拷問部屋とヘタレと私

須方三城

四日目。ムカデに素手で触ってはいけません。

「くくく……どうだエミリナ・スカーレット。この数日、苦楽を共にした鉄椅子を取り上げられた気分は……!」
「うん、すごく快適」


 地下の拷問部屋。


 本日ようやく職務に復帰したギルエスがまず最初に行った事。


 それは、エミリナを拘束する椅子をシングルサイズのソファーに変更する、と言うモノ。
 そんな特別高級品と言う訳では無さそうだが、リクライニング機能を全力で活用すると寝具ベッドとしても使える逸品。おそらく、深夜のテレビ通販なんかで売れ筋の奴だろう。


「強がるな……こんな何も無い部屋じゃ、あんな鉄椅子でも愛着が湧いていただろう? それを取り上げられ、一九八〇〇円イチキュッパで買えてしまう様な安物のソファーを渡されて、平気なモノか」
「何も無いって……この前ギッさんが置いてったテレビあるし……」


 どうやら無線でアンテナと繋がってるタイプらしく、普通に見れた。


「あのさ……私としては一向に構わないんだけど、ちょっと充実が過ぎない?」


 昨日、ギャパ奈に頼んだら枕と毛布も持ってきてくれたし。その上、座り心地も寝心地もそれなりに良いソファーまで支給されるとは。
 加えて、娯楽テレビがあり、何もしなくても三食御飯が運ばれてくる。


 正味、エミリナはここに来る前より充実したグータラ生活を送れている気がする。


「どれだけ強がって見せても、俺の心は折れんぞ。マジだぞ。だから少しは堪えてる所を見せてくれ。不安になってきた」


 強がりでは無いし、その気になればギルエスの心を折るのは多分小学生を泣かすくらい簡単だと思う。


「……ギッさん、マジのテンションで話して良い? 拷問吏向いてないと思う」
「何を言っている。拷問吏に向いている人間なんていてたまるか」
「へ?」
「それでも必要な仕事だから、誰かがやるんだ。俺がたまたまその役目に当たった。だから仕方無い。仕方無いじゃないか……」


 確かに、拷問吏なんて職業が天職の人間なんていない…いないモノだと信じたい気持ちはエミリナもわかる。
 だが、例えそうだとしてもだ。


 向いてない人間と、超絶向いてない人間はいると思う。
 そしてギルエスは圧倒的に後者だと思う。


「ギッさん、お仕事を頑張ろうって言う姿勢は立派だと思うけど、それだけじゃどうにもならない事もあると私は…」
「いや、割とどうにかなって来たぞ。俺だって今までそれなりに結果を出して来た訳だからな。努力と労力は決して人を裏切らないモノだ」
「嘘は良くないと思う」
「嘘ではない。事実だ。俺の拷問を受けた者は、皆最後は口を揃えて自身にこう言い聞かせる。『もう頑張らなくて良い』とな。そして涙と共に情報を吐くのだ。どんな屈強なスパイも、俺の粘り強さには敵わないと言う事だ」
「…………………………」


 もしかして、その『もう頑張らなくて良い』は、ギルエスに向けられた言葉では無いだろうか…とエミリナは思う。
 こんなヘタレが毎日毎日「自分が頑張らなきゃいけない仕事なんだ」と一生懸命に励む姿を見せつけられたら、大抵の人間は涙腺と心をやられそうだ。


 一周回って逆に拷問吏に向いているのかも知れない、と言う、奇跡の人材である。


「お前もそうなる、そうしてみせる。俺は拷問吏。それが仕事だからな。悪く思うなよ」
「うん。頑張って。気持ち的にはもう私もギッさんのフォロワーだよ」


 ただ、エミリナが誠心誠意に真実を述べても、到底信じてもらえない事が難点だ。


「……どこまでも妙な事を……まぁ良い。では、本日の拷問を始める」


 と言う訳で、ギルエスは手錠を二つ取り出し、エミリナの両手首をそれぞれ左右の肘置きに繋ぐ。
 拘束体勢まで随分楽なモノになったなぁ、とエミリナは呆れて薄笑い。


「ギャパ奈。例のモノを」
「あいあいさっさのさー!」


 ギルエスの指示を受け、扉の外で待機していたらしい小柄少女、ギャパ奈が一台の台車を押しながら入ってきた。
 外で待機させられていた理由は、まぁ普通に考えてうるさいからだろう。


 ギャパ奈が押す台の上には、何やら黒布で覆われた四角い物体が乗っていた。


「じゃじゃーん! 今日も元気なギャパ奈ちゃんなのでーす! エミリナさんはお元気!? 私? 私は言わずもがな! って今さっき言ったがなー! あははははは!」
「さて、エミリナ・スカーレット。これは一体なんだと思う?」
「小型の冷蔵庫か電子レンジ?」


 このサイズでこの室内に足りてない家電製品はそれくらいだろう。


「見当外れも良い所だな。ヒントをやろう。生き物だ」
「!」


 あんな四角くて微動だにしない生き物はいないだろう。
 つまり、黒布が隠しているのはその生き物が入っている水槽か何かか。


 拷問で使用される生き物と言えば…ポピュラーなのはやはり……


「む、虫とか……?」
「はい! 大正解なのでーす! 答え合わせどりゃああああああああ!」
「あ、こらギャパ奈ッ! 俺の合図がまだ…」


 おそらく、事前打ち合わせではギルエスの合図があってから布を取り払う予定だったのだろう。
 しかし、ギャパ奈がいつまでも大人しく指示通りに動くはずも無い。


 ギャパ奈の手により顕にされたその物体の正体は、やはり水槽。
 その中身は、無数に蠢く黒くて長い虫。大量のムカデだ。二〇匹前後はいるだろう。


「ッ」


 ムカデを使った責め苦。
 今までの流れからは想像も付かないハードな展開に直面し、流石に悲鳴を上げそうになったエミリナ……だったが、


「ギャアァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!? む、むぁ、む、ムカデェッ!? ムカデ何で!?」
「……え」


 エミリナより先に、ギルエスのやたら高音な悲鳴が炸裂した。


「……ギッさん……? え、ギッさんが用意させたんじゃないの……?」
「ち、ちちちち違うッ! 何で俺がムカデなんぞ! うぉおいギャパ奈ァ!? 俺はカブトムシとクワガタムシを用意しろと言ったよな!? 手に汗握る甲虫相撲のクライマックスの所で布を被せて結果を見せずにヤキモキさせるプランだってちゃんと説明したよな!?」
「そんなプランだったんだ……」
「いやいや、お兄ちゃんよ~ヘイYOッ! 流石に時期を考えてくださいなのですよ。無理なくポンチョをコーデに組み込める様な時期に雑木林に行ったって、カブトだのクワガタだのはいなッシング! ギャパ奈ちゃん昨日の夜から今日の明け方まで夜なべして頑張ったけど、ご覧の通りッ! ムカデしか採れなかったなのです! まずは頑張りを褒めるべし!」
「そうか、偉いぞギャパ奈。お前は誇らしい妹だ。ただ言わせろ」


 ギルエスは妹を賞賛する兄の笑顔のまま深呼吸。
 そして、


「普通に買えェェェッッッ!!! 最近は季節に関係なく出回ってる養殖のがいるだろう!? お前のそう言う原始的な所、本当に駄目だと思うわお兄ちゃんマジでッ!」
「ファンキーベイビーシスターッ! フゥー! ちなみに罠に使ったバナナはきっちり全て回収・洗浄して朝御飯のヨーグルトに混ぜていただきましたなのです! エコロジーギャパ奈! 略してエロ奈!」
「と言うか何でムカデ採ってきた!? 代替えできると思ったのか!?」
「全ッ然ッ! 流石に私もそこまで馬鹿じゃないですよお兄ちゃん! あんまり舐めないで欲しいのです! この子達は『これをいきなり見せたらお兄ちゃん泣き叫ぶだろうなウププ』と言う純粋なワクワクで用意しただけなのです!」
「もうお前嫌いッ! 本当に嫌いッ!」
「な、ななな、なんですとーッ!? そんな悪い事を言うお兄ちゃんに愛されて育った記憶は無いですよ私! はっ! さては偽物なのですな!? 私のマイお兄ちゃんに化けるとは不届きな! そんな輩にはムカデを耳やお尻に入れて懲らしめてやるのです!」


 と、ここでギャパ奈は何の躊躇いもなくムカデ祭りな水槽に手を突っ込み、その小さなお手手で握れるだけのムカデを鷲掴み。
 ムカデが蠢く禍々ハンドを振りかざし、ギルエスににじり寄る。


「ちょっ、待てお前…正気か……!?」
「大丈夫なのです! 毒は無い奴なので! 流石のギャパ奈も毒はキツいですよ~ヤダなーもー!」
「そう言う問題じゃない馬鹿ッ! っておい待て馬鹿! 馬鹿ッ! 馬鹿こっち来るなァァッ!! ギャアァアアアァァア! 止まれ止まれってマジで近寄んな馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! もォォォ馬鹿ァァアアアアアアア!!」
「あはははは! ぶふぉっ! お兄ちゃんマジ逃げ超ウケッ! 止められない止まらないとはまさにこれ! キタコレ!」
「……あのさ、兄妹でじゃれ合うならとりあえず手錠外してくんない? テレビ見ながら待っとくから」


 結局この日は、ギャパ奈がギルエスを責め立てるだけで一日が終わった。





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