悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R90,白いシーツのキャンバスに黄色い水彩(寝る前にはトイレ行け)
平和な平和なナスタチウム王国。
王城のとある一室。バスケットコート一面分がすっぽりと収まる大部屋に、無数の最新型ドラム式洗濯機が並ぶ。
さながらちょっと広めのコインランドリーと言った所だが……
先に言った通り、ここは王城の一室である。
洗濯スペース。城仕えのメイドさん達が、ここで日夜、王族や城仕えの従者達の洗濯物を処理するのだ。
本日は今は数名のヒラメイドと、メイド長であるシノが洗濯作業に従事しているのだが……
「………………これは……?」
シノが手を突っ込んだのは、従者達用の洗濯物入れ。
その中から、一枚のベッドシーツを取り上げる。
シーツの真ん中には、薄ら黄色い濡れ後が。
……まぁ、ズバリあれだろう。【お漏らし】と言うか、【寝小便】的な何かの痕跡。
「…………………………」
間違いなく、シノがこれを取り出したのは従者用の洗濯物入れ。
カゴの中を覗いてみると……同じく黄色いシミが残る女児向けの白いもこもこおパンツも投入されていた。
「…………………………」
この城に仕え、城内でベッドシーツを使う…つまり住み込みをしているのは、大の大人ばかりである。
「…………………………まぁ、薄ら予想は付いていますが……」
シノはゆっくりと【ある物】を探す。【タグ】だ。
王城で配布されているシーツや制服等の衣類には、所有者を示すコードが振られている。
タグに記されたそのコードを見て、メイド達は洗濯完了したそれらをそれぞれの使用者の元へと届ける訳だ。
「……本当、やれやれですね……」
シーツのタグに記されていたコードを確認して、シノは「やっぱりか……」と溜息を吐いた。
◆
「テレサ様。何度か申し上げているはずですが、王族は王族専用の洗濯物入れに入れてください」
「そ、そんなパンツ&シーツに見覚えはありません……!!」
テレサの自室前。
洗濯が完了し例のシミが綺麗サッパリ消え去ったパンツとシーツをシノに差し出され、テレサは冷や汗ダラダラである。
まるで追い詰められた指名手配犯の様相か。
「……テレサ様。これも何度か申し上げていますが……自分がオネショをした事を隠すために従者用の洗濯物入れに投入された所で、コードを見れば一発で持ち主がわかります」
「……………………ち、違うんです……その……本当に違うんです……これはその……寝ている間にピーと鳴く仕様の首長竜がベッドに入ってきて……」
「その言い訳を使用するならば、まずは近所の地層から恐竜の卵の化石を発掘し、愉快な青い猫型ロボットの力を借りて卵を蘇生する所から始める必要があるかと」
「シノさん意外と詳しい……!!」
「名作ですからね。さて、とりあえず。観念してシーツを受け取っていただけませんか」
シノはメイド長。他にも仕事がある。
本来本日の洗濯物の返還は別のメイドの仕事だったが、テレサの風評を(もう手遅れかも知れないが)守るためにシノが持ってきているのが現状である。
なので、シノはこの過去の穢れ綺麗に流して生まれ変わったパンツ&シーツをさっさとテレサに引き渡して、通常業務に戻りたい。
だがテレサは妙な抵抗を見せていて非常に面倒くさい。
まぁ、見た目は小学校低学年とは言え、テレサの実年齢は一六歳。一般人で言えば花のJK。色々と認めたくない気持ちはわからないでもないが今はただただ面倒くさい。
「ぁ、あれです!! あれは私がしたんじゃあないんです!! どこかの誰かが私の股間を使って勝手にオシッコしたんです!!」
「そうですね。もうそれで良いので受け取っていただけませんか」
「欠片も信じてませんね!?」
「信ジテマスヨ」
「なんでこのタイミングでpe●perくんのモノマネを!? 真面目に聞いてくださいよう!!」
別にpepp●rくんモノマネをした訳ではない。余りにも心に無い発言過ぎて感情を込める事が全くできず、機械音声みたいになってしまっただけである。
「お願いです!! 信じてください!! 本当なんです!! きっと世界の果てで高笑いしてる様な悪い魔女的な人が私の股間を乗っ取ってオシッコしたんです!! なんて酷い人でしょう!! 自分でトイレに行けば良いのにわざわざ私の股間を使って代わりにオシッコさせるなんて!! きっと寒い所に住んでいて、トイレのためにコタツから出るのが億劫だったに違いありません!! ありますよねそう言うの!! 一度コタツに入っちゃうともう出たくないコタツの束縛的な……」
「これもうその辺に置いといて良いですか?」
「もう少しだけ付き合ってください!! 絶対にその冷ややかな心に【納得】の二文字を刻み込んでみせます!!」
「無理むりムリのウ冠だと思いますが」
「うぅッ……直球に『無理だろ諦めろ』と言わず、少し冗談を混ぜてできる限りエッジを削った言い回しから感じる気遣いが逆に辛い……!!」
言いたい事がわかっているのならば、素直に諦めて受け取ってくれないだろうか。
「どうすれば……私は一体どうすれば、シノさんを誤魔化す事ができるんでしょう!? シノさん、何か良いアイデアはありませんか!?」
「申し訳ありません。私の貧弱な知性では到底思い付きそうにもありません」
卑下とか一切無く、この姫様に誰かを騙させる方法なんて誰が授けられようか。
「むむぅ……」
「………………」
テレサはすっかり熟考モード。
阿呆な事を考えてないでとりあえずこのパンツ&シーツを受け取ってくれれば逃げれるのに……とシノは舌打ちしたい気持ちを全力で抑える。
……仕方無い。
ここはもう、下手な言い訳もできない状態にしてしまおう。
「テレサ様。僭越ながら申し上げます。テレサ様は昨夜、隣国ベルガモット王国より贈られてきた【特産ベニイモジュース】を大量に飲んでいらっしゃいましたね」
「ふぇ? あ、はい。とっても美味しかったです!!」
「そしてその後、日課として、【奇跡体感アンビバリボー】を視聴されましたね?」
「はい。昨日はなんと衝撃映像三〇〇連発スペシャルで……」
「昨日の朝刊、テレビ番組欄には確か……【衝撃映像三〇〇連発二時間拡大スペシャル!! 梅雨のジメジメ暑さにうだる方は必見、清涼感MAXな心霊映像特集もあるよ!!】とか書かれていましたか……」
シノは何気に記憶力お化けである。
「ええッ!? それ、ちゃんと書かれてたんですか!? それを知ってたら絶対に見なかったのに………………はッ……」
「夜、大量のジュースを摂取し、その後、心霊映像特集を含む番組を視聴された。間違いありませんね」
「そ、そそそ、それは……その……」
「ジュースの飲み過ぎにより多大な尿意をもよおしたテレサ様……しかし、時既に遅く。テレサ様はその時にはもう心霊映像をスペシャル仕様で見てしまっていた。故に恐くて夜ひとりでトイレに行く事がなど到底できない状態に陥り……そしてそのまま我慢して眠ってしまった。結果―――……違いますか?」
「…………………………」
ガクン、とテレサはその場で膝を着いた。
「……う、ぅう……ジュースが……あのジュースがいけないんです……あのジュースがあんなに美味しかったから……!! あとアンビバリボーも酷いですよ……ドジっ子動物特集で画面に釘付けにした直後に間髪入れずあんな映像集……!!」
「そんな『被害者がいけないのよ』みたいな火サス犯人風の自供は要らないので、これを」
「ひぅぅ……ぐぅの音も出ない完敗です…………」
ようやく、テレサはパンツ&シーツを受け取ってくれた。
これで仕事に戻れる、とシノは安堵の溜息。
「シノさん……次は……次こそは負けませんよ!!」
「…………意気込みは素晴らしいと思いますが、またオネショをするおつもりですか?」
「はうあッ」
……やはり、やれやれとしか言えない。
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