醤油とシーサーとモハメドの鋭いパンチ。

須方三城

09,醤油の話をしたい。



「私はボックス……司る【奇跡】は【一打超必殺】ッ!! この【匣】で殴った相手をダメージの大小に関わらず必ず絶命させる【奇跡】だ!!」


 そう叫び上げたオレンジ角刈り、みかん箱の加生ノ神クスのかみであるボックス。
 ボックスが角ばった筋肉の鎧に覆われたその右手を振り上げると、どこからともなく降ってきたオレンジ色のダンボール箱がすっぽりとその右拳にドッキング&ジャストフィット。


「俺ァアックス……司る【奇跡】は【一斬超必殺】ゥ!! この【斧】でぶった斬った相手をダメージの大小に関わらず必ずブッ殺す【奇跡】だァァ!!」


 斧刃の様な黒モヒカン、木こりの斧の加生ノ神クスのかみであるアックス。
 アックスがその手を天に掲げると、虚空から大斧の柄が顕現。アックスはその柄を掴み、大斧を構えた。
 普通の男性なら両手でも扱うのが難しそうな大斧を、まるでテニスプレーヤーがラケットを振り回す様な感覚で取り回している……実にパワフル。


「セックス……司る【奇跡】は【一発超興奮】……わらわの【触手】に触れた相手を【自慰を覚えた猿】の様な興奮状態に陥らせ、死ぬまでシコらせ続けるセックス……」


 小柄マントのマントの裾から、うぞろうぞろにゅるにゅるじゅるんッ!! と言う快音の連打を伴って、無数の薄ピンク色の触手が這い出してきた。
 セックスと言う御名前らしい小柄マントは、透明な粘液を滴らせる触手をのた打ち回らせながら、「クスクスクス……」と静かに笑う。


「……おい、ブックス。お前にも司る奇跡とやらはあるのか?」
「初耳だ」


 そうか。


 にしても、頭おかしいな、あの三人組の能力構成。
 平たく言えば、全員が一撃必殺能力を持っている訳だ。
 しかも最後の奴に関しては、ただの即死よりも性質タチと趣味が悪い。テクノブレイクであの世イキなんぞ冗談ではないぞ……!!


「しゃるるるる……!!」
「畜生。俺を守ろうと臨戦態勢に入ってくれるのは嬉しいが、やめておけ」


 一応調べておいたが、最近のペット死骸処理手続きはかなり面倒になっているんだ。
 一昔前とは違い、ペット葬儀もやって当然みたいな風潮にある。
 なので、俺のペットになった以上、生命を捨てる様な真似は許さん。可能な限り長生きし、できれば俺より後に死ね。


 ……しかし……どうしたものか……三名はそれぞれ落下してきた時の配置のまま。
 つまり、俺達を中心に据えた三角形を描く様に陣取っている。要するに、俺達は囲まれている。


 警察を呼ぼうにも、スマホは部屋だ。


 一撃必殺能力を持つイカれた連中の横をすり抜けて逃げられるのか……?
 俺はそんなに身体能力が高い方ではないぞ……!?


 ……そうだ、三人の内どいつかにブックスを投げつけて、隙を作ってから逃げると言うのはどうだろう。


「あ、今なんかピィンときた!! 貴様ァ!! 今何かろくでもない事を考えただろう!?」
「俺と畜生が生き残るために最高効率的手段を思案しただけだ」
「その中に拙者も入れろォォォーーーッ!!」
「大丈夫だろう。さっきの話を聞く限り、奴らはお前を殺すつもりはない様だ」
「いやいやいや!! さっきの話を聞く限り、拙者は捕まったらあの触手をデロンデロンさせてる奴にヤバい事をされるんだが!? 多分死んだ方がマシな目に遭う気がするゥ!! 嫌ァァァ!! 見捨てんといて!!」


 この世に死んだ方がマシな事などあるものか。軟弱者のクソみたいな言い訳めいた事をかすな。反吐が出る。そんな事を言う奴は死んでしまえ。


「頼むゥ!! 本当に頼むゥ!! いつかあいつらみたいに人型になれる様になったら何でもするから!! 奴隷の如く働くから!!」
「む」


 悪い条件では無いが……こいつが人型になれる様になると言う保証が無いのが痛いな。
 大体、それが保証されたとしても……どうやって俺達全員でこのイカれた三人組から逃げる……?


 ッ……至極不味い……!! あれこれと思案している内に、よりにもよってセックスが片足を引いて腰を落とし「これから飛びかかりまする☆」と言わんばかりの体勢に……!! 奴だけは嫌だ……!!


 あ、何かボックスとアックスも臨戦態勢に。
 いや、確かにセックスだけは嫌だとは思ったが、お前らも充分嫌だからな?


「クスクスクス……」
「観念してもらう」
「さァ、断末魔を上げれるのは一瞬だぜェ? 人生一度こっきりのチャンスゥ、逃すなよォ~?」


 くッ……万事……休すか……!?


「とぉおおう!!」
「うるァァァ!!」
「セェェックス!!」
「ッ……うぉああああああああ!?」


 絶体絶命の状況で、瞼を閉じる事がどれだけ愚かしいかと言う事は、理解している。
 だが、恐怖心には勝てなかった。


 ブックスをせめてもの盾として構えて、瞼を堅く閉ざし、暗闇の中、最後の瞬間を待つ。






 …………………………?






 何だ……? お、おかしいぞ?


 何も……起きない……?


「は、はぁ? な、貴様は……? 貴様が今、助けてくれたのか……!?」
「しゃ、しゃう……?」
「………………?」


 ブックスも畜生野郎も、一体何を素っ頓狂な声を……?


CHOちょCHUちゅNEねぇ…………いつまでヘッピリ腰でブルってんだい、マイマスター」
「……は?」


 瞼を開けてみると、そこにはやたら筋肉質な土色の背中があった。


「だ、誰だ……!?」


 土と見間違いそうな程に濃い褐色の肌の背中。真っ黒なアフロヘア。纏っている衣類と呼べる物は両手の黒いボクシンググローブと、ゆったりとした感じの黒いトランクスのみ。
 その肢体は筋肉質ではあるが……こう、何と言うか、全体的に引き締まっている。ボディビルダーの様な圧倒的肉量を誇示する肉体ではない。言うなら、階級制格闘技……例えばボクシング選手の様に、絞り抜かれた洗練筋肉。


OHおぉー。わかんねぇのかい? そりゃあ少しばかりショッキングだ」


 くるりとこちらを振り向いて微笑したアフロ……その瞳は燃える炎を凝縮した様な紅蓮色。そして、額からは……し、触覚か、アレは……?
 虫の触覚……具体的に言うと、蟻の様な触覚が二本、その額の肉を穿って生えていた。


 え、いや……わかんねぇのかいと言われても……欠片も見覚えがないのだが……
 誰だ、このアフロボクサーは。


 と言うか、待て……あのガン黒アフロボクサーの向こうで倒れている三人組……ボックスとアックスとセックスか……!?
 まさか、三人まとめて、このガン黒アフロボクサーが吹っ飛ばして……俺達を、救出してくれた……?


「あ、この玉響の感じ……貴様、アレか!! この若造が部屋に飾っていた、薄青色の何かを保管していた透明な容器の加生ノ神クスのかみか!! 主のピンチに覚醒したのだな!?」
「OH、YES。大体は正解だ。もう一越ワンステップだぜ」


 ……俺の部屋に飾っていた薄青色の何かを保管していた透明な容器……?
 俺はそんなものを部屋に飾っていたか……?


 薄青色の何か……ん? まさか、それは……


「蟻の飼育ケースの事か……?」
「ふッ……」


 俺のつぶやきを肯定する様に、ガン黒アフロボクサーが一段階笑みを濃くした。


 そう言えば昨夜、ブックスがあの容器についてなんやかんや言っていた……あのケースが加生ノ神クスのかみに……?
 いや、それは既に「大体は正解」だと評価されている。
 つまり、そのケース……の中身、か?


 ま、まさか……


「も、モハメド・アーリー!?」
「YES I AMッ!! ……と元気に言いたい所だが、それも少し違う」


 身体のバネを慣らす様に、ガン黒アフロボクサーがその場でトーントーンと跳ね始めた。
 リズミカルに触覚を揺らしながら、その不敵な笑みをどんどんと濃くしていく。


ミー達・・・は、前のマスターが込めた感謝と友愛の感情、そして今のマスターが注いでくれていた楽しさ。それらを受けて加生ノ神クスのかみ化した、一〇匹の蟻んこ・・・・・・・の集合体さ」


 加生ノ神クスのかみは、玉響の影響を受けて奇跡を起こす様になった物質や生物・・の総称。


 つまり……


「モハメド・アーリー・蟻ガ十匹テンクス。前マスターが友愛を向ける相手であり、現在のマスターであるYOUを、決して不幸にはさせないぜ。そうだろ? CHOちょCHUちゅNEIねぇい




   ◆




 一方、その頃のギャモ。


「ぎゃーもぎゃーもぎゃも♪ おなごのこ~♪ ……って、ほわぁぁ!? BOMGボォンッ!? な、何で爆発したデス!? 逆襲のメレンゲ!? ちょ、ひぇ熱ッ、うべッ……うぇぇ……白いのが顔や胸に……熱くてべとべとデスゥ……しかもちょっと口にまで……んくッ……ふぁう、これ苦くて変な味デスよう……失敗ナウゥ……」


 着々とダークマターの精製を進めていた。



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