悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R71,釣りの練習(イメトレ)



 お昼すぎの魔地悪威絶商会。いつも通り平和が過ぎるオフィス。
 もうこの手の出だしは何度目か。呆れてしまうくらい変わり映えしない。


 そんなオフィスでガイアが漫画雑誌を読んでいると……


「ねぇねぇガイア。アシリア、木を折りに行きたい」
「いきなりどうした」


 散歩から帰還したばかりの赤毛の猫耳少女、アシリアが突然そんな事を言い出した。


「アシリアも干物作る」
「意味がわからんぞ」
「ですね」


 精神年齢的にかなり近いだろうテレサでも、アシリアの発言の意図を察する事ができていない。


「あ、あのですね……その、実は散歩中、そこら中に鯉のぼりが上がってまして……」
「それを見て、妙な勘違いをしたンバ。誤解はすぐに解いたンバが、妙なスイッチが入ったみたいンバ」


 と、ここでアシリアと共に散歩に出ていたコウメとバンバが助け船を出してくれた。


「アシリアも干物作って食べたい」
「ああ、成程……」


 どうやらアシリアは鯉のぼりの鯉を本物の魚だと勘違いし、その光景を「都会式の一風変わった干物作り工程」だと思ったらしい。
 その誤解はすぐにバンバが解いてくれた様だが、それはそれとして唐突に干物が食べたくなった、と。


 食べ物の事を考え、その品目が食べたくなる心理はわからないでもない、が……


「でも、何でそこから木をへし折りに行く話になるんだ?」
「ンバ。まずは干物にする魚を調達するために、竿を作りたいらしいンバ」


 流石はサバイバル民族獣人と言った所か。
 一般人ならまずスーパーに干物を買いに行く場面で、そこまで自給自足的行為に走るとは。


「アシリア早く干物作りたい。近場で木も魚も調達したい」


 なので、この辺の地の利があるだろうガイアに良い木のある場所を聞いてきた訳らしい。


「……ったく」


 とりあえずスーパー行こうぜ、とガイアが提案しようとしたその時、


「釣りですか!? 面白そうですね! 私、釣りってやった事無いんで超楽しみです!」


 阿呆姫が面倒な方向へ走り出した。


「話は聞かせてもらいました」


 そして追い打ちをかける様に、どこからか真の忍者カゲヌイがニュッと登場。


 カゲヌイの薄い笑いを見た瞬間に、ガイアは確信した。
 こいつはこれから、話を面倒な方向へと全力で突き押すつもりだと。


「そうはさせるかッ! おいテレサ、アシリア! 今から皆でスー…」
「忍者的かつ物理的妨害」
「げぶるぁッ」


 カゲヌイの貫手がガイアの喉笛を抉り、その言葉をシャットアウト。


「ガイア氏。今日は昨日よりも面白おかしく。それが人の正しい道です。邪魔はいくない」
「て、めぇ……ぐはッ」
「ガイアさーんッ!?」
「ガイア!? カゲヌイ何したの!?」
「ガイアさんは首が非常に凝っていた様なので、真のマッサージを少々」
「あ、そうなんだ」
「もー、パッと見いきなりバイオレンスだったんでビックリしちゃいましたよー」
「あ、あの……ガイアさん白目剥いてるんですけど……」
「霊魂が抜けてる感じンバね」
「それくらい気持ち良かったのでせう。いつもの事でせう」


 ガイアは脱臼感覚で霊魂が抜けると言う後天的特異体質を獲得し(てしまっ)ている。
 霊魂が抜けて白目を剥くくらい日常茶飯事だ。


「さて、ガイア氏の霊魂が帰って来るのを待つ時間で、私が釣り初心者であるテレサ氏と『真の釣り』を知らないアシリア氏にレクチャーをしませう」
「真の釣り?」
「語るより感じるべし。久々に『イメージ』しませう」
「イメージですか?」
「あ、三角形の時の奴だ!」
「その通り。さぁ、イメージするんです。その水面の下に幾億の猛者達を内包する、荒々しい海の姿を!」


 ぶわっ、と言う不思議効果音の後、オフィスの光景が一瞬で一変する。


 燦々輝く太陽の下、煌く青い海が静かにうねり、テトラポッドに打ち付ける。防波堤と言う奴だ。


「え? ここどこですか? ワープ?」
「ノンノン、テレサ氏。ここは私のイメージの中。所謂『イメージ拉致』。アシリア氏とコウメ氏は経験済みですよね」
「うん! 三角形の面積を求めようとした時に助けてもらった!」
「あ、はい……良い思い出はありませんが……ごめんなさい」
「これは……奇っ怪ンバ」


 圧倒的な妄想イメージ力で色々と捻じ曲げ、周囲の人間の意識までも自分の妄想世界へと引きずり込む。
 それがイメージ拉致だ。


「ここで皆さんには、真の釣りを体感していただきます」


 パチンッ、とカゲヌイが華麗に指を鳴らす。
 すると、海面を突き破り、何かが空高く舞い上がった。


「ッシャァアアアアアアァァァアアアアアア!!」


 海面から現れたそれは、猛獣の様な咆哮を上げながらテレサ達の眼前に着地。その重量を物語る様に、着地点のコンクリートが砕け散り、破片が宙を舞う。


「あ……その人(?)は……!」
「ササルちゃんだ!」


 それは簡単に言うと、三角錐の化物。
 巨大な三角錐型のボディからムキムキの四肢が生えており、三角錐の正面部分にはせわしなくぎょろめく大きな単眼と、歪に裂けた大きなお口。口内には牙が並び、その隙間からは絶えず粘着質な黄緑色の唾液が滴っている。


 三角形の面積を求める公式を司っていた化物、門賀かどがササルちゃんだ。
 名前の割に、自慢の角で刺すよりその豪腕で獲物を握り潰す事を好むらしい。


「な、なんですかこの恐い生き物……」


 ササルちゃん初見のテレサは動揺を隠せない。


「うぼぁぁ……答えよう。我は門賀ササル……今回は釣り人である」


 その言葉の直後、ササルちゃんの手首の皮膚が裂け、鮮血と共に黒くて長細い棒が勢いよく噴出した。
 棒の正体は、簡素な釣竿だ。


 自身の血糊がべっとりと付着した釣竿を握り、ササルちゃんが口角を上げる。


「この釣り場は渡さぬ」
「では、真の釣りレッスンワン。『良い釣り場を確保せよ』」


 海や川ならどこでも魚が釣れる……なんて、少女漫画ヒロインの性格よりも生ぬるい夢など見てはいけない。


 魚だって生き物。生活しやすい場所に集まるに決まっている。釣りはまず第一に、場所が重要なのだ。
 その重要度は花見のそれに比例すると言われている。
 つまり、良い場所を巡って骨肉の争いが起きる事も想定される訳だ。


「釣り人達は狩って狩られて。故、常に殺気立っています。そんな釣り人と竿を持った状態で目が合えば闘争は必定」
「え、いや、絶対にそんな事は無…」
「アシリア、負けない!」
「私だって!」
「え、えぇぇ……」
「ぼぁああぁ! 行くぞ! 釣り人の誇りにかけて!」
「とぅるるるるるる! 釣り人の ササルが 勝負を しかけてきた!」
「ポ、ポケ○ン……?」
「さぁ、テレサ氏、アシリア氏。ササルちゃんの頭蓋を踏み砕き、釣り場所とついでにササルちゃんの釣具セット、あわよくば加えて本日の収穫までも奪い取るのです!」
「釣果まで略奪する気ですか……!?」
「コウメ氏。屠った釣った獲物は残さず平らげる、それが釣り人の義務ですよ」
「いや、でも……その……ぁの…ごめんなさい……」


 最早ただ釣り場に現れただけの追い剥ぎの様相である。
 せめて本来の最終目的、釣りに興じる意義は残すべきだと思う…が、当然コウメがそれを主張できる訳もない。


「それでは気を取り直して……あ、ちなみにノーダメージで勝利するとボーナスステージ突入。私が徐ろにチクワと鉄アレイを投げ始めます。では、ファイッ!」
「テレサ! ササルちゃん結構強い! しかも前よりも強くなってるっぽい! 連携する!」
「モチのロンですアシリアちゃん! 私はトンカチでスネを狙います!」
「アシリアは目を狙うッ! 超猫耳発火能力パイロキニャシス!」
「オペレーションサポートは任せるンバ!」
「ぼははははははは! なまっちょろいぞぉ! ボォォォォオオォルァアアアアアアアアア!」


 トンカチが舞い、炎が散り、筋肉が唸る。


 晴天の防波堤にて、幼い少女達と、釣竿を振りかざす三角錐の化物が衝突する。


「あ、あの……えぇと…………が、頑張ってくださーい……はぁ……」


 ガイアみたいに、おかしい事をおかしいと声を荒げられる勇気が欲しい。
 そう溜息を吐きながら、コウメは楽し気なテレサ達を応援するのだった。





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