食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~
六品目【亀跡の聖杯に満ちるモノ】③
「さァァ!! 帝的恐怖に慄け!! 震えろ!! 愉快痛快爽快マジ快感エェェクスタシィィィ!!」
為す術無くね状態に陥った五名の騎士を見下し尽くし、悪帝・アウギュルストスこと帝ちゃんが、頬骨を染めて興奮の咆哮をあげる。
「踏みつけた者の絶望がッ、涙がッ、歪む顔がッ、悲鳴がッ、嗚咽がァァ!! ワシこそ【強者】ッつまり【支配者】であると言う実感を与えるゥゥ!! この帝ソウルを昂ぶらせェるのだァァァ!! それだけが帝の快・感!! それだけが帝の満・足・感!! それだけが帝の生を輝かせるスパァァイスゥゥゥ!! 生きてるって素晴らしいィィィ!! 帝に生まれて良かったァァ~!!」
「テメェ死んでるだろうが!!」
「はぁぁ~~? 弱者が何か言ってるゥゥ~~? 残念だけど帝耳には届きますぇーん!! 頭が低すぎですのよ弱者さんよォォォ!! お似合いだがなァァ!! ふぅっはァぶはははははは!! あと帝生き返るから問題無いしィィィーーー!!」
「キッチリ聞こえてるじゃん……!!」
何と言うか、帝ちゃん、煽り力がすごい。
流石は悪帝と言った所か……いや、悪帝として正しい姿なのだろうか、これ……
まぁ、ぶっちゃけ帝ちゃんは正確に言えば【悪帝の幽霊】ではなく【悪帝の魂の残滓を元手に誕生し、悪帝の記憶を引き継いでいるゴースト種のモンスター】なので、一概に悪帝と同一人物視できない側面もあるが……
「さァさァ、次はどんな帝的魔法で弄んでやろうか? 遠慮はするな、魔力はたっぷりとある。たんと馳走してやるぞえ。だァから、あっさり死んでくれるなよォ? いくら帝が相手とは言え、最後の最後までせいぜい泣きじゃくりながら足掻いてくれ。でなければ帝が退屈してしまうではないかァァ……ああ、でも無理か!! ワシ帝だものなァ!! 馬鹿を言って悪かった!! 帝的謝罪の意を込めて、この一撃を以て塵埃と……」
「――相変わらず、ミカドミカドとうるさい奴ねぇ」
「…………何?」
「ッ!? え、ぃ、今の声って……」
突然、ゴキゲンな帝トークを遮った、艶っぽい女性の声。
その声に反応したのはガラハードだけではない。
その場にいた全員が、その声に聞き覚えがあった。
「あ、あんたは……」
「……ほぉ……これはこれは、非常に憎たらしい顔が出て来たものだなァ……帝思わずピキピキしてしまうぞ……」
「奇遇ね。お姉さんも、あんたとは二度と会いたくなんてなかったわぁ」
「「「「マ、ママーリン様ァ!?」」」」
「ごぅあああ!?」
そう、いつの間にか。
本当にいつの間にか。
へたりこんだガラハードのすぐ背後に、魔女っぽい先折れの三角帽子を被ったエロボディのお姉さん――【大魔導師】ママーリンが、そこに佇んでいたのである。
「ぇ、あ!? い、いつの間に!?」
「知らなかったのぉ? 綺麗なお姉さんはどこにでも現れるのよぉ? 特に若い坊やの背後はホットスポット」
「それもはや妖怪の類だろ!?」
「ふっふぅん……しかしまぁ、どう言う事だ……帝であるこのワシが疑問を隠せんぞ……何故、貴様が此処にいる……いや、此処にいられる? 憎たらしき【魔神】の小娘よ」
「別に、小賢しい事はしてないわ。今、ここにいるお姉さんはただシンプルに【魔法映像体】よ」
そう言って、ママーリンは何を思ったか、唐突にそのワンピースの裾をガバッと大胆に捲り上げた。
しかし、そのスカート部分の内に収まっていたのは艶かしい御御足やおパンティではなく、ただただ漆黒の暗黒空間。
まるで造りが雑な安物美少女フィギュアのスカート内である。
「ご覧の通り、外観だけ取り繕った急拵え☆ ……あら、あらあらあら? 坊や達、もしかして~、ちょっとがっかりしちゃったぁ?」
「してねぇよ!!」
「ば、バリしてねぇぞ……」
「ま、ママーリン様!! ディンドリャン以外はボク達みんな健康的な男の子なんだよ!? ぃ、いきなりそう言う事するのはどうかと思うよ!!」
「ちくしょう!!」
健全な三名が頬を赤らめて必死に否定する中、約一名だけやたら本気で悔しがっている……のは、さておき。
「って、言うか、ママーリン様? 【魔神】って……? それに、何でわざわざ【魔法映像体】なんかで……?」
「……お姉さんにも、色々と事情があるのよん。野暮はいやん」
「ふぅん……何だァ? 秘匿にしておるのかァ? ならばワシがバラしてやるぞ!!」
「な、この…」
「その小娘はなァ!! 数百……いや二〇〇〇年前、ワシとの戦いにおいて【魔神化】し、その強大な力を以てワシを討ち滅ぼす代わりに【枷】を負ったのだ!!」
ママーリンが制する暇もなく、帝ちゃんがスラスラペラペラと饒舌を振るう。
「……プライバシー保護の観点とかないの? このクソ悪帝。特に私みたいな美しいお姉さんのプライバシーにはプレミアが付くものなのよ? その価値わかってる?」
「知るかブァァカ!! 【魔神】である事に負い目を感じるくらいなら、あの時ワシの【滅びの帝ストリーム】で大人しく滅んでいれば良かったのだ!! ああ憎たらしい!!」
「ほんと、相変わらず好き勝手言ってくれるわ……」
やれやれ、とママーリンは溜息。
「あー……仕方無い。要らない事で気が散ってもあれだし、簡単に説明するわよ? 【魔神】って言うのはね、大地を流れる【神脈】と【魔脈】と呼ばれる特殊な地脈から加護を受ける魔法使いの総称よ」
神脈と魔脈。二つの地脈は、アクセスする魔法使いに多大なる魔力を与え、その魔法も猛絶に強化してくれる。
自前の魔力だけで戦う通常の魔法使いとは、次元の異なる規模で魔法を展開できる優れた魔法使い。
それが【魔神】だ。
「ただし、【魔神】は【神脈と魔脈が交差する場所】でしか【存在を保てない】……つまり【生きていられない】の」
「……!!」
それが、【枷】。
神脈と魔脈へのアクセス権限の代償とも呼べるモノ。
神脈と魔脈にアクセスできる様に適応した【魔神】の身体は、その二つの地脈に酷く依存してしまうのだ。
「それ以外の場所に行くと、五秒で体調が悪くなり、一〇秒もすれば意識を保つのも難しくなり、三〇秒で肌が荒れ始め、三一秒ジャストで死ぬわ」
「肌が荒れてから死ぬまでが異様に早いな!?」
「肌はお姉さんの生命よ」
まぁ、要するに、だ。
ママーリンの本体は、事情を知っている英雄が【神脈と魔脈の交差点】に築いてくれた王都から、その外には出られない、と言う事だ。
だから今、ダンジョンにはこうして【魔法映像体】……魔法で作った虚像を派遣するしかないのだ。……更に言うと、これに関しても「ダンジョン直下に【魔脈】が流れているおかげで【魔法映像体】を投写する事が、かろうじてどうにか可能だった」に過ぎない。
つまり【魔神】は【魔脈も神脈も通っていない場所での出来事】には、ほぼ干渉不可能であると言っても良い。
……それが一体どれだけ不便な事かは、やや知性に問題があるガラハード達にだって想像するに難しくはない。
「じゃあ、ママーリン様は……」
「あーあーあー……ほら、こんな感じで『普段は趣味も性格も悪辣な所業三昧の癖に、実は悪帝を倒して世を救うためにそこまでの自己犠牲を払っていたなんて……!!』みたいな、良い人風に見られるのが嫌なのよ……」
「普段の行いが趣味も性格も悪いって自覚してるなら、ちょびっとで良いので改善してもらえませんかね」
「いやぁん。お姉さん、あの時は自分の生命もかかってたからガラにも無く頑張っちゃっただけで、別に本当に良い人って訳じゃあないのよ?」
「……ぷッ。もうそう言うの良いですから。やーいやーい、【大魔導師】様は正義の味方ー。新手のツンデレかって……」
「あ、あぁぁ……ガラくん、ただでさえさっきの悪帝の一撃で弱ってたのに、よりにもよってママーリン様を煽ったりするから……!!」
「【魔法映像体】でも【白亀の盾】装備者をこんなモザイク不可避状態にする魔法を撃つ事が可能なのか……【魔神】やべぇな……」
「しかもバリバリっと転送されねぇって事は、瀕死状態にすらなれずにきっちり苦しむ様、バリ繊細に調整されてやがる……」
「ごあああ……」
……さっきのパンチラ詐欺の復讐を少しでも、と意地を出したのがアダになった。
「……で、さっきから妙に大人しく静観してるけど……余裕のつもりかしら」
「ふっはぁ!! それ以外に何がある?」
ママーリンの問いかけに、帝ちゃんは鼻をほじりながら嘲笑。
「いくら貴様が【魔神】と言えど、ここは脈の交点の外。今の貴様は、そこにかろうじて送り込めた【魔法映像体】でしかない。憎たらしい小僧は可哀想な事にできても、帝的ワシに何ができる? えぇ? それとも何か? そのザマで【霊術魔法】が満足に使えるとでも?」
帝ちゃんも、かつては暗黒魔法を極めた魔法使い。
当然、【魔神】については詳しく研究した事がある。そうして「【魔神】が脈の交差点以外でどれだけ非力か」を重々と把握し、別のアプローチから魔法を研鑽していったのだ。
脈の交差点の外に出た【魔神】の分身体など、タカが知れている。
今ここにいるママーリンでは、霊体に攻撃が通る高度な特異魔法【霊術魔法】を使えるのはせいぜい一回か二回だろう。
それくらいならば、持ち前の暗黒魔法で凌ぎきれる。
と言うか、凌ぎきれる様に【準備】している。
実は今、帝ちゃんは【帝的余裕で敵のやり取りを空気読んで黙って見てあげている】ふりをして、黙々着々と迎撃用に即行簡易発動できる暗黒魔法プログラムをせっせと組んでいる所なのだ。
……不遜な態度とは裏腹に、やっている事が実にセコい。それが帝ちゃんクオリティである。
「あっそ、じゃあ地獄に落ちるまで余裕こいてなさい」
ママーリンが虚空に右手を掲げる。
すると、その掌に小規模な魔法陣が展開され、陣の中心より髑髏があしらわれた黒い鞭が召喚された。
ママーリンが愛用する魔法の鞭、銘は【イヴァラバルハラ】。
魔法の鞭と言っても、それ自体に特殊な能力が込められている訳ではなく。
世間一般の魔法使いが術式発動ルーチンに組み込む【杖】の代用品だ。
「誇れ、我が眷属。救い求めるその手に、破霊の導きを与えよう。【霊装昇華】」
音を置き去りにする速度で振るわれる、魔法の鞭。数瞬遅れて響いた空を切る音。
一度の着撃音で、地面に無数の線が走る。
すぐに、変化は訪れた。
ガヴェイン達が装備している、それぞれの武器に。
「な、何だァ……!?」
「おぉう……!? 愛富龍がバリバリに光り出しやがったぞ……!?」
「ヴォル兄、愛富龍だけじゃあないよ!! ボクの槍も、ガヴェくんの斧も……ミンチなガラくんの鎧も!! あ!! ディンドリャンの身体も!?」
「ご、ごあああ!?」
「坊や達【マルイデスク騎士団】のメンバーは、既に私の庇護下……お姉さんの【眷属】よ。私の庇護魔法がスムーズにかかるのは当然でしょう?」
「……庇護魔法だとォ?」
てっきり渾身の攻撃的霊術魔法が飛んでくるだろうと身構えていた帝ちゃんは、安心と同時に、至極疑問。訝しみ。
「ええ。まぁまぁ単純な効果のね。ただただ【装備品が全て霊装になる】ってだけの」
「ふん、なんだ、【装備品が全て霊装になる】だけ、その程度か。霊体のワシには恐るに……」
……………………………………。
「……ほあァァァーーー!? うぇ、は、あああ!? 何その魔法!? 聞いた事ない!! ワシの帝耳は一度もそんな魔法を聞いた事がないぞ!?」
「そりゃあそうでしょう。軽い思い付き……じゃなくて、こんな事もあろうかと、ここに来る前にお姉さんが作っておいた創作魔法だもの☆」
「なんでもアリか!? 馬鹿な!! いくら【魔神】と言えど、パッと作ろうと思ってすぐに創作魔法を作れる訳がないだろう!? そんな事、できる訳がなァァいはずだ!! だって帝にはできない!!」
「あら、私にも【できないとでも思うの】? ちょっとお姉さんを侮り過ぎじゃあない?」
「ぐ、ぎ……!!」
おのれ小娘ェ……!! と帝ちゃんは憎しみに歯を食いしばる。
……だが、まぁ、大丈夫だ。
いくら霊装化した四亀の神亀や上級モンスター相手と言っても。
今、帝ちゃんには、ママーリンの攻撃に備えて簡易発動可能な状態にしておいた暗黒魔法が無数にある。
これらを一斉に発射してしまえば、向こうに攻撃の機を与えずに……
「呻き・のたうて。愚かな者よ。【六芒の魔封陣形】」
「どぅ!? な、なんだァァ!? いきなり……いきなりワシの帝ボディの周りに妙な六芒星魔法陣がッ!?」
「その陣を付けられた者は、【魔法を使えなくなる】わ。あらかじめ仕込んでる簡易発動準備状態の魔法も、ね☆ ……ま・今さっき作ったディテールお粗末な創作魔法だからぁ、効果はせいぜい一〇秒ぽっちだけどぉ」
「おまッ、おまァァァァァァァァァーーーーーーー!!??」
「お姉さんを誰だと思っているの? 私を欺こうなんて向こう二〇〇〇年は早い」
「ぜ、全部気付いて……気付いた上でェェェーーー!?」
「調子に乗ってる奴は有頂天まで飛ばせてから撃ち墜とす。それが私の流儀よ」
鬼畜である。
と、ここでママーリンの【魔法映像体】にノイズが生じ始める。
「あら、この辺が限界みたいねぇ。ほんと、【魔神】って不便だわぁ」
たった二度の魔法で戦況を決定付けておいて、このお言葉である。
「じゃ・せいぜい足掻く事ね。先に言った通り、一〇秒しのげば魔法が使える様になるわよ。不幸を祈るわぁ。バイバイ♪」
坊や達にたっぷり可愛がってもらいなさい☆ そう言わんばかりの邪悪な笑みで手をふりふりしながら、ママーリンの【魔法映像体】は霧散した。
「こ、ここ、これは不味い……帝ピンチ!?」
「らしいなァ……」
「ひぇッ」
「うん、一時はどうなるかと思ったけど、流石はママーリン様だね」
「ひゃあッ」
「ごうあ……」
※随分とアタシらの事をディスってくれてたねぇ……
「う、うああ……」
「おうおうおうおう……バリ調子に乗ってた分は、落とし前が必要だよなァ……」
「お、おっふぅ……!?」
「げ、げふぅ……ッ……ぐぎぎ……身体中痛いけど……まぁ、まだやれる……!!」
「ふ、ふぇぇ……ちょ、き、貴様ら……ぃや、君たちィ!! ちょ、なんかヤだなぁ!! 帝なんかヤな雰囲気を感じるゾ~? 嘘じゃん? 大人数で独りの帝をボコるとか嘘じゃん? あ、と言うかそこの小僧、じゃなくて白亀の美青年!! もう満身創痍でせっかくのイケメンフェェェイスが台無しではなァいか!! ほぉら、仲間全員の肩を借りてお城の医務室へお帰りってェ!!」
「……け、結構だ……」
「そ、そう遠慮せずに……!! 何卒……!!(あ、あと五秒くらいか……!?)」
「あのさぁ……今はこうさぁ……ママーリン様にしてやられた鬱憤を……何かにぶつけたい気分なんだよ、僕はァァァーーー!!」
「えぇぇーーーッ!?」
と言う訳で、慈悲は無い。
「まずは僕からだァァァ!! 【守護光輝展開・撲撃突】!!」
「ぐっふぉああッ!! 親父にもぶたれた事ないのにィ!!」
「次はボクだよ!! 【掃滅炎羅一直線】!!」
「ぁ痛ァァァーーーッ!? おでこ刺さったァァァーーー!?」
「ごうああああああああああああ!!」
「おげぇ!? 待って無理!! そんな太い牙、絶対に無理無理無理ィ!! そんなの首筋に入れられたら……!! いやァァァ!! 絶対に挿入らないから許ひぎぃッ!?」
「おうおうおうおう!! バリッバリに【武衣刕威・梵覇唖】ァァァ!!」
「がっひゃふぅ!? 交通事故ォ!!」
「トドメは俺がッ……もぉぉらうぞォォォーーー!!」
「ぐは……ぁ、ちょ、がふッァ……も、もァ、む、無理ィィだ、から……た、たしゅけ……」
「問答無用・慈悲不要ッてなァ!! いざいざいざ、トォォドォォメェェのォォオ!!」
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいい!?」
「必殺ッ【万墜王】ォォォーーー!!」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!???」
◆
「よっしゃあ!! 亀跡の聖杯……ゲットだぜェ!!」
ガヴェインが高々と掲げるのは、七色の輝く聖杯。
……最後のガヴェインの一撃の余波で、若干、杯の縁が欠けている気がしないでもないが……まぁ、気のせいと言う事にしても問題無いだろう。
「やったね!! これでミッションコンプリだよ!!」
「ごぅあ!!」
「おう。んじゃあ、バリバリっと持って帰るとしようぜ。きっと今頃、ドラゴン姫様がバリっとお待ちかねだぜ」
「それに、ガラ公がそろそろ瀕死判定で転送されかねない容態だからな」
「ぅ、うん……わ、悪いけど、帰りは愛富龍の方に乗せて……」
ガラハードはもうディンドリャンにしがみつく余力も無い様だ。
……そのダメージのほとんどが敵からではなく身内によるモノと言うのだから、本当にどうしようもない。
「ったく、仕方の無い軟派野郎だぜ……おら、掴まれよ」
やれやれ、肩を貸してやるとするか。
そんなつもりで、ガヴェインはガラハードに手を差し伸べた。
「ああ、うん……ありがと、ガヴェ………………、……?」
「……あぁん? どうしたんだよ、急に固まりやがって」
「いや……なんか……聞こえない?」
「……?」
ガラハードに言われて、全員が耳を澄ます。
――しゅ――だ――き――
「…………こりゃあ、【歌】か?」
どこからともなく、聞こえる。
……歌声の様だ。優しく、しっとりとした感触を錯覚させる女性の声で紡がれる、歌。
ただ、その歌を紡ぐ言葉の意味はガラハード達には理解できない。
――だ――ゅき――し――
しかし、【欠片も知らぬ異国の言葉】では無い様な気がした。
何故なら、なんとなく……本当になんとなく、その言葉の雰囲気を、ガラハード達は知っている気がしたから。
「なんだ、この感覚……バリ不思議……っつぅか、なんつぅか……」
「うん……なんか、変……耳って言うより、直接頭や胸の内に響いて来る様な……すごく……すごく良い……」
ダンジョンの中で、どこからともなく歌が聞こえる。
そんなの、絶対におかしい。警戒すべきであるはずだ。
――いし――だ――ゅ――
しかし、ガラハード達の胸に満ちるのは、暖かで穏やかな感情ばかり。
ここは湿気とカビ臭さと危険に満ちたダンジョンだのに……日常の中でも極々たま、家族や親しい者達との団欒を楽しむ一時と似た空気を覚えてしまう。
こんな所でこんな気持ちになるなんて、絶対におかしい。
そんな違和感すら、ガラハード達は感じない。
何故なら既に、彼らは全員【術中】に落ちているのだから。
「あ……あ……?」
何かが、この空間に迫っている。
それはわかった。だが、どうしても警戒する気にはなれない。
――だいしゅ――だい――ゅき――
一体何が来るのか、わからない。
でも、悪いモノは来ない気がした。むしろ素敵なモノが向かってきている気がした。
……そんな気にさせられた。
ずるり、と、洞窟道の闇から這い出してきたのは、紫色の……人。
正確には、紫色のゲル質流動体が、一般的な体格で長髪の成人女性を象ったモノ。
同じく紫色の流動体で誂えられたドレスを身に纏い、そのスカートの裾が引きずられた跡には、ナメクジの粘液道の様な湿り跡が残る。
……一般的な成人女性を象っているとは言ったが、その顔面はのっぺりとしていて、目も鼻も耳も、そして口も、器官が何も無い。
だのに、その紫色の存在は、どこからか【歌】を発し続けている。
――だい――しゅ――き――
……それは【幻のモンスター】。
最早、古文書にしかその存在が記録されていない、数億年に一度の奇跡。
とある【愛の言葉を発するモンスター】が何者かに諭される事で【本当の愛】を探求し……そして、幾重の偶然を奇跡的に積み重ねた末に辿り着く。
言うなれば【究極至高形態】。
自らの生の糧となってくれる餌達、全てに【愛】を以て接する。
不思議な魔法の【念の歌声】を獲物のハートに響かせて、暖かく大きな【愛】で満たしてあげる。
捕食される恐怖……死の恐怖を和らげて、【幸せ】に包まれたままに逝かせてあげる。
慈愛の心を以て、獲物を狩る……【究極のスライム】。
古文書に震えた文字で記されたその名は――
【だいしゅキングスライム】
――だぁーいしゅき――♪――
◆
「坊や達……聖杯は無事に持って帰ってこれた様だけど……なんでまた紫色のぬちょぬちょまみれなの? それ大好きなの?」
ママーリンの儀式場にて。
流石に定員を超えて弾け飛んでしまった棺桶の破片を拾い上げながら、ママーリンは呆れた様に溜息。
「な、何と、言いうか……ね……」
「ぉう……今、思い返すと……と、んでもねぇ、恐怖体験をした……気が、する……」
「ば、バリバリに、なぁ……」
「……くぅん……」
「ごぁぁ……」
「やぁん。前にも言ったでしょ? お姉さん、その手の話はきっちり聞かせてくれないと、治療してあーげないぞ☆」
「「「「……ふ、ふぇぇ……」」」」
「……ごぅぁぁ……」
まぁ、何はともあれ。
亀跡の聖杯、入手完了。
即ち、ドラゴン姫の食糧問題――解決である。
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