なんでアレルギー?」
「重要だろう。これからお前の飯はウチの調理士連中が用意するんだから」
「は、はぁ……」
「くくく……覚悟しておけ。お前の様な妙齢の女には辛い食生活になるぞ……一日三食、管理栄養士が完全監修したヘルシー志向の飯に、デザートは毎日夕食後の一回きりだからな……!」
「…………????」


 何か割と充実した食待遇に聞こえるのは、エミリナの気のせいだろうか。
 少なくとも、一日二食を格安のインスタントかレトルトで生きて来たエミリナの今までの食生活よりは大分良い気がする。


「何だその顔は…わかっているのか? 健康最優先で味気そこそこの簡素な食事を三食強制され、二四時間に一回のペースでしか甘味を摂取できないんだぞ?」
「え、あ、うん。それはわかってるけど……」
「? ……ああ、成程。余りの絶望に表情筋が追いついていないのか」
「まぁ、確かに。どう言う表情をすれば良いか混乱してるのは確かね……」
「ふん、震えて待つが良い。……さて、じゃあ今日はこのくらいにしておくか」
「え、早くない? いや、そっちがそれで良いなら全然良いんだけど……」
「初日だからな。これから行われるのは拷問だ。プロの拷問吏として、最低限君への配慮はするつもりだよ」
「最低限の配慮?」
「『健常な状態で居られる最後の一日』を噛み締めると良い、と言う話だ」
「……!」
「では、また明日」








 一時間後。


「……昼食だ」


 エミリナの昼飯を持って、ギルエスが現れた。


「また明日、じゃなかったの?」
「う、うるさい。黙って飯を食え」
「いや、食えって言われても食べれないんだけど……」


 エミリナは現在、両手を背後に回す形で拘束されている。


「こんなんじゃ、食事どころか鼻クソ一つほじれない」
「ああ、そう言えばそうだな。外すから少し待て」
「あ、外してくれるんだ」


 それも、こんなにあっさりと。


「当然だ。飯の度にいちいち口まで運んでやるのも手間だし、このままじゃ用も足せないだろう。オムツが履きたいのか? 俺はいちいち履かせたく無いぞ」


 まぁ、拷問の際にはまた手錠で拘束させてもらうがな…とか何とか言いながらギルエスがエミリナの背後に回り、開錠作業に入る。


「そう言えば、トイレってどうすれば良いの? 垂れ流し?」
「そんな不衛生なシステムな訳無いだろうが。その扉を出てすぐに、三点ユニットタイプのバスルームへ続くドアがある」
「………………」
「何だ、その呆けた顔は」
「ねぇギッさん。素朴な疑問なんだけど、私ここを出て良いの?」
「誰がギッさんだ。安心しろ。この外に更に別の分厚い扉が二枚あるから逃げられん」
「……そう言う話でも無いんだけど……」
「入浴後の着替えはバスルームに常時ストックしておくから、それを使え」
「あ、うん。ありがと」
「ふん、礼を言うか……囚人仕様の華の無い衣服だぞ?」


 お前の様な女盛りの年頃には辛いだろうに、とギルエスが悪い顔して笑っている。
 が、エミリナからしてみれば「お風呂まで入って良いんだ……」と言う感じである。


 管理栄養士監修のメニューで提供される三食。夕食後にはデザート。
 そして風呂・トイレは使用制限無し、自由意思で利用できる。


 ……あれ、私って捕虜だよね?


 鉄枷から解放され自由になった両手を眺めながら、エミリナはこの現状に疑問を抱かずには居られなかった。







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