BLACK・LIKE

須方三城

03,黒斑さんは皆に歳の事を弄られる。

「おう! おうおうおうおうおう!」


 甲間町第三支署地域安全課オフィスにて、獣染みた低い声が響き渡る。


 吠えているのは、ライオンの鬣を彷彿とさせる金色の怒髪天が特徴的な強面の大男。
 身に纏っている真っ黄色のポロシャツもかなり目立つ。


「俺ァ、武黄嶋うきじま 武劉たけるゥ! 階級は二等聖務巡査だァ!」


 武黄嶋と名乗ったライオンヘアの黄色男がズイズイと黒志摩に近付いて行く。
 最終的にはヤンキー同士のメンチの切り合いの如く、額が磨り合いそうな顔面距離に達した。


 間近の強面に対し、「距離感すごいなこの人」と黒志摩は少しだけ眉をひそめる。


「灰堂班所属だからよォ、テメェの直の先輩って事にならァ! よろしくな黒シマダァ!」
「……黒志摩ですが」
「はァ? ダはどこに置いてきたんだよテメェ。舐めてんのか?」
「そもそも付いていませんし、舐めてもいません」
「あァ……? でも、班長サマは黒シマダつってたぞ?」
「班長はきっちり黒志摩左弥だと言っていた」


 武黄嶋に冷静な突っ込みを入れたのは、サラリーマン風のキチッとしたスーツ姿の男性。外見から推測できる年齢は三十路過ぎくらいだろうか。キチッとしてるだけに、ラメ入りでテカテカしている真紫色のネクタイが余計に目を引く。声や動作の落ち着きっぷりが大人びた雰囲気と言うか、渋さの様な物を漂わせているのも特徴的だ。
 良い感じの歳の取り方とはどの様な? と言う問いの模範解答資料に採用しても良いと思える中年男性である。


「それと、タケ。お前は声がデカいし顔も体も厳ついんだ。距離感を考えろ。黒志摩さんが完全に『何だこいつ、顔近ぇよ鬱陶しい』って顔をしているぞ」
「あァん!? 『何だこいつ』、だァ? 武黄嶋武劉だっつってんだろォが! タケ先輩と呼べェ!」
「そう言う意味じゃない」


 やれやれ、と紫ネクタイの男性は溜息。


「すまないな、黒志摩さん。こんな感じだが、タケは頭以外そんなに悪い奴じゃない。そこはわかってやってくれ」
「よしてくれやシドさん。照れる」


 結構ストレート目に馬鹿だと言われた事に気付いていない事が、その何よりの証明だろう。


「失礼ですが、あなたは……」
「ああ、僕は紫藤田原しどうたばる。下の名前は詠太郎えいたろう。上も下も長いから適当に略して呼んでくれ。階級は黒斑クロと同じ聖務巡査長。三二歳既婚。一応、灰堂班じゃ班長に次いで年長者だ。よろしく」
「よろしくお願い致します」
「ちなみに、シドさんの特技は精神分析プロファイリングもどき! 表情や声の変化の機微だけで色々察して、よくプライバシー侵害マンするから左弥ちゃんも気を付けてね!」
「おい紅瓦ベニ。いきなり変な事を吹き込むな。……まぁ、否定はできないが」
「はぁ……」


 確かに、紫藤田原は先程、表情筋に乏しい黒志摩が武黄嶋に抱いた感情をズバリ言い当てていた。
 人の事をよく見ている、と言う事だろう。


「よし、こんなモンかね」


 と、ここで武黄嶋と紫藤田原の自己紹介を見守っていた黒斑が割って入った。


「ウチの班員の紹介は終わったから、次は青那賀せながさんの班だな。出勤して来た時にスムーズに行く様、先にざっくり紹介…」
「何を言っているんだ、クロ。青那賀班は今日から『交番係』だぞ」
「あれ? でしたっけ?」
「勤務ボードは小まめに確認しろと昔から言ってるだろう。そう言えば、この前も非番の記入を忘れて帰ってたな」
「あー……ははは」


 勤務ボードと言うのは、地域安全課オフィスの壁に設置された大きなホワイトボードの事だ。
 そこには地域安全課メンバーの名前が記載されており、名前の横には一人に一個ずつ、四角い枠が確保されている。


 勤務時間中にどこかに出かけたりする際には、自分の名前横の枠に行き先を記載。翌日が非番の場合、勤務終了時に非番である事を記載して帰るのが基本ルールだ。
 まぁ、灰堂を筆頭に諸々書き忘れる者が圧倒的多数だが。


「忘れてやんのォ」
「クロッさん歳だから仕方無いね」
「うっせぇ! お前らだってよく空欄のままどっか行くじゃん!」
「あの、交番係とは?」
「ん? ああ、黒志摩ちゃんは知らないか。一応、エスケーにも交番みたいな出張所があるのは知ってるよね? 数は少ないけど」
「はい。それは知っていますが」


 魔物が頻出するポイントが密集している地域には、聖十字警察隊の交番が設置される事になっている。
 余り無い事だが、もしもの緊急時、捜査官達が迅速に討魔業務にあたるための措置だ。


「エスケーの交番勤務者は毎月交代制で、各署地域安全課の班が割り振られんの。まぁ、二班しかない第三支署に回ってくる事は少ないんだけどね」
「では、来月まで青那賀班の方々とはここで会う事は無いと」
「まぁ、そうなるね」


 青那賀班の紹介はその時にしよう、と言う事で、


「じゃあ、最後にウチの班員について軽くまとめとこうか。灰堂さんは厄介。紅瓦は騒がしい。武黄嶋は脳筋ヤンキー。シドさんはデリカシーの無いお父さんって感じ」
「そして黒斑聖務巡査長は中年ですね」
「そうそ…黒志摩ちゃんッ!?」
「お、左弥ちゃんわかってるぅ!」
「まァ、その通りだなァ」
「全くだな」
「お前らッ! つぅかシドさんは俺より三つも上じゃん! 何しれっと若者組に混ざってんの!? ねぇ!?」
「はっはっはっはっは」
「はっはっはァァ!?」


 紫藤田原ら三名は騒ぐ黒斑を華麗にスルー。ようこそ黒斑を虐げる側へ、と言わんばかりに手を広げて黒志摩を歓迎している。
 これが灰堂班の基本スタンスなのだろう。


「チクショウッ……黒志摩ちゃんを味方に付けて、少しでもこの狂った風潮を是正できればとか期待してたのに……!」


 残念ながら、黒志摩は光を置き去りにせんばかりの速度で向こう側に付いてしまっていた。


「……?」


 神は死んだ……! と嘆く黒斑を他所に、黒志摩はある事に気付く。


「そう言えば……」
「ん? どったの黒志摩ちゃん。もしかして俺側に付いてくれる気に……」
「黒斑聖務巡査長のみみっちい願望は置いといて。先程から灰堂聖務警部の姿が見えませんね」
「みみっち……!?」
「あ、言われてみればそうだねー。私がクロッさん達を迎えに行く時はいたけど……どっか行ったんだろうねー」
「あの班長サマがそう長い事一箇所に留まるはずも無ェしな。どォこに行ったんだか……なぁシドさん」
「あのなタケ。いくら僕でも結局は人間の域を出る事は無い。あの人の行動を予想なんて出来る訳が無い」
「まぁ、シドさんの言う通りだな」
「……あの、野生動物の話ではないですよね?」
「あの人は四捨五入したら野生動物だ。人智に囚われる事は無い」


 紫藤田原が断言し、黒志摩以外の全員が頷く。


「黒志摩さん。覚えておくと良い。班長は我々の都合など欠片も意に介さない。むしろこちらの都合の逆を狙いすましたかの様に突いて来る」


 班員が特に用事の無い時。灰堂はオフィスでグダグダしてたり、班員にウザ絡みしてくる事が多い。しかし、用事が出来た途端にドロン…と言うパターンの発生回数は一度や二度や三度では無い。もう皆「そうだろうと思ったぜ」ってなる程度にはお決まりだ。
 特に班の中で一番灰堂との付き合いが長い紫藤田原は、もう灰堂に用事が出来た瞬間に一旦諦めて保留しておく領域に達している。


 まぁそれでも、今まで灰堂の放浪癖が原因で業務が完全に手遅れになった、なんて事は無いのだが……どうせならさっさと済まさせて安心させてくれ、と班員達は思う訳である。


「あの人に用があるのなら、奇跡的に出会えるのを待つか、甘い物を餌に罠を仕掛けて待つかだ」
「まぁ、最近は学習したのか、餌だけ取られる事も増えたけど」
「それはクロッさんが毎度飽きずにククリ罠ばっか仕掛けるからですよー。なんとかの一つ覚えしてりゃそりゃ流石の芽茱ちゃんも学習しますってー」
「俺みてェに餌をずゥっと監視して、釣られて出て来た所を力ずくで取り押さえんのが確実だぜェ」
「ちなみに餌はミルクチョコ系がオススメだ。最近キてるらしい」
「マジっすか。ドーナツブームいつの間に終わってたんだよ……道理で食いつきが悪くなってた訳だ」
「情報が古ィなァ、クロッさんよォ」
「歳ですからねー」
「うっせぇ! って言うかこのパターンのイジりやめろって!」
「…………………………………………」


 どうしよう、部下が上司の話をしているとは思えない。と黒志摩は呆然。
 とりあえず、どうコメントすべきか少し考えた結果。


「……非常に個性的なんですね」
「便利な言葉を見つけたね、黒志摩ちゃん」


 班長からして何かがおかしい。
 それが黒志摩が配属された、甲間町第三支署地域安全課灰堂班である。








◆黒志摩ちゃんは黒斑さんだけ特別◆
「ねぇ、黒志摩ちゃん……一つ納得いかない事があるんだ」
「黒斑聖務巡査長? なんでしょうか?」
「シドさん俺より歳上だよ? しかも三つ。何でシドさんには中年とか言わないの?」
「……は?」
「いや、別に平和的で良い事だけどさ…釈然としないと言うか……」
「……そうですね。強いて言うならば、それは……」(確かに紫藤田原さんも良い感じのおじさんだけど、私別におじ専とかじゃないし…)
「それは?」
「私を苦しめる中年は、黒斑聖務巡査長だけと言う事です」(黒斑さんだけが私に取って特別と言いますか……)
「黒志摩ちゃん……ッ!?]



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