B.L.O~JKがイケメンになってチェーンソーを振り回す冒険譚~

須方三城

12,モヤシーヌ・オルタ・ディストーテッド。



 光源などどこにも無いはずだのに、視界の確保には全く困らない攻略者プレイヤーに優しいフレンドリーな洞窟内。
 少し息を吸えば、一雨降ったあとの様な湿気た空気が鼻腔を抜けて肺へ落ちていく。


 スポットマップ【ビギニング洞窟】。
 三層からなる地下迷宮ダンジョン的な洞窟。内装はまぁ「洞窟と言えばこんなもん」と言うイメージを凝縮した様な洞窟マップ。濁った灰色の道と壁が延々続く。
 事実上のチュートリアルマップにあるだけあり、ほぼ一本道。
 道の先に拓けたスペースが各階層一箇所ずつ存在し、【魔物集中出現箇所コンセントレーション】となっている。
 最奥の【魔物集中出現箇所コンセントレーション】の魔物を掃討するとイベントが発生し出現する獣系の小型魔王【第二の魔王・ブライオン】を討伐すると、その先にある抜け道から次のエリア【ジョバンエリア】へ行く事ができる。


「…………!」


 第一階層の最奥にて、私は見つけた、【ボーナスステージ】を。
 ……「万々歳」って感情表現ワード、こう言う時に使うんだろうなって思う。


 ビギニング洞窟の【魔物集中出現箇所コンセントレーション】に出現するのはビギナーモーグラーやブラックバットだ。
 だのに見て。私の視線の先、少し拓けたスペースにて、朝の満員電車みたいにぎゅうぎゅう詰めになってる有象無象の一匹……ビールで肥えたおっさんみたいな体型をしており、へし折った木の枝をステッキの様に扱う二足歩行の大きなカピバラ……あれ、カピバラ紳士だ。
 他にも、タンクトップネズミや手ブラ野蛮人など、ビギニング森林にしか出現しないはずの魔物がチラホラ。
 ビギニング海岸にしか出ないマッスル逆人魚とかカツオ武士とかもいるね。


 どうやら、先程の魔物がいない事に関する予想……三番目、【歪みの魔王】に先導されて組織的団体行動を取っている……が正解だったみたい。


 ビギニング草原、森林、海岸、洞窟組の混成団……差し詰め、この先にいる【歪みの魔王】の手先軍団、【歪みの魔王軍】って所?


「ヴ、ヴラドさん……? 何かかつてない壮絶な光景が目の前にある気がします……!!」


 うん、まぁ、すごい光景だね。
 あまりにもスシ詰め状態で、私が視認できる限りまともに動けそうな魔物が一匹もいない。我ながら先程の満員電車と言う例えは実に的を射ていると思う。


 バカ丸出し過ぎる。
 そして私にはご褒美過ぎる。


 私は別に戦闘がしたい訳じゃあない。
 魔物を討伐できればそれで良い。
 敵をミンチに変える感触と、返り血の温もりを感じられればそれで良い。あと少量の御肉も多少味見できたらいいな。


 そんな私の目の前に、身動き取れない魔物の団体様? それ何て据え膳上げ膳?


 今の私はヴラド・レイサーメル、光のオーブに選ばれた戦士であり、性別は♂。
 戦士は魔物を倒さなきゃいけないし、男子って据え膳は食べなきゃいけないんでしょ? これは最早使命。ダブルで使命。使命に使命が重なるとかもうそれは運命。


 それに丁度、ビーくん関係で一刻も早く忘れたい案件を抱えてしまった所だ。
 パーッと、そしてドバーッとイっちゃって、早く忘れよう。


 では、まず手前のカピバラ紳士から順々挽肉にしていこう。
 ふふ……あの豊満なお腹……マサクゥルの刃で丹念に肉繊維をすり潰しながら引き裂いたらどんな感触がするのか……そして町の定食屋のイチオシメニューとして看板に刻まれるその御肉は生だとどんな味がするのか。


「ぽ……ぽきゅあッ!?」


 んお? 私と目が合った途端、手前のカピバラ紳士が必死の形相でバタバタし始めた。
 私に狙われてるって悟ったのかな? でも残念、スシ詰め状態な周りの魔物が邪魔で身体を揺する事しかできてないね。どうしても逃げれないね。何が起きても逃がさないよ。
 それとも何? 毛皮に覆われたお腹をそんなにぷるんぷるん波打たせちゃって……もしかして、誘ってるゥ?


 上等じゃない。今すぐたいらげてやるわ、私の可愛い据え膳ちゃん。


 AS【バーサーカー】の効果で無意識に抜刀していたマサクゥルを水平に構えて、突撃態勢を……
 …………キラキラが鬱陶しい。
 でも、この際どうでも良い。
 キラキラが私のテンションを下げる速度を遥かに上回って、目の前のボーナスステージが私をハイにしてくれる。


 ぁァあ……興奮の余り血が沸騰し始めたのか、体内温度が急上昇しているのを感じる……体内の奥底から沸き立つ蒸気で、吐息が白く濁り始めた……あふぅ……喉が焼けちゃいそぉ……ぁァんんふふふゥッ……スイッチ入ったこれ。


 さ、妙な事は綺麗サッパリ忘れちゃって、イこう……イキまくろう。


「きゃはッ」


 レッツゴー、魔物討伐ゥ☆


「ぽ、ぽきゅぅぅぅぅううううううううううう!!(号泣)」
「ジューシーそォなァァ…ォォオ腹アァァァァァァハッハハハハァァァ!!」


 その脂肪で、私の一物マサクゥルをしゃぶれェェェァァァーーーッ!!




   ◆




「すごい……まるで柔らかい壁を掘り進むみたいに……あっと言う間に魔物達を駆逐してしまった……流石ヴラドさん!!」


 柔らかい壁? とんでもない。
 とてもご褒美の塊でした。本当にありがとうございました。


 もうね、たまらんですわ。
 ある程度進んで真ん中に入るとね、適当に振り回しただけでマサクゥルを伝導して私の腕に幸せの感覚が伝わってくるんだもの。
 しかも、ここにいたのは草原・森林・海岸・洞窟の魔物達の詰め合わせアソートパック
 伝わる感触のバリエーションたるやハァァレルゥヤァァァッ……飽きが来ないのなんの、永遠に乱舞していられる気がした。


 無双中、何度か聞こえた天の声によると、私はついにAS【バーサーカー】をLV一〇〇に、そして新たにAS【コンボマスター】【マルチファイター(複数の魔物・魔王が認識領域に入っている状態だと各種行動のスタミナ消費量が減少)】【ランペイジ(複数の魔物・魔王が認識領域に入っている状態だと物理攻撃値が微上昇)】も習得したらしい。
 しかも【ランペイジ】はLV一〇〇まで行ってた気がする。上限ボーナスで与ダメとクリティカル発生率を大幅に上昇させるSP【暴虐の王モロクレイド】も習得したはずだ。
 超密度の無双プレイを楽しめた上、無双プレイ向きのASとSPを習得できた。
 素晴らしき一石二鳥。うまうま。


「さ……次の階層の【魔物集中出現箇所コンセントレーション】に行こう……早くイこう」
「あれだけ暴れたのに疲弊するどころかむしろツヤツヤしてる……!? 一体どこまで流石なんですかヴラドさん!! もう俺の舌には巻ける尺が残ってませんよ!?」


 そう? そんなツヤツヤしてるかな……? 【バーサーカー】の効果で戦えば戦うほど回復するし、その影響?
 まぁ、スキルでの回復なら【回復酔い】の心配は無いし、問題は無いでしょう。




   ◆




 ……どうやら、【歪みの魔王】の軍団は、第一階層に全投入されていたらしい。
 第二階層には魔物の毛一本すら見当たらず、マサクゥルを抜く機会は無く。私とビーくん似アバターはすんなり第三階層……【歪みの魔王】が控えているだろう階層へと到達した。
 物足りぬ。


「ビギニング洞窟……どこまでも同じ様な景色が続きますね……同じ場所を何度もぐるぐるさせられてるみたいで、少し気をやられそうだ……一体、何階層まであるんですかね……?」


 ん? ……ああ、そっか。ビーくん似アバターは初挑戦だからビギニング洞窟が全三階層なのを知らないのか。


「この階層が最下だよ」
「ッ……じゃあ……」


 まぁ、いるんだろうね。この先。
 もうすぐ到達する、第三階層の【魔物集中出現箇所コンセントレーション】に……【歪みの魔王】が。


「この先に……」


 洞窟内には私達の足音以外に物音は無くて、ビーくん似アバターがゴクリと緊張に唾を飲む音がよく聞こえた。


 別にそんな緊張しなくても……私がサクッと潰して終わらせるから。


 私が今ここにいる事による悪い余剰。それが【歪みの魔王】。
 私は小さい頃から、自分が割ったコップとかオネショかましたシーツとかちゃんと自分で処理してきた。今回もそれと一緒だ。


「……着いた」


 拓けたフロア。第三階層の【魔物集中出現箇所コンセントレーション】。
 本来ならここで魔物の群れとエンカウントし、それらを討伐するとイベントが発生してブライオンとの戦闘になるんだけど……


 …………あれは…………


「……え……モヤシーヌ!?」


 奥の方にジョバンエリアへ続く坂道がある以外、他に何も無いただっ広い円形空間。


 その中心に立ち、私達を待っていたのは……血色の悪い青白い肌をした黒髪の少女……ただ一人。
 俯いているので顔は確認できないが、全体的な容姿はさっき町で見た覚えがある。【歪みの魔王】に尻尾で絡め取られて拉致された少女……ビーくん似アバターが幼馴染と豪語するNPC、モヤシーヌちゃんで間違い無い。


「……ん?」


 あれ? 私、何で武器マサクゥルを抜刀してんの?
 AS【バーサーカー】の副作用で魔物や魔王が認識圏内に入ったら無意識に抜刀・戦闘態勢に移行する身体にはなってるけど……今この場にいるのは私とビーくん似アバターとモヤシーヌちゃんだけ…………、……!


「無事だったのか……! 良かった……本当に良かッ」
「待って」


 愛しの幼馴染ちゃんが無事そうで嬉しくて今すぐ駆け寄りたい気持ちは共感はしないけど理解はできる。
 でもストップ。


「……へ? な、なんですかヴラドさん? ちょっと肩、放してくださいよ……俺はモヤシーヌを今すぐ抱きしめ……」
「様子が、おかしいよ」


 だって、そうでしょう。


 一体【歪みの魔王】はどこへ行ったの?
 そしてあの子は何故、ビーくん似アバターの声にピクリとも反応せず、ずっと突っ立ってるの?


 仮に【歪みの魔王】が気まぐれであの子を解放してどっかに行っただけだとしよう。
 で、魔物の出現地域のど真ん中に放置された少女が、あんなに落ち着いた佇まいでいられるものなの?


 私だったら全力で身の安全を確保するために動く。
 どこか、申し訳程度にでも身を隠せそうな場所を探すか、隅っこで気配を殺す努力をする。
 そして、誰かしらが来ればすぐに救助を求める。救助を求められそうにない暴漢風な奴が来たなら奇襲して装備を奪う。


 何にしても、ただひたすらフロアの真ん中に突っ立っているなんて……正気の沙汰とは思えない。


 そして、何より……私は今、何故か武器マサクゥルを抜刀した。
 無意識の戦闘態勢移行……この現象は、今までにも何度か経験している。
 AS【バーサーカー】の副作用として……【魔物と対峙した時】に。


「―――よく来たわね、ビーくん。それと……あんたはヴラド・レイサーメル、だっけ?」
「……!」


 何が楽しいのか。
 顔を上げたモヤシーヌちゃんは……笑っていた。
 不気味だ。あの顔そのものに何か不快感の様なモノを感じる。今すぐブン殴りたい衝動を覚える程度には不快な顔に感じる。憎たらしい笑顔この上無い。


「モヤシーヌ……? 何かお前……ほんの少し見ない間にこう……少し雰囲気変わったか?」
「……へぇ、鈍感なビーくんでもそれくらいはわかるんだ」


 異変は、唐突だった。


 ムカつくニヤけ面のモヤシーヌちゃん、その背面右側、こっちからじゃよく見えないけどおそらく右肩甲骨の辺りから、黒いモヤみたいなのが吹き出した。


「「―――ッ!?」」


 まるで、黒い隻翼。
 翼の中心で、見覚えのある紅い瞳がぎょろついている。……ビギニングタウンを襲撃したブライオン……【歪みの魔王】の目玉だ。


「も、モヤシーヌ……!?」
「まさか……」


『ヴラド・レイサーメル、ビギャン・ホームーガー、【jzわzむwqlzぬs LV一四二】とエンカウント』


 脳裏を過ぎった可能性を肯定する様に、天の声が響いた。





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