しゃちょずり!~社長がアホならその前髪を単車にくくりつけて引きずり回しても許される世界の話~
しゃちょずり!~社長がアホならその前髪を単車にくくりつけて引きずり回しても許される世界の話~
小さなタレント事務所、WAAプロダクション。
社長兼営業マンが一名、事務員兼マネージャーが一名、所属タレントが一名と言うもう伸び代しか残されていない事務所である。
「えぇい社長! いい加減にしてくださいつってんだろうが!」
事務所内に響き渡る若い男の怒声。
WAAに置いて最も優秀な事務員兼マネージャーである青年が青筋ビッキビキで社長に抗議する声だ。
握り締めた拳はもういつ社長に向けて発射されてもおかしくは無い。
「何だねジャーマネくん。私が持って来た仕事に文句かね」
社長は毅然とした態度でマネージャーに応対。
先日護身用のスタンガンを購入したので、もう元ヤンのマネージャーに恐れをなす必要など無い。
来るなら来いや、棒っきれが主力武装の原始人め。文明的暴力と言うモノを教えてやるぜ。そんな雰囲気だ。
「当たり前だろうがテメェおうコラ! アホだアホだたぁ常々思っちゃいたが……何だよ『ノースリーブサンタコスで北海道雪だるま大作戦』って!?」
「ノースリーブでサンタコスをした女性タレントを真冬の北海道に放って雪だるまのギネス記録(全高三七,二一メートル)に挑戦させる企画だけど」
「タレント殺す気か!?」
「大袈裟だな。袖無しの服を着た程度で人が死ぬかね?」
「死因はそこじゃあねぇよアホンダラァ! 単車に前髪くくりつけて引きずり回してやろうか!? あァ!? いいか、ウチに唯一所属しているタレントは生粋の南国娘だぞ!? 気温が二〇度切ったら長袖のトレーナー探しながら泣き叫ぶ様な奴だ!! マイナス二〇度とかイったりする北の大地で生存できるとでも!?」
「多分だけど二〇度以下もマイナス二〇度も大差なくない?」
「マイナス二〇度って濡れたタオル振り回して人を殺せる温度なんだが!? 予想でモノを言うなよ引きずり回っぞ!!」
「へー。ちなみに二〇度で濡れたタオル振り回すとどうなるの?」
「鬱陶しいだけだ!」
前々から常々思っていたが正気かこいつ、とマネージャーは怒りの中に呆れを隠しきれない。
「つぅか、どこからこんなイカれた仕事持って来たんだよ……」
「昔のツテでね、知り合いのプロデューサーに何か適当に仕事くださいお願いしますって執拗にTELったら、この企画書作ってくれてね、『おたくが受けるんなら会議に回してやんよ。受けられるもんなら受けてみやがれ』って。いやー、彼の御両親にまで挨拶しに行った甲斐があったよ。外堀から埋めるに限るね」
「……向こうもまさか受けるとは思っていなかっただろうに……」
おそらく、そのプロデューサーとやらはこのアホとの関係を断ち切るために、このアホみたいな企画を寄越したに違いない。
こんな企画、その手の道を極めた芸人を指してのオファーでも無い限り断るのが普通だ。
社長の方から断らせて、それを理由に縁を切ろうという魂胆だったのだろう。
しかしこの規格外のアホはそれを「これラッキー」と言わんばかりに快諾してしまったと。
……まぁ、正式に受けると返答した所で、話を聞く限りでは会議に回すだけ回して即没、実現しない事は目に見えている。
だが、ここはしっかりと否定し倒しておくべきだろう。
何故なら、このアホが「今回は運が悪かっただけだ!」と、似た様な内容のガチ企画を取ってきたら洒落にならないからだ。
昨今は、プロフェッショナルからつい先日まで素人だった人間までの幅広い層が番組をプロデュースできるネット放送局なんてのが跋扈している。
つまり、加減を知らないアホの企画をこのアホが拾ってこないとも限らないのだ。
世も末である。
「……とにかく、この仕事にウチのタレントは出さねぇぞ」
「……まぁ、君の気持ちもわからないでもない」
お、社長の癖にえらく物分りが良いな、もしかしてドッペルゲンガーに取って代わられたか? やったぜ。とマネージャーが喜んだ直後。
「都会のアイドルグループみたいに掃いて捨てるほどいるならともかく、一人しかいない所属タレント、後生大事にしたくなる気持ちもわかる」
「今後、俺の気持ちがわかるとか軽はずみに言わないでくれるか。名誉毀損も甚だしい。次言ったらマジで引きずり回すからな」
人数の問題じゃあない。
と言うか「いっぱいいたら何人か危険に晒してもイイんじゃね」と素で考えてるっぽい発言が地味に恐い。サイコか。
「まったく……端的に、君は過保護だ。あの小娘の成長も考えて、ここは敢えて辛い仕事にもトライさせてみようと思わないかい?」
「自社の所属タレントを小娘言うなイカレサイコ野郎。ダメだつってんだろ。もう諦めろ。しまいにゃガチマジで引きずり回すぞ。前髪にバイバイすっか?」
「えぇい、強情者め! 大体、こっちからお願いして回してもらった仕事なんだぞ? それを蹴ったりしたらもうあのプロデューサーや関わり深い製作の方々からウチに仕事もらえなくなる事は必至!! いわゆる干されると言う奴だ! それはあの小娘のためになるとでも!?」
「安心しろ、リアクション芸人が在籍してる訳でもねぇのにこんな仕事を受ける様なヤベェ事務所と関わり合いになりたいと思う製作様はいねぇよ」
「それじゃあどっちに転んでも縁が切れてしまうじゃあないか!? そんな理不尽な話があるはずない!」
「テメェの性格と仕事の取り方を分析してみりゃあ、実に道理的な話だと思うが」
仕事の内容から向こうさんの「お前と疎遠になりたい」と言う強い意思を感じろ。
マネージャーだって、一人残されるタレントが余りに不憫だから残っているだけで、それがなければこんな事務所もう辞めている所だ。
「って言うか君! ちょっと前から気になっていたんだが敬語は!? 新人の頃はきっちり敬語できてたよね!? むしろ流石は元ヤンキー上下関係は並以上にきっちりとバリってるねって感心するくらい下手な態度だったよね!?」
「テメェはマジで一回で良いから惨たらしく死んで常識人に生まれ変わってくれや。そしたら俺の敬語も帰ってくると思うんだよ」
煙草を持っていたらそのクソみたいな脳みそに根性焼きしてやりたい所だ、とマネージャーは思う。
成人を機に更生を誓って煙草をやめてしまった事が悔やまれる。
「遠回しに死ねと言うのか!?」
「…………直球をブン投げたつもりだったんだが」
本当に大丈夫かこいつの脳みそ。
むしろ一回焼き入れた方がショックで正常になるのではないだろうか。
「えぇい生意気な一社員め! もう社長は我慢の限界を迎えたぞ!! そちらから暴力に訴えない限りは使うまいと思っていたが致し方なし!!」
「うおッ!? テメェ一体何をする気……ぎゃッ」
ここで社長、実は使いたくてウキウキしていた警棒タイプのスタンガンを取り出し、セーフティを解除。
何度もシミュレーションを重ねただろう滑らかな動きで、マネージャーの首筋に叩き込んだ。
「ふはははは!! どうだ! ネットでポチった護身用スタンロッドの威力は!? ネット通販の便利さと恐ろしさを思い知……あれ?」
「……痛ぇな、の野郎……!!」
「え、嘘、なんで? 最強電圧モードなんですけど」
「……良い事を教えてやるクソッタレ……俺は工業高校の電気科出身だゴルァ……!!」
「はぁ!? 何の話…ひぇッ」
マネージャーが警棒型スタンガンの先端を握り潰したのを見て、社長は戦慄。
腰を抜かして尻餅を突く社長を見下ろすのは、完全にスイッチが入ったヤンキー眼。
「何の話だァァ? 簡単なオハナシだろォがよォォォ……テメェみてェなアンペアのアの字も知らねェよォォな一般人の扱う電気でェェ……俺がヤれると思ってんのかァァァ!!」
「どう言う理屈!?」
「俺を電気で斃すってんならァァァ……電工なり電験なり取れるくらいになってからこいやァァァつってんだオラオラオラオラァァァーーーッ!!」
「ちょ、待っ、え? そう言う資格の話なのそれって…ひでぶァ!?」
このあと滅茶苦茶オラオラしてから単車で引きずり回した。
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