B.L.O~JKがイケメンになってチェーンソーを振り回す冒険譚~

須方三城

16,闇に誘われて……?



 ―――白い、天井?
 横合いから差し込む陽光が、心地良く暖かい……日光に好意を抱いたのは、初めてかも……
 しばらくビギニング草原を駆けずり回って日に慣れたからかな……そう言えば、もう何年も、登下校以外でまともに日の光を浴びる機会なんて無かったね……


 って言うか……あれ? なにが、どうなったんだっけ?


 記憶が曖昧だ。


 確か私……【歪みの魔王】とか言うファッキン触手のせいで……死……んでないよね、これ。


 この白い天井に、仄かに鼻腔へ侵入してくる薬品臭さ……これ、多分病院のベッドの上だよね。


 あのあと、私は生き残っていて、目を覚ましたビーくん似アバターが連れて帰ってきてくれた……?
 それとも、私の危惧は杞憂で……光のオーブの加護とやらがしっかり発動して町に転送された?


 ……まぁ、どっちにしてもあれか……やったぜ。
 柄じゃないけど、この喜びは雄叫びにしても良い。
 生きてるって素晴らしい。


 ぅ……でも、声が出ない。身体を起こすのも無理。力が入らない。腕を軽く持ち上げるのも一苦労……って、あれ……?


 私の手……不気味なくらい青白くて、細い……?


 褐色で無骨な手とは似ても似つかないし、極厚の鋼の手甲なんて装備したら多分その重みだけで粉砕骨折するだろう。


 ……………………あれ……? でも、見覚えがあるよ、この手。
 むしろヴッさんの手よりも見てた期間が長い気がするよ、この手。


 って、ほわァ……!?
 な、ななななな何!? 何何何!? 私がふるふると持ち上げた手を、いきなり視界の外から伸びてきた謎の手がぐわしって……!?


「モヤシ眼鏡!? 意識が戻ったのか!?」


 ッ……び、びっくりした……ビーくん似アバターか。
 ってかモヤシ眼鏡て……ヴッさんは眼鏡なんてかけてないしモヤシと言うよりゴリッゴリのかりんとう……って、ん?


「…………び、ぃ、くん……?」
「ああ、そうだ俺だ!! 俺がわかるか!?」


 ……違う……ビーくん似アバターじゃない。
 私の目の前にいる、目の下に歌舞伎役者ばりの隈を貼り付けたこの茶髪のイケメンは……ビーくんだ。忍田しのだ日元びがん


 私を見る視線の色が違うし、言葉使いも……何より、普通に現代風のTシャツを着てる。上半身丸出し違う。


 ……え? え? え? ……はあぁ?


 ど、どゆ事……?


 あ、あれ? もしかしてこれ私……夢オチ?
 今までのヴッさんとしての丸々全部……いや、でも夢にしては色々な感触がリアル過ぎたよアレ。


 夢じゃないとしたら……


 ……もしかして、転生……し直した?


 私として死んでヴッさんになり、ヴッさんとして死んだから私に戻った?
 え? つまりそう言う事なの? ちょっと待って整理が……


「良かった……良かったァァァァーーーッ!!」


 って、ふぉあ……!?
 び、ビーくんちょッ……誰に許可を取って抱きついて……しかも胸に顔をうずめてそれはいくらなんでもセクハラが過ぎるよ……!?
 ぐえぇえ……でも身体がまともに動かなくて抵抗できねぇぇぇ……お、おのれビーくんめ……!!
 私が動けないのを良い事に抱きついておっぱいに頬ずりしてくるとかやってる事が完全に暴漢のそれだよ……!! イケメンでも許されないよ……!?


「う、ぅうう……本当に……本当に、良かった……!! お前が卒倒して心肺停止した時は……俺、俺はァァ……!!」
「…………………………」


 って、うわぁ……
 涙か鼻水か涎か……もしくはそれら全てが入院服の胸元に染みてくる冷たい感触が……うへぇ、キショいぃ……切実に誰か助けて。もうこの際クソッタレおかんでも良い。助けて。


「良かった……良かったァァ……」


 さっきから良かった良かったうるさいなぁもう……


 ……ちょっと、喜び過ぎじゃない?
 まるで死の淵に瀕していた嫁が目を覚ました夫みたいな……………………、ッ。
 ……い、いやいやいやはは、ま、まま、ま、まぁアレかぁー。ビーくんからしてみれば殺人犯にならずに済んだ訳だからね~、そりゃあ嬉しいよね、喜ぶよね~。良かったねうん、本当に良かった。


 ………………いやいやいやいやいや。別に変に意識とかしてないけど?
 だってあれはビーくん似アバターの話であって、ビーくんがそうとは限らないって。
 ビーくん似アバターは断定発言してたけど、ビーくんと同じ顔してる様な阿呆の言う事なんて……


「ぅううう……好きだぁぁあああモヤシ眼鏡ぇぇ……」


 なんてタイミングでなんて発言をブッ込んできてんだこの野郎。


「もうわかったんだよ……どうしても素直になれない男心と思春期特有の複雑かつイレギュラー満載な心理状態の相乗効果で俺がどんな想いをしてるかなんて、お前は欠片も察してくれないって……それくらい鈍感クソ眼鏡だって……だからもう直球で全部言う……俺はお前が好きなんだよぉぉ……ずっと……ずっと前から……今でも!! だから……だからァ、もうどこにも行かないでくれよぉぉ……!!」
「…………!!」


 ……………………、はッ……気を確かに持って私……!!
 相手はイケメンな所以外に取り柄がないウェーイモンスターなのよッ……!!
 なんか「ぶふッ……顔中から汁を垂れ流してわんわん必死に泣き喚くイケメンのザマは胸キュン股ジュンすなぁ……」とか甘いトキめきを覚えかけてコロっと落とされそうだった……アブなぁー……これがリア充のナンパテクってやつなのね……卑怯者。


「もうどこにも行かないって……言えェェェエエエエエッ!!」


 いや、言えって言われましても、今は声が出な……くぴぇッ。ぁ、び、ビー、くぅ、ん? わ、私を抱きしめ、てる、腕ェ…ちょ、ちょっと、力、入れ、過ぎじゃ、ない…きゃ、な……!?
 こ、興奮し、て、加減が効、かないのは…わ、わからない、でも、ない、けど……こ、れは……ぐ、苦し、お、ぉおお、折れ、折れりゅ、お、折れりゅこれ、背骨ッ……あが、ぱッ……


 ァッ…ぐ、わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………―――




   ◆




「おう、旦那。夜中にこんな所で寝てると風邪引くぜ」
「……おはよう、町案内のモブNPC」
「町案内の、もぶえぬ……? まぁ、良いや。おはよーさん。つっても、もうすっかりこんばんわだけどな。見ろよ、星が綺麗じゃんか」


 ……………………私は、つい最近見た事あるレンガ調の夜町の中、仰向けにブッ倒れていた。夜の冷たさに感応した様な石畳の温度を背中に直で感じる。
 私の顔を覗き込んでいたハンサム中年こと町案内のモブNPCが言う通り、藍色の空には満天の星と薄く笑う三日月。何笑ってんのよ。


「………………」


 手を、顔の前に持ってくると、ガシャンと手甲の揺れる音が聞こえた。
 ……ああ、分厚い手甲に覆われた、無骨で逞しい腕だ。手甲は肘の辺りまでで、そこから下は日焼けがそのまま染み付いた様な見事な小麦色の肌が露出している。筋骨隆々。


 うん、……まぁ、うん。ヴッさんだわ、この腕。


 ……あー……はははは………………これあれか。つまりそう言う事か……


 ……私、またビーくんに殺されたァァァッ……!!


 自分を好きだと抱きしめてくれた幼馴染にそのまま背骨を砕かれて死ぬ日が来るとはね……日光浴びて死ぬのとどっこいどっこいの冗談じゃなさを纏った死因だよ……
 って言うか、なんなの? 私は死ぬとヴッさんになるシステムなの? 神様の戯れが過ぎるよ?


「………………とりあえず、さ。うん。あれだね。町の復興、早いね。おめでとう」


 現実から目を背けるため、違う事に意識を向ける。


「復興? 何言ってんだ旦那? まるでこの町に不幸があったみてぇな言い草じゃねぇか」
「……へ?」


 いや、だって……見渡す限り、平和な町並みが広がってるじゃん。
 ブライオン…【歪みの魔王】にあんだけぶっ壊されてたってのに。


 ん? でも今の発言……まるでこの町が襲われた事なんて無かった様な言い草だった。


 もしかして……


「……前とは違うユーザーマップ?」
「??? 何をまた訳のわからん事を……」


 そうか、そうなんだ。
 ここは【歪みの魔王】と戦ったビーくん似アバターのユーザーマップとは、違うユーザーマップなんだ。
 だから【歪みの魔王】による一連の事件が無かった事になっている。


 そう考えるのが、一番自然じゃないかな。


 つまり、そうすると……このマップに、あのビーくん似アバター……ビギャン・イエーガーだっけ? 何か違う?
 でもまぁとにかく、彼はいない、と。


 これは微妙に幸運だ。
 またさすヴラさすヴラと擦り寄られては鬱陶し……


「あ! そこで寝転がっている貴方は噂のヴラド・レイサーメルさんじゃあないですか!?」


 ………………んんんッ……
 なんだろうすごく聞き覚えのある声、具体的に言うとビーくんヴォォイスッ……


「俺、ビガーン・ハウスーガーって言います!! 貴方の後輩に当たります!!」


 あぁ、無邪気な笑顔で覗き込んで来たそのイケメンフェイスは紛れもなく……


「図々しくもお願いなんですが、俺に戦い方を教えつつ一緒に旅してください!!」
「嫌です」
「何でェ!?」


 …………どうやら、私はビーくんからは逃げられない星の元に生まれた様だ。



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