やんわりわかる沖縄方言③SHINE

須方三城

やんわりわかる沖縄方言③SHINE



 どこにでもいそうな普通の現役女子大生・戸峡木とかいこ翠珠ミスズは、沖縄県とは縁も由も無い都会っ子である。
 正直、沖縄については「将来的に余裕ができたら旅行に行ってみたい所」くらいの認識しかない。


 そんな彼女が沖縄方言うちなーぐち講座を受講するに至った理由は、ただ単にカリキュラムの枠が余ったから適当てーげーに入れたに他ならない。
 しかし、その適当さが運の尽きだった。


 この講座――まともな講師がいないのである。


 ある者はF言葉並に使用領域が限られた方言しか教えない上に、隙あらばこちらを罵倒してくる前科者。
 またある者は無気力アピールにばかり使えそうな方言ばかりを使いこなし、講義中だろうと昼寝に向かって走り出す怠け者。


 正直、もうこの講座の単位いらないかな……などと思いつつ、普通に真面目なミスズは今日も独り、ただッ広い講堂にて、講師の到着を待っていた。


(今日は前科ヒガか……それとも惰眠ヨナハさんか……)


 どっちもどっちではあるが、まだせめて罵声を浴びせて来ないヨナハさんの方が良い。


「……ん? って言うかアレ? 何か、いつもと雰囲気違う?」


 具体的に何が、とまではわからないが、ミスズは不意に違和感を覚えた。


 何だか、今までとは根本的な何かが変わっている様な気がしたのである。


 そう、例えば……例えるならの話だが……
 今まで「描写が面倒くさい」と言う身も蓋もない理由により【台詞のみの台本形式で綴られていた短編シリーズの最新話】が、突然に割かしまともな地の文のついた普通の小説っぽい体裁を整えてきた的なサムシング。


 ずばりどう言えばわからないが、とにかく何かが【まとも】になったと言う雰囲気ッ!


 これはもしかして、講師もまともなのが来てしまったりするのではないか。
 ミスズがそんな期待を抱き始めたその時、スライド式のドアがガラガラと開いた。


 入室したのは……前科でも惰眠でも無い、初めて見る男性。
 ヘアバンドで前髪を上げ、タンクトップシャツに短パンと言うアスリート感の溢れる服装に身を包んでいる。
 タンクトップシャツの胸元には、派手なフォントで【ティーダ池宮城】と書かれていた。


「やぁ、こんにちわはいさい。はじめまして。君がミスズちゃんかな。僕は池宮城いけみやぎ。本日この講義を受け持つ者だよ」


「は、はぁ……よろしくお願いします……」


 笑顔の爽やかさはまさしく正統派アスリート。
 講師としては異質な服装にやや面を喰らったが、その言動と表情は、まさしく常識人ッ。
 この講座を受け持つ人間としては異常なほどに尋常である。


「僕の担当は本来【芸能科】の【パフォーマンス】系なんだけど、実はヒガさんは事情聴取、ヨナハさんは無断欠勤でね。沖縄出身と言うだけで白羽の矢を立てられてしまったんだ。なので本職のお二人ほど、しっかりとした講義はできないかも知れないけれど……最大限、頑張ちばるからね! よろしく!」


「大丈夫、あなたはあの二人より絶対にしっかりとした講義ができるだろうと、私は今、確信しました」


「えぇッ!? 信頼してもらえるのは嬉しいけど、一体どの辺で……? 僕まだ普通に挨拶を交わしただけなんだけど……」


「普通に挨拶が成立した時点でもう」


「……君、一体どんな凄絶な人間関係を経験してきたの……?」


 そりゃあ、挨拶を返したらいきなり「テメェはチ●コ生えてんのか馬鹿野郎」と罵られたり、手始めに質問をしてみると「うわぁ……この子、元気あって面倒くせぇわ」と一歩引かれたりだ。


 ああ、やばい、泣きそう。普通の講師が来てくれると言う事がこんなにも有り難いとは思わなかった。
 ミスズは思わず破顔。


 不慣れな講義でも構いませんとも、見守らせていただきます……そんな保護者の様な心持ちすら覚える。


「と、とりあえずその……講義に入る前に、何か僕に質問とかあったりするかな?」


 初対面かつマンツーマン、いきなり講義に入るより、少しでも打ち解けてからの方が進めやすいだろうと言う発想だろう。
 実にまともだ。初回の講義の出だしとしてこれ以上の無難さは無い。


「えーと……では、はい。池宮城さんのシャツに書かれている……その【ティーダ】とは一体なんですか?」


「ああ、これ? てぃーだと言うのは沖縄方言で【太陽】、又は【晴れ模様】を差す言葉だよ。このプリントはそれにあやかって【とにかく明るい池宮城】的なニュアンスの、まぁ座右の銘、だね」




■てぃーだ(「てぃだ」とも言う)
・意味:太陽・晴れ・SUNSHINEサンシャイン
 特に日差しが強く激しめに晴れている状態を「てぃーだかんかん/てぃだかんかん」と言う。
 太陽てぃーだ+かんかん照り(あくまで一説)。
・用例
「では、ここで特に意味は無いけれどバンパイアに【てぃーだ】の光を浴びせてみましょう」
「今日は【てぃーだかんかん】してるから、日射病に気を付けよう。帽子は大事」




「常に明るく元気に前向きに、そうありたいと思っているんだ!」


「もはや不気味なくらいに真人間まともですね」


「それ、褒められているのかな……?」


「そりゃあもう」


 女性から男性に対してもセクハラが成立してしまうこの時勢で無ければ、今すぐにでもハグしたい所だとミスズは思う。


「もう何も問う事はありません……是非、どうぞ講義をお願いします! 池宮城さん……いいえ、ティーダ池宮城さん!」


「う、うん。なんだかわかんないけどノリノリなのは良い事だね! グッジョネス! じゃあ、早速イってみようか!」


 と、勢い良く池宮城が取り出したのはスケッチブック。
 表紙をめくると、色取り取りのマジックペンで【一緒に学ぼう! 楽しく使える沖縄方言!】と書かれていた。
 手書きだのにファンシーなフォント。アスリートな男性のファンシーな書き文字とは中々得点が高い。


「急な話だったけれど、頑張って作ってきたよ! 講義は真面目に、されど明るく楽しく! そのためなら僕は手段を選ばないぞ!」


 やる気充分。何と言うか講師よりも保育士の方が向いているんじゃあないだろうか感すら覚える。


「ここに書いてある通り、僕は本日、楽しく使える……つまり、場を盛り上げたりする時に使える方言をレクチャーするよ! 良いかな!?」


「はい、もちろん!」


「では一つ目のエンジョイうちなーぐちは……これ! 【イーヤーサーサー】!」


 ぺろん、と池宮城がページをめくると、これまた可愛らしい書き文字で「イーヤーサーサー」と書かれていた。


「あ、なんだか聞いた事がある奴だ」


 沖縄出身のミュージシャンが音楽を出すと、たまに入っている合いの手の奴だ。
 合いの手に使える様な言葉と言う事は、先程の池宮城の弁と矛盾はあるまい。


 さて、どんなまともな意味があるのか。
 ミスズが期待にちょっと前のめりになったその瞬間、


「【イェェェーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ】!!!!」


「!?!?!?」


 突然の絶叫ッ!!
 突如、池宮城がその穏やかだった目を「眼球が飛び出すんじゃねぇか」と思える程にかっ開いて、講堂中――否、都内中に響き渡りそうな咆哮を上げたのである。


 余りの声圧に煽られ、ミスズは背もたれに背中を激しく痛打。バウンドしてそのまま机に突っ伏す。


「…………ッ~……い、池宮城さん!? いきなり何……」


「池宮城? ノォォォッ!!」


「!?」


「僕はただの池宮城じゃあなァァいッ! 僕はァ、僕こそはァァ!! 前代未聞のォ! 抜山蓋世ばつざんがいせい熱血講師あちさんしんしーァ!! 太陽てぃーだを愛しィ!! 太陽てぃーだァァにあァァいされた男ォ!! 朝日、夕日、濃硫酸NO☆RYU☆SUN……全ての太陽SUNの生みの親ァ!! 人呼んで、燃え滾るあちこーこーまぶいを持つ男ォッ!! そぉう、僕こそはァ…………例えこの身が朽ち果て様ともこの血を燃やしィ!! 物理的な熱血を以てこの地球上、いや太陽系、いやいや銀河系中を温もりで包むあちらかすゥ!! そう、この僕こそはァァ!! …………あまりの太陽力てぃーだぐてーの高さにウィツィロポチトリ、バステト、天照大神あまてらすおおみかみ、あらゆる太陽神てぃだうかみから生命を狙われている男ォ!! そぉぉぉう! 僕こそはァァァ!! 天上天下最熱の熱血講師あちさんしんしーィ! あの銀河一の池宮城を決める池宮城-1グランプリ堂々の銅メダルゥ!! そぉうぉぉお!! 僕こそは身長五尺七寸173cm、体重は一六貫八〇〇匁63kgォ!! そろそろ以下略!! 僕こそはァァァ! ティィィダッ……池・宮・城ィッ!! イィィィヤァァァサァァサァァーッ!!」


「…………は、はいぃぃ……?」


 長い、余りにも長い自己紹介。
 フルバージョンならば三分はくだらないだろうそれをかました池宮城――いや、ティーダ池宮城の目は、完全にヤベェ奴のそれ。
 そして、その手に持っているスケッチブックには、荒々しい筆文字で【イェェェーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!】と書かれている。


「も、もしかしてその……【イーヤーサーサー】の意味って……」


「【イェェェーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ】!!!!」




■イーヤーサーサー
・意味:イエェー(……正確には言語としての意味など存在しない)
 沖縄独特の……ぶっちゃけ、ただの合いの手。
 歌や踊りの調子に合わせて入れる掛け声であり、要するにノリが良い感じの感嘆符、気分の高揚と共に自然と溢れる雄叫びの様なものである。
 かの有名な「URYYYYウリィィィィ!!」に言語的意味が無いのと同じ様に、こちらにも言語としての意味は存在しない。
 ……まぁだがしかし、解釈の仕方によっては「周囲の人間の盛り上がりを煽るための発声行為」でもあるため、この訳は意訳としては間違いとは言い切れない。残念ながら。
・用例
 心奮える歌を聞いたら叫べば良いと思うよ。




「オッケーッ!! どんどん行くぜェ!! 次はこいつだァ!! カモォン! ……オーケーセルフペラリィ!!」


 テンションそのままにティーダ池宮城がスケブのページをぺらりのめくる。
 すると現れた文字は「スイッ」。


「あ、あの、次に行く前にちょっと頭を整理する時間をくだ…」


「こいつはこれだァ!! 【ソイヤッ】!!」


 ノンストップ・ティーダ池宮城。




■スイッ
・意味:ーよ。上のと大体同じだよ。
 強いて言うなら短くてキレの良いの合いの手だよ。
・用例
 好きに使えよ。リズムさえ合ってりゃ音楽は自由だよ。




「どんどん行くぜェー!! お次はお前さァ!! 【アイヤイヤササ】!!」


「い、池宮城さ…」


「【ソイヤソイヤハイハイ!! ソイヤソイヤハイハイ!!】」




■アイヤイヤササ
・意味:もはやこの解説欄にすら意味が無いよ。




「名残惜しいけど本日はここまでェ!! どうも、ありがとうにーふぇーございましたでぇーびるゥッ!! イィィィヤァァァサァァァサァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!」


(…………こ、この人もまともじゃなかった…………)


 ミスズに安息など無い。



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