BLACK・LIKE

須方三城

14,黒斑さんは知っていた。





「…………さて、と…黒志摩ちゃん。俺がここに来た理由、わかるかな?」
「…………………」


 黒斑が話題を切り出すと同時、黒志摩が掛け布団の裾を強く握った。
 表情に大した変化は無いが、身を強ばらせ、緊張しているだろう事が伺える。


「別に、連絡を全部無視された事を責めに来た訳じゃないよ」


 黒斑は今日、黒志摩を責めに来た訳じゃない。


 本日、黒斑は黒志摩の抱える罪悪感を軽減するため…言い変えれば『罪の意識を変えるため』に来た。


 人間が『意識』を変えるには、『儀式』、もしくは『儀式的行為』が必要だ。


 ああ、この人は死んだんだ、そう強く意識するための葬式、焼香、黙祷。
 この人は私の恋人だ、と言う意識を、この人は私の家族だ、と改めるための結婚式、指輪交換、誓いのキス。


 その他にも、人間の文化には様々な儀式と儀式的行為があり、それらはほぼ全てが気持ちや意識を切り替えるためにある。
 儀式を起点に、人の意識は変わる。


「今日は、『約束』して欲しい事があって来たんだ」
「約束、ですか?」
「ああ」


 私は罪を償った。そう意識するために必要な儀式的行為と言えば……『罰を受ける』事だろう。


 罪悪感を持っている人間に「もう気にしなくて良いよ」といくら言った所で、無駄だ。
 そんな簡単な言葉で気分が楽になる人間は、そもそも罪の意識なんて持っちゃいない。ただ罪悪感に近いモノを錯覚していただけだろう。


 何か具体的な罰則を受け、罪を償ったと言う実感を得なければ、罪悪感と言うモノは決して薄れはしない。


 だから、約束…条件を課す。罰を与える。


 もう謝る必要は無い。ただ一つだけ、この約束守って受けてくれれば、もう咎めはしない。
 そう、こちらから明確に伝えるのだ。


 そうやって提示された罰を受ける、条件を飲む事で、ただ謝るよりも「償いが出来た」「誠意を示す事ができた」と実感でき、納得できるだろう。少しは「許された」気分になって、罪悪感が解消されるはずだ。


 そして、黒斑がこれから黒志摩に課す『罰則』…『約束してもらう事』は、一つ。


「『もう二度と、あんな真似はしない』。そう約束してくれ」


 まぁ、色々と仰々しく言ったが…要約すると「悪い事した子供を『もうしちゃダメだよ? 約束だからね?』と窘めるのは非常に理に適った行為である」と言う話だ。


「……はい。承知、しました。……私なんぞのために気を遣わせてしまって、本当に申し訳ありません……」


 ……どうやら、黒斑がこの約束を課した意図は大体察している様子だ。
 まぁ、察した上で頷いてくれたのなら、話は早いだろう。黒志摩自身、意識改革に努めてくれるはずだ。


「よし……じゃ、この件はこれでオシマイ! 黒斑さんはもうとやかく言いませんッ。黒志摩ちゃんも変に気負わない事。いいね?」
「はい」


 さて、一つ目の目的は済んだ。
 次は……


「じゃあ、今度はこっちの番だ」
「……はい?」
「黒志摩ちゃん。ごめんね。あの時、怒鳴ったりして」
「! ぃ、いえ、そんな…そもそも叱責を受ける様な行為に及んだ私に全面的な非がありますので」
「そう言われても、俺としては思う所はあるんだ。ちゃんと謝罪させて欲しい」


 例え、黒斑の叱責が正しいモノだとしても、だ。それを無理矢理に押し付ける様な強い叱り方が、許されていいはずが無い。
 そこはしっかり訂正しておかなければ、筋が通らない。


「俺ももう二度とあんな事はしない。本当に、申し訳無い」


 誓いを立て、頭を下げる。
 誠意を見せた、そう意識させてもらうために。


「……はい。承知しました」


 またしても黒斑の意図を汲んでくれたらしい。
 黒志摩は余計な事は言わず、ただ素直にその宣誓と謝罪を受け入れてくれた。


「ありがとう」


 本当、たまに毒を吐き散らす事を除けば素直な良い子だ。
 人格面だけでなく、捜査官としての実力も優れている。
 良い後輩を持った、と自慢に思う。


 ……それ故に、疑問だ。


「……ところでさ、黒志摩ちゃん。唐突に話は変わるけど……」
「なんでしょうか?」
「君は何で、あの時、魔物と会話なんてしたんだ?」
「……!」


 確かに、黒志摩はまだ未熟な所はあるが、それでも優秀と言って良い部類の捜査官だ。
 だのに、魔物の言葉に耳を傾け様とするなんて、おかしい。何か、その行動をした『特別な理由』があるはずだ。
 まぁ、どんな理由があろうと許される行為では無いが、一応詳細は聞いておくべきだと判断した。


 魔物に妙な事でも言われたのなら、その辺を「気にするな」と笑い飛ばしてやるのも先輩の務めだろう。


「………………その、件は…………、ッ……」
「……?」


 黒志摩が少し考える様な素振りを見せた後、ゆっくりと体を起こした。


「え、ちょっ、起きて大丈夫なの?」
「……はい。しばらく横になっていたので、大分」


 体を起こした黒志摩の両眼が、真っ直ぐに黒斑を見据えている。
 何か、覚悟の様なモノを感じる目だ。こう「もう良い。逃げても無駄だ、ここでハッキリさせてやる」的な気迫を感じる。
 紫藤田原ほど人の感情に敏い訳でも無い黒斑ですらそう感じるのだ。黒志摩は今、相当強い想いをその瞳に込めているのだろう。


 それだけの強い意志を持って、話す理由……


 ……まさかな。
 ふと予想した展開を、黒斑はすぐに一笑に伏した。


 あんな事、そうそう気付く訳が無いし、気付いた所で余程の根拠が無ければ、普通は「ナイナイ」と済ませる様な話だ。
 それに、そんな理由で魔物と対話しようなんて踏み切る馬鹿野郎は『あいつ』くらいだろう。
 黒志摩は『あいつ』みたいな馬鹿では無いはずだ。有り得ない。


「黒斑聖務巡査長。失礼ですが、その質問に答える前に、教えていただきたい事があります」
「? 何?」
「あなたは、何故、魔物を撃つ時に『還れ』と言われるんですか?」
「え……いや、それは……」
「魔物に対して、『死ね』と言うのは憚られる理由があるから、そう言い換えているんですか?」


 ……何だ、その質問は。一体、黒志摩は何を聞こうとしている?


「教えてください……あなたは、『知っていた』んですか?」
「……、ッ」


 魔物に対して、言葉を選ぶ理由。
 そして『知っていた』かどうかと言う質問。


 黒斑はすぐにピンと来た。
 何せ、その可能性はついさっき思考の表層に登り、「有り得ないな」と切り捨てたモノなのだから。


「まさか、黒志摩ちゃん……君は……」


『勘の良い奴や、運の悪い奴は何がキッカケで「気付く」かわかったモンじゃねぇ』
 不意に、赤杜の言葉が脳裏を過ぎる。


「……やっぱり、そうなんですね……」


 黒斑の表情の変化から、答えを察したのだろう。黒志摩が小さく下唇を噛み締めるのが見えた。


「……そうか。それで、魔物に直接、確かめ様とした訳か」
「……はい……」


 ……理由まで『あいつ』と同じだったのか。


 そうか、この馬鹿が。
 声に出かけた感情を、黒斑は必死に押さえ込む。


「そうか。そっか。ああ、そうか。うん。ああ」
「……? 黒斑聖務巡査長?」


 黒斑は無意味に適当な声を出して、どうにか激情の発散を試みる。
 そうでもしないと、また感情的に黒志摩の胸ぐらを掴みあげてしまいそうだ。


 冷静になれ。
 ついこの間、反省したばかりだ。そしてついさっき、約束した。
 反省したのなら、繰り返すな。約束したなら、守り通せ。


 今、黒志摩にかけるべきは怒声では無い。
 彼女が触れてしまっただろう真実に関して、「これ以上その件に踏み込むのは危険である」と諭す言葉だ。
 じゃないと、黒志摩は『あいつ』と同じ道を選んでしまうかも知れない。
 それだけは、阻止しなければならない。


 だが、感情的になるな。冷静に、落ち着いて、言い聞かせるんだ。あんな事件を二度と起こしてはならない。
 冷静になれ、語気を荒げるな。落ち着け、優しい口調で冷静になれ子供に教え諭す様に落ち着け相手の心にダメージを与えない様に冷静になれゆっくりと落ち着け言葉を選んで冷静になれ落ち着け冷静になれ落ち着け落ち着け……ッ。


「………………っ、は……」


 深呼吸しろ。記憶のフラッシュバックに飲まれるな。
 対処法は、一四年前に赤杜に習った。
 普通の人間には、トラウマをねじ伏せる胆力なんて無い。
 だから、トラウマに襲われたら全力で目を背けろ。この記憶は、他人のモノである。そう思い込め。客観的に見ろ。「粗末な映画のワンシーンだ」と心の中で笑い飛ばせ。いつだって軽薄に、ヘラヘラと笑っていろ。過去など無い、浅い人間を演じ続けろ。その演技で、自分さえ欺け。


「あの…黒斑聖務巡査長? だ、大丈夫、ですか?」
「ああ、大丈夫だ。全然」
「そうですか……? なんだか、口角が引き攣っている様に見…」
「そんな事より黒志摩ちゃん。一つ、笑えない話をしようか」
「え……?」


 俺は、大丈夫。俺は、ただの黒斑右之定。黒斑右之定は、『この話』をする事に何の抵抗も無い。
 何故なら『この話』は、『白区しらまち右之定』と言う、『赤の他人の話』だからだ。


 そう執拗に心の中で繰り返し、万全を期して黒斑は口を開いた。


「一四年くらい前……一人の聖務捜査官が『ある仮説』を実証するために『魔物との対話』を試みた事がある」
「……!? そんな記録、見た事も聞いた事も……」
「そりゃ記録なんて残ってないだろうさ。最悪の結末を迎えたんだから」
「……!」
「言ったでしょ? 笑えない話だって」


 このタイミングで、この話だ。
 説明せずとも、黒志摩にはその捜査官が実証しようとした『ある仮説』の内容が理解できているだろう。


「黒志摩ちゃん。君は、魔物と対話して、どうなった?」
「それは……」
「もし、あの時、君が単独で巡回に出ていたとしたら…俺が助けに来るのが有り得ない状況だったとしたら、どうなっていたと思う?」
「ッ……その、捜査官は……」
「うん。魔物に取り憑かれた」
「………………!」
「当然の結果だよ。……はっきり言っとこうか。魔物が元々『何』だろうと…それこそ『生前は人間だった』としても、関係無い。魔物は魔物だ。素質ある人間に取り憑き、悪意の限りを尽くす。それ以外の事に興味なんて無い。こちらが和解の道を探すべく差し出した手を絡め取り、奪い取る。それが、魔物だ」
「……その捜査官は、どうなってしまったんですか?」
「死んだよ。息子さんに殺されたって。それで終わり」
「え……?」


 唐突な結末に、黒志摩は理解が追いついていない様だった。この悲惨な結末を、あっさりと語り切った黒斑に対しての驚きも混ざっている様に見える。
 仕方無いので、黒斑は少しだけ詳細を補足する事にした。


「魔物に取り憑かれて操られたその捜査官は、当時高校生だった息子さんを…たった一人の家族を殺そうとして、逆に殺された。半ば事故みたいな形だった。らしいよ」
「そん、な……」
「まぁ、そりゃあ、殺されそうだったんだ。その息子さんだって、必死に抵抗したんだろうさ」


 そうだ。必死だった。必死だったんだ。
 だから、あんな事になった。


「黒志摩ちゃん。あの日の君は、その捜査官の二の舞になっていたかも知れない。そして、今後また同じ様な事をすれば、二の舞になってしまうかも知れない」
「……そう、ですね……」
「よくわかってくれた様で、何よりだ」
「…………………………」


 さて、困った事になった。と黒斑は心中で少し頭を抱える。
 この流れは、正味、想定外だった。


 ……良い後輩だと思っていたのに、残念だ。


 可愛い後輩をクソみたいな現実から守り切れなかった、己の無力が憎い。


「……ねぇ、黒志摩ちゃん。君は、魔物を撃てるか?」
「……ッ……!」


 この事を知った捜査官は、ほとんどが自主退職を選択する。そして、エスケーに残った者達も大半が「魔物を撃てない」と言う理由から、前線を離れる。
 黒斑や灰堂の様に、『知っている上で捜査官を続ける者』は、ほとんどいない。
 だから、赤杜は「新人に妙な事を教えるな」と、わざわざ注意を促して来たのだ。


「ちなみに、この場合『撃てる』と答える方が異常だ」


 魔物は元人間。それも、不幸な最期を遂げた悲しい者達の末路。
 なら、撃てない。
 それが良識ある人間として普通の答え。


 要約すれば「君の様に笑ったり泣いたりしていた人間がグチャグチャになってモンスターになりました。放っておくと誰かに危害を及ぼします。なのでこれをササッと駆除して欲しいんですが、出来ますか?」と聞いているのだ。
 大概の人が「そんな事できるか」と答えるに決まっている。


 駆除しなきゃいけないと理解していても、理性や道徳観念が邪魔をする。害獣や害虫とは訳が違う。
 その元人間だったモンスターを駆除する事に、特別な意志が無ければ、出来ない。


 黒志摩は、その意志があるだろうか。
 ……黒斑の問いかけに僅かながら表情を歪め、沈黙してしまった所を見るに、無いのだろう。


「……わ、私、は……」
「……辞表か異動願いは、灰堂さんを経由して上に渡すと良い」
「……!」


 突き放す様に。そう意識して、黒斑は言葉を選んだ。


 この子は、無い。
 だったら、これ以上、引き金を引くべきではない。十字架を背負うべきではない。


「じゃ、黒志摩ちゃん。俺はそろそろ帰るよ。……しっかり、休んでね」
「ぁ、あの、黒斑聖務巡査長……」
「何?」
「黒斑聖務巡査長はどうして……知った上で、魔物を撃てるんですか……?」
「……………………」


 ……それは、単純に「間違った事をしていない」と思っているからだ。


 確かに、魔物を…元人間を駆除する事に、思う事はある。後悔だってする。魔物を駆除した日の夜の数と同じ回数、多少の自己嫌悪も味わってきた。


 でも、魔物を駆除する事が間違っている、とは思わない。
 反省すべき事だとは思わない。やめるべき事だとは思わない。


 死者に同情して、利用され、大切な家族を殺しかけて、殺される。
 そんな馬鹿が現れない様に、魔物を駆除し続ける。


 魔物の性質上、根絶は難しいだろう。
 それでも、駆除し続けてやる。何十回でも、何百回でも、何億回でも引き金を引いてやる。
 魔物の数を減らせば、減らした分だけの悲劇を未然に防げるのだから。


 もし、閻魔様とやらが本当にいて、この行為を理由に自分を地獄に落とすなら、言ってやる。


 地獄を出て生まれ変わる日が来たら、また同じ事をしてやる。と。


 惨い事をしていると言う自覚はある。非道だと謗られれば、甘んじて受け入れる覚悟もある。
 だが、自分は間違っていないと言う揺るぎない自負がある。


 だから、指は動く。引き金を引ける。
 今までも、これからも。


 それが、黒斑が魔物を殺し続ける事が出来る理屈。


「……それを聞いても、意味は無いよ」


 黒志摩には、黒斑と同じ理屈で同じ道を行く理由が無い。
 例え同じ質と量のガソリンを積んだって、エンジンが無いんじゃマシンは動けない。


 聞かせた所で、無駄だろう。


「じゃあね、黒志摩ちゃん」

「BLACK・LIKE」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く