悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R59,(アン)ラッキースケベにご注意ください
「ガイアが喜びそうなこと?」
「うん。アシリア、ガイアに恩返ししたい」
魔地悪威絶商会オフィス。
暇だから遊びに来たアンラに、アシリアがそんな話を持ちかけてきた。
「ガイア、アシリアのこといっぱいやってくれる。でもアシリア、全然ガイアの役に立ててない。だから恩返ししたいんだけど……この前の恩返し、大変なことになった」
以前、アシリアはテレサと知恵を合わせて、ガイアに恩返し(マッサージ)を実行。
致命傷を与えてしまったことがある。
獣人の膂力で凡庸人種の肉体を圧迫すれば、そりゃ骨の数本や臓器の一個二個はヤバいだろう。
しかもあの時アシリアは「恩返し!」とテンション高めで気合入れてイっちゃったモンだから、もうアウト以外の何物でも無い。
あの後、どうにか息を吹き返したガイアに特に後遺症が残らなかったのは、ただひたすらの奇跡とありったけのコメディ補正だ。
「ふぅん、成程ねぇ。で、前回はテレサに聞いてやった結果がアレだったから、今回は僕に聞いてみた、と」
「うん。コウメにも聞いてみたけど、顔真っ赤にして甲羅に入っちゃった」
「……あの亀娘、大人しそうな顔して発想ピンク寄りの典型的むっつりだしね。どうせ『男が喜ぶこと』で妙なことでも考えたんでしょ」
「????」
「まぁとにかく。良いよ。暇だから協力してあげる」
「ありがとう! アシリアの分のおやつあげる!」
「お、思わぬ報酬だね」
想定していなかった臨時収入にアンラは笑顔。
アシリアから個包装のチョコクッキーを受け取り、早速ガイアを喜ばせる手段を考える。
(どうせなら、僕も楽しみたいなぁ)
と、ここで自分の欲望まで満たしにかかるのがアーリマンクオリティ。
「ガイアが喜んで、僕も楽しめる……あ、良いこと考えた」
「本当!? どんな!?」
「若い人間の男なんて、性欲の塊だからね。コウメじゃないけど、そこを攻めてみようと思う」
具体的に言うと……
「シェリーが風呂入ってる頃合を見計らって、ガイアをそこへ転送する」
アーリマン・アヴェスターズ会計、シェリーの現在の住まいは、1LDKのマンション。
新築で全室床暖付き。お値段は結構な物だが、シェリー的には納得の行く線だった。
何と言っても、風呂トイレがきちんと別で、浴室は充分に広い。浴室内の装飾も落ち着ける空間に仕上げることを意識しただろう大人しめの調子であり、素人目に見ても入浴の充実に重点を置いた造りになっている。
地味に日々の入浴を楽しみとしている彼女に取って、これはとても大きなポイントである。
「さて、ガイア・ジンジャーバルト。遺言書は手書き派ですか? 電子派ですか?」
「とりあえず落ち着いてくれ。俺も落ち着く時間が欲しい」
現在、そのバスルームは修羅場と化していた。
バスタオルを体に巻き、浴槽の淵に腰掛けるシェリー。普段の馬鹿みたいな三つ編み祭りを解除しお団子ヘアなため、パッと見「誰だお前」状態である。
さっきまでじっくり半身浴を堪能していたからか、シェリーのお肌は全体的に色艶が良く、傍から見てもその火照り具合がよくわかる。
官能的と言っても良い、薄らと熱を帯びた肢体……からの、非常に冷徹な鬼の形相。
ギャップが凄まじい。
そして、そんなシェリーの眼前。
濡れたタイルの上で、ガイアが正座していた。
浴室だのに、その服装は「ちょっとコンビニ行こうかな」感ただよう私服姿。
ガイアの顔面の血色はすこぶる悪い。まだ寒さの残るこの季節柄だと言うのに、発汗量が留まる所を知らない。
もう色んな意味でシェリーの方を真っ直ぐ見れない。
「落ち着いてますよ。早く答えてください。私は紙とペンを用意すれば良いんですか? ワープロを用意すれば良いんですか?」
「いや、俺に死以外の選択肢をください」
「………………仕方ありませんね」
と、ここでシェリーは立ち上がり、
「ちょっと社長体罰用のスタンガンを取って来ます」
「待て! 本当に落ち着いて俺の話を聞いて! ねぇ!? 俺冷静に弁明さえさせてもらえれば許される自信あるから! 一回冷静に裁判しよ!? 裁判制度は人類の英知の結晶だぜ!?」
「大丈夫ですよ。あのスタンガンはドラゴン相手にも通用すると言う話ですから。おかげで社長が相手でも『タンスの角に肘ぶつけた』くらいのダメージを与えることが……」
「話が噛み合ってないし全然大丈夫でもねぇッ!!」
「ちなみにレベルは三段階。弱は死ぬほど痛い。中は死にまくるほど痛い。強は逆に生き返りそうな勢いで死ぬ」
「選べと!? その中から選べと!? と言うか、まさかそれ忍者スタンガンか!?」
「よくご存知で」
ちょっと無慈悲過ぎる。
「それとも、対竜兵装の方をご所望ですか?」
「まずスタンガンの方すら所望してない! 頼むから話聞いて! 俺は自分の意思でここに来た訳じゃないんだよ! なんかアンラに『この春一番を受けてみろ!』って謎のテンションでいきなりワープホールに突っ込まれて…」
「その辺の事情は大体察しています」
「……へ?」
「あなたが自分から率先してこう言うことをするタイプでは無い、と言うことは把握していますから」
それは、ガイアに取って全くの想定外な返答だった。
「え、でも……」
「思春期の少女じゃあるまいし、私は裸を見られたくらいであなたを本気で殺したいと思うほど激昂しませんよ。大体、あなたは初めてのまともな友人。裸体を晒すことに関して、特別抵抗はありません。このタオルは、あなたが目のやり場に困らない様にという、冥土の土産的な気遣いです」
「言葉の節々から伝わる殺意が恐いんだけど!?」
とにかくだ。シェリーは別に、ガイアに裸を見られたことに関して怒っている訳では無いらしい。
しかし、そうなると謎だ。
一体、シェリーは何故ガイアに対してそこまでの怒りを向けているのか。
ガイアには全く身に覚えが……
「私の怒りの導火線を焼き尽くしたのは…私の裸を見たあなたの第一声が、まるでこの世の終わりでも目の当たりにしたかの様な、絶望に満ちた渾身の悲鳴だったことです」
「ああ、それはもう本当に俺が悪いわ。自己弁護不能だわ。でもごめん、まだ死にたくない」
争点が判明し、裁判をしても全く勝目が無いことをガイアは悟った。
苦手意識と言うのは、そう簡単には抜けない。
アーリマン・アヴェスターズとの一件以降、関係が大幅に改善されて来たとは言え、ガイアがシェリーに抱く苦手意識は微かながら未だ健在だ。
事故の様な形で苦手な奴の入浴中に特攻をかけてしまったら、そりゃ咄嗟に悲鳴くらいあげる。
あ、これ殺される。ヤだ死にたくない。誰か助けて。
あの瞬間、ガイアはそれ以外に何も考えられなかった。
「普通、逆ですよね? 悲鳴をあげるべきは私ですよね? 違いますか?」
「……違いません」
シェリーに顎をくいっとあげられ、ガイアは嫌が応にもシェリーと目を合わせることに。
ああ、俺はもう死ぬしか無いのかな。とガイアが軽く諦めそうになるくらいには、シェリーの目に宿る色はヤバかった。無表情なのに目だけがヤバい。背景いっぱいにゴゴゴゴと言う文字を錯覚してしまう。
ガイアが己に迫る死をここまでのハイクオリティで実感したのは、生前の悪竜の王と遭遇した時以来だ
「……あ、あのですね、シェリーさん。いやシェリー様。慈悲を求められる立場では無いことは百も承知ですが……やはり俺としてはまだ生きていたいと言いますか、人としてシンプルに死にたくないと言いますか……」
「それは残念ですね。私からは、図に乗らないでください、としか言えません」
取り付く島が無さ過ぎる。
相当キレていらっしゃるご様子だ。
そりゃそうだ。
異性に裸を見られてあんな悲鳴をあげられたら、多少の個人差はあれど誰だって「あぁん? 何か文句かコラ」ってなる。
仮にも女盛りな女子大生であるシェリーが、トサカに来ない訳が無い。
「で、ですが御大将! あの状況で俺はどうすれば良かったと言うのですか!?」
「どうすればも何も、悲鳴をあげなければ良かったのではないかと」
「ですよねー」
もうそれを言われちゃ、ガイアはぐぅの音も出ない。
「では、議論も良い塩梅に煮詰まった様なので、スタンガンを…」
「待ってくれ! 本当に待ってくれ! コメディ業界の人間でも死ぬ時は死ぬ! そしてそのスタンガンは多分死ぬ奴だ!」
「あなたなら、どうせまた生霊になる程度ですよきっと。何回か経験しているのでしょう?」
「生霊になりたくてなってる訳じゃないからね!? 過去二回とも不慮の事故みたいなモンだからね!? これ以上繰り返して脱臼みたいにクセになったらどうすんだよ!」
「個性が増えて良いじゃないですか」
「俺別にキャラの濃淡で悩んで無いんですが!? つぅか悩んでたとしてももっと平和的な個性を望むわ! 俺ヤだよ!? ふとした拍子に霊魂ポロリキャラとか絶対ヤだよ!? 何気無い日常がことあるごとに冥界直通な人生とかやってらんねぇよ!?」
「必死ですね」
「そりゃあ死にたくないからね!?」
「………………」
やれやれ、とシェリーは溜息。
途端に、シェリーの目から凄みが消え失せる。
「……あなたの必死さを見ていて、少し頭が冷えました」
「え……?」
「半身浴とは言え、長風呂で頭が少々煮えていた様です。流石にこれで殺すと言うのは、ほんの少しやり過ぎですね。私としたことが裁定を誤りました」
「じゃ、じゃあ……!」
「今回は、大目に見ましょう。無罪放免と言う奴です」
「しぇ、シェリー様……ッ! 感謝、圧倒的感謝ッ!」
「ですが、もしも次、同じ様な状況で同じ様なリアクションをしようものなら……」
「ハッ! 肝に銘じて置きますッ!」
こうして、ガイアは命拾いをしたのだった。
……一先ずは。
一週間後。
魂の還る場所、ダフマの森にて。
「あ、グリム、見てください。ガイアさんが来…って」
「……なんでテメェは、また生霊になってんだ?」
「……俺だって、生霊になんてなりたくはなかったんだが、まさかの春二番を受けてしまってな……」
「はぁ? 何言ってんだ? 元冒険者の衛兵かよテメェは」
「一体何があったんですか?」
「なぁ、グラ、グリム。俺頑張ったんだよ。二度目だしさ、一瞬は耐えたんだよ? でもさ、足元に突然魔法の石鹸が現れて滑って転んで諸共ドッターンとか言うまさかの追加要素がさ……正直、俺はアンラを舐めてたわ。そうだよな。あいつが同じ悪戯を全く同じレベルで繰り返す訳無いよな、うん」
「……何の話ですかね?」
「さぁな。だが、とりあえず凄ぇ恐いモンを見てきたってことだけはわかる面してやがるな……」
「はは、ははははは……」
この時、ガイアは知る由も無かった。
アンラにはまだ『春三番』と『春本番』の用意があると言うことを。
「うん。アシリア、ガイアに恩返ししたい」
魔地悪威絶商会オフィス。
暇だから遊びに来たアンラに、アシリアがそんな話を持ちかけてきた。
「ガイア、アシリアのこといっぱいやってくれる。でもアシリア、全然ガイアの役に立ててない。だから恩返ししたいんだけど……この前の恩返し、大変なことになった」
以前、アシリアはテレサと知恵を合わせて、ガイアに恩返し(マッサージ)を実行。
致命傷を与えてしまったことがある。
獣人の膂力で凡庸人種の肉体を圧迫すれば、そりゃ骨の数本や臓器の一個二個はヤバいだろう。
しかもあの時アシリアは「恩返し!」とテンション高めで気合入れてイっちゃったモンだから、もうアウト以外の何物でも無い。
あの後、どうにか息を吹き返したガイアに特に後遺症が残らなかったのは、ただひたすらの奇跡とありったけのコメディ補正だ。
「ふぅん、成程ねぇ。で、前回はテレサに聞いてやった結果がアレだったから、今回は僕に聞いてみた、と」
「うん。コウメにも聞いてみたけど、顔真っ赤にして甲羅に入っちゃった」
「……あの亀娘、大人しそうな顔して発想ピンク寄りの典型的むっつりだしね。どうせ『男が喜ぶこと』で妙なことでも考えたんでしょ」
「????」
「まぁとにかく。良いよ。暇だから協力してあげる」
「ありがとう! アシリアの分のおやつあげる!」
「お、思わぬ報酬だね」
想定していなかった臨時収入にアンラは笑顔。
アシリアから個包装のチョコクッキーを受け取り、早速ガイアを喜ばせる手段を考える。
(どうせなら、僕も楽しみたいなぁ)
と、ここで自分の欲望まで満たしにかかるのがアーリマンクオリティ。
「ガイアが喜んで、僕も楽しめる……あ、良いこと考えた」
「本当!? どんな!?」
「若い人間の男なんて、性欲の塊だからね。コウメじゃないけど、そこを攻めてみようと思う」
具体的に言うと……
「シェリーが風呂入ってる頃合を見計らって、ガイアをそこへ転送する」
アーリマン・アヴェスターズ会計、シェリーの現在の住まいは、1LDKのマンション。
新築で全室床暖付き。お値段は結構な物だが、シェリー的には納得の行く線だった。
何と言っても、風呂トイレがきちんと別で、浴室は充分に広い。浴室内の装飾も落ち着ける空間に仕上げることを意識しただろう大人しめの調子であり、素人目に見ても入浴の充実に重点を置いた造りになっている。
地味に日々の入浴を楽しみとしている彼女に取って、これはとても大きなポイントである。
「さて、ガイア・ジンジャーバルト。遺言書は手書き派ですか? 電子派ですか?」
「とりあえず落ち着いてくれ。俺も落ち着く時間が欲しい」
現在、そのバスルームは修羅場と化していた。
バスタオルを体に巻き、浴槽の淵に腰掛けるシェリー。普段の馬鹿みたいな三つ編み祭りを解除しお団子ヘアなため、パッと見「誰だお前」状態である。
さっきまでじっくり半身浴を堪能していたからか、シェリーのお肌は全体的に色艶が良く、傍から見てもその火照り具合がよくわかる。
官能的と言っても良い、薄らと熱を帯びた肢体……からの、非常に冷徹な鬼の形相。
ギャップが凄まじい。
そして、そんなシェリーの眼前。
濡れたタイルの上で、ガイアが正座していた。
浴室だのに、その服装は「ちょっとコンビニ行こうかな」感ただよう私服姿。
ガイアの顔面の血色はすこぶる悪い。まだ寒さの残るこの季節柄だと言うのに、発汗量が留まる所を知らない。
もう色んな意味でシェリーの方を真っ直ぐ見れない。
「落ち着いてますよ。早く答えてください。私は紙とペンを用意すれば良いんですか? ワープロを用意すれば良いんですか?」
「いや、俺に死以外の選択肢をください」
「………………仕方ありませんね」
と、ここでシェリーは立ち上がり、
「ちょっと社長体罰用のスタンガンを取って来ます」
「待て! 本当に落ち着いて俺の話を聞いて! ねぇ!? 俺冷静に弁明さえさせてもらえれば許される自信あるから! 一回冷静に裁判しよ!? 裁判制度は人類の英知の結晶だぜ!?」
「大丈夫ですよ。あのスタンガンはドラゴン相手にも通用すると言う話ですから。おかげで社長が相手でも『タンスの角に肘ぶつけた』くらいのダメージを与えることが……」
「話が噛み合ってないし全然大丈夫でもねぇッ!!」
「ちなみにレベルは三段階。弱は死ぬほど痛い。中は死にまくるほど痛い。強は逆に生き返りそうな勢いで死ぬ」
「選べと!? その中から選べと!? と言うか、まさかそれ忍者スタンガンか!?」
「よくご存知で」
ちょっと無慈悲過ぎる。
「それとも、対竜兵装の方をご所望ですか?」
「まずスタンガンの方すら所望してない! 頼むから話聞いて! 俺は自分の意思でここに来た訳じゃないんだよ! なんかアンラに『この春一番を受けてみろ!』って謎のテンションでいきなりワープホールに突っ込まれて…」
「その辺の事情は大体察しています」
「……へ?」
「あなたが自分から率先してこう言うことをするタイプでは無い、と言うことは把握していますから」
それは、ガイアに取って全くの想定外な返答だった。
「え、でも……」
「思春期の少女じゃあるまいし、私は裸を見られたくらいであなたを本気で殺したいと思うほど激昂しませんよ。大体、あなたは初めてのまともな友人。裸体を晒すことに関して、特別抵抗はありません。このタオルは、あなたが目のやり場に困らない様にという、冥土の土産的な気遣いです」
「言葉の節々から伝わる殺意が恐いんだけど!?」
とにかくだ。シェリーは別に、ガイアに裸を見られたことに関して怒っている訳では無いらしい。
しかし、そうなると謎だ。
一体、シェリーは何故ガイアに対してそこまでの怒りを向けているのか。
ガイアには全く身に覚えが……
「私の怒りの導火線を焼き尽くしたのは…私の裸を見たあなたの第一声が、まるでこの世の終わりでも目の当たりにしたかの様な、絶望に満ちた渾身の悲鳴だったことです」
「ああ、それはもう本当に俺が悪いわ。自己弁護不能だわ。でもごめん、まだ死にたくない」
争点が判明し、裁判をしても全く勝目が無いことをガイアは悟った。
苦手意識と言うのは、そう簡単には抜けない。
アーリマン・アヴェスターズとの一件以降、関係が大幅に改善されて来たとは言え、ガイアがシェリーに抱く苦手意識は微かながら未だ健在だ。
事故の様な形で苦手な奴の入浴中に特攻をかけてしまったら、そりゃ咄嗟に悲鳴くらいあげる。
あ、これ殺される。ヤだ死にたくない。誰か助けて。
あの瞬間、ガイアはそれ以外に何も考えられなかった。
「普通、逆ですよね? 悲鳴をあげるべきは私ですよね? 違いますか?」
「……違いません」
シェリーに顎をくいっとあげられ、ガイアは嫌が応にもシェリーと目を合わせることに。
ああ、俺はもう死ぬしか無いのかな。とガイアが軽く諦めそうになるくらいには、シェリーの目に宿る色はヤバかった。無表情なのに目だけがヤバい。背景いっぱいにゴゴゴゴと言う文字を錯覚してしまう。
ガイアが己に迫る死をここまでのハイクオリティで実感したのは、生前の悪竜の王と遭遇した時以来だ
「……あ、あのですね、シェリーさん。いやシェリー様。慈悲を求められる立場では無いことは百も承知ですが……やはり俺としてはまだ生きていたいと言いますか、人としてシンプルに死にたくないと言いますか……」
「それは残念ですね。私からは、図に乗らないでください、としか言えません」
取り付く島が無さ過ぎる。
相当キレていらっしゃるご様子だ。
そりゃそうだ。
異性に裸を見られてあんな悲鳴をあげられたら、多少の個人差はあれど誰だって「あぁん? 何か文句かコラ」ってなる。
仮にも女盛りな女子大生であるシェリーが、トサカに来ない訳が無い。
「で、ですが御大将! あの状況で俺はどうすれば良かったと言うのですか!?」
「どうすればも何も、悲鳴をあげなければ良かったのではないかと」
「ですよねー」
もうそれを言われちゃ、ガイアはぐぅの音も出ない。
「では、議論も良い塩梅に煮詰まった様なので、スタンガンを…」
「待ってくれ! 本当に待ってくれ! コメディ業界の人間でも死ぬ時は死ぬ! そしてそのスタンガンは多分死ぬ奴だ!」
「あなたなら、どうせまた生霊になる程度ですよきっと。何回か経験しているのでしょう?」
「生霊になりたくてなってる訳じゃないからね!? 過去二回とも不慮の事故みたいなモンだからね!? これ以上繰り返して脱臼みたいにクセになったらどうすんだよ!」
「個性が増えて良いじゃないですか」
「俺別にキャラの濃淡で悩んで無いんですが!? つぅか悩んでたとしてももっと平和的な個性を望むわ! 俺ヤだよ!? ふとした拍子に霊魂ポロリキャラとか絶対ヤだよ!? 何気無い日常がことあるごとに冥界直通な人生とかやってらんねぇよ!?」
「必死ですね」
「そりゃあ死にたくないからね!?」
「………………」
やれやれ、とシェリーは溜息。
途端に、シェリーの目から凄みが消え失せる。
「……あなたの必死さを見ていて、少し頭が冷えました」
「え……?」
「半身浴とは言え、長風呂で頭が少々煮えていた様です。流石にこれで殺すと言うのは、ほんの少しやり過ぎですね。私としたことが裁定を誤りました」
「じゃ、じゃあ……!」
「今回は、大目に見ましょう。無罪放免と言う奴です」
「しぇ、シェリー様……ッ! 感謝、圧倒的感謝ッ!」
「ですが、もしも次、同じ様な状況で同じ様なリアクションをしようものなら……」
「ハッ! 肝に銘じて置きますッ!」
こうして、ガイアは命拾いをしたのだった。
……一先ずは。
一週間後。
魂の還る場所、ダフマの森にて。
「あ、グリム、見てください。ガイアさんが来…って」
「……なんでテメェは、また生霊になってんだ?」
「……俺だって、生霊になんてなりたくはなかったんだが、まさかの春二番を受けてしまってな……」
「はぁ? 何言ってんだ? 元冒険者の衛兵かよテメェは」
「一体何があったんですか?」
「なぁ、グラ、グリム。俺頑張ったんだよ。二度目だしさ、一瞬は耐えたんだよ? でもさ、足元に突然魔法の石鹸が現れて滑って転んで諸共ドッターンとか言うまさかの追加要素がさ……正直、俺はアンラを舐めてたわ。そうだよな。あいつが同じ悪戯を全く同じレベルで繰り返す訳無いよな、うん」
「……何の話ですかね?」
「さぁな。だが、とりあえず凄ぇ恐いモンを見てきたってことだけはわかる面してやがるな……」
「はは、ははははは……」
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