悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R47, 昨日の敵は今日の友(まぁ人によるけど)

 朝の陽光がいつも通り降り注ぐナスタチウム王国。
 その王城には、王族の私室や職務用の書斎、従者たちに関連する部屋も多く存在する。


 第一王子であり法務大臣、ウィリアム・ヴァン・ナスタチウムの執務室もそのひとつだ。
 法に関連した資料棚が書斎感を、そして大きな額に収まった絵画やよくわからんけど高そうな壺などの高級インテリアがロワイヤル感を演出する。……ちなみに、絵画の額はスイッチひとつで反転する仕様。裏面にはウィリアムの愛妹テレサの写真がビッシリだ。


 そんなロワイヤルな書斎の中心で、ガイアは鉄製の十字架に磔にされていた。
 本気で踏ん張ってみても手首足首を拘束するベルトがやや軋むだけ。お口にはギャグボールを噛まされているのでロクな声も出せない。完全に拘束されている。


(……なんでだ)


 ガイア的にはもうそれしか言えない。
 朝起きたらこんなんだった。


(つぅか、ここどこだよ……)


 ここがどこだか、ガイアは当然知らない。
 ただ、彼は余り混乱していない。
 何故なら、


(……まぁ、大体予想つくけど)


 ガイアは以前、第三王子の誕生パーティで王城へ足を運んだことがある。
 カーペットや壁紙の似た様な雰囲気から、おそらくここが王城であることを大体察していた。
 そしてそれを察すれば、おのずと答えは出てくる。


 王城に部屋を持ち、ガイアにこんなことをする人物など、一人しかいない。


 九割九分九厘、『奴』に関連する部屋だと、ガイアはほぼ断定している。


「いやぁ、失礼。せっかくお越しいただいたのにしばらく放置してしまってすまないね、ガイア・ジンジャーバルト」


 ドアを開けて入ってきたのはガイアの予想通りの人物。
 第一王子ことガイア専用リーサルテケテケ、もしくはランペイジテケテケ、ウィリアムである。


 第一王子…次期国王候補筆頭故に、外交の席に居合わせることが多いのだろう。素晴らしい作り笑いだ。
 ガイアがウィリアムの本性を知らなければ、素直に「爽やか系のハンサムな筋肉眼鏡」だと思ってしまっていただろう。


「さて、ガイア・ジンジャーバルト。今日君をわざわざ俺の執務室に招いたのには理由がある」


 まぁ、そりゃそうだろう。
 理由も無く寝てる間に拘束移送されてたまるかと言う話だ。


「そろそろ、決着を付けたくてね。俺と君の関係に」


 そう言って、非常に自然な動きでウィリアムは剣を抜いた。


(……さて、俺はどうしたもんか……)


 ガイアは大体何をされるか予想し切っている。


 未知の恐怖は無い。
 故に己の危機を知りながら、かなり余裕がある。


 ただ余裕があるだけで策は無い。
 もう大分流れる汗を隠し切れてない。
 未知の恐怖は無いが、既知の恐怖がヤバい。


 そろそろ全力で狼狽するべきか。
 いやでも激しく狼狽え泣き叫んだ所で、このサイコテケテケが別の処置を考えてくれるとは思えない……と言うのがガイアの考えである。


「何を狼狽えたそうな目をしている。安心しろ。何も問答無用で貴様の足を削ぎ落としたりしないさ」
「……!」
「俺ももう良い大人だ。きちんと冷静に考えた結果、人間並の知性がある貴様を問答無用で駆除するのは、流石に横暴過ぎると気付いた」


 おお、とガイアは心の中で感嘆する。
 不可避と思われた危機に、打開の可能性が見い出せる発言だ。


 ナチュラルに人間として認識されていないのは由々しき問題だが、もうこの際、その辺は譲歩しておこう。


「今から、貴様にはテストを受けてもらう」


 ウィリアムは空いていた左手で胸ポケットからあるモノを取り出した。
 それは、一枚の写真。


「これで、貴様がテレサに取って害になるモノか否かを見極める。その結果で対応を決める」


 ウィリアムが取り出した写真は、テレサの満面の笑顔(どアップ)。
 本当、自分のせいで部下がどんな目に遭っているかなど露知らず、何の悩みも無さそうな爽快な笑顔で笑ってらっしゃる。


「貴様がこの写真を踏むことが出来るか否か……そう、これは『踏みテレサ』ッ! テレサへの愛と信仰の心を見極めるテストォッ!」


 物凄く苦渋に満ちた表情で叫ぶウィリアム。
 歯を食いしばり過ぎているせいか、口の端から若干出血している上に、目尻に血涙が溜まっている様にも見える。
 こめかみに浮き出た青筋はピクピクどころかバクンバクンしてて、今にも爆ぜ散りそうだ。


 そこまでテレサの写真をこんなことに使うのが嫌なら止めとけよ、とガイアは呆れる。


「この写真を踏めなければ、可愛い可愛い可愛いッああもう可愛いッッテレサに下心を持って集る悪虫と言う証明! 二度とテレサに近寄れぬ様に足を削ぐ!」


 そして、


「この写真を踏もうモノなら、その場で貴様の首と言う首を刎ねる」
ちょっと待てコラひょっほはへほは


 二択目が仕事してない。


「貴様の様な下賤な一般庶民が姫君の写真を足蹴にするなど、不敬・即処断で当然だろうが」


 うん、まぁ、一応その通りではある。
 このクレイジーテケテケが正論を吐くとは思わなんだ。


 ……あぁ、こいつ俺を五体満足で帰らせる気ねぇな。とガイアは今更悟る。


「始めるぞ、ガイア・ジンジャーバルト…贖いの時が来たのだ……!」


 贖うて、俺が一体何をしたんだよ。
 ガイアが迫る理不尽に対し叫ぼうとしても、ギャグボールのせいで「んもぁ! ほむはぁ!」と言う強めの呻き声にしかならない。


「世界よ! 神よ! この様な方法に頼る俺を輪廻の終焉まで呪うが良いッ! テレサのためになる行為の代償ならば、俺は永劫の責め苦も受け入れる! さぁ、踏みテレサを始め…」
「そこまでです兄上!」
「ッ!?」


 突然、ドアを開け放ち、高らかに宣言した青年。
 第三王子、チャールズ・フィクセン・ナスタチウムだ。
 常々、ウィリアムの凶行からガイアを保護しようと頑張っている人物でもある。


「チャァァアアルズゥゥゥッ! 貴様、またこの人型汚物を庇うつもりかァァァ!」


 ガイアの件に関してこの兄との問答は無駄だと、もう大分前の段階で諦めを付けていたのだろう。チャールズは迷わずベルトに下げた剣を抜刀し、その鋒をウィリアムへ向けた。
 そして、その剣に秘められた能力を解放する。


「止めろ、『時空隔絶の宝剣グラウム・オブ・クロノス』!」


 瞬間、ウィリアムの周囲に、ドーム状の特異空間が展開される。
 半径一メートル程の薄青色のドームだ。


 ドーム表面に、秒針のみの時計盤らしき模様が浮かびあがる。
 ただの模様では無い。きちんと針が動いている。だが、通常の時計のそれよりかなり速い。一〇秒もあればで一周してしまうペースだ。


 そして、そのドーム内に閉じ込められたウィリアムの動作が、完全に停止する。
 愚弟の愚行への怒りに剥いた両目も、叫ぶ口の形も、完全に止まる。


(対竜兵装…! しかもアレって、専門書に載ってた奴じゃねぇか……!?)


 対竜兵装『時空隔絶の宝剣グラウム・オブ・クロノス』。
 対竜兵装を紹介する専門書に大々的に取り上げられており、元自称勇者なら大体知っているレベルの業物だ。
 なにせ、その白刃が宿す魔法は『時空干渉系』…超レア物であり、実に反則的。


「カゲロウ! 急いでガイアさんを!」
「承知している! 真の忍者だからなァ!」


 どこに待機していたのか、疾風の如く室内へ滑り込んで来た忍者男、カゲロウ。


 カゲロウは迅速にガイアが磔にされている十字架の元へ。そしてその十字架を根元からへし折り、ガイアもろとも軽々と担ぎあげた。


「よし、撤収ッ!」
「承知ッ!」












 チャールズの私室。
 元々物が無い上に整理整頓が行き届いていることが相まって、部屋の広さがかなり強調されている。
 それでも、ロワイヤル仕様なカーペットやらのおかげで殺風景だと言う印象は無い。


「ガイアさん、ウチの兄が度々申し訳無い」
「あ、いや、あんたが謝ることじゃないだろ。助かったよ、ありがとう。カゲロウも」
「うむ! 貴様の危機を察し、この男に伝えたことも感謝しろ!」


 ウィリアムの魔の手から無事脱出を果たし、ガイアはほっと一息。


「って言うかチャールズ王子、あんたのそれ……」
「あぁ、ガイアさんは元自称勇者だし、知ってますよね」
「俺は知らんぞ。元自称勇者ではなく真の忍者だからな。故に聞く。なんなのだその刀は。妙な領域を展開する妖術を秘めている様だが」
時空隔絶の宝剣グラウム・オブ・クロノス。時空干渉系の魔法を使える対竜兵装だよ。指定した対象を一〇秒間だけ、周囲の空間もろとも停止させるって感じかな」


 細かく言えば、指定対象(最大一〇体)とその周囲一メートル圏内の時間停止。
 最大効果時間は一〇秒フラット。発動後、発動時間の三倍のクールタイムを要する。
 欠点は、対象の周囲の空間もろとも完全凍結状態になるため、発動中は対象に干渉不可能と言う所。なので時間停止中に背後を取って「ねぇどんな気持ち?」とかは出来ない。
 完全に敵の足止めのみを目的としたサポート志向に振り切った対竜兵装である。


 サポート志向と言うと地味に感じるかも知れないが、言い換えれば「相手を無理矢理一〇秒後の未来へ転送する魔法」を制御する剣だ。
 気が付けば、一〇秒の間にきっちり体勢を整えた敵が眼前か背後にいる、最悪包囲されているなど…想像するだけでも恐ろしい。


「ふむ。一騎打ちではそれほどでも無さそうだが、集団戦では中々勝手が良さそうだな」


 感心するカゲロウ。
 しかし、何かに引っかかった様子。


「……だが対竜兵装とは勇者の武器では無いのか? それが一騎打ちに不向きとは如何に」
「何か、対竜兵装って勇者っぽさ無いの多いんだよねぇ。兄上のは比較的それっぽいではあるんだけど……」
「まぁ、対竜兵装の基本思想がアレだし……」


 人間がドラゴンと言う格段に上を行く生物に対抗しようと思えば、シンプルイズパワーな兵器では心許ない。
 なので「正攻法などクソ喰らえ、ハメコンボ至上主義ヒャッハー」な性能を追求した結果が、対竜兵装と言う一つの形。


 ガイアの木槍しかり「初見で絡め取ってハメ殺す」が対竜兵装の基本思想と言うことだ。
 そりゃ勇者らしさなどあるはずが無い。


「ってか、話変わるけど……何か、意外だな。この組み合わせ」
「? 組み合わせ?」
「いや、あんなことがあったし、あんたとカゲロウが結構フレンドリーなのが……」


 ちょっと前にチャールズとカゲロウは、とある女性を巡って、本気で殺意を向け合う様な戦いを繰り広げた。
 その二人が連携してガイアを救出したり、割とわだかまり無さ気に話し合ってる。


 ガイアとしては、もう少しぎこちない関係を想像していた。


「真の忍者は約束を重んじる。俺はもうメイド長に手を出さぬと誓った以上、俺とこの童貞独身王子がいざこざを構える要素は無い」
「ま、そう言うことだね。つぅかテメェ何気に何ほざいてんだテメェ変態忍者コラァ! テメェの前でシノと不自然なくらいイチャコラし倒したろかァッ!?」
「やってみるが良い! 真の忍者が本気で悔しがる様を見せてやる!」


 昨日の敵は今日の友的なアレか。とガイアはどこか微笑ましい王子と忍者の口論を見守る。
 そして「俺とあの第一王子がこう言う展開になる未来が全く見えねぇ」と重い溜息。


「あぁ、それとガイアよ。貴様には緊急時のために、俺との忍者テレパシー回線を引いておこう」
「うん、そうだね。頼むよカゲロウ。兄上がまたいつ血迷うかわからない」
「お、おう……助かる」


 普段のガイアなら「そんな得体の知れない物を俺に繋ぐな!」と叫ぶ所だが……ついさっきアレだけの危機を体験した後となると、素直に受け入れてしまいたくもなる。


「助かる…んだけど、何か悪いな。世話を焼かせちまって……」


 ウィリアムの件は、別にカゲロウが関与している訳では無い。
 なので、カゲロウによる護衛は非常に有り難い申し出ではあるのだが、ガイア的には少し申し訳無く感じる部分もある。


「気にするな。当然の義務の様な物だ。これから俺関連でまた迷惑をかけることは必至だからな」
「待ておい。俺の知らない所で何が起きようとしてんの? お前一体何してんの?」
「いや、お前の知らない所と言う訳では無いぞ。発端は俺がお前を忍者の里に連れて行ったことに関連している」
「あれが?」


 以前、ガイアはカゲロウに忍者の里へ拉致られたことがある。
 その理由は…確か、ガイアをトゥルー忍者の血縁者とお見合いさせるため。
 最も、カゲヌイのナイス察しにより、ガイアは見合いの席に着くことは無く里から脱出したが。


「実はな……貴様と見合いをする予定だった者が、こんな一方的な破談は納得が行かぬと言っているらしい。もしかしたら近々この王都へ貴様を狩り…迎えに来るやも知れn」
「なぁ! トゥルー忍者って暴力的な強制抱擁以外の愛の形を知らないの!? なぁ!?」
「落ち着け。だからもしもの時、俺が責任を持って撃退するための忍者テレパシー回線だ。だから堪忍。真の忍者だけに」
「アフターケアさえ怠らないなら何しても許されると思うなよ!?」


 テケテケ王子と言う死亡フラグが未だ健在の中、更なる嵐の到来の報せ。


 ガイアの受難は終わらない。



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