悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R74,契約獲得の最終兵器(全てを捨てた土下座)

 なんかすごい久々な気がするな。
 なんて意味不明な感想を抱きながら、ガイアはいつも通り魔地悪威絶商会のオフィスへと足を運んだ。


 どうせ今日も何も起こるまい。いや、起こらんで良い。
 そうドアを開けると……


「この通りで候! 頼むで候! 三回までなら踏まれても我慢するで候!」


 なんか変なおっさんが、テレサに土下座してた。












「いやはや。拙者とした事が、少々気が逸り過ぎたで候」 


 ソファーの上で正座するその人物を、一言で的確に現すなら『奇妙』に尽きる。
 ゴワゴワとした見窄らしい麻布のマントを纏い、その内に着込んでいるのはツギハギだらけの着物。帯には大小一本ずつの刀を差している。
 服装と合わせて見ると、後方で髪を結ったそのヘアスタイルはいわゆる『総髪』と言う奴だろうか。東洋系の国での流行りだ。


 以上を踏まえると、『まさしく東洋方面のお方』って感じだが…衣類から覗くその肌は青い。そして眼光鋭い瞳は翡翠色。魔族だ。


 要約すると、ボロっちい和装に身を包んだ東洋の魔族のおっさん、東洋の魔おっさんだ。


「ろくに挨拶もせずに土下座から入ってしまうとは、我ながら至極ウケるで候」


 コウメが淹れてくれた茶を啜りながら、魔おっさんはソファーの上で正座。カッカッカ、と快活な笑顔で自らの失態を笑い飛ばした。


「……何か、またとんでもなく豪快に変なのが来たな……」
「で、ですね……空間を切り裂いて現れたと思ったらいきなり土下座してきたんで、すごくビックリしました……おかげで、ポテチちょっと零しちゃったんですけど」


 ガイアと並んでソファーに座り、テレサがちょっと不機嫌そうにつぶやいた。
 ビックリさせられた事より、若干のポテチを失った事に不満があるらしいご様子だ。


(……つぅか……)


 ガイアが気になるのは、魔おっさんの眼光の鋭さ。衣類のボロさやフランクな笑い方では誤魔化しきれない程、その眼光は鋭利に尖っている。まるで濡らした刃物の光り方だ。完全にパンピーのそれでは無い。
 結構ヤバい部類の魔族なのでは無いか、とガイアはちょっと身構える……が、すぐに「まぁ、自ら進んで阿呆姫テレサと関わり合いになりに来てる時点で、そんな危ない奴な訳ないか」と緊張感を投げ捨てた。


「で、あんた、結局どこの誰で何しに来たんだ?」
「うむ。では名乗らせていただこう。拙者は東洋諸島連合国家群、通称『極東島連ぐらん・いぃすと』が主島『奔終ホンシュウ』より参った。名を久比斬くびきらキリキルと申すで候。『悪鬼』…この界隈で言えば、『悪魔』に分類される魔族で候」


 形式ばった厳格な口調と声で、魔おっさんが丁寧に自己紹介。


「丁寧にどうも…えー…ガイア・ジンジャーバルトっす」
「私はテレサです!」


 ポテチの件で多少の恨みはあるが、それだけで邪険に扱うつもりは無いのだろう。テレサはスマイル全開で名乗りを返した。


「にしても…極東島連ぐらん・いぃすとか。随分と遠い所から来たモンだな……」
「ほほう。我が国を知っておられるか」
「まぁ、一般常識の範囲内で……」


 極東島連ぐらん・いぃすと
 東洋に浮かぶ島々によって形成される群島連合国家だ。四世紀ちょっと前までは鎖国…海外貿易の一切を行わないと言う政治方針を取っており、『閉ざされた国』とも言われていた。
 まぁ、近代ではガンガン海外貿易に乗り出し『貿易大国GE』として、世界中にその文化を発信しているが。


 ちなみに、ナスタチウム王国からだと直行便ノンストップが就航してないレベルで距離がある。
 面倒な乗り物移動が激しく好みで無いガイアは、おそらく一生行く機会の無い国の一つだ。


「遠路はるばるようこそさんですね、キキリルさん」
「キリキルで候。それと、知人の空間魔法を頼って来たので然程苦労はしていないで候。故、労いは結構で候」


 ガイアは「って言うかソウロウソウロウうるさいなぁこの魔おっさん」と、どうでも良い事を思ってしまうが、口には出さないでおく。


「して、次は拙者がここに参った所以で候。実は、そこに居られる姫殿下に、拙者との召喚契約を結んでいただきたく、馳せ参じた次第で候」
「! テレサが姫様だって知ってるのか」
「うむ。旧き友、キーマニーより話は聞いているで候」


 キーマニーと言うと……テレサが契約しているイカれたリーゼントの悪魔か。
 確か無類の鍵穴マニア(性的な意味)で、魔法道具を用いたピッキング(をしながら性的に興奮する事)を得意とする悪魔である。


「アレとあんたが友人なのか……」
「確かに、ちょっと意外な取り合わせですね」


 あのイカれ鍵フェチとこの真面目そうな武士風悪魔が友…世の中には奇妙な縁があるモノだ。


「奴との出会いは四〇〇年と少し前……極東島連ぐらん・いぃすとが鎖国と称し、国を閉ざしていた頃で候。あの男は『閉ざされた国』とだけ聞いて、何やら勘違いしたらしく『ウィー、きっとここは錠の楽園に違い無いぜ』と、ノリノリで我が国に乗り込んできたで候」
「テレサと契約してる悪魔らしいな」
「ガイアさん!? それどう言う意味ですか!?」
「して、当時の主の元で拙者と奴が結託し、色々と解き放ってはいけない閉ざされた真実を解放した事で鎖国推進派は失墜。極東島連ぐらん・いぃすとの政権を開国派が握り、鎖国を撤廃するに至ったので候」


 何か、すごく嫌な「歴史が動いた瞬間」を聞かされてしまった気がする。
 ガイアとしては、気のせいと言う事にしておきたい。なんと言うか、あの変態ラメ入りリーゼントが世界史の教科書に載る様な大事の立役者だなんて、認めたくない自分がいる。


「思い返せば懐かしいで候…共に暗躍していた時代……キーマニーが錠を開け、拙者が扉を斬り捨てる。完璧な相棒だったで候」


 ……それ、キーマニー要らなくないだろうか。いや…『暗躍』する事を前提としたら、むしろこいつの方が邪魔か。


「あの頃の拙者は、何が楽しいのか働く事に意欲が凄かったで候。本当に、懐かしい」


 遠い記憶に思いを馳せているのか、キリキルは瞼を閉じ、静かに俯いた。


「………………はっ。申し訳無いで候。あたら若き頃が懐かし過ぎて現実から逃避しかけたで候」
「まとめると、あんたはキーマニーからテレサの事を聞いて、契約しに来たって事か」
「ほほぅ! 私、悪魔さん達からの評判良いんですね!」
「うむ。阿呆だからチョロくて契約が取りやすく、呼び出されても少し戯れてやる程度で良い。非常に楽で優良な契約先だと聞いているで候」
「思ってたベクトルと違う評判の良さなんですが!?」
「特に、拙者の様に『物理防御無効&射程無視で敵の首を斬り落とす』とか物騒な能力しか持たない武闘派悪魔は、ほとんど呼び出されんと聞いたで候。もうここしか無いと拙者は運命を感じたで候」
「えぇっ!? 何気に恐いこの悪魔ひと! じゃあ契約しませんよ!?」
「なぬっ!? 話が違うで候! 契約を持ちかけさえすれば成立すると聞いていたのに!」


 どうやら悪魔に取って「テレサと契約する事」は「どっかの私立高校の入学試験考査」程度と評判らしい。


「頼むで候! 拙者、今、契約が一件も無いで候! 出来るだけ拙者を呼び出さない主と契約したいで候!」
「そんな事を言われましても……」
「つぅか、呼び出されたくないなら召喚契約なんてしない方が良いんじゃないのか?」


 何故、そこまで契約に拘るのだろうか。


「あれ? ガイアさん、もしかして知らないんですか?」
「ん? 何が?」
「ほうほう……ガイアさんは知らないのに私は知っている…ラバーカップ以来の優越感ッ!」
「はいはいすごいすごい。で、何がだよ」
「良いですか、ガイアさん! 悪魔さん達に取って契約件数と言うのは一種のステータスなんです! 多ければ多いほど良いんです(ってデビコさんが言ってました)!」
「いや、拙者の場合は別にその辺はどうでも良いで候」
「ほぇ? じゃあ……何でですか? キ○ラキルさん」
「キリキルで候……実は、極東島連ぐらん・いぃすとには、悪魔達を管轄する『女帝エンママ様』と呼ばれる御方がいるで候……」
「あー…察するに……契約件数が少ないと、そのエンママ様とやらにどやされるのか?」
「逆で候」
「?」


 逆とは一体……


「契約件数が一件も無い悪魔は…週に一回、エンママ様と面談するのが掟…そしてその面談にて、エンママ様にすごく親身に心配されるので候……!」


 最早トラウマレベルらしく、キリキルが心臓の辺りを押さえて嫌な汗をかき始めた。


「もう嫌で候…罪悪感でいっぱいいっぱいで候…拙者なんぞのために泣かないで欲しいで候……! 毎週毎週毎週毎週……もう耐えられないで候ッ……! でも、働きくない…働きたくないで候ッ!」
「いや、働けよ」
「真人間はすぐそうやって正論を叩きつけてくるで候!」


 良かった。どうやら「働け」と言われてそれを正論だと思う程度の常識は残っているらしい。


「拙者はもうこれでもかってくらい働いて来たで候! 人間で言えば多分とっくに定年で候! 悠々自適にニートしたいで候! って言うかもう能力発動するために魔力を練るのとか超ダリィで候! 家で寝るのは歓迎で候!」
「あんたな……」
「でも、そんな拙者に希望の光明ッ! それが姫殿下、貴方様で候! どうか、どうか何卒ッ! 書面上だけでの契約をぉぉぉぉぉおおおおお!」
「えー……」
「本当! 本当もうマジで候! 呼び出してくれなきゃもう後はどうでも良いんで候! エンママ面談だけはもう嫌、嫌ぁッ! 心が壊れりゅぅ! でも召喚されて働くのも嫌ぁ! 故、拙者と召喚契約を交わすべき主は、到底拙者を召喚しないだろう姫殿下しかいないので候!」
「……あの、ガイアさん。召喚契約って何でしたっけ」


 珍しく、テレサが真っ当な疑問を投げかけてきた。
 しかし、ガイアとしてもその辺は専門外である。


「働きたくないで候…切に、切に働きたくないので候ぉぉぉぉぉぉおぉぉおおぉぉおおお!!」


 この後、キリキルは数時間に渡って命乞いの如き必死の嘆願を続け、「もう流石に帰って欲しいです」と言う理由でテレサとの契約を勝ち取ったと言う。





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