悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R82,過去編は大抵感動物(だと思うじゃん?)



 それは気が遠くなる程に昔の話。
 精霊と悪神族アーリマンが全面戦争を始めた日より、少しだけ前のお話。










 名前の無い広大な森、その中心にある草原。
 広々青々とした平地に、一本の若木がぽつりと生えている。


「ほへぇー……何か良い感じ場所じゃん」


 周囲の木々から孤立した若木の枝を指でなぞりながら、その少年は嬉しそうにつぶやいた。


 褐色の肌とブルーの瞳が特徴的で、その頭髪は風に揺れる草木と同じ色合いの緑色。
 それは、ある『邪悪な種族』の者達の特徴と完全に一致している。


 この少年は、『悪神族アーリマン』だ。


 精霊や天使・悪魔などの『高次元生物』と同じ枠組みに入る種族。
 その魔力は絶大にして凶悪。


 血族皆もれなく快楽第一主義者であり、己が楽しむためならどんな手段をも厭わない。
 生物の悪意を増長し、拡散させ、世界をかき乱す。そしてその波乱を楽しむ……なんて活動に、種族総出で取り組む様な連中だ。


 故に、多くの生物から忌み嫌われている。
 特に精霊たちとの種族間摩擦は酷い。常に戦争の一歩手前の様な状態だ。


 ……まぁ、でも、そんなことはこの少年に取ってはどうでも良い話だ。


 自分が何者で、どう言う境遇にあるのか。
 そんなんどうでも良い。非常にどうでも良い。興味が無い。


 少年に取って重要なことは、ただひとつ。


「ここなら、良い夢が見れるかも」


 最高の昼寝プレイスの確保。
 この重要案件の前には、アーリマンがどうとか精霊との戦争がどうとか、瑣末な問題過ぎる。
 思考の一%程も回してやる気が起きない。


「どっこいしょ」


 と言う訳で、少年は若木に寄り添って寝転がる。


「……気持ち良いなぁ」


 邪悪なんて程遠い笑みを浮かべ、彼は陽光を堪能する。


 きっと、種族の長を務める彼の父は、良い顔をしないだろう。
 何故かはわからないが、アーリマンは昔から、太陽を『敵』とし、その光を毒だと『思い込んでいる』。


「損してるよなぁ、父さん達」


 日向ぼっこは、こんなにも気持ちいい。
 一族の中で自分だけが知っている、そんな特別感。


 この森には初めて来た彼だが、中々どうして、ここは絶好の日向ぼっこポイントだ。


「あー…良いわぁこれ。最高だわこれ。アンラにも今度教えてあげよっと」


 思い浮かべるのは、出不精な親友の顔。
 きっと、あいつも気に入ってくれるだろう。そう笑いながら、少年は瞼を下ろす。


 さぁ、一体どれほどの夢を見られるのか。
 楽しみで仕方無い。楽しみ過ぎてワクワクが止まらなくて逆に寝付けないレベルだ。


 早く、早く落ちるんだ僕の意識バカ野郎。


 少年は強く念じつつも、陽光を楽しむ余裕を忘れない。


「あら?」


 そんな時、ふと、声が聞こえた。
 耳に優しい、どこかのほほんとした雰囲気のある女の子の声。


「お客さん?」
「!」


 優しい色合いで構成された、『精霊』の少女。
 この若木を中心とする草原を住処とする精霊。つまりこの空間の主だ。


 あ、ヤバッ、と少年は一瞬引きつった。


 精霊だ。つまり、自分たちと敵対する種族。
 知らなかったとは言え、敵対者の領域で我が物顔で昼寝しようとしていたんだ。
 面倒なことになるかも知れない。


 ……だが、少年の焦りは完全な杞憂に終わった。


 精霊の少女は特にそれ以上何も言わず、ただ少年を眺めている。
 そのふんわりした表情から、負の感情は欠片も読み取れない。「気持ち良さそうですねー、うふふー」的な感じだ。


「………………」


 ぽかーん、と少年が少女の顔を見上げていると、


「?」


 少女は柔らかな微笑みを返しながら、小首を傾げた。


「ッ!」


 その微笑みに、その可愛らしい仕草に、少年はハートは不覚にも撃ち抜かれてしまった。


「そんな顔して、どうかしたんですか?」


 愕然とする少年に、少女が問いかける。


「…………」


 少年は確信を込めて、力強く断言した。


「惚れた。愛してる。結婚してください」
「ほぇ? ……うーん……お断りします」


 少年は初恋を経験し、その次の瞬間に失恋を経験したのだった。


「あ、でも、お友達なら欲しいですね。私、しばらくここで独りぼっちなもので」


 にっこりと笑うその少女に、少年はますます心惹かれた。


「それでもいい! うん、それで全然オッケー!」
「じゃあ、よろしくお願いします…えーと……」
「あ、僕はアーグ・ラマイニュ! よろしく!」
「そうですか。私はマナ。マナ・ヴォフヌスです」


 こうして、天敵同士であるはずの二人の交流が始まった。








 常に闇の帳に包まれた薄暗闇の世界。
 地の名は、デッドシードの大峡谷。
 その不気味な地の底に、アーリマンたちの集落の一つが存在する。


「……退屈だな」


 ふとつぶやいたとは、緑髪・褐色肌・碧眼とアーリマンの特徴を備えた青年。
 通常の人間で言えば、その外見は一〇代後半から二〇代前半くらいか。
 しかし、彼がこの世に生を受けてから、既に二〇〇年の歳月が経過している。……まぁ、それでも高次元生物であるアーリマンの中では『若い』よりも『幼い』に分類される年齢だ。


 青年の名はアンラ・マンユ。
 現在、余りにも暇なので、彼は峡谷内を無目的にうろうろ徘徊している所だ。


 進めども進めども、両側を岸壁に覆われた細狭い荒野が続くだけ。はっきり言って、こんな所を徘徊しても暇は暇のままだ。


 しかし、生憎今は日中。谷の外に出るのは気が退ける。


「む」


 アンラは生物の気配を感じ取り、足元の小岩を蹴っ飛ばした。
 そこには、潰れ、全身から体液を漏らす一匹のトカゲが。


「……落石に巻き込まれたか。哀れなモノだな」


 そうつぶやくモノの、アンラの瞳に特に哀れみの色は無い。
 なんとなく、雰囲気で適当に言っただけ。


「それにしても、ここまで潰れていながらまだかすかに息があるとは、中々良い根性ではないか」


 普通なら即死だろう潰れ方だが、アンラは確かにこのトカゲから鼓動を感じる。


「運が良いな」


 こんな状態でも奇跡的に延命していること。そして、とてもとても暇なアンラに発見されたこと。
 トカゲがそれを幸運に思うかどうかは置いといて、アンラ的にはラッキーだ。


「死にゆくだけのお前に、新たな生と役目を与えてやる。俺の玩具だ」


 アーリマンには、それぞれ司る概念が存在する。
 そして、その概念に応じた固有能力を所持している。


 熱を司る者は気温を自在に操り、虚偽を司る者はあらゆる生物に偽りの記憶を植えつけたりできる。


 アンラ・マンユが司るのは、『悪欲』。


 悪欲とは、病の様な存在モノ
 疫病の如く、あらゆる生物に伝播する。
 死病の如く、あらゆる生命を蹂躙する。


 アンラの固有能力は、悪欲チカラの拡散と悪欲チカラによる支配。
 その名も『欲深な悪病神ディザストン・デザイア』。


 アンラ自身の膨大な魔力を、他者に伝播・拡散…つまり、分け与えることができる。
 そして、他者の力を蹂躙・支配…つまり、己の中に取り込み、我が物とすることができる。
 相反する二つの力を、彼は内包する。


「名前も付けてやろう……『アジャダハカ』と言うのはどうだ? 『悪辣なる蛇の王』、と言った所だ」


 まぁ、お前はトカゲだが、似た様なモノだろう。
 そう軽く笑いながら、アンラは自らの爪を掌に食い込ませ、血を滴らせる。


 滴り落ちた血の一滴がトカゲの体に触れた瞬間、異変が起きる。トカゲの肉体が、ゴボゴボと音を立てて沸き立ち始めたのだ。


「さて、あとは三〇分ほど放置すれば良い塩梅に出来上がるだろう。楽しみだ」


 アジャダハカが完成したら、どうして遊んでやろうか。
 集落一の怪力者、タルウィタートの奴と腕相撲でもさせて、それを菓子片手に観戦しようか。
 そう言えば最近(と言っても半世紀前)生まれた従妹いとこのドゥルジャーノイは、虫やトカゲが好きではないと言っていた。けしかけて完全にトラウマにしてやるのも面白いかも知れない。


 なんにせよ、これで少しは暇を解消できるか、とアンラはご機嫌な笑み。


 と、そんな所に、


「おーい、アンラー…そんな所で何してんのこの暇人さんめキックッ!」
「ごぼるぁっ!?」


 アンラの腰の辺りに、音を置き去りにしかねない速度のドロップキックが飛来する。
 普通の人間が喰らえば木っ端微塵に吹き飛ぶ所だが、アンラは幼いとは言えアーリマン。「割と真面目に痛いわこれ……」くらいのテンションのダメージで済む。


「ぐほぅ……お前、アーグ……ふざけんなよマジで……」


 飛来したのはアーリマンの少年、アーグ。
 やったったぜ! と言わんばかりにガッツポーズ&弾けんばかりの笑顔。


「相変わらず、大人ぶった『形』してるね。似合わないし、的が大きくなるだけだからやめたら?」
「そもそも俺は的では無いが!?」
「細かい所に拘ってちゃ楽しく生きれないよ?」
「そうか、お前はそんなに細かくして欲しいのだな……!」
「あははは、冗談ジョーダン。だからそんな不細工な顔しないで。マジギレはいやん。幼馴染のよしみで勘弁☆」


 アーグはアンラと見比べると非常に年下っぽいが、実はこの二人、ほとんど同時に生まれた超幼馴染だ。
 ちなみに、年齢と外見のバランスが正しいのはアーグの方である。


 超位以上の高次元生物は外見どころか性別まで自由自在だったりする。アンラもそれと言うだけ。
 アーグの言う通り、アンラは大人ぶって青年の外見を作っているに過ぎないのである。


「あ、そうそう。そんなことよりアンラ! ちょっと谷の外に行こう!」
「はぁ? 絶対嫌だが?」
「もぉ、太陽がそんなに恐いの? 大人ぶってる癖に子供だなぁアンラは」
「恐くないし。全然恐くないし。余裕で行くしマジで」
「うん。それでこそアンラだ」


 チョロいなぁ僕の幼馴染、とアーグは思わず笑ってしまった。








「最高の日向ぼっこプレイスだと?」
「そーそー。もうマジであれは最高以外の言葉では言い表せないよ」


 森の中を行くアーグとアンラ。
 アンラの褐色の肌はなんか異様にてかてかしている。
 デッドシードに湧くUVカットの泉、そのヌルヌル水を全身に満遍なく塗りたくっているのだ。


「お前…相変わらず日向ぼっこなんぞと言う意味不明なことを……」


 アーリマンの言い伝えによれば、太陽光は遥か昔、その焦熱の力そ以て悪・病・厄・闇などの眷属を全て影の世界へと追いやった有害線だ。


「あんな言い伝え、本気にしてるの?」
「言い伝えと言うがな、実際、太陽の光に軽装で晒されてタルウィの奴はブッ倒れたことがあるらしいぞ? あの頑丈さだけが取り柄の様な男がだぞ?」
「それ、多分アレだよ。この前あの子が言ってた『にっしゃびょー』って奴。アーリマンを始めとする魔族は大抵、際立って紫外線に弱い体質らしいからねー」
「……あの子?」
「うん。実はね…お、着いたよアンラ。ここ」


 不意に、森が拓けた。


 そこに広がっていたのは、一面緑の大地。
 緩やかな風が、その大地に緑の波を起こしている。


「これは……」


 暖かな空気、優しい風、爽やかな景色。
 一瞬、アンラもちょっと「ええ感じやん」と思ってしまった。


「ね? ここで寝たら、良い夢を見れそうでしょ?」
「ふ、ふん。ま、まぁまぁなんじゃないか。曇ってたら最高だったろうな」
「いやいや、快晴だからこそのこれなんだよ、これは」
「どうだかな。曇天の夜の方が更に素敵な感じに仕上がるんじゃな…」
「そんなこと無いですよ?」


 アンラの言葉を遮ったのは、聞きなれないほんわか系の少女の声。


「ッッッ!?」
「ここは、この天気のこの時間帯がピークタイムです。ここを住処にしてる私が言うので間違い無し!」
「そうだよアンラ! 愚かな幼馴染め! マナの知恵袋っぷりに平伏せ葉緑素頭!」
「って、な、せ、精霊かお前ッ!?」
「はい。どう見てもそうですよ?」
「そうだよアンラ! 愚かな幼馴染め! マナの精霊っぷりに平伏せチョコ色男児!」
「ちょっと黙れアーグ! と言うか葉緑素頭でチョコ色男児なのはお前も一緒だろうがッ!」
「ついでにブルーアイズだよ!」
「強いぞーかっこいいぞーってか。一回黙れマジで! 呪術の弓矢で腐ったマンモスと融合させてやろうか!?」
「アンラさん、でしたっけ。アーグさんのお話の通り、元気で楽しい方ですね」
「でしょー? と言う訳で今日は僕ら三人でババ抜きをしたいと思います」


 そう言うと、アーグは指をパチンと鳴らし、魔法でトランプを召喚。
 アーリマン特製、髑髏の柄が入ったトランプだ。たまに持ち手の魔力を無断で吸収して髑髏柄が「ケケケ」と悪趣味な笑い声を上げる仕様の逸品。
 それでも、アーリマンの作った物の中では涙が出るくらい可愛らしい代物である。


「なっ……冗談が過ぎるぞ! アーグ! 誰が精霊なんぞとババ抜きを……」
「あー、アンラはババ抜き弱いもんねぇ」
「……は? はぁぁあああああああ!? お前、俺に一度でもババ抜きで勝った事があったかおぉぉおう!?」
「そうだったけ? 覚えてないや~」
「お前……! こちらがババ以外のカードを引こうとした瞬間この世の終わりみたいな顔する分際で……ッ!!」
「あ、では、こうしてはいかがですか? 私達三人でババ抜きをして、貴方の実力を見せつけてください!」
「いやいや、マナ。それは可哀想だよ~。誰だって夢を見ていたいもの~」
「え、そんな事を言う方が可哀…、あ、そう言う事ですか。では……あ~~~、それはそうかもですね~」
「じゃあ、アンラぁ~、も~帰っていいよ~。せ~ぜ~ババ抜きの特訓してぇ~、僕の足元程度には及ぶ様になったらまた誘ってあげるぅ~」
「わ~、ア~グさん優し~いぃ~☆ ババ抜き弱い方に対してもすごく優しいぃ~☆」
「………………ザっ、けんなゴルァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 上等だよおぉぉおう上等だおぉおお! そこに直れ糞虫二匹ィッ! ババ抜きストとしての格の違いを教えてやんよぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」


 ね、こいつチョロいでしょ。


 すごく本当ですね。


 アーグとマナがそんな感じのアイコンタクトで微笑みあっている事にも気付かず、アンラは全力でトランプを配り始めたのだった。






「そぉうら見ろ! また俺が一位上がりではないか!」
「うーん、やっぱアンラは強いなぁ」
「わー、本当、イカサマを疑うレベルで強いですね」
「はっはっはっはっは」
「あはは」
「うふふ」
「…………って、どぅぉおおおおおおおおおおおおいッ!」


 爽やかの草原の中心で。
 青年姿のアンラが怒号を上げる。


「どうしたのアンラ!? 持病のお菓子欠乏症か!? このジャンキーめ!」
「まぁまぁ。角砂糖ならありますよ? 舐めます?」
「違うわぁぁあああ! 断じて違うわぁぁあああ! 菓子が切れてもここまで騒がんわぁぁあああ! 一応角砂糖はもらうけどぉぉぉおおおお!」


 と言う訳でマナから角砂糖を受け取り、それを口内で転がしながらアンラはアーグを睨み付ける。


「お前、俺を嵌めたな……! まんまと精霊なんぞとババ抜きを……!」
「で、どうだった? アンラ」
「何がだ、お前この糞虫」
「今の『精霊との』ババ抜き。楽しかった?」
「! ……まぁ、それは……だがそれは、単にババ抜きが楽しかったからであってだな……」
「別に、それでも良いよ。とにかく、精霊を混ぜてだろうと、ババ抜きは楽しかった。間違いないね?」
「ぬ、ぐ……まぁ、それはな」
「うふふ。楽しんでもらえて嬉しいです」
「ぐっ……調子に乗るなよ精霊が!」
「じゃあ、次は神経衰弱ゲームで調子に乗ってるマナの鼻っ柱をへし折ってみよう」
「阿呆。もうその手には乗ら…」
「あら、神経衰弱は私のホームグラウンドですよ? 正味、アーグさんとアンラさんが束になってかかって来ても勝てる自信あります☆」
「まぁ確かに、その場合アンラが足引っ張るもんねぇ~。ま、僕一人ならマナとも良い勝負するけど? 神経衰弱ゴミ弱いアンラが足引っ張るからねぇ~」
「はぁぁぁぁあああああ!? お前ら俺の神経衰弱熟練度ナメ過ぎだろぉぉおおおお!? この一ヶ月間の三時おやつが何だったか細かく言える記憶力持ってんだぞこっちは! 身の程を教えてやるこのゴミクズ共がッ!!」






「…………………………」


「あの……さっきまであんなにもキラキラした笑顔を浮かべてトランプを捲っていたアンラさんが、死にかけのカナブンみたいなテンションで膝を抱えて若木の陰に……」
「大丈夫大丈夫。あいつ、僕の掌で踊り狂わされた後はああやって凹む習慣があるだけだから」
「………………………………」
「もー、アンラってば。いい加減、素直に認めたら? すごく楽しかったでしょ? 最後に逆転の一組を引き当てた時とか、爽やかさの権化みたいな笑顔浮かべてたじゃん。いつもみたいに、さ。結局、アーリマン同士で遊ぶのも精霊と遊ぶのも大差無いんだよ」
「…………もう帰る……」
「おっと、勝ち逃げは許さないよアンラ。次はUNOだ。それとも自信が無い?」
「えぇいッ!! 俺が何度も同じ様な手にかかると思うなよッ!?」
「凡庸な逃げ口上ですね☆」
「あぁぁああああんんんんんテメェこの精霊今なんつったぅおおおおおおおぉぉおおいッ!?」










「……………………ん…………」


 魔地悪威絶商会オフィス。
 ソファーに寝転がっていたアーリマンの『少年』が、ふと瞼を開けた。


「ありゃ……『僕』、寝てたのか」


 アーリマン、アンラ・マンユだ。
 魔地悪威絶商会に遊びに来たは良い物の、誰もいなかったのでソファーでゴロゴロしながら待っていたのだが……いつの間にか眠っていたらしい。


「随分、懐かしい夢を見てた気がするなぁー……」


 でも夢って覚めると思い出せないパターン多いんだよなー……とかなんとか言いながら、アンラが上体を起こすと、ハラリ、とタオルケットが落ちた。


「あり? タオルケット?」
「あ、アンラさん! 起きましたね!」
「んお、やっほいテレサ。それとガイアも。帰ってたんだ」


 アンラが寝ていたソファーと対面する形で設置されているソファー。そこにガイアとテレサが並んで座っていた。
 ガイアは雑誌を読み進めており、テレサはスマホを片手にスナック菓子を食いあさっていた。


 アンラにタオルケットをかけたのもこの二人のどちらか……まぁ、そう言う気配りができるのはガイアだろう。


「おう、ついさっきな。あんたは随分熟睡してた感じだったけど、一体いつから待ってたんだよ……」
「んー……まぁ、小一時間くらいかなー……どこ行ってたのさ?」
「暇だったので、デパートに備品の買い出しです!」
「昨日、お宅のドゥル子が大暴れしてくれたおかげで、色々と壊れたり吹っ飛んだりしたからな」


 やれやれな事件だったぜ……とガイアは昨日前回の事を思い出して遠い目。


「ああ、そりゃあれだね。ご愁傷様」
「労わりの言葉だと受け取っておく」
「あ、そうそう! トランプも新調したんですよ! 今から三人で何かやりましょうよ! トランプで!」
「あぁん? トランプゥ? ……あー……ま、たまにゃ良いか……で、何やんだよ」
「そうですねー……ババ抜きとかどうです!?」
「ババ抜き……?」
「? アンラさん? なんか反応が意味深ですけど、どうかしたんですか?」
「ん? あ、いや、別に……良いと思うよ、ババ抜き。でも、僕めっちゃ強いよ?」
「ウチのガイアさんだって強いですよ! 私は今まで一度も勝てた事がありません!」
「威張る事か」
「はは。まぁテレサはすぐ顔に出るモンねー」
「ああ、ババを持ったらキョドるし、ババ以外を引かれると猫に追い詰められたハムスターみたいな顔するからな」
「そ、そんな顔してませんよ! 私はクールでビューティだのにそんな…」
「はいはい☆ テレサ姫ったら超クールゥ☆ きゃはっ☆」
「むきぃぃぃーッ!! 決めましたッ! ガイアさんのその余裕満々な鼻っ柱、今日ここでへし折りますッ! アンラさんがッ!! ねっ!?」
「そこは君じゃないのか。良いけど」
「では、配りますよ!!」


 気合の入った形相でトランプを配るテレサを眺めながら、ふとアンラは思い返す。


「ああ、そう言えば……前にも『俺』達、『この三人』でやったな、ババ抜き。あの時の俺も、そんな顔でカードを配っていたのかな……ふふっ」


 あの頃は若かったな……なんて、少年の姿には到底似合わない、アンラの静かな自嘲。


「ほえ? 何をブツブツ言ってニヤニヤしてるんですか? アンラさん。え? え? 私何か変な事しました?」
「いや……まぁ、なんて事はないよ」


 それは、遠い日の思い出。
 四二万年近くも昔……神を呪う様な事件の火種になってしまった…友達と、その友達との記憶。
 その『後』の事を考えれば、出会うべきでは無かったと結論付けるべき出会い。それでも、どうしても、「楽しかった」と言う感傷と共に思い出してしまう日々。


「ただただ懐かしいと思った……それだけさ」



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