悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R89,阿呆王子は学ばない(繰り返される悲劇)
魔地悪威絶商会が所有する雑居ビルの二階、オフィスにて。
元自称勇者だった男子大学生、ガイアがソファーに座って週刊少年誌を読んでいると……
「ん?」
彼のポケットの内で、スマホが震え始めた。
「メールか」
それはガイアの同級生であり友人であるシェリーからのメールだった。
今日は夕方から遊びに行く約束をしているし、それに関するメールだろう。
ガイアがメールを開こうとした、その時。
「……ぁ、あの……ガイアさん……少しよろしいでしょうか……」
「? コウメ? どうしたんだよ、改まって」
すっかり魔地悪威絶商会の給仕係として馴染んだ異世界出身の亀の甲羅を背負ってる目隠れ系ネガティブ女子、コウメが何やらおずおずと声をかけてきた。
「そのですね……相談と言うか……その、ぉ、お願いがありまして……」
「おう?」
珍しい事もあるものだ、とガイアは雑誌を一旦閉じ、スマホをソファーの上に置いた。
最近は色々あって改善されたが、コウメは元々「ごめんなさい」が口癖のすぐ謝って謙って自己卑下の言葉を羅列するタイプの女の子。
その性質上、自ら人を頼る事はほとんどない。本当に珍しい。
「ああ、俺にできる事なら何でも言ってくれ」
「ほ、本当ですか……? あ、あの……ご迷惑おかけして本当にごめんなさ…じゃなくてその……あ、ありがとうございます……」
誰かを頼るのは決して悪い事ではない。これは良い兆候だろう。
ここはどーんと構えてそのお願い事とやらを……
「……あの……下着を買いに行きたいのですが、一人では心細くて……」
「ごめんコウメ。ちょっと待って」
遡る事二時間ほど前。
魔地悪威絶商会が所有する雑居ビルの三階。そこは居住スペースになっており、獣人の里から社会勉強に出て来たアシリアと異世界からやって来たコウメが住んでいる。
「…………………………」
そんな居住スペース、衣装棚のとある引き出しに貼り付けられた一枚のカードを見て、コウメは絶句していた。
『アタシはとんでもないものを盗んでいきました、貴女の下着です 怪盗Dゥル子』
「……絶対ドゥル子さんだこれ……」
カードが貼り付けられていた引き出し……そこは、コウメの下着が収納されている場所。
その中に収められていたはずのコウメの下着は一枚残らず持ち去られており、代わりに……何と言うか……【淫猥さ】にステータスを全て振った様な黒系のランジェリーが大量に突っ込まれていた。
「…………これは最早、下着なんでしょうか……?」
試しに一つ摘み上げてみると……よりにもよって局部の当たる部分だけピンポイントで布が切り取られた黒いドスケベおパンティだった。
下着とは一体何を守るためのものなのか。これを販売しているメーカーは一度原点に立ち返るべきだと思う。
「……………………はぁ…………」
今まで、何枚か持って行かれている事はあった(大体二・三日後には何に使ったか証拠隠滅されて返ってきていた)のだが……今回はちょっと様相が違う。
一枚残さずごっそり持って行かれたのは今回が初だし、何よりわざわざドスケベランジェリーを代わりにと突っ込んで行っているのだ。
今回はおそらく、返って来ない。そんな予感がする。
つまり、今日からコウメはこのドスケベランジェリーでグラマーに決めるしか……?
「………………いやぁ、これは絶対に無理……」
「……と言う訳で下着を買いに行きたいのですが……その……一人だとショップ店員さん恐い……でもテレサさんやアシリアちゃんに付いてきてもらうのは……その……」
「ああ、お店の人が可哀想だからやめてあげた方が良いな」
テレサは阿呆なお子様。アシリアは無邪気なお子様+獣人。
高確率で常識人であろうと思われる普通のショップ店員さんがあの二人を接客するのは、至難の極みだろう。
おそらく、テレサは無知さと難聴ぶりをいかんなく発揮して、店員さんをツッコミ疲れさせてダウンを取る。
アシリアは、店員さんが何か自分が知らない事を言う度に、溢れる知識欲からとことん質問責めにしてダウンを取る。
「カゲヌイさんにお願いしようとしたら……ガイアさんに頼む様に言われてしまい……」
「あの忍者……」
絶対に面白がってやがる。
「まぁ、何故にその案件で男である俺を頼ったのか…と言うか頼らざるを得なくなったのかはよくわかったが……」
「……やはり……キツいですかね……」
「ああ、正味キツいな」
男子大学生がランジェリーショップに入ると言うのは結構ハードルが高い。
手持ち無沙汰に陥るのは必然モチロン、周りの客からの視線が絶対に辛いだろうと安易に予測可能だからだ。
しかも今回はおそらく、カゲヌイがマンホールの中辺りからベストショットを一眼レフカメラで狙っているものと思われる。
「……と言う訳で、【助っ人】を呼ぼう」
「す、【助っ人】、ですか……?」
「本日は、我社のドゥル子さん…もとい、ドゥルジャーノイがご迷惑をおかけしたそうで、本当に申し訳ありません」
真昼でも賑わう繁華街。
コウメの隣りを歩きながら、【助っ人】が淡々としたクールな口調で謝罪の言葉を口にした。
助っ人の名はシェリー・カトレア。ガイアの同級生である。
色んな意味で頭イカれてるの? と問いたくなる様な無数の三つ編みにされた金髪ヘアはいつ見ても珍妙だが、ガイアの周辺にいる人物の中では比較的まともな部類の女性(あくまで比較的)。
常に喪服めいた真っ黒コーデを身に纏い、滅多な事では表情一つ変えないクールさが特徴的。ぼっちコンプレックスをやや拗らせている所がたまに傷。
あと、ドゥル子が所属する組織【絶対悪の原典たる者達】でバイトをしている。
「あ、その……こちらこそ……その……ご迷惑を……えぇと……お付き合いいただき、ありがとうございます」
「お構いなく。今日は元々、夕方からガイア・ジンジャーバルトと友達らしく遊びに行く以外の予定はありませんでしたし」
シェリーはガイアと友人としてよく遊びに行く。
まぁ、遊びに行くと言うか……シェリーが昔から憧れていたリア充イベントを片っ端から消化するのにガイアが友人として協力している、と言う感じだが。
今日は花火大会に行く予定で夕方集合。それまでシェリーは暇をしていた。
そこでシェリーは先程、「暇です。昼もどこか行きませんか」とガイアにメールを送った訳だ。
「で、でも、良いんですか……? 私なんかより、ガイアさんと一緒にいた方が……」
「いえ、私個人としても、前々から貴女に興味がありましたので、丁度良い話でした」
「き、興味……で、ですか……!?」
「…………私はドゥル子さんとは違うので、変に警戒しないでください。もっと純粋な意味での興味です」
「ぁ……ご、ごめんなさい……でも……その……私はそんな個性に富んだ者ではありませんが……?」
「そうでもないと思いますが……」
デッカい亀の甲羅を背負った和装の目隠れ少女なんてそうそうお目にかかれないと思う。
「まぁ、何と言いますか……貴女からは同類の匂いを感じます。近くにいると落ち着く。是非友人二号になってもらいたいなとお近付きの機会をやんわり伺っていました」
「お、同類の匂い……?」
コミュ障の匂いだろう。
「と言う訳なので、貴女とショッピングと言うのは私に取って都合が良い。渡りに舟。しかも伴に下着を買いに行くなど、中々のフレンドリーイベント。至れり尽くせり」
「そ、そうですか……わ、私なんかがプラスに働けるのであれば、その……幸いです……」
「では、友人二号の件、前向きに検討していただけると言う事で?」
「は、はい……私なんかでよろしければ、よろしくお願いします……」
シェリーが無表情でガッツポーズを決めている。相当嬉しいのだろう。
……この国、変な人が本当に多いなぁ……とコウメは薄ら思う。
と、そんなこんななやり取りをしている内に、コウメとシェリーは目的のランジェリーショップへと到着。
店の名は【レディ・メイル】。特に高級志向やブランド絶対主義とかを拗らせてない、女子中学生から主婦まで幅広い客層を得ている一般的な部類の街角ランジェリーショップだ。
「では、行きましょう……女友達同士での憧れイベントの一つ……【一緒にお買い物】&【一緒に下着選び】を……!!」
「は、はい……ただその……下着を買いに行くだけですよね……?」
何でそんなボスダンジョンに潜行する直前の様なテンションなのだろうか。
「安心してください。必ずや私が究極の一枚を選んでみせます」
「……あの……できれば野暮ったい感じの四・五枚くらいでまとめて叩き売りされてる様なシンプルな奴で良いんですけど……」
コウメは下着…と言うか、衣類全般に可愛さとか麗美さとか求めてない。むしろ目立つ様なのは積極的に控えたいので、機能さえまともなら地味で良いと言うか地味が良い。
そんなこんな一抹の不安を覚えるコウメとフンスフンス鼻息荒いシェリーが自動ドアをくぐり、入店。
「いらっしゃいませー」
途端に姿を現した私服店員。抜いてる日の女子大生の様なカジュアルコーデだが、胸元の名札で店員であると判別できる。
「あら、お二人ともスタイルが良いですね。本日はどの様な……」
「…………………………」
シェリーは無言無表情で訴える。
この子の下着は私が選ぶ。リア充イベントの邪魔をするな……と。
「…………な、何か御用があれば、声をかけてください……」
店員さんは身の危険を感じたのか、即座に退散を決意した様だ。
「……す、すごい……アパレル界隈の店員さんを一睨みだけで退かせた……」
「私程の対人(撃退)スキルを持つぼっちならば雑作も無い事です」
「……プ、プロなんですね……」
「まぁ、最早【昔取った杵柄】ですがね」
何せ私にはもう友人が二人もいるのだから。とシェリーは無表情で自慢気だ。
「さて、では早速選別作業に取りかか…………」
「…………? どうしました……?」
「……いえ、見間違いかなと…思ったのですが……」
「? ……あ」
シェリーがゆっくりと指差したその先にいたのは……一人の男性だ。
大柄筋肉質な身体を気品溢れる高貴な衣類でラッピングした眼鏡男。
何やら特設展示されている下着をまじまじと眺め、顎に手をやって熟考している。
シェリーは【テレビに出てくる人】として、コウメは【たまにガイアの足を削ごうと襲撃してくるテケテケみたいな人】として、その人物を知っている。
「何やら、あそこにこの国の【第一王子】がいて、女性物の下着を真剣な眼差しで物色している様に見えるんです」
「……いますね……そして至極真剣な表情で物色していますね……」
ナスタチウム王国第一王子であり法務大臣。
ウィリアム・ヴァン・ナスタチウム……テレサのお兄さんだ。
「む?」
コウメ達の視線に気付いたのだろう。
ウィリアムがゆっくりと顔を上げ、こっちを見た。
「お、君は確か……テレサの部下の子じゃあないか」
「ひっ……あ、あの……こ、こんにちわ……」
「ああ。こんにちわ」
ガイアを狙っているとは大違いな、紳士的対応である。
そりゃあ、愛するテレサの部下なのだ。(ガイア以外には)好意的であるに決まっている。
「こんな所で会うとはな。偶然とはすごい」
「……は、激しくこっちの台詞なんですが……」
「うむ。まぁこの場所に不似合いな自覚はある。だが、のっぴきならない事情があってな……妻への贈り物を選びに来たんだ」
「お、奥さん…への、プレゼント、ですか……?」
この人、結婚してたんだ……と言うのがコウメの正直な感想である。
「うむ、これだ」
そう言って、ウィリアムは先程までまじまじと眺めていた特設コーナーを指差した。
そこに大きく掲げられているPOPは【着けているだけで豊胸効果が!? 魔法陣仕込みのバストアップブラ特集】。
「「……………………」」
「妻は貧乳である事を悩んでいる様子でな。前回、豊胸効果のある魔法の指輪をプレゼントしたんだが……余り気に入らなかったらしい。プレゼントした直後に殺されかけたし、部屋でしか付けてない。おそらく、あの指輪を付けているのを見られて【貧乳である事を気にしているのが周囲に露見してしまう】のが嫌なんだろう。俺とした事が配慮不足だった」
……話を聞く限り、この王子の配慮が不足していたのはもう少し別ベクトルな気する。
と言うのがシェリーの正直な感想だが、相手は初対面の王族なので控えておく。
「だが、今朝のチラシに載っていたこのブラならどうだろう!? あいつの下着を見るのは俺とメイドくらいなものだ!! 機能性、秘密性も完璧じゃあないか!! と言う訳で、前回の流れもあって俺自ら買いに来た訳だ!! 妻のサイズなら心配ご無用、既にカゲロウの妹に頼んで、気付かれぬ様に妻の全身をくまなく採寸してもらったデータを所持している!! だが問題は色なんだ。妻は赤が好きなんだが、彼女の持つ下着は白や黒のものが多い……さて、どうしたものか……と悩んでいた」
「……そ、そうだったんですか……」
……どうしよう、駄目な予感がする。止めた方が良いんだろうか。
と、コウメがおどおど迷っていると……
「よし、決めたぞ!! 同じ様な下着ばかり持っていてもあれだろう!! ここは赤だ!!」
「あ……」
「ふふふ、今度こそディアナを喜ばせ、必ずや【ウィリー】と呼ばせてみせる……では、俺は会計に行くとしよう!! 君、テレサによろしくな!!」
「……ちょ……」
コウメが止める暇もなく、ウィリアムは疾風の様にレジへと向かい会計を済ませ、迅雷の如く店から去っていった。
あの少しズレた思考と行動力、まさしくテレサの兄である。
「…………………………わ、私は……今、一人の人間の生命をみすみす取りこぼしてしまったのでしょうか……」
「……阿呆は死ななければ治らないと効きますし……良い機会と言う事にしておきましょう」
このあと、ウィリアムはもちろんディアナに蹴り飛ばされた。
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