世界最強勇者ヨワクソンと輝眼のショタ~顎が長いなら、目からビームを出せば良いじゃない~

須方三城

02,顎……?



 救世の英雄・世界最強の勇者、ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガー。


 彼女…と形容したくなる外見の彼は、世界中を旅している。


 何故か。


 超絶大魔王が死に、その死にリンクして【魔物】も滅んだ昨今だが……未だ、【魔王四天王】は世界のどこかで息を潜めている。
 連中を見つけ出し、【始末するため】、そのためにヨワクソンは世界中を渡り歩いているのだッ。


 偉い。








 と言うのが、世間一般様の私の旅人生活に対する認識らしい。


 明確に否定する。


 私がスーパー国民栄誉賞の特典である「要請すればいつだってどこだっていくらだって【補助金】を支給してやんよ制度」を利用し、世界中を旅しているのは、そんな理由ではない。
 むしろ逆だ。


 私は、そのどこにいるかわからない【魔王四天王】から逃げるために、世界中を旅しているのだ。


 だって連中、確実に私を恨んでいるだろう。
 絶対、私に復讐とか考えているはずだ。


 村の皆のせいで私は超絶大魔王を倒した事になってしまい、王様にまで感謝されちゃったもんだから今更すごく否定し辛い。
 最早、この嘘は吐き通すしかない。


 しかしそうなると、私は魔王四天王に永遠恨まれ続ける訳だ。


 闇討ちでもされたら冗談じゃあない。闇討ちでなくて普通に襲われたとしても勝目無い。
 私の戦闘力はハッキリ言って平凡だ。学生時代に少々かじった庶民流の剣術くらいしか身に付けていない。体力的に優れている訳でもなく、筋力だって並の並。
 昔跋扈していた雑魚魔物相手にすら一方的にやられるステータスであると豪語できる。


 だから、私は逃げの一手。
 短期間で色んな場所に移り、逃げつつ観光している。


「届いたか……」


 朝、宿屋の受付ロビーにて。
 私は、絵に描いた様な小太り中年的宿主からとある小包を受け取った。


 宅配物。私の母国発送、私宛。補助金だ。
 申請の手紙を送ってから六八日目にして、ようやく届いた。


 少々、母国から遠く離れた場所に来過ぎてしまったな……申請から手元に届くまでに二月以上かかったのは初めてだ。
 これからは、補助金の受け取りも計算に入れて目的地を決めないといけないな。


「しっかし、驚いたねぇ……似顔絵は見た事あるが、まさか本当に、旦那みたいなカワイコちゃんが、噂のヨワクソ…」
「宿主ッ……!」
「ああ、すまんすまん。お忍びなんだか」


 お忍び。
 そう、私は身分を隠して旅をしているのだ。
 こうして補助金を受け取る宿では、宛名が私の本名宛で送られてくるので、宿主には隠せないが。


 世間に出回っている私の似顔絵は、実際の私より少々中性的……男性顔の方に寄せられて描かれている。
 実際の私の顔を見て、すぐにピンと来る者はそういないだろう。イケメン過ぎるアレ。
 あの似顔絵師、少々ご高齢だったし…もう引退した方が良いんじゃないだろうか。
 しかしまぁ、そのおかげで、私はこうして忍べているので感謝だ。


 世間様も、こんな可愛らしい顔した華奢な男が「世界最強」だなんだと謳われる存在だなんて、夢にも思うまい。


 …………自分で可愛らしいとか華奢とか言ってしまい、ちょっと気分が下がってしまった。


 母上。貴女の遺伝子、ちょっと強過ぎです。


 ま、何はともあれ。
 補助金が届いたし、ようやくこの町を離れる事ができる。


 さっきも言ったが、二月以上も補助金の到着を待って一箇所に留まったのは、この旅を始めてから初だ。
 ……全く、いつ魔王四天王に嗅ぎつけられてしまうかとヒヤヒヤしたぞ……


 さっさとこの町を離れよう。


「宿主。長く世話になったな。早速だが、退室の手続きをしたい」
「えぇ~……もうちょっとゆっくりしてっても良いんじゃあないか? 救世の英雄さんよ。旦那みたいに三食こっちに委託してルームサービスも全力で利用してくれる良客はそうそういない」
「商売熱心なのは感心だが、もう少し建前的な物は無いのか宿主……と言うか、救世の英雄とかうっかり口走ってるぞ。私は救世の英雄だとかそう言うのを隠したお忍び旅の途中だと…」
「救世の英雄!?」


 不意に、背後からショタショタした幼い声が響いた。


 それを合図に、ロビー中の視線が私に集中するのを感じた。


「……………………」
「今のはタイミング的に、あんたのポロリが原因だぞ。俺は悪くないもん」
「そのポロリの原因がいけしゃあしゃあと……!!」


 宿主に怨念を送っても過去は改変されない。
 とにかく、今は一刻も早く事態を収集しなければ。


 ロビー内のザワザワが急速に大きくなってる。
 まずは私のポロリを聞いてしまった声の主に「全然違うよ!」と大声で宣言し、私がヨワクソンではないと言う事を…いや、ヨワクソンなんだけど、とにかく、ヨワクソンではない事をロビーにいる者達に知らしめなければ。


 急ぎ振り返ると、そこにいたのは……


「なッ……」


 な、なんだこの少年……声の印象から少年だろうとは思ったが……


 長い……!!
 とてもとても……【顎】が長い……ッ!?


 どう言う事だ、全体的に言えば、とても普通の少年だ。
 小柄な私でも余裕で見下ろせる小さな身体、短い丈の穿き物から飛び出した健全ヒザ小僧。
 ……【そこまで】ならば、おそらくその辺をぶらつけば、小一時間で似た子共を五人は見つけられる。


 しかし……顎が……顎が長い……!!
 どうしても顎が長い……!!
 なんだその顎は……!?
 私の腕の長さくらいあるじゃあないか……!?
 あまりに長すぎて、少年の股座を通り過ぎてしまっているぞ……!? 顎ォ……!!


 一体、何を食べて育てばそんな長い顎に……!?
 まさか私は白昼夢を見ているのか……!?
 少年の顎がすこぶる長い……顎が長いぞ少年……!?
 何かの冗談だと言え顎長い少年……いや、本当になんなんだこの顎少年……何者なんだこの顎ッ!!


「あー!! 間違いない!! その顔、似顔絵と一緒だ!! 間違いなくヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガーさんだ!!」


 そんな顎…じゃなくて、そんなアホな。
 何故あの似顔絵から実際の私を見てそんな純粋キラキラした瞳で喝破カッパできるんだこの顎。
 まさか目に回すべき栄養が顎に行っているのか!? なんて悲惨な顎だ……!!


 って、この顎の顎に気を取られ過ぎて全力否認するタイミングを完全に逸してしまった……!!


「へー、あれが救世の英雄? 似顔絵より女顔だの」
「って言うか女じゃね、アレ。あんな綺麗な顔した野郎がいるとは思いたくない」
「綺麗って言うか可愛い系だわな。うんうん、あんな可愛い男がいるものか」
「いや、逆だろ。あんな可愛い女がいるものか。女であるはずがない」
「男の娘教の教典やめろ」
「あぁん? 聖戦ジハードすっかコラ?」


 ザワつくギャラリー。これは非常に不味い。


「ッ……そうだ……!!」


 良い案を思い付いたぞ。


「ふ、ふふ、顎…じゃなくて、少年。何を勘違いしている……のかしら。うふふふ」


 そう、女性のふり。
 私は世間様に【世界を救った男】として広まっている。
 ならば女性=ヨワクソンではないと言う事に……


「へぇ!! ヨワクソンさんはオカマなんだ!!」


 おい顎ッ。


「ち、違うわよ……私は正真正銘に女性……」
「へぇ!! ヨワクソンさんは実は女の人だったんだ!!」


 顎ッ。


 なんなのだこの顎。決めつけが凄い。勘弁してくれ。


「実は女の人だったヨワクソンさん!! 僕の話を聞いてください!!」
「その前に、君は先入観を捨てて私の話を聞きなさい」
「後にしてください!!」


 なんて図々しい顎ッ。


「ヨワクソンさん!! 僕は貴女みたいなかっちょいい人に憧れてるんです!! すごく!!」
「私に顎…じゃなくて、憧れて……?」
「はい!! そりゃあもう!! 憧れ過ぎて顎がこんな事に!!」


 酷い濡れ衣だ。
 私とその顎の間には絶対に因果関係は存在していない。していてたまるか。


 仮にしていたとしたら、君は多分、私を殺しても許される。


「そんな感じなので、この顎に免じて僕を貴女の旅に同行させてもらえませんか!? 魔王四天王を倒す正義の旅!!」
「待ってくれ顎…じゃなくて少年。まず、私はヨワクソンでは…」
「あ、ちなみに僕の名前はナガア・ゴチンって言います!!」
「そうか。それは良い名前だ。良いから私の話を聞け」
「あれ? ヨワクソンさん、口調が男みたいになってますよ? もしかして男……え? でも何でさっきは女の人のふりを……? まさかヨワクソンさん、僕に嘘を吐いたの……? そ、そんなの有り得ないですよね……? あのヨワクソンさんが、そんな……嘘だ……そんな……!!」
「……あのね少年。お願いだから私の話を聞いてくれないかしら」


 ……ああ、また貫かねばならないカルマが増えてしまった気がする。


「まず、私はヨワクソン……」
「そんな事より、僕を一緒に連れてって!!」


 私に憧れてるなら私の話を一蹴しないでくれ。子供って恐い。


「聞いてお願い。私はヨワ…」
「貴女がヨワクソンさんなのはもう重々承知ですよ!! しつこいなぁもう!!」


 しばくぞこのあほ


「とにかく答えてくださいよ!! 僕は仲間になりたそうに貴女を見ています!! 仲間にしますか!? 【はい】、【いいえ】!!」
「【いいえ】」
「それを選ぶとはとんでもない!!」
「王様ッ!? 今、王様が今ダブったよ君!!」


 私の祖国の王様、「スーパー国民栄誉賞、受け取ってくれるな!? はい、いいえ!!」と言う問いかけに私が「いいえ」を選んだら、今の顎と全く同じフレーズを口走っていた。そして「はい」を選ぶまで永遠にループした。


「ヨワクソンさんはただ意志薄弱と川を流される木の葉の様に【はい】を選んでいれば良いんです!!」
「そろそろ殴って良いかしら」
「殴ってくれるんですか!? あのヨワクソンさんが僕の様な卑しい町の子共Aに過ぎない分際を!? 光栄ひゃっほう!! お願いしますッ!!」


 無敵要塞かこの顎。


「……あのねぇ、顎…少年……よく聞いて」


 こうなったら、方向性の変更だ。


「私は、とても過酷な旅をしているの。君の様な弱々しい子を連れて歩ける訳がないでしょう?」


 少々、酷い言い方だが……仕方無い。


 実際、私は魔王四天王にいつ襲われるかわからない旅をしている。
 襲われない様に最善は尽くしているが、それでも襲われる可能性はゼロではない。
 平気で嘘を吐き塗り重ねる様なクズな私だが……そんな旅に、同伴者を連れて歩く様な神経はしていない。


「う……確かに僕は弱い……でも、だから、貴女と一緒に行って強くなりたいんです!!」
「弱いまま死ぬだけよ」
「……!!」
「君には【資格が無い】……そう言っているの」


 ああ、私は今、とても酷い事を言っている。


 しかし、これは決して嘘ではない。
 こんな顎以外は普遍的な子共が、生命の危険のある旅に同行して良いはずがない。


 私に憧れるのは勝手。強さを求めるのも勝手だ。
 この子が何を夢見てどこで何をしようと、私の認知する所ではない。
 だが、私に関わると言うのなら、話は別だ。


 私は【分不相応な挑戦】を決して応援しない。【分不相応な栄誉】のせいで、今、こうして色々と面倒な事になっているからだ。


 私と旅に出て……この子が何かの間違いで、私と同じ様な境遇になってみろ。全ての責任は私にある。
 私は私一人分の人生で手一杯だのに、この子の人生の責任まで負える訳がないじゃあないか。


 胸は傷むが、すっぱり、諦めてもらう。


「……ッ……じゃあ、どれくらい強くなったら、【資格】がありますか……?」
「……そうね……」


 妙な事を聞く顎だ。


 まぁ、好都合だ。
 適当にとんでもない事を言って、本格的に諦めさせよう。


「目からビームでも出せる様になったら、まぁ【資格】があると言っても良いかしら」
「目からビーム!?」
「そう。それもただのビームじゃあダメ。一撃で魔王四天王も倒せる様なドすごいビームよ」
「ッ…………」


 我ながら、本当にとんでもない事を言っているな。
 だが、これでこの顎もようやく諦めが……


「わかりました」


 おい顎?


「一晩ください!! 明日の朝までに、必ず目からビームを出せる様になりまぁぁす!!」


 それだけ叫んで、顎は宿屋から飛び出していった。


「…………………………えぇー……」
「ちなみに、あの子は俺の息子の友達だ」


 知らん。


 とりあえず……


「あー……皆さーん。私はヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガーじゃないですよ?」


 今更かもだが、一応取り繕っておこう。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品