食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~

須方三城

六品目【亀跡の聖杯に満ちるモノ】②



 ママーリンのドジか策謀か、紛失してしまった国宝級逸品【亀跡キセキの聖杯】。
 その聖杯には【満足】と言う加護があり、その杯の内に【所有者が望むモノ】を満たしてくれるのだと言う。


 ドラコ姫の食糧問題解決……それと一応国宝級である代物の捜索発見のため。


健壁けんぺき】のガラハード。
戦巌せんがん】のガヴェイン。
飛炎ひえん】のパルシーバル。
速達そくたつ】のディンドリャン。
激迫げきはく】のヴォルス。


 以上五名の騎士は【聖杯探索】の任務に就いたのだった。 


 そして、ガラハード達が洞窟道をトばす事、数分。


「むむっ……道の感じが変わったよ!」
「このバリバリした雰囲気……どうやら、本元のダンジョンに入ったみてぇだな」
「「…………………………」」
「ガラくんとガヴェくんがなんだか浮かない顔に……!!」
「まぁ、そりゃあ……」


 ファンキーコングの巣穴洞窟道から、ダンジョンの洞窟道へ入った……それが意味する事は……


「ここからは【奴ら】が出る可能性もある……!!」
「【奴ら】ぁ? ああ、【だいしゅきスライm…」
「アァーアアァ兄貴ィ!? 今いきなりなんて言おうとしたァ!? 不意打ちで【奴ら】の名前とか嘘だろ!? 俺とガラ公を殺す気かよォ!?」
「ひどい! ひどいよ兄貴ィ!! 信じてたのにィ!! 裏切ったァァァ!! よくも裏切ったなァァァーーー!!」
「名前を出しかけただけでそこまでバリバリに……って、おぉぉいィィ!?」
「ちょ、ガラくん!? ガヴェくん!? いきなり飛び降りてどこ行くの……って、嘘、疾ッ!? あとなんかデジャヴ!?」


 何を思ったか。
 ガラハードはディンドリャンの背から、ガヴェインは愛富龍アイフリューの複座から、ほぼ同時にスッピョーンと飛び降りてしまった。
 そして着地するやいなや、二人揃って両耳を塞ぎ「アァーーー!!」と喚きながらに真っ直ぐ、洞窟道の向こうへと猛速で走り去って行ったのだった。


「…………お、おいおい……バリバリし過ぎだろ……」
「ごぁあ……」


 あまりに突然の出来事に、ヴォルスは愛富龍アイフリューを停めて呆然。
 ディンドリャンも同じく脚を止め、呆れライオン顔である。


「二人に取っては空前絶後のトラウマモンスターなんだね……【だいしゅき……さん」
「超絶怒濤のバリ発狂っぷりだったなァ……って、よくよく考えたら呆れてる場合じゃあねぇ!! バリバリ追いかけんぞ!! あの状態で【だいしゅき……の連中と鉢合わせたらあいつら勢いだけでバリ死しかねねぇ!!」
「い、急がなきゃッ!! あの二人やたらに【だいしゅきさん】に縁があるから絶対出会でくわすに決まってるよ!!」
「うぉぉおおおお!! 人命救助ォォォ!! バリバリにトばすぜェェェーーー!!」




   ◆




「……ど、どうしようか、ガヴェ……パル子やヴォル兄貴がはぐれちゃったみたいだよ……あ、あははは……」
「お、おぉう……ま、全く仕方の無ぇパル子と兄貴だなァ、ふは、ふはははは……」


 お互いにお互いの肩を抱きしめて震えながら歩くガラハードとガヴェイン。
 口では何やら事実と異なる事を言っているが、勝手にはぐれたのはこいつらである。


「と、とにかく……聖杯を探せるコンパスは僕らこっちにしか無い訳だし……僕らが見つけないと……」


 ガラハードが震える手で取り出した髑髏のコンパス。
 その赤い針の先端は、真っ直ぐにガラハード達の進行方向を指している。


 行く先は、どこまでも続く薄緑色の洞窟道。
 横穴を発見する度に、二人は「あばばばばば……」と一際震えを強くしながらも、一応しっかりと歩は進めていた。


 普段は余り騎士らしい所が控えめな二人だが……トラウマがバリバリしてても職務を果たさんとするその根性は、間違い無く騎士のそれだろう。


「ひぃー……ひぃー……ち、ちくしょう……療養中に紫色の物体に慣れるリハビリ訓練は受けたってのにィ……なんでこんなに……連中の色味を想像しただけで震えが止まらねぇんだちくしょう……!! こ、紅茶を飲んでも全然ダメだァ……!! カフェインが効かねぇよォ……!!」
「か、考えちゃダメだ、ガヴェ……!! 僕達は目を……目を背けるしか無いんだよもう……!!」


 ……本当、言動には騎士のそれらしさの欠片も無いが。


 そんな二人がブルブルガシャガシャうるさい足取りでダンジョンを進んでいると……不意に、拓けた空間に出た。


「……うぉう? な、何だ……? きゅ、急に広い所に出たな……?」


 ガヴェインがキョロキョロと辺りを見渡す。


 空間はドーム状に広がっていた。
 ファンキーコングの様なモンスターによって掘り広げられたのか、壁床天井は何処を見てもゴツゴツと荒れている。


「な、何らかのモンスターのコロニーや集会場の類か……? 【奴ら】……ではねぇよな……?」
「あ、ああ。多分、それは大丈夫……なはず……だって、スライム種が穴を掘るとしたら、酸で溶かす形になるだろうから……もうちょっと、のっぺりした感じの床や壁になるはずだよ……って、あぁッ!?」
「うぉおほう!? ぃぃいいきなり大きな声を出すなよガラ公ォ!? テメェなら俺が今どんな繊細な心境かわかんだろォ!? 薄張りのガラス玉だぞゴルァ!?」
「ご、ごめ……で、でもガヴェ、ぁ、アレ……!!」
「アレェ……?」


 ガラハードがそう言ってコンパスを差し向けた方向には、こんもりと盛られた土山があり……その天辺には、ある物品が設置されていた。


「! まさか……」


 それは、ゴブレットだ。
 大きさは、パル子くらいならすっぽり入れそうなくらいに巨大。
 色合いは……【摩訶不思議】の一言に尽きる。七色……七色だ。白・金・赤・鋼・藍・翠・蒼の七色に輝く金属で誂えられているのだ。しかも、まるでハイパータマムシの様に、見る角度を少し変えるだけで輝きの色合いが変化して見える。


 普段だったなら、ガラハードは「何あれウケる。よーし、ガヴェ。どっちが一番綺麗に見える角度を探せるか、昼飯の奢りをかけて勝負しようよ」とか言い出す所だが……


「せ、聖杯だァァァーーー!! あれ絶対どう考えても聖杯だよねェェェーーー!? そうだよねェェェーーー!?」


 目的のモノを見つけた、これで帰れる。
 そんな喜びに支配されて、思わず雄叫びの様な声を上げてしまう。


「うぉおおおマジか!? マジなのか……!? おおおぉおコンパスの針は間違い無くアレを指して……うぉおおおおおお!!」


 ガヴェインも同様ッ。


 二人は本能的にハイタッチ。
 白銀と黒鋼の手甲がガギィンッと火花を立てて衝突する。


「あとは……あとは【奴ら】に見つからない様に必死に走って帰るだけだよ、ガヴェ!!」
「あ、ああ!! それも中々難しくねとは思うけど本当にあとはそれだけで全部終わるんだな、ガラ公!!」


 思えば、長かった様で短かった……と見せかけつつ実は長かった様で……


 とにかく、これで終わるのだ。
 王宮仕えの騎士だのに、カビ臭いし蒸し暑いしめっちゃ恐いダンジョンに潜らなければならない日々が。
 もう、物陰や横穴を見る度に【奴ら】を警戒して「ひぇッ」ってなる生活とはおさらばバイバイなのである。


「よし、じゃあさっさと聖杯を回収して……」


(…………ふはは…………)


「「ひぇぇッ!?」」


 突如ッ。
 その【笑い声】は二人の騎士の脳内に響いた。


(ここは「よく来たな」と言っておこうか、【憎たらしき者共】の末裔よ……仕方無く歓迎し…)


「「アアァァァーーーッ!!」」


(ッ!?)


「この脳に響く声の感じは念話アレだァァアーーー!! 【奴ら】がきたァァァーーー!! もうオシマイだァァァーーー!!」
「うああああああああ!! いつもいつも!! いつもいつもいつもォォォ!! 俺達が何したって言うんだァァァーーー!?」


(……お、おい? ちょっと?)


「アァーーーッ!! また僕らはぬちょんぬちょんにされるんだァァァーーー!! アアアアァァーーーッ!!」


(い、いや、ケチョンケチョンにはするが、ぬちょんぬちょんにはしないぞ……?)


「え? そうなの?」
「ん? って言うか待て、ガラ公。何か変だ」


 ふと、ガヴェインが違和感に気付いた。


「この声……何かいつもよりおっさんぽいし……一向に『だいしゅき』って言わねぇ……!!」


(おっさんて。と言うか、誰がんな事を言うか)


「え? じゃあ……この声は【奴ら】じゃないって事……? なら……何?」


(ふふふ……ワシの正体が気になるか? それはそうよなァ……では、教えてやろう)


 するといきなり、ガラハードとガヴェインの前方で【紫色の閃光】が弾けた。


「「ッ!!」」


 閃光の発生源は――亀跡キセキの聖杯だ。
 杯の中から、紫色の光が、溢れ出したのである!!


「ワシが誰か、このワシが、誰かァァァ!!」


 先程まで念話テレパスを使用していた中年の声が、空気の振動……即ち物理的な声として、空間内に響き渡る。


 紫色の光はまるで紫色の炎の様な質感へと変化し、やがて、ある形を象った。


 それは、【人骨】。


 紫色の炎で形成された人骨。
 杯の中に下半身を収めたまま、紫炎しえんの人骨は、顎を大きくかっ開いて、声を張り上げる。


「ワァァシこそがァ!! かの【悪帝】ッ!! アウギュ…」


「「その色合いはやめろォォォーーー!!!!」」


「えぇぇ!? いきなりなんぞ!? 人の名乗り上げは大人しく最後まで聞くものぞ!?」
「うるせぇぇ!! まずそのどうにかしろっつってんだァァ!! それが人に名を名乗る奴の色かァァァ!!」
「そうだそうだ!! お前さては常識が無いな!? アホの骨だ!! アホの骨がいる!!」
「何その言われ様!? この色に何か恨みでもあるのか貴様ら!?」
「あるわ!! むちゃんこあるわァァァ!! 一晩じゃあ語り足りねぇくらいの尺があるわァァァ!!」
「だからウダウダ言ってないで色を変えてよ骨野郎!! 目と心に毒なんだよ!!」
「う、お、ぉお……な、ならば仕方あるまいし……」


 紫炎の人骨はすっかりガラハード達の半泣きシャウトに気圧されてしまっている。
 渋々ながらも大人しく、紫炎の人骨は自身の色合いを変化、黒炎の人骨へと変貌した。


「これでいか? まったく……」
「話のわかる骨だな」
「褒めてあげよう」
「……なァ……貴様ら、もう少し【対応】と言うモノがないか? いきなり聖杯から――自分で言うのもアレだが……こんな見てくれのモンが這い出してきたんだぞ?」
「「……………………」」


 黒炎の人骨に諭され、ガラハードとガヴェインは二人して顔を見合う。
 そしてゆっくりと視線を黒炎の人骨へと戻し……


「う、うおおおああああああ!? が、ガラ公!? なんか、聖杯からなんか変なのが生えてるぞ!?」
「な、ななななな!! 何なんだこいつ!? 何なんだお前!?」
「ふはははは!! ようやく正しいノリになったな!! では妙なチャチャが入る前に今度こそ名乗ろうぞ!! ワシは、かの【悪帝】ッ!! アウギュルストス様である!!」
「「ッ!?」」
「ふふふ……おぅおぅ……なんだァ、その呆け面は……当ててやろうか? 『【悪帝】だって? 【悪帝】は何百年も前に死んだはずじゃね?』……そんな所だろう?」


 黒炎の人骨――改め、悪帝アウギュルストスが、頬骨を歪めて嗤う。


「……え? 数百? 悪帝が死んだのって、もう二〇〇〇年くらい前だよね?」
「だよな?」
「おぅえ!? もうそんなに経ってんの!? みかどマジ予想外ッ!!」
「って言うか……ガチなの? あんたが……あの悪帝?」
「あ、ああ……正確には、その魂の残留思念体……まぁ、残り香的なモノがワーオッってなった感じの存在ものだが……マジか……二〇〇〇年かァ……ここまで復活するのに結構かかってたのなァ……」


 おそらく「たった数百年でここまで復活するワシってやっぱすごい帝ォ!! 気分良いから今日は無礼講!! みかちゃんって呼んでイイぞ!!」的な感覚でもあったのだろう。
 自身の死から二〇〇〇年も過ぎていたのが、相当ショックなご様子のみかちゃんである。


「魂の残留なんちゃらだってさ……要するに幽霊って事だよね? 【ゴースト種】……そう言うモンスターがいるみたいな噂は聞いてるけど……初めて見た……」
「そう言えば、ママーリン様も言ってたな……【聖杯は悪帝が世界征服に使おうとしてた】って」


 つまり、かつて聖杯は悪帝の手の内にあったと言う事だろう。
 そして悪帝の死後、その幽霊ゴーストが取り憑いていた、と。
 執着の強い奴だ。


「……ふん、ママーリンか……今聞いても憎たらしい名前ぞ……!!」


 と、ここでみかちゃんがママーリンの名前に反応した。
 そりゃあ、ママーリンは悪帝を倒した一味なのだから、知っていて当然だろう。


「あの小娘さえおらなんだら……小僧や騎士共……他の連中なぞ敵ではなかった……!! あの小娘の【最後の足掻き】さえなければ……ワシの野望は成就されたはずなのだ……!! ああ憎たらしい……憎たらしいぞ……!!」


 ヴォヴォンッ!! と言う小さな爆発音を立てて、みかちゃんの怒りに震える黒炎ボディが一回り巨大化する。


「あー……過去に何があったかは大体聞いてるけど……とりあえず聖杯から出てもらえます? 持って帰るのの邪魔なんで」
「緊張感んんッ!! 緊張感無いのか貴様ァ!! これだァから【神亀じんき】を持つ騎士は嫌いなのだァ!! みかどは貴様ら嫌いぞ!!」
「いや、だって邪魔だし……」
「大体、聖杯は渡さんぞォ!! 逆に貴様らの神亀を貰い受けてやる!!」
「えぇ!? 何でいきなりそうなんだ!? 意味わからんこいつ!!」
「決まっておろうがッ!! ワシの完全復活……みかどリバースのためぞ!!」


 一際大きな爆発音が響き、みかちゃんの黒炎ボディが一気に膨れ上がる。
 黒炎の繊維で紡がれた筋肉が、その身を覆い尽くしていく。
 瞬きするほど間に、黒炎の人骨だったみかちゃんは、黒炎の髑髏顔マッチョ巨人へと姿を変えた。
 劇的なビフォーアフターである。一気にボスっぽさが出た。


「聖杯に取り憑き数百……じゃなくて二〇〇〇年ッ(ちくしょう二〇〇〇年とかマジかよ……みかどショック)!! ずっとその機を待っていたのだ!! 小娘ママーリンに見つかれば浄化されるだろうから、ひっそりと息を潜めてなァ!!」
「!!」
「チャンスは唐突に訪れたぞ……あの小娘、考えも無しに聖杯を埋めよった……ワシは頑張ったぞ……必死に、かつ気付かれぬ様に【モンスターを惹きつける魔法】を壁に流し続け、あの派手な猿に穴を掘らせて……そのあとは【モンスターを支配……とまではいかないけど、それとなくそんな気分にさせる魔法】で聖杯をここまで運搬させ、この御所を築き……時を待っていたのだァァァ!!」
「ッ……ファンキーコングの洞窟道トンネルは偶然じゃあなかったのか……!?」


 まぁ、確かに、ガラハードとガヴェインだって「偶然にしても……」とは思っていたが……まさかそんなカラクリだったとは。
 みかちゃん、頑張り過ぎだろう。どんだけ復活したいのか。しつこい悪党である。


「聖杯を【完全な聖杯】とし、【新たな肉体】と【永遠の生命】を望むには【七色の神亀】全てが必要ッ!! ここで充分以上の【力】を蓄えてから王宮へと神亀を奪取しに行く算段であったが……まぁ良い!! たった二亀、それも【藍亀あいきの剣】や【翠亀すいきの人形】でないならば、現状でも敵ではなァい!! 先立って我が物としてやろう……聖杯の糧となれい!!」
「にしても、いちいち説明口調な奴め……意外に親切か!! 要するに、僕らの神亀が狙いなんだな!!」
「どォせ聖杯を持ち帰るにゃあ邪魔だッ!! 返り討ちにしてやんぞ!!」


 いくら、かの悪帝と言えど。
 今、目の前にいるのはその残滓だ。
 それもみかちゃんと小馬鹿にできる程度の威圧感プレッシャーしかない。
 証拠に、その力の無さから今まで息を潜めて潜伏していたのだから、英雄の伝説に登場する様な怪物ラスボスではないはずだ。


 それに、ガラハード達には聖杯がどうしても必要。むしろ聖杯さえ手に入ればもうそこでゴール。
 気持ち的にもあと一息……ここで退く訳にはいかない。


 ガラハードは身に纏っていた鎧型神亀【白亀はくきの盾】、亀甲型の背面装甲をパージし、盾兼鈍器としてその手に装備。
 ガヴェインは背に負っていた斧型神亀【山吹亀やまぶきの斧】を抜き、片手で振りかぶって構える。


「向かってくるか、ワシを所詮残りかすと侮っている様子だなァ……憎たらしい!! 確かに……あらゆる外法を修め、研鑽し、そして更にはそれらの外法によって改造の限りを尽くした生前の肉体パーフェクトボディには到底及ばぬこの霊体なれど、この霊体は数百……いや二〇〇〇年、シコシコと魔力で強化してきた自慢の霊体ぞ!! 見ろやこの筋肉ゥ!! カッチカチだぞえ!? 全盛期の再現とまでは言わんが、そのちょぴっと前くらいのポテンシャルはあるぞォォォ(当社比)!!」
「さっきから能書きと言うか、いちいちセリフ一個が長い!!」


 幽霊だから息継ぎが必要無い、と言うのもあるのだろう。それにしても長い。


「ふぅん!! 小賢しい事をピィーピィーと……とにかく逃げずに向かってくるならば、ワシとしても都合が良いと言う事だッ!! まぁ、逃げようとしても絶対に逃がしはしないがなァァァ!! 藍亀や翠亀を呼ばれては面倒だ……ふっはァァァアアアアアアアアアアアア!!」


 みかちゃんが、吠える。
 途端、そのムキムキな右腕の先端、人差し指に、漆黒の光が灯った。


「貴様らが舐めてかかるのならば、こちらもまずは相応指一本で行ってやろうぞ。塩も神も超越したみかど対応だ!! これが所謂【小手試し】よなァ……いざ、放たれよ嘆きの矢ァッ【闇底の刺筵ヴェルベット・ストレイト】ォ!!」


 みかちゃんの指先で灯っていた漆黒の光が弾け、無数の矢雨となってガラハード達の頭上に降り注ぐ。


「うおわッ、広範囲の【暗黒魔法】!? 残り滓って言っても悪帝か!!」
「そう言や、悪帝は暗黒魔法を使うって話だったなァ!!」


 ガラハードは亀甲盾を構えてやり過ごし、ガヴェインは斧を振り回して全ての矢を薙ぎ払う。


「ふぅぅうん!! まぁこの程度は余裕で凌ぐかァァァ!! 憎たらしいが……そうでなくてはなァァ!! 先に言った様に所詮今のは【小手試し】の軽いジャブなのだから!! ふっははははははァァ!!」


 早々に次弾を用意するつもりか、みかちゃんはその太い両腕を天井へと掲げた。


「では、次はワシのみかど的本領をちぃびッッッと見せつけようぞ!! うねり狂え暴虐の轟流ッ【巨闇鯨のレヴィルアタ…」


 みかちゃんの両腕の先を起点に展開し、ドーム状空間の天井を覆い尽くさんとした漆黒の雷。


「なッ……ちょ、それは少しヤバくない!?」


 流石のガラハードも、その凄まじそうな予兆モーションにちょっぴり焦った。


 だが……


「ぬッ」


 突然、漆黒の雷が、展開途中で霧散してしまった。


「お、もしかして【魔力切れ】?」
「まぁ、そりゃあそうだろぉなァ!!」


 暗黒魔法は強烈な破壊や災厄を呼べる魔法がラインナップされているが、その分、消費魔力は膨大。むしろコスパ的に言えば最悪の部類に入ると言われている。
 そんなものを連発しようとすれば、優れた魔法使いでも苦しい。
 残留思念でしかない今のみかちゃんでは尚更だ。なにせ、霊体は生体よりも魔力精製機能が著しく低いと言われているのだから。
 一発で魔力切れに陥るのも無理は無い。


「ふん、そう言えば、ここしばらくは魔力を【霊体の強化】に回してばかりだったなァ……」


 ……「今のは軽いジャブよ!!」とか言った直後にガス欠とか、とても恥ずかしい状況のはずだが……みかちゃんは不思議と余裕そうである。


「なんかバリデカい音が聞こえたぞォ!!」
「うん、あと笑い声みたいなのも!!」
「ごおおあ!!」
「おお!! パル子に兄貴にディンドリャン!!」


 と、ここでドーム状の空間に飛び込んで来たのは、愛富龍アイフリューに跨ったヴォルスと、ディンドリャンに乗ったパルシーバル


「あ、ガラくんにガヴェくん!! 二人共無事なの!? 【だいしゅ……例のあのスライムには遭わなかったんだね!?」
「おうおう……だが、代わりにバリ妙なのと遭遇してるみたいだなァ……って、あのバリマッチョ髑髏が生えてるアレ……聖杯じゃあねぇか!?」
「……ふぅん……憎たらしいのが増えたな……仲間か……【赤亀】に【鉄亀】……ハッ!! 結局は恐るに足らず。みかど恐くない」
「何が恐るに足らずだ!! 魔法一発で魔力切れしてる癖に!!」
「そォだそォだ!! もう面倒くせぇから大人しく聖杯を渡せ!! この悪帝め!!」
「え? 悪帝?」
「うん。そうみたいなんだ」
「なァんか、聖杯に取り憑いてる悪帝の幽霊なんだとよォ」
「よくわかんねぇが、バリバリ妙な事になってんな……」
「もー、二人共、迷子になってる間に重要そうな話を進めないでよー」
「ま、迷子じゃねぇし……まぁ、詳しい説明は後ですっから、とりあえず、さっさとあいつを聖杯から引きずり出すぞ。幸い魔力切れを起こしてくれたから、あとはこっちが一方的ワンサイドに……」


「――望むぞ、聖杯よ!! ワシに【魔力】を寄越せい!!」


「へ?」


 みかちゃんの言葉に応える様に、みかちゃんが下半身を埋める七色の聖杯が、激しく輝き始めた。
 そして、聖杯の内に、ゴポゴポと禍々しい漆黒の何かが満たされていく。
 まるで液状化した化石の様にネトネトしていそうなそれは……可視化された【魔力】。


「………………えッ」
「……再開しようか。うねり狂え暴虐の轟流ッ!! 【巨闇鯨の雷吹咆哮レヴィルアタン・ストレーム】!!」


 まるで植物の根が花瓶の水を吸い上げる様に、聖杯と繋がるみかちゃんの下半身が、杯を満たす可視化魔力を吸い込んでいく。
 杯の中が空になる頃には、先程霧散してしまった黒雷が一瞬で再構築され、天井を覆い尽くしていた。


「え、ちょ、嘘だろ……!? 聖杯って、魔力も湧くの!?」
「所有者の望むモノで満たされる……それが聖杯の【満足】よ。魔力を望めば魔力が満ちるのは道理」


 そう、これが、聖杯の恐ろしい所。
 望めば、大抵のモノは無限に供給される。


 つまり、聖杯さえ傍らに置いておけば、【至極強烈な代わりに魔力コスパが悪い】と言う欠点を抱えている暗黒魔法を、際限無く放つ事ができる。
 かつて、悪帝と呼ばれていた暗黒魔法のプロフェッショナルなみかちゃんが猛威をふるった所以である。


 そして、魔力の精製機能がゴミな霊体であるはずの現みかちゃんが、二〇〇〇年に渡りその霊体を強化し続けてこれたのも、聖杯から湧く魔力のおかげ。


「さァ、先に言ったが、最初の小手試しとは違って本気で撃つぞ。せいぜい滅べ」


 みかちゃんが頬骨から側頭蓋にまで亀裂が走る程に口角を歪めて、満面の笑みを浮かべた。
 そしてそのまま、その両腕を振り下ろす。


 直後、振り下ろされた腕に引きずられ、天井を這い覆っていた漆黒の雷が、落ちる。


 全てを押し流してしまう津波の様な黒雷の群れが、一斉にガラハード達へと襲いかかった。


「ッ……こんの……【白亀の盾】!! 【守護光輝展開ライズ・ディフュード】!!」


 ガラハードの叫びに呼応し、その手に持っていた亀甲盾が白銀の輝きを放つ。
 白銀の輝きはそのまま膨大なエネルギーの防壁膜シールドとなり、ガラハード達全員に覆い被さった。
 咄嗟の判断で、ガラハードが全員分のバリアを張ったのである。


 白銀の膜に、黒雷の暴雨が容赦無く打ち付ける。


「ふんぎぃいぃいいいいい!! ぁあ、ヤバい!! これ結構ヤバい!! 痛い!! なんかもう痛いこれ!! 衝撃きてる!! 衝撃がめっちゃ身体にきてるゥゥゥ!! 腕とか関節とかあちこち痛い!! 僕もうきっついこれ!!」
「頑張れガラ公!! 耐え切れたらめっちゃ美味い紅茶を淹れてやる!!」
「頑張ってガラくん!! 耐え切れたら頭ナデナデしてあげる!!」
「ごああああ!! ごああ、ごあああ!!」
「バリ気張れやガラハードォ!! 耐え切れたらハチミツの飴玉やるぞォ!!」
「うぉおおおちくしょおおおおおお!! 僕だって怪我は嫌だから頑張るけどさァァァ全員もうちょっと僕のやる気を刺激するご褒美を考えてくれェェェ!!」


 とか何とか言ってる間に、黒雷の暴雨が止んだ。


「ぁ、あひゅう……」


 し、凌げた……とガラハードが尻餅を突くと、その手の盾から吹き出していたエネルギーシールドが霧散。


「あ、足腰死ぬる……!! ぐへすぅ……」
「ああ!? ガラくんがグロッキー!!」


 防御に特化した神亀である【白亀の盾】ですら、装備者にこれだけの負荷をかけなければ防げない一撃……悪帝が本気で放つ暗黒魔法、壮絶である。
 これが研鑽された肉体が滅んだ霊体のみの状態での攻撃だと言うのだから、全盛期が計り知れない。


「くっそ!! 肉壁ガラ公がこれじゃあ長期戦は無理だ!! 速攻かけんぞ!!」
「うん!! まずはボクが牽制する!! ナデナデはそのあとしてあげるからね!!」


 と言う訳で、パル子がその背に負っていた紅蓮の十字槍【赤亀の槍】を逆手に構え、肩ごしに担ぐ形で振りかぶる。


 パル子こと【飛炎】のパルシーバルは、投槍の名手。更に本人の槍投の手腕のみならず【赤亀の槍】の加護もある。
 彼女…じゃなくて彼の放つ槍は、牽制どころか必殺足り得る代物だ。


「やぁぁ!! 【掃滅炎羅一直線ヴァンライン・スイープ】!!」


 パル子の肩を砲口として放たれる、紅いレーザービーム。
 そう見間違う様な速度で真っ直ぐに空を裂く、紅蓮の十字槍。


 単純にして熾烈な一撃。
 ゴブリン程度の頭なら粉微塵、ミノタウロスクラスでも首から上がゴッソリ持っていかれる。


 そんな一撃が、寸分の狂いも無く、みかちゃんの眉間を狙って駆け抜ける。
 牽制と言っていたのに殺す気満々だ!! 流石はパル子!! 見た目は可憐な少女でも、その【覚悟】は騎士!!


「ふッふぅん……【赤亀の槍】……恐るに足らんと事前にみかど申告したが?」


 対して、みかちゃん……なんと微動だにせずノー・アクションッ!!
 とすれば当然、その無防備な眉間に、パル子の一撃が突き刺さ………………


「え……!?」


 ……らないッ!!


 擬音にするならば、「すかっ」。
 そんな拍子抜けする勢いで、紅蓮のレーザービームはみかちゃんの眉間をするりと透過してしまったのだ。


「「「「「………………………………」」」」」


 耳が痛い沈黙の中。


 またしても、みかちゃんの頭部をすり抜けて、【赤亀の槍】がパル子の手元へと帰還する。
 パル子はそれを上手く受け止める事ができず、【赤亀の槍】の穂先がザクッと地面に刺さった。それも、へたり込んだガラハードの股の間の地面に。
 しかし、ガラハードも「ひぇッ……」と言う悲鳴ひとつあげる事ができなかった。


「……え、何、今の?」
「……!! ま、まさか……!!」


 ここで、ガヴェインはある事を思い出す。


 それは、みかちゃんの発言。


 ――【藍亀の剣】や【翠亀の人形】でないならば、現状でも敵ではなァい!!――


 そのセリフの後にも、藍亀と翠亀を忌避する様な発言を繰り返していた。


 藍亀と翠亀、その二つの神亀には……とある【共通点】がある。


 ――どちらも、【魔法には属さない、霊的な不思議エネルギーでの攻撃手段】を持つ【霊属性武装】、即ち【霊装】の側面を持っていると言う点だ。


「……霊体ゴーストってもしかして、霊装以外の……つまり【通常攻撃は無効】なのか……!?」
「ふッふッふん……その通りだ。憎たらしいがピンポーン♪と言ってやろうぞ」


 ゴースト種のモンスターなんて、存在こそは知られていても、その希少レア度はドラゴン種以上。
 目撃例の少なさや曖昧さから、UMAや都市伝説の部類と同等程度の存在だとも言われている。


 当然、ガラハード達はゴースト種と遭遇した事は無いし、その詳細についても聞いた事は無い。


「ふゥ……まぁ、その分、霊体は防御力がクソだがなァ。これだけ鍛え磨き抜こうとも、ハッキリ言って【とーふスライム】や【おからスライム】程の耐久性すら無い……なので逆に霊装持って来られると泣く程にビビるが……霊装を持たぬ貴様らなんぞ小さめの鼻くそ程も恐くないわァァァ!! マジみかど余裕なんですけどぉぉぉ!! ふっふははああああぁぁぁぁぁ!! 悔しくば霊装のひとつでも持って来い、憎たらしき者共の末裔共よ!! まぁぁ霊装を取りに行こうなんてしたら死力を持って阻むがなァァァ!! ふッは、ぶははははは!!」
「くそッ……!! なんかムカつくあいつ……!!」


 言動がちょいちょい小物のそれだのに、普通に強い。
 そりゃあイラッともする。


「しっかし……バリヤバいぞ……この状況……」
「ご、ごあああ……!!」


 ヴォルスとディンドリャンの言う通り。


 みかちゃんの小物感がえげつない発言のせいで緩衝されてしまったが、ここは存分に戦慄すべき状況。


「あのバリ野郎に……どうやって太刀打ちすりゃあ良い……!?」





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