醤油とシーサーとモハメドの鋭いパンチ。

須方三城

08,醤油の事はもう忘れよう。



加生ノ神クスのかみ同士は引かれ合うものなのか?」
「いや、そう言う話は聞いた事が無いな」


 お仲間にこの妖怪を引き取ってもらうべく、部屋の外に出てみたが……特にそれらしい影は見当たらんな。


 階段を降り、相変わらずスッカスカの駐車場まで出てみるが……人影どころか小動物の影すら無い。


「しゃうしゃう」


 ふんすふんすと鼻を鳴らしながら、畜生野郎が駐車場の砂利の匂いを嗅ぎ回っている。
 しかし、特別変わった匂いは感じないのか、特にリアクションは無し。


 少し駐車場を歩き回って探してみよう。
 この本の同類だ。やたら小さいヘアピンとか言う可能性もある。


「引かれ合う訳ではない……ならば何だ? ただの偶然か? それとも同窓会でもする習慣があるのか?」
「拙者に顔馴染みの加生ノ神クスのかみはおらん。……まぁ、拙者の様に同類の気配を感じ、興味本位からなんとなく会ってみたいと言う気分で近寄ってきているだけかも知れん」


 類に友は群がる、か。


「……しかし、妙だ」
「今度は何だ?」


 お前に何かを奇妙がる資格があると思っているのか全身不可思議め。


「もう既に気配は間近なのだが……姿が見えん。この感じ、絶対に見えてもおかしくない距離にいるはずだが……」


 間近……?
 いくらキョロキョロと周りを見渡しても、それらしい影など……


「ッ、しゃうあ!!」
「何……!?」


 上、だと……!?


「ヒャッハァァァアア!!」
「ふん」
「セックス」


 俺が空を仰いだ視線と交差する様に降ってきた、三つの声と三つの影。


 三つの影は、俺と畜生野郎を三角形を描いて囲む様に着地。
 相当な高度から降ってきたのだろう、着地の瞬間、三方で派手に砂利が散った。


「なッ……」
「しゃしゃう!?」
「あ、こやつらであるぞ! 加生ノ神クスのかみだ!!」


 この三名が、このクソ書物の同類だと……?


 待て、おかしいだろう。


 この三名……どう見ても、【人間】ではないか。


 一人目は非常に大柄な男性。
 筋骨隆々とした肉体に直接革ジャンを羽織ったパンクファッション。
 まるで斧刃の様に黒く光るモヒカンヘアがとても特徴的である。


 二人目は一人目よりも一回りは大きい大柄男。
 タンクトップに黒ブリーフを履いた超絶ラフスタイル。
 筋肉が異様に角張っているのは少々人外っぽいが……それ以外の特徴は、せいぜいオレンジ色の角刈りヘアくらいだ。


 三人目は前者二名とは比較もできないほどの小柄。
 俺の腹辺りに頭が来るほどだ。筋肉量に関しても華奢と表現して差し支えない。
 マントで全身を覆い、フードを深く被っているために性別の判別すらできない。


「……何だ。まだ【原型】ではないか」


 残念そうにつぶやいたのは、オレンジ髪の角刈り男。


「ヒャハッ、まぁ良いじゃあねぇか。これからだよォこれからァ」


 角刈りの言葉を荒い口調で笑い飛ばすのは、斧刃の様なモヒカン男。


「セックス」


 おい、小柄マント。


「ぬ、ぬぅ、貴様ら、何やら剣呑とした雰囲気だな……」
「おい、と言うか待て。本当にこの三名がお前と同じ加生ノ神クスのかみなのか?」


 三者とも装いは奇抜だが、あくまで人間にしか見えないぞ。


「剣呑、か。まぁ、雰囲気は出てしまっているかも知れんな。だが、少なくとも君の様な同類とは味方だ」
「まずは自己紹介とイこうぜェ、ここはよォ」
「セックス」


 おい、小柄マント。


「……ふむ。そうだな。まずは私だ。私の名は【ボックス】。とある貧乏な勤勉者が長きに渡り勉強机として愛用していた【みかん箱】から発生した加生ノ神クスのかみだ」


 みかん箱……!?
 真顔でさらりと何を言っているんだ、このオレンジ色の角刈りは……!?
 髪色だけでなく頭の中身までおかしいのか……!?


「どうやら、【人型に進化】すると言う【奇跡】を起こした加生ノ神クスのかみの様だな」
「おいクソ書物。【奇跡】と言う言葉をあまり便利に使ってくれるな」


 本が喋るだけでも充分常軌を逸していると言うのに、みかん箱があのオレンジ角刈りのマッチョに変貌しただと?
 そんな悍ましい現象を【奇跡】の一言で済ますな。
 きっちり理論付けて説明しろ。
 それが無理ならば人型化などするな。


 ……もう昨日の古書店辺りから俺のマジカルキャパシティはデッドラインを超えている。
 そろそろ本気で勘弁してくれ。


「次は俺だァ!! 俺ァ【アックス】ゥッ!! とある木こりが大事に使い続け、その【想い】が詰まった【木こりの斧】から発生した加生ノ神クスのかみだァァ!!」


 朝からうるさい。泉にでも沈んでいろ。


「……セックス」


 おい、小柄マント。


「さて、我々の自己紹介は終わりだ」
「待てオレンジ髪の人。最後の奴はあれで良いのか?」
「次はそちらが自己紹介をしてくれたまえ、書物の君」


 無視か。さらりと流れる様に。ビックリだ。


「うむ、拙者はブックス。見ての通り、多くの者の手を渡り、想いが蓄積されてきた古き本に発生した加生ノ神クスのかみである!」
「そうか。ではブックス。単刀直入に言おう。我々に協力する気はないか?」
「協力?」
「俺たち三人はよォ、【Xsエックス】つぅ加生ノ神クスのかみの【過激派武装組織】を立ち上げたのさァァ!!」
「セックス」
「か、過激派武装組織だと……?」


 もう小柄マントには突っ込むまい。
 それより、過激派武装組織……余り良いニュアンスを含んでいる組織形態ではないな……


「お前らの目的は一体……?」
「………………」
「………………」
「セックス」


 無視かッ……!!
 何故だ、何故先程からこいつらは俺の事を頑なに無視しているのだ……!?


「貴様らの目的は何だ?」
「答えよう。ズバリ【人間への復讐】だ」
「おォよ!!」
「セックス」


 おのれ……明白露骨にブックスを贔屓して……と言うか待て、人間への復讐だと?


「な、何を考えているのだ貴様ら!? 我々加生ノ神クスのかみは人間の想いから発生した存在と言っても過言では無いのだぞ!?」
「ふん、確かにそうだが、それだけだ。どうせ人間は、我々を【捨てる】」
「……けッ」
「……セックス」
「何……?」
「……私の持ち主は、私に向かって勉学に励み、大成し、金入りが良くなった途端に……私を捨てた。あっさりとしたものだったぞ……一〇年以上の苦楽を共にしてきた仲であったはずだのに」
「俺ァ、事故みてぇな形で泉に落とされて、そのまま放置さ。大して深くもねぇ泉だったのによォ……『あ、金の斧と銀の斧をもらえるんすか? じゃああの斧は要らね』ってよォ……拾おうともしてくれなかったんだぜェ……あんまりじゃあねぇかよ……相棒だと思ってたのによォ……」
「セックスゥ……」


 セックスしか言えないならちょっと黙っていろ小柄マント。


「我々は人間に【愛用】された物体に魂が宿る形で生を受けた……はずだった。だが、決して人間に【真に愛される】事は無く、ただ消費されるだけの【物】の域を出る事は無かった」
「……………………」
「……セックス……」
「【怒り】だ。【怒り】でしかない。愛されていると思っていたのに……この者になら、壊れ朽ち果て死に滅びるまで使われたい、いや、是非そうなるまで使って欲しいとまで願った人間に、まるで尻を拭いた紙でも捨てるかの様な当然さで捨てられた。怒り狂ったさ。当時は声を上げる事もできない、意思を持つだけの加生ノ神クスのかみでしかなかったが、心の中で怨嗟の咆哮をあげ続けた。幾十・幾百の時の中を、人間を呪いながら過ごした。アックスも、セックスもそうだ。そして……気付いたら、我々はこの姿を得ていたよ」


 ……そうか……
 加生ノ神クスのかみがネットの記述にあった通り、【思念の累積したエネルギー体】を貯めて誕生する生命体だとするのなら……


 この三名が生まれるキッカケは彼らを使用していた持ち主たちの【素敵な想い】。
 そして、この三名が人型を得るほどの力を付けたのは、自ら達を捨てた人間に対して彼ら自身が抱いた【怒りの想い】と言う事か。


 成程……俺を頑なに無視し続けるのも、その【怒り】からくる人間嫌いな性質のためだろう。


「ブックス……君は多くの者の手を渡り歩いてきたと言ったな。その転遷する環境の中で、我々が味わった【怒り】の片鱗に近いものを味わった事もあるのではないか?」
「………………確かに、貴様の言う通り。拙者を手にした者の中には、拙者を馬鹿にし、ないがしろにする者もいた。現にこの若造もそうだ……だがそれは、人間が愚かであるからだ」


 何様のつもりだ、このクソ書物。


「愚者に真理を説く事を諦めるのは、敗北に他ならない。拙者はこんな人間に負けはせん。拙者は一冊の書として、愚者に真理を説き続ける所存だ」
「…………つまり…………」
「悪いが、貴様らの目的に賛同する事はできん。拙者は人間に寄り添い、導き、生きる。そのために書に宿った生命であると自負している」
「まぁ、そう言わず、奴らと一緒に行った方が良いんじゃあないか? お仲間同士」
「……貴様、拙者を厄介払いしたいだけであろう」


 その通りでしかないが。


「……そうか……つまり、目下、その人間がいる限り、君は我々の同志にはなれないと」
「そォかい……じゃあ、やるべき事はシンプルだなァ……」
「セックス……」


 ………………ん?
 何か妙な発想の飛躍をしなかったか? 今。


「おい、何か話の流れが急転直下で怪しくなったぞ……?」
「しゃ、しゃう……!?」
「ちょ、ちょっと待て貴様ら!! 力づくで拙者を連れ去っても、拙者は貴様らには協力しないぞ!?」
「問題無い。そこは時間をかけて、手段を選ばず、ゆっくりと理解を深めてもらうだけだ。きっと分かり合えるさ。同類だもの」
「いやいやいや!! 手段を選ばないのはダメではないか!?」
「クヒャハハ……【人型】になれねぇ【原型】のテメェが相手だァ。どんな【やり方】も難しくはねェだろうよ」
「セックスクスクス……エロ同人みたいに滅茶苦茶にして、必ず堕としてやるセックス」


 くッ……そこまでして仲間集めに躍起になるほど、人間への【怒り】が強いと……!?
 ……と言うか……ちょっと待て……小柄マント、お前……「セックス」以外の言葉も喋れたのか……!?


「まずは、その人間の排除だ。その後ブックスを拉致。あとはセックスに任せる」
「おォよ……さァァ……荒事はダァイ好きだぜェ!!」
「セェェ~ックスクスクス……」
「なッ……」


 お、おい……待て、待て待て待てッ……!!
 何だ、この流れは……!?




   ◆




 一方、その頃のギャモ。


「やるデスよ~……今日こそは! ニッポンの誇りと意地を集約したと言うレジェンダリ家庭料理【ニックジャガー】を成功させ、ヨッシーさんにオスソワーケをするデス!! まずは隠し味に使う蜂の子を茹でつつ、ツチノコの卵の卵白でメレンゲを作るデスよ!!」


 今日も平和にダークマターを作ろうとしていた。



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