悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R69,彼の股間にクライシス(洒落にならない)



 ヤマト国。
 それはナスタチウム王国とは別の世界っぽい所にある小さな島国。


 別の世界っぽい、と言っても、空や海の色は同じく蒼色だ。
 果てない蒼空の眼下に、雄大な蒼海が広がっている。


 そんな蒼い世界で、雉の様な柄の巨翼が羽撃く。


「……失態だ」


 背に負った雉の翼。意味不明に高い鼻。由緒正し気な和装姿に一本歯の下駄と言うファッションスタイル。
 わかりやすい程に『天狗』な青年だ。


『雉天狗』と呼ばれる亜人族、彼の名は天冠てんがん
 かつて魔地悪威絶商会とすったもんだした紋々太郎ももたろう一味の一人である。
 あの頃は傭兵をやっていた彼だが、今では鬼ヶ島被服工場の従業員。
 主な業務はその翼を活かした島外への配達業務なのだが……


「ここは……どの辺だ……」


 完全に迷子の天狗と化していた。


(おのれ空と海……どこまで行っても同じ様な景色……!)


 それが空と海と言う物である。
 広い物の代名詞と言えば空か海だ。


「……だから初めての取引先は嫌なんだ……!」


 実は方向音痴と言う非常にどうでも良い属性を抱える天狗。それが天冠。
 今まで迷子になった回数は一度や二度や三度じゃあない。


 それでも鬼達が彼に配達を任せ続けるのは、彼ならいずれ成せると信じる親心か。


「クソッ……そもそも何故、私はこんな大海のド真ん中を飛んでいるんだ……今回の配達ルートはほぼ陸路だったはずだぞ……!?」


 ……鬼達の親心、彼には少々荷が重い。


「……仕方無い……毎度、こんな事に一族の奥義を用いるのはアレだが……」


 雉天狗は風を支配する。
 風を集め、武器とする以外にも、風からあらゆる情報を得る事もできるのだ。
 ロマンティックに言うなれば、風の声が聞ける訳である。


 今まで迷子になった時は、大体この特性を活かしてギリギリ帰還していた。


「………………」


 しかし、ここで問題が発生する。


「……風が、無い……!」


 いわゆる、凪。
 海面が尋常じゃない程に穏やかである。ここまでのっぺりとした海は見た事がない。


 そんな海面に反比例する様に、天冠の心は穏やかじゃなくなる。


 一族の奥義すら封殺された。
 かつて体験した事も無い程の迷子だ。


「お、おのれ……! 許さんぞ……絶対に許さんぞ……!」


 何をだろうか。


 天冠が半分泣きそうになっていたその時、穏やかな海の底から、巨大な影が一つ。


「ぬっ!?」


 ザッパァァァァッ! と言う水の弾ける轟音。
 水飛沫が天冠の遥か頭上にまで舞い上がる。


 膨大な質量を持つ何かが、海の底から凄まじい速度で浮上してきた。


「き、貴様は……!」
「ぃぃいいいぃぃいかぁああぁぁぁぁぁぁあああああああ……」


 半透明な球状の肉体。数えろと言われればうんざりしてしまう無数の触手。
 クラゲを豪華客船並に肥大化させ、獰猛な獣を思わせる大きなお口をくっつけた様な、海の怪物。


 海奇生物クラーゲン。
 かなり危険で、とても美味しい。オススメは酢味噌和え。


 そして、本来ならばこの辺りの海にはいないモンスターだ。


「いつぞや、大西洋で遭遇したクラゲの化物か……!? 何故こんな所に…!?」


 天冠が現在の職に就く以前、彼は自身を失墜させた猫耳の少女を探して世界中を旅していた。
 その時に大西洋上空でクラーゲンの襲撃を受け、天冠は割とガチめに死にかけた事があるのだ。


「いぃぃぃかぁあああああぁぁぁ……!」
「まさか私を追って来たとでも言うのか……? まぁ良い。丁度ムシャクシャしていた所だ……!」


 あの時の借りもまとめて返してやろう。
 天冠は翼を大きく広げ、風を集め……


「あ」
「いかいかいかかかかかかぁぁああああぁぁぁぁッ!!」
「ま、待つんだクラゲ! 凪状態で勝負とかマジ無…ぐぉう!? 貴様ちょッ、何だその細い触手!? どこに滑り込ませてァッ―――










「……アイス美味しいですが、暇ですねぇ」
「うん」
「ンバ」
「全くです」


 快晴の正午。ナスタチウム王国のとある公園。


 園内のベンチに並んで座っているのは、ダボダボなローブを纏った幼女と、クナイを首から下げた猫耳の幼女と、くノ一な女性。
 順にテレサ・アシリア(withバンバ)・カゲヌイである。


 三人ともその手には水色のアイスキャンディー。最近値上げ云々でちょっと騒がれた奴だ。


 一応、さっきまでガイアとコウメもいて、魔地悪威絶商会フルメンバーだったのだが……


「ガイアさんはシェリーさんに、コウメさんはドゥル子さんに連れ去られちゃいましたね……」
「一瞬だった」
「見事な手際だったンバ」
「アーリマン・アヴェスターズの女性陣は誘拐癖でもあるのでせうか?」


 しかも二人とも目が正気じゃなかった。
 シェリーはどこぞでリア充の邪気に当てられたか。
 ドゥル子はまぁいつも通りか。


「まぁ、二人が拉致られてなくても我々が暇な事には変わりませんけどね!」
「うん!」
「ンバ」
「でせう」


 と言う訳で、三人娘+αはただただ仲良く並んでアイスを食べ進めて行く。


「あ、見てくださいアシリアちゃん! バンバさん! カゲヌイさん! 当たりですよ!」
「アシリアも当たった」
「真の忍者も当然」
「ほう、三人全員が当たりを引くとは中々の貴重な事象ンバ」
「フィーバーですね! これは何か良い事ありそうです!」
「良い事?」
「例えば…そうですね、いきなり空からサプライズとか!」
「……流石、テレサ氏」
「? どうしたんですか、カゲヌイさ――」


 刹那、テレサ達の前方の空に黒いワープホールが開いた。


「フラグ建設から回収までがほぼノーラグとは」
「ぬぐおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 悲鳴と共にワープホールから飛び出したのは、雉の翼を負った鼻高男。
 雉天狗の天冠である。


「ぐべぁ!?」


 天冠はそのままの勢いで地面に顔から叩きつけられる形で着地。


「ぐ、ぐぐぐぉ…うぅ……な、なんなのだ……クラゲに一通り陵辱された後にお手玉されていたら突然虚空に穴が……」
「あ! アシリアこの羽の人知ってる!」
「ぬ……? 今の声は……」


 地面に刺さった自慢の鼻を引き抜き、天冠が顔を上げる。
 その視線がアシリアのそれと交差した。


「貴様はあの時の猫耳娘ッ!? しかも股間トンカチ娘まで!」
「あー! 私も知ってます! 確か…鉄板さん!」
「天冠だッ!」
「ほうほう、TENGAテンガ 氏ですか」
「おいそこぉッ! 今アクセントと間が不自然だったぞ!? 私は天冠だ! ちょっと復唱してみろ三人娘!」
「テンガンさん!」
「よし!」
「てんがん」
「よし!」
「T○NGA」
「ンんんんんんッ! ンはどうしたコスプレ忍者ァァァァァァ!」
「……コスプレですと? この真の忍者を捕まえて?」


 一瞬、カゲヌイの目に攻撃色が宿ったが「まぁ、真の忍者たるもの雄大な心を持ってますから」とすぐに元に戻る。


「……で、この中々のツッコミ気質の癖に突っ込まれ器具オナ○ールみたいな名前の方はテレサ氏達の知り合いですか?」
「はい。ちょっと前に戦った仲です! つまり昨日敵の今日友!」
「いつ私が貴様らと友になったか! と言うかおい貴様! 訂正しろ! 私は天冠だ!」
「少々、拘りがくどい天狗TENGAですね」


 やれやれ、とカゲヌイは当たり棒をフリフリしながら溜息。
 訂正する気などありますぇん、と全力で煽っているのが誰の目からでも明らかだ。


「おのれ……そこの猫耳娘とトンカチ娘とツルでいるだけあって、私の神経を逆撫でしてくれる……!」


 今なら風がある。天冠は雉天狗としてのフルスペックを発揮できる。


「雉天狗を愚弄した事を後悔させてやるぞコスプレ忍者! ついでに小娘二人もなァ!」
「またコスプレと…良い度胸ですね。と言うかテレサ氏、今日友では無いので? 何やら殺る気満々で翼を広げてますよ?」
「な、何故ですか天冠さん! 私達、あの激闘の末にわかり合…いました……っけ? あれ?」
「貴様、何か記憶違いしているだろう!?」


 天冠の指摘通り、テレサは以前読んだ漫画の展開と記憶が混同している。
 鬼ヶ島での一件は結構前の話だし、何よりテレサは阿呆だから仕方無い。


「確かに、私はもう貴様らと過去の因縁云々を持ち出す気は無いが……」


 天冠は正直、鬼ヶ島での暮らしに満足している。それはアシリア達に負けた結果、もたらされたモノだ。
 今更、アシリア達に復讐しようなんて気は無い、が……


「雉天狗の戦士として、小娘二人に負けたと言う汚名はすすがなければだろう!」
「だ、そうですが?」
「なら仕方ありません……! 今度こそ今日友の契りを! そいやッ!」


 と言う訳で、テレサはあんまり躊躇う事も無く指を鳴らして魔法を発動。
 天冠の股間の目の前に、魔法のトンカチを召喚する。


「同じ手をッ!」


 天冠は一度この手を食らっている。予想済みだ。
 拳を打ち下ろし、魔法のトンカチを殴り砕く。


「もう我が股間には指一本触れれぬと思え……!」


 あんな激痛を味わうのは、もう御免である。マジで。


「うにゃッ!」
「ふん、以前と同じく直進か猫耳娘ッ! 二人揃って、芸の無いッ!」


 天冠は竜巻でアシリアを迎撃すべく、翼を振るおうとした、が…


「アシリア、成長してるもん!」


 瞬間、アシリアのシンボルとも言える猫耳を起点に、紅い閃光が迸る。
 それは、一筋の稲妻と見間違う速度で放たれた炎のロープ。超猫耳発火能力パイロキニャシスだ。


「ぬぁっ!? 炎の妖術だと!?」


 まるで狩猟縄ボーラが鳥を捕らえる様に、炎のロープが天冠の翼を絡め取り、拘束。竜巻攻撃の発射を制止する。


「こんな炎、一瞬で振り払ッ…」


 その一瞬を見逃す程、アシリアは幼くない。


「アシリア式、テレサの真似パンチッ!」










「指一本どころか、渾身の右ストレートが入りましたね」
「……………………」


 天冠は虫の息で大地を抱き、身動ぎ一つできずにいた。


 まぁ、無理も無い。
 獣人の膂力で股間をド突かれれば、誰だってそうなる。


「しかし、私の出る幕が一切無いとは……我々に挑むには無謀が過ぎましたね、ふにふにイン○テンツ氏」
「き、決め付けるな……まだギリギリ機能しそうな感はある……!」
「では、私が介錯をしませう」
「ッ……!?」
「それが嫌なら、今すぐM字開脚して『調子乗ってごめんなさい。オ○ンポもう無理、駄目らめぇ、許してぇ』と一〇回言ってください」
「き、貴様……正気か……!?」
「いいから早くらめぇしなさい。そして真の忍者を二度も仮装忍者呼ばわりした罪の重さを噛み締めるのです」
「カゲヌイ怒ってる?」
「コスプレ扱いされた事に存外キレてるンバね」
「別に怒ってもキレてもいません。ぶっちゃけ少々ムカついてるだけです」


 カゲヌイは真の忍者であって、聖者では無い。
 親しい者が相手ならば多少は寛容にもなるが、そうじゃないならキッチリ粛清する。


 と言う訳で、天冠の処遇は二択である。


「どうします? らめぇしますか? ひぎぃしますか?」
「ぐっ……ふざけるな! 雉天狗の戦士として、そんな…」
「では……たららたったら~、シンプルに刃物~。あらやだ去勢に丁度良い☆」
「待て。冗談だよな? 本当はそんな事しないよな? 脅しだろう? わかってるぞ私は待て、待て待て待て待て! わりゅ、悪かった、悪かったって! いやマジで! 聞いて忍者! 待っ…」




 この後、滅茶苦茶らめぇした。





コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品