悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R61,猫耳お兄ちゃんの奔走(迷走とも言う)

「うにゃふっ」


 間の抜けた短い悲鳴。
 直後、ズドン、と言う落下音と共に、小さな砲弾が森を抉った。


 木をへし折り、土を吹き飛ばし、土色の粉塵が巻き起こる。
 その粉塵を引き裂いて小さな砲弾……いや、小さな少女の体が、ゴロンゴロンと転がっていく。


 やがて、少女は大木にぶつかって止まった。


「うきゅぅ……」


 大木の根元で伏す、赤毛に覆われた猫耳の少女。


 魔地悪威絶商会所属の獣人少女、アシリアだ。
 完全に目が回っているらしく、お目目はぐるぐる。起き上がる事もままならない。


「ふっ、どうだアシリア。兄の新必殺技、『地獄のぐるんぐるんポイッ』の威力は」


 そんなアシリアの目の前に降り立ったのは、アシリアの兄、アシャード。
 普段はアシリアにスーツを着せてそのまま成人男性にした様な猫耳青年なのだが、現在その猫耳からは膨大な紅炎が吹き出し、巨大な翼を形成している。


「う、にゅは……アシャお兄ちゃんのしゅごい……」
「ふふふ、そうだろう、それはそうだろう! 超猫耳発火能力パイロキニャシスに関してはまだまだ俺の方が上だ!」


 誇らし気に笑いながら、アシャードは猫耳から吹き出す炎を操作し、その炎で形成した手でワイシャツの襟を整える。


 ちなみに『地獄のぐるんぐるんポイッ』とは、炎の腕で敵を拘束、そのまま炎の翼を使い上空高くへと舞い上がり、超高速のジャイアントスイングでブン投げると言う物である。
 決めた相手が獣人アシリアだから目が回る程度で済んでいるが、常人相手だったらまさしく『必殺』の技だ。


「兄として、まだまだお前には敗けん!」
「うに……もう一回勝負!」
「良いだろう! いくらでもかかって来い!」








 夕暮れ。
 アシャードとアシリアははぐれない様に手を繋ぎ、帰宅ラッシュに湧く街中を歩いていた。
 二人とも木の葉や泥まみれ、衣類もボロボロである。


「うむ。やはり、兄妹で全力を出し合い遊んだ後は清々しいな」
「うん。結構負け越しちゃったけど、楽しかった!」


 本日の戦績は一〇戦中アシャードが八勝、アシリアが二勝。


 まぁ、勝ち数に関わらず、二人共充実した戦いが出来たのだろう。
 二人共、猫耳はパタパタ、尻尾はブンブンと、見るからに上機嫌だ。


「……しかし、アシリア。隙あらば股間を狙って来るのはやめないか」


 アシリアは隙さえあれば股間に一撃を叩き込もうとしてくる。


 いくら獣人が丈夫と言ってもだ。
 流石に、同じ獣人の膂力で股間を突貫されるのは死ぬ。


 おかげで、アシャードはちょいちょい余裕が欠如し、遊びが遊びで無くなる瞬間があった。


 里にいた頃はそんな事する子じゃなかったのに。
 一体、どこのどいつから悪影響を受けてしまったのか。


「でも、族長が遊びでも手を抜くのは失礼って言ってた」
「……………………」


 敬愛する兄に、失礼な真似などしたくない。
 暗にそう言われては、妹馬鹿な兄はもう何も言えなくなる。


 そんな感じで歩いていた猫耳兄妹の前に、不意に大きな影が現れ、行く手を遮った。


「オーウ! エクシュキュージュミー!」
「え、えく……?」


 突如現れた影の正体は、謎の大男。
 体の細部まで筋骨隆々としており、アシャードよりも一回り以上も大きい。その筋量を強調する様に、タイトなタンクトップとジーンズを着用している。


「ヘイ! ナスタチウムピーポー! ウァイム、ロビンソン! イッチュ、ヴェリー、困ってん! って感じデース!」
「は、はぁ? な、何だ貴様は……!?」


 大男の意味不明な発言に、アシャードは猫耳をピンッと立てて警戒態勢。
 アシリアを自分の陰に隠そうとする。


「アシャお兄ちゃん、どうしたの?」
「隠れろアシリア、こいつは何か妙だ」
「……? ロビンソン、困ってるだけみたいだけど」
「……ロビンソン?」
「今、そう名乗ってた」


 アシリアは、そんな事を言い出した。


 どうやら、アシリアにはこの奇っ怪な男の謎言語が理解できているらしい。


「あ、アシリア…? この妙な奴が何を言っているのか、わかるのか?」
「うん。アシリア、エゲレス語ちょっとだけわかる」
「エゲレスって……」


 アシャードもその国の名は聞いた事がある。
 海の向こうにある大国だ。


「何故、お前が英語を……」
「ぐろーばるな獣人になるなら必要だって、ガイアが言ってた」


 エゲレスは大昔からある国だ。
 そして、その歴史の長さと規模から「昔はエゲレスの一部・もしくは植民地だったが、今は独立した」と言う国が多く存在する。
 その中には、昔の名残からエゲレス語、いわゆる英語を公用語とする国も多いのだ。


 まぁ、独立したからと言って、自国独自の言語を一から作り直すと言うのは大変な手間だろうし、広く認知させるのもかなりの面倒だ。
 既に国民に浸透仕切っていた上、色んな国で認知されている言語を公用語として利用するのは、実に理に適っている。


 そう言った経緯から、英語は今、世界でもっとも使われている比率が高い言語であると言える。
 ナスタチウム王国でも小学校からの英語教育が必須化されている程度には、世界的影響力のある言語だ。


 つまり、グローバルな言葉である。


「ガイア、教科書も買ってくれた。CD付きの奴! 絵も写真もいっぱい付いててわかりやすかった!」


 ガイアが教科書をプレゼントしてくれたの時の喜びを反芻しているのか、アシリアは非常に楽しそうだ。


「だからアシリア、英語ちょっとわかる。喋るのはまだ難しいけど。で、ロビンソンは何に困ってるの?」


 と言う訳で、アシリアはロビンソンとやらの言葉にその猫耳を傾け始めた。


 少しして、


「そんな感じデース」
「うに。アシャお兄ちゃん、ロビンソン、『ヨッツコシ』って言うデパート探してるって!」
「あ、ああ、それなら俺が知ってる。案内してやろう」
「さすがアシャお兄ちゃん! ロビンソン! アシャお兄ちゃんが案内してくれるって! えーと……ガイド! アシャお兄ちゃんガイド!」
「オーウイェー! スェンキュー、キャッツイヤー! アウィラァヴュー!」
「ロビンソン、『ありがとう愛してる』って言ってる」
「そ、そうか……」








 翌朝、ガイアの住むボロアパート。


「と言う事があった」
「で、何であんたがウチを訪ねて来るんだ……」


 何故か、ガイアの部屋の玄関先で仁王立ちするアシャード。


 ガイアは「今日は三限からだから」と安眠していた所をインターホンの音で叩き起こされ、何やら唐突に「昨日アシリアと遊んだ話」を聞かされた訳だが……
 ガイア的には「だから何なんですか」以外の感想が行方不明だ。


「アシリアが、俺の知らない内にかなりグローバルな子になっている!」
「あ、ああ。まぁ、吸収力すごいもんな、アシリア……」


 ついこの間、小学生レベルのドリルを与えたはずなのに、彼女は今、高校レベルの参考書で勉強している。


 アシリアは自分に必要だと思ったスキルの飲み込みが異様に早い。
 ガイアはそれに対し「流石は獣人だなー」くらいに思っていたのだが……


「これだから天才は……!」


 アシャードの反応から察するに、アシリアは獣人の中でも頭一つ抜けている様である。


「ガイア、俺はアシリアの兄だ! アシリアに敬愛される存在でいたい! しかし、やり方が悪いのか俺の独学では限界がある……どうか、どうか俺にも叡智を授けてはくれないか!」
「俺は神か何かか」


 当然ながら、ガイアにそんな能力は無い。


「そこをなんとか!」
「そんな事を言われましても……」


 ガイアに出来るのは、せいぜいアシリアにあげたのと同じ教科書を渡すくらいだが……どうにも、その程度の事で納得してくれる雰囲気テンションじゃない。


「おやおや、お困りの様ですねぇ、アシャード氏、ガイア氏」


 と、ここで屋根から蜘蛛の如くぶら下がって来たのは、真の忍者カゲヌイ。
 いつもながら、唐突かつ意味不明な現れ方である。


「………………」
「こら、そこのガイア氏。『うわっ、このパターンで真の忍者こいつらが出てくるとかロクな事にならねぇパターンじゃねぇか』とかメタな事を考えてはいけませんよ」
「お前こそ、いい加減に俺の心をメタるのやめろ」
「大体なんですか。せっかく私がアシャード氏の悩みを綺麗に解決できる案を持って来たと言うのに」
「何!? 本当か忍者!」
「ええ。もちろんですとも。こら、そこのガイア氏。そそくさと部屋の中に逃げようとしない。大丈夫です。ぶっちゃけ、今回はガイア氏には被害は行きません」
「おい、今『俺には』つったか」
「さて、アシャード氏。要するに、あなたは優れた兄になりたい、そう言う事ですね」
「うむ!」
「おい、スルーしてんじゃねぇぞ忍者コラ」


 田舎から出て来たばかりの獣人に何をする気だこの悪い忍者。


「その悩み……忍者になれば解決できると思いませんか」
「お前はいきなり何言い出してんの?」


 いくら相手が世間知らず気味とは言え、そんな意味不明な話に食いつく訳……


「詳しく聞かせてもらおうか!」


 食いついちゃった。


「実は忍者は森羅万象に通ずと言われています」
「激しく初耳なんだけど」
「ええい、さっきからうるさいガイア氏はこうです」
「もがっ!?」
「さて、話を戻しませう」
「おい、今ガイアに何を飲ませたんだ? 白目剥いて痙攣してるぞ」
「大丈夫でせう。ガイア氏は最近、ちょっとした刺激で生霊化する体質になってしまっているだけです。一時間もすれば戻ってきます。多分」
「そ、そうなのか……」


 何か大変そうだな、とアシャードは少しだけ同情する。


「少し端折ります。とにかく、忍者は優れた存在なのです。その証拠に……知っていますか? 忍者の認知度を」
「認知度?」
「あなたが固執するエゲレスを始め、諸外国には忍者愛好家NINJAクラスタが数多く存在しているのです」
「何……!?」
「これが証拠の写真です。見てください、皆さん、すごく楽しそうに忍者のコスプレをしているでせう」
「本当だ…色んな国の色んな人種の者達が皆、楽しそうに……はっ! つまり、忍者とは……」
「そう、忍者とはワールドスタンダード…グローバルな存在! ……おや? 誰かが目指す存在モノと合致している気がしますねぇ?」
「俺だ! 俺の目指すモノだ!」
「お、おい……深夜の通販みたいなノリで騙されるな……!」


 ここで、カゲヌイに謎丸薬を飲まされてKOされていたガイアが何とか復活。


「おやおや、ガイア氏。今回はえらく復帰が早いですね。アシャード氏を心配する余り、妙な根性を発揮しているのですか? そんな主人公の鑑の様なあなたに忍者スタンガン」
「ぎゃぴっ」


 しかし、忍者を前に打つ手は無い。


「さて……世界中で愛される優秀な存在、それが忍者。おわかりいただけましたか?」
「うむ!」
「そして、忍者になりたいとは思いませんか?」
「ああ、なりたいぞ! グローバルだからな!」
「では、私について来なさい。良い女…じゃなくて良い特訓相手を紹介して、所帯持ち立派な忍者にしてあげませう」
「うむ! よろしく頼む!」
「い、行くな、ア、シャ、あ、ド……!」


 その忍者は、お前を一族の後継者問題を解決するための種馬程度にしか見ていない。


 と言うか、グローバルな人間を目指しているのに山奥の小さな里で修行ってどうなんだ。


 あと、耳から炎出せる猫耳青年ってだけでもキャラ濃いのに、忍者属性まで足したら洒落にならないぞ。


 色々と言いたい事はあったが、ガイアはそれを声にする事は叶わなかった。



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